ドラクエ4のバルザックに転生した   作:葛轍偲刳

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ブランカへの洞窟の老人の過去設定については本作の捏造です

なんかよくわからないのですが今朝ぐらいからUA数がこれまでの倍以上どころか3倍近くにまで急激に跳ね上がっておりまして、一体何があったのかと((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
そしてどうも日間加点ランキングの端っこの方にも引っかけていただけた模様。は? マジ?(;'∀')

読者の皆様、ブクマ登録していただいた皆様、誠にありがとうございます。
こうなったらもう、乗るしかねぇ……このビッグウェーブに……!!と、後先を考えず明日投稿予定だったのを急遽ぶちこみました。


第三部:導かれし者たち 編
間章:或る老人の事情


坑道の空気はひどく蒸し暑い。鶴嘴(つるはし)が振り下ろされ、堅い岩盤にぶつかる音。掘削した土砂を円匙(シャベル)で掻き出す音。働く坑夫たちの荒い息遣い。

噎せ返りそうな濃い汗の臭いと、剥き出しの土の臭いが入り混じっている。慣れていないボクには正直キツイ。

 

「アッテムトを思い出すわね」

「そうね。あそこで働いていた人たちは元気にしているかしら」

 

思わず鼻を手で押さえてしまうボクとは違って、マーニャとミネアは経験があるのか、それほど気にした風もない。

 

「二人とも、平気なの?」

「慣れてるってほどじゃないけど、これぐらいなら、まあ」

「それに、ここには魔物が出てこないだけ随分と気が楽よ。天井の坑木(こうぼく)にぶら下がったバンプドックの群れなんて、二度と見たくないわ」

「あの時は出会い頭のラリホーでオーリンが寝ちゃったのよね。バルザックが無理やりに口の中に岩塩を詰め込んでたけど」

「力業で起こされたオーリンが死にかけて涙目になってたのを思い出すわ。やむを得なかったとはいえ、アレは酷いわよ」

 

せっかく差し入れにサントハイムから持ってきた紅茶も、こんなところじゃ匂いなんかわからない。お茶請けの甘いものは坑夫たちに分けてあげたら大喜びだったけど。

 

「サントハイムの貴き姫君が、このような薄暗いモグラの巣穴に長くおられるものではありませんぞ。お供の方々とご一緒に外に出られては如何ですかな」

 

粗末な青銅の燭台の光に照らされた青白い顔の老人が、慇懃に言ってきた。

 

「ありがとう。でも、ボクは大丈夫。お爺さんこそ、本当にずっとここにいるつもりなの? さっきも言った通り、エンドールに家と身の回りの世話をしてくれる人を用意するぐらいのことは出来るのに」

「慈悲深くも寛大なご配慮を賜り、感謝いたします。ですが、わしは最早ここを死に場所と決めておりますので」

 

辺りに漂う粉塵で黒ずんでいるようにさえ見える坑道の空気を吸いながら、コホコホと小さな咳をした青白い顔の老人は静かに笑う。その笑い方は、どこかエドガンにも似ている。もう残り少ない自分の命の使い道を決めてしまっている人の顔。

 

「わしには、もはや家族もおりません。誰かに遺すべき私財も使い果たしました。残るはこのくたびれた体のみです。わしが死んだら、この坑道の隅にでも葬って下され。それで十分です」

「わかりました。それがお望みとあらば。このトルネコが商人としての信義にかけて必ずや仰る通りにいたします」

 

老人の対面に座っているトルネコが真面目な顔で答えた。

 

「ありがとう。工事が終わればエンドールのあんたの店に真っ先に報せよう。それさえ終われば、もう思い残すこともない」

 

そう言って、静かに粗末な椀を口に運ぶ。ボクと同じ紅茶を飲むことも出来るのに、というかボクは持ってきた紅茶を勧めたのに断られてしまった。椀の中に入っているのはただの水だけだ。木製の椀そのものも黒ずんでいて、そこに入れられた水にも黒っぽい粉塵が薄く浮いている。

燭台の脇の薄汚れた皿に乗せられている食べ物も、カサカサに乾涸びた古いパンだけ。トルネコが援助して工事も再開されたのだから、坑夫たちも食べている具の入ったシチューぐらいは用意できるはずなのに。

 

「ねえ、訊いてもいい?」

「なんでしょうかな」

「どうして、こんな洞窟を一人で掘ろうと思ったの?」

 

