その日。エンドール城の大広間は晴れがましい祝意に包まれていた。
ボンモールの第一王子リックと、エンドールの第一王女モニカの婚約が正式に発表され、参列した両国の国王と廷臣らは
それに立ち会うのは両者を結び付けた立役者であるサントハイムの第一王女アリーナである。
三国間の友好関係が改めて確認され、いずれリック王子が正式にエンドールの王位を継いだ暁には、サントハイムとエンドール=ボンモール共同王国の友好と通商を確認する新たな同盟の条約を締結する見込みであることも発表された。
「アリーナ姫のおかげで無駄な戦火が両国を荒らすこともなく、こうして私たちが結ばれることも叶いました。本当に、このご恩は忘れません」
「私たちが挙式を執り行う時には必ず参列して下さいね」
「……喜んで」
喜びに頬を染めてリック王子とモニカ姫の二人が口々にアリーナ姫への賛辞を述べる。
言葉少なにそれを受けるアリーナ姫の顔は、厳粛な式の間をずっと窮屈なドレス姿で過ごさねばならないという未来絵図を思い浮かべたせいか微妙に引き攣りかけてはいたが、何とかそれを誤魔化して笑顔で頷く。
「さて、ここで皆様方にサントハイムより提案がございましてな」
半ば自縄自縛で精神的に窮地に陥った主君を救うべく、脇から一歩を踏み出したのは大賢者ブライだった。
「エンドールが海路でキングレオと、あるいは大海を越えて東のコナンベリーとも交易をしているのは皆様ご存じの通り。しかしながら、誠に残念なことに造船技術においてコナンベリーには一歩劣るのが現状となっておりますな」
大広間に集った参列者たちは無言で頷く。コナンベリーには世界でも類を見ないほど大型の造船ドックがあり、ここで外洋の航海を可能にするほどの大型の船舶が盛んに建造されていた。
この造船ドックはコナンベリーの大きな強みであり、単に交易の拠点としてのみならず、造船や船舶修理のために多くの人が港を訪れ街を栄えさせている。
「これについては、いささかの皮肉とも言うべき事情も絡んでおりましてな。エンドールの周辺は大陸の交易の結節点として古くから栄え、人の往来も盛んでした。ゆえに街道沿いの森も多くが伐り開かれ、大型船の竜骨に必要な古い巨木が少ない。造船しようにも材料がなくてはどうにもなりませぬ。ゆえに、技術の発達の余地が少なかったというわけですじゃ」
再び参列者たちは頷いた。コナンベリーには東の大灯台の周辺に手つかずの森が残っており、そこが木材の供給源となっていた。
それに対してエンドールにはドックを作る金はある。人も集められる。しかし、肝心の材料がないのではどうしようもなかった。
――
「ですが、東のブランカには未だ手つかずの豊富な巨木が数多く残っております。もし、これらの木材を安価に運んでくることが出来たなら、エンドールの造船技術は一気に発展することでしょうな。さらには、これらの木材を運搬するにも、道中の護衛にも多くの人が必要。新たなる雇用がさらなる人を集めてくれることでしょう」
エンドール城の大広間は期待と興奮のざわめきで満ちた。人が増えればそれだけ金も回るようになる。好景気の余波は周辺国にも及び、儲けを見込んでさらに多くの商人を呼び込む。かつてない城下の賑わいを幻視して目の色を変えたのは他ならぬエンドール王その人だった。
「さすがはサントハイムの大賢者として名高いブライ殿! 見事な計画だ!」
「うむ。
エンドール王に続いてボンモール王も声を上げる。両国の王が前向きの態度を示したことに、ブライは悠然として頷いた。
「まさにボンモール王の仰る通り。そこが肝となっております。エンドールとブランカの国境は険しい山と入り江に遮られており、陸路での行き来は困難となっておりました。ですがご安心を。かつて、この両国の間に洞窟を掘り、道を繋げようとした一人の老人がおります。その夢を受け継ぎ、止まっていた工事を再開させた者こそ、かの武器屋トルネコ」
「おおっ、あの男か」
「……そうか。あの男の商才をもってすれば、さもありなんといったところか」
素直に讃嘆の声を上げたエンドール王に比べると、ボンモール王の顔には苦みが勝っている。つい先日に、そのトルネコが莫大な金をボンモールから毟り取って行ったという記憶は未だ新しい。いや、忘れようにも到底忘れられるようなものではなかった。
無論、納品されたはぐれメタル鎧はエンドールにおける秘蔵の装備の一つであり、それを他国に先んじて複数入手できたということで何とか無理やりに飲み込めなくもなかったが、持ち去られた莫大な金額を知った大臣などは向こう数年分の予算を前借りで使い切ってしまったようなもので紙のように白い顔になり、それこそ今にも首を括りそうな有様だったのを国王が自ら宥めねばならなかったのだ。
「ところでボンモール王、この工事に一枚噛まれるおつもりは? 再開したといえど、二国間を繋げるほどの大事業は一朝一夕に終わるようなものではありませぬ。人夫の手配、周辺の警備、雇い口は幾らでもございますぞ。貴国で余っている兵をお貸しいただければ、手当てや俸給は全てこちらで持つとのこと。工事が終われば、そのまま木材の運搬にも引き続き従事していただく手はずとなっております」
「なんと、それは真か!?」
だからこそ、その毟り取って行った金をボンモールに還元してくれるという申し出はまさに渡りに船ともいうべきものだった。エンドールへの侵攻のためにと集めていた兵も無用の長物となった今、余っている人手を外に出して無駄な予算を削れるというのであれば言うことは無い。
「
大金を毟り取られたばかりの記憶が苦々しいからこそ、その後にあてがわれた飴の甘さがより一層に沁みるもの。実利と栄誉の二段構えの餌に、ボンモール王は陥落せざるを得なかった。
「うむ! それならば
「いかがですかな、エンドール王。無事に洞窟が開通した暁には、ブランカ王をも婚儀にお招きするというのは。エンドールとボンモールの両国に加え、サントハイムとブランカの四カ国の王が式に参列する。まさに大陸の歴史に残る盛大な式となりますぞ」
だが、あえてブライはそこにキングレオの名を出さなかった。果たしてその作為に気付いた者はこの大広間に何人いただろうか。四カ国の王が参列する式に、キングレオの王だけが除外されるという外交上の意味合いは極めて大きい。
ブライの目がさりげなく大広間を見渡した。もしここでキングレオ王の招待を主張する者が現れれば、それこそがキングレオと裏で繋がっていることの証左である。だが、誰にとっての幸いか、自分から馬脚を露す者はいなかった。
「素晴らしい!
「ホッホッホッ、それは褒め過ぎというもの。ですが、この老い耄れの言を受け入れて下さったことに感謝を申し上げますぞ」
提言を終えたブライに代わり、今度は
「こちらはエンドール=ブランカ間の洞窟が開通した際の関税および管理権の所管について、サントハイム王国からの提案でございます」
「ほう?」
「関税だと?」
「ご安心を。洞窟内の通行および荷馬車の往来について一切の関税を廃し、また特定の国が管理権を盾に通行を阻害するようなことを避けるため、関係各国が共同で管理することを提案させていただいております」
もし工事費用を特定の国が負担していたのであれば、関税によってその分を取り戻そうとしていたかもしれない。あるいは洞窟の通行権と引き換えに何らかの利権なり交渉の材料にしようと企む国が出るかもしれない。そういった干渉や競争をあらかじめ排除するための根回しが早くも始まっていた。
「工事の資金援助をしたサントハイムが、その分の利権を要求せずに税収を放棄すると?」
「エンドールとブランカの国境にある洞窟を
エンドールは既にモニカ姫とアリーナ姫の友誼で借りを作ってしまっており、ボンモールも先に別の利権をあてがわれている。ここで真っ先にサントハイムが手放したものを、これ幸いと拾うことは王としての体面が許さない。
「むう……」
「そういうことであれば……」
「ともあれ、こちらはあくまで提言でございます。いずれブランカ側にも正式に使者を出して伺いを立てることになりましょうが、両陛下におかれましても前向きにご検討いただければ幸いに存じます」
折り目正しく一礼してからアリーナ姫の脇に戻る少年は、年若き外見に似合わず既に優秀な補佐役としてエンドールとボンモールの両国王に対しても強い印象を残した。
サントハイム王国の第一王女アリーナの天真爛漫にして明朗快活な人徳と行動力。そしてその両翼となる大賢者ブライの叡智と補佐役クリフトの細大漏らさぬ手回しの良さ。
かの国は次代においても決して端倪すべからず、と。
これにて第二部は終了です。
この後は第三部の導入となる間章を投稿する予定です。