一応トルネコから簡単に話を聞いてはいる。東にある港町に行って船を手に入れ、世界中の宝を集める。それが老人の夢だったのだと。でも、わからない。東のコナンベリーに行くだけなら、エンドールから船で行くことだって出来なくはなかったはずなのに。

 

「このような死にかけの老い耄れの事情を聞いて、どうなさいます」

「別に何も。ただボクが気になっただけ。もし言いたくないなら、それでもいいよ。無理に聞き出そうとしているわけじゃないし」

 

ただの興味本位で訊いてみただけだ。本当に、ただそれだけ。

 

「……」

 

老人は手にした椀を黙って見下ろした。黒ずんで見える水面が、ほんの少しだけ震えている。

 

「なるほど。わしにはもう未練など何一つ残っていないと思っておりましたが、それでもまだ己のことを誰かに知って欲しいという欲がまだ少しあったようだ」

 

微かに口元を震わせた老人は椀を置いた。

 

「わしは元々ブランカの生まれです。多少の商才と友人、そして理解ある妻子にも恵まれ、人並みよりは少しだけ多くの金を持つことも叶いました。ブランカの木材は質も良い。いつの日か、このブランカの木を使った自分の船を作って、世界中を旅したいと思っておりました」

 

工事の喧騒に耳を澄ませている老人は、その喧騒を通じて東のコナンベリーの造船所を見ているような遠い目をしていた。

 

「ともあれ、自分の船を作るにしてもまずは先立つものが必要です。わしは故郷(ブランカ)に妻子を残して東の砂漠を渡り、コナンベリーからエンドールへと船で渡ってきたのです。夢を叶える為なら寝る間も惜しんで働くのも苦ではありませんでした。そして、ようやく目標としていた金が貯まりました。わしは故郷(ブランカ)の妻子に、コナンベリーで会おうと手紙を書き送りました。新しい船を作るところを一緒に見たかったのですよ」

 

ボクは、その先を聞くのが怖くなった。今ここに、こうして一人で座っている時点で話の結末など決まっている。なのに事情を訊いたのはボクの方だ。人の心の中に土足で踏み入っておいて、いざとなると怖じ気づく。ボクは臆病で、そして卑怯者だ。

 

「……それで、どうなったの?」

 

ギュッと拳を握り込んで、ボクは続きを促した。

 

「わしが乗った船はコナンベリーに到着する寸前で海の魔物に襲われて沈みました。船を作るために長年貯めた金と共に。這う這うの体でコナンベリーまで何とか辿り着けたのは運が良かった。いや、悪かったのか。いっそ、あの時に船と共に死んでおればとも後で思いましたな。コナンベリーで知ったのは、妻子が同行していた隊商が砂漠の魔物に襲われて全滅したという報せでした」

 

淡々とした低い答えは、悲嘆も慟哭も何もかもが枯れ切っていた。

 

「わしは全てを失いました。妻子も、財産も。抜け殻になったまま故郷(ブランカ)に戻り、そこで、昔の友人と再会しました」

「友人?」

「ブランカの森の奥に一人で住んでいる変わり者の偏屈な木こりです。もし死んでおらねば、きっと今もそこにいるでしょう。わしが故郷(ブランカ)を出た時には男やもめで、その時はまだ小さかった一人息子を男手一つで育てておりました。わしが船を作る時は、その木こりが息子と二人で伐った巨木を竜骨にしようと約束していたのですがな。――ですが。その木こりも、息子を雷に打たれて失っておりました」

「!?」

 

マーニャとミネアの隣に座っていたバルザックが急に肩を揺らした。何か心当たりでもあるのか、食い入るように老人の顔を見ている。

 

「わしは友人との約束を果たせなかった。友人も一粒種の息子を亡くしていた。二人で黙って酒を酌み交わし、それっきり別れました。わしはエンドールに戻り、そして、この洞窟を掘り始めたのです。一人で」

 

ボクは思わずマーニャとミネアと目を見交わした。この人の事情はわかった。でも、わからない。なんで洞窟を掘ろうと思ったのか。

 

「……なんで?」

「さて、何故でしょうかな。実のところ、自分でもよくわからぬのです。その時も、今も、抜け殻の自分に何かをしようという力が何か残っているとも思えません。ただ、」

 

そこで言葉を切った老人は、小さく咳をした。何度も。何度も。そして、その咳の音が濁った嫌な音を立てた。

 

「だ、大丈夫!? クリフト! 手当てを!」

「……いえ。どうか、お構いなく」

 

思わず腰を浮かしてクリフトを呼んだボクに向かって、そして背後に控えていたクリフトが動くよりも早く、老人は手を挙げた。

 

「この工事が終わるまで、この命が持ってくれれば十分です。それ以上は望みません」

 

黒ずんだ喀血で汚れた手を見下ろして呟き、再びボクを見る。

 

「……なんでしたかな。ああ、そうでした。わしが、この洞窟を掘り始めた理由でしたか」

 

落ち窪んだ眼窩に、不健康に黒ずんだ目元。死人のように青白い顔。

 

「友人は、大切な一人息子を亡くしてもまだ、黙って木を伐り続けておりました。わしのために、ではないかもしれませんが。その姿を見て、わしも何かをしたくなったのかもしれません。この洞窟が開通すれば、少なくとも故郷(ブランカ)から危険な砂漠を渡ってまでコナンベリーにまで行かずとも、安全にエンドールへとたどり着けるようにはなるでしょう」

 

ボクは頷く。それは、間違いなくそうなる。この洞窟を大勢の人が行き交うようになれば、自然と街道も整備される。危険な魔物が現れる頻度も少しは減るだろう。

 

「エンドールに造船所が出来れば、ブランカの良質な木材を欲しがる人も増えるでしょう。そうでなくとも、エンドールの港からコナンベリーに向けて木材を船で運ぶことも出来るようになる。わざわざ砂漠を越えてまで運ぶ必要もなくなる。――トルネコさん。もし、あんたがコナンベリーで船を作る時は、良ければブランカの木材を使ってくれると嬉しい。無理にとは言わんが」

「承りました」

 

再びトルネコが真面目な顔で大きく頷く。

 

「とはいえ、わしは故郷(ブランカ)のために洞窟を掘ろうと思ったのではありません。ただ、まあ、そうですな」

 

老人は微かに苦笑した。

 

「体を動かしている間は、何も考えずに済みました。わしの夢に付き合わせて死なせてしまった妻子のことも、この真っ暗な洞窟を掘っている間は思い出さずに済みました。我が事ながら、ひどい話ですな。自分のせいで死なせておきながら、その妻子のことを思い出したくないがために、わしは鶴嘴(つるはし)を振っておったのですよ」

「……」

 

ボクは何も言えない。ボクに一体何が言えただろう。この孤独な老人に。

 

「――…俺は、知っている。同じように全てを失ってしまって、その喪失感を埋めようとただガムシャラに剣を振ることになる人間を」

 

その時、バルザックが口を開いた。

 

「バルザック?」

「いや、もっと酷い。()()()()()()()()()()()()()()という罪悪感は、妻子の死の責任は己こそが引き受けるべきだという自覚の裏返しだ。少なくとも、責任の所在は明確だ。だが、本人には自覚すらないままに勝手に巻き込まれ、自分のあずかり知らない理由で勝手に周りが死んでいく。手を伸ばそうとしても、その手の中から大切な命が零れ落ちていくんだ」

 

その声はいつもと同じように淡々としているようで、でも何かが違った。あのテンペの村でボクの目を覗き込んだ時と同じだ。バルザックが怒ってる。でも、何に?

 

()()()()()()と思い込み、その罪悪感から戦いに赴く。この洞窟の中みたいに何一つ救いのない暗闇の中に踏み込んでいく。そうしたところで、本人は何一つ救われやしないのに。報われることなどありはしないのにな」

 

まるで呪詛のように低い声が、陰々と響いた。工事の騒音に掻き消されてしまいそうなほど低い声なのに、その声は勝手に耳が拾ってしまっていた。

 

「神だの、運命だの、そんな得体の知れないものが勝手に決めたんだ。本人のあずかり知らないところで。本人が望んでもいないことを。個人が背負うには重すぎる()()()()()なんてものを押し付けやがったんだ」

 

そこにいた誰もがバルザックに注目した。ボクも、マーニャも、ミネアも。クリフトも、ブライも、トルネコも。

 

「……それは一体、どなたの事ですかな」

 

老人の問いに、バルザックは答えた。

 

「ブランカの森の奥。雷に打たれて死んだ木こりの息子が、天空人との間に作った子供。()()()()()()なんて御大層なだけの下らない重荷を背負わされた、ただの不幸な子供だよ」




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