どこか無機的で俯瞰的な、それでいて人間味のある女神様を目指しました
イメージした脳内モデルは某彫像ばーさーかー
「ええと、こういう場合って誰に祈ればいいのかしら」
「そうだな、ここでなら『麗しき銀の女神様、どうかご加護を』とでも祈ればいいんじゃないか?」
バルザックに言われた通りに指輪を嵌めて祈ってみる。
「麗しき銀の女神様、どうかご加護を」
すると、本当に魔力が回復した。でも。
「あ」
バキッと音を立てて指輪の青い宝石が割れてしまった。
「チッ……役に立たない女神だ」
すると一転してバルザックは悪し様に女神を罵倒する。たった一度で壊れてしまったのだから気持ちはわからないでもないけど。
「クリフトが聞いたら怒るんじゃないかしら」
「今はいないんだから気にする必要もないだろう」
ミネアが窘めても知らんぷりだ。ここ最近はなんだかんだとアリーナたちと行動を共にすることも多かったから、こうして私とミネアとバルザックだけ、というのが逆に新鮮に感じられる。
「で、バルザック。ここには何をしに来たの?」
ルーラでエンドールまでトルネコを送り届けたその足でブランカへの洞窟からさらに北の、毒の沼地に囲まれたこの洞窟にまで連れてこられたが、こんなところにまで足を運んできた目的がよくわからない。
「一つは金策だな。この洞窟にある銀の女神像がエンドールの好事家に高く売れるらしい。他にも色々と宝物があるらしいから、まとめてネネに売ってもらえば今壊れてしまった祈りの指輪の替えも手に入れられるだろう」
本来ならカジノの景品である祈りの指輪は休業中の今は手に入れられないはずが、地下劇場として使わせてもらった縁とトルネコの話術、あとはエンドール王家とのコネで強引に手に入れたらしい。
コイン分の代金はだいぶ割高にぼったくられたらしいけど。
「二つはキメラの翼だ。トルネコに渡してしまった分を補充しておきたい。この洞窟に一つはあるはずだ」
本当に、一体どこからそんな話を聞きつけてくるのかしら。囀りの塔の時も後から思い返すと、塔に登る時の小休止の時にちょっと離れた隙に手に入れてきたことになる。そんなこと、あらかじめどこにあるのか知っていなきゃ出来ないはずなのに。
「三つ目は、――本当に
「?」
バルザックの言葉の意味がよくわからない。思わずミネアと顔を見合わせたけど、妹も大きな疑問符を頭の上に浮かべていただけだった。
「どういう意味?」
「勇者のこと。導かれし者たちのこと。進化の秘法のこと。なんで俺はここまで詳しく知っていると思う?」
それは。
「俺は導かれし者たちじゃない。幸か不幸か、神とやらに選ばれちゃいない。天空城のことも、天空人のことも、
「……」
「だけど知ってる。――…本当に、なんでなんだろうな」
小さく苦笑しながらバルザックは肩を竦めた。
「バルザックにもわからないの?」
「俺の中では、ある程度の説明はつけられる。だが、それを他人に言って納得してもらえるかは別の問題だ」
「言えないの?」
「その辺りの説明がつけられればいいが、と思っている。この先にある銀の女神像に宿っているはずの女神様とやらが、本当に
そう言ってバルザックは私の手から壊れた祈りの指輪を外すと、ポイッと放り捨てた。
「行くぞ。ミネア、引き続き先頭は任せる」
はぐれメタル鎧を装備したミネア。身躱しの服を着た私。最後尾がバルザックの順で進む。私とミネアは理力の杖を持ってるから、魔法が効かないような魔物は打撃でも倒せる。魔法の聖水と祈りの指輪もあるから魔力切れの心配もない。
「あ、メタルスラ――って、逃げちゃった」
この前アリーナが出会い頭に殴り倒したメタルスライムが宝箱の影から顔を覗かせたけど、私たちを見た瞬間に即座に逃げて行った。あの金の髪飾りが手に入ればとも思ったけど、そう上手くはいかないらしい。宝箱から予定通りキメラの翼を手に入れて、さらに先に進む。
「そこの角を曲がれば、水を動かす仕掛けがあるはずだ」
バルザックの指示で先頭のミネアが通路を曲がる。角の向こう側にサンドマスターが隠れていたけどミネアが理力の杖で一発殴ったら即死した。
奥のスイッチを足で踏むと、低い地鳴りのような音がした。
「行くぞ。次は向こうだ」
バルザックは全然迷わない。あらかじめ頭の中に地図でも入っているみたいだ。
「帰る時はマーニャのリレミトで直接外に出るだけだから、宝は取れるだけ取っておこう」
「……なんで使えるようになったって知ってるのよ」
後で驚かしてやろうと思って、こっそりブライから習ってわざと黙ってたのに。わざわざミネアにも口止めまでしてたのに。チラッと横目で見てもミネアも首を横に振っているから、秘密をバラしたのは妹じゃないのは確かだろう。
「そろそろ使えるようになる頃かと思ってな」
「理由になってないし」
私が唇を尖らせて見つめると、バルザックは目を逸らした。
「リレミトに手が届けば、イオも目前だ。その次はベギラマ。そうなったら火力だけで言えば俺を越えるな」
淡々とした言葉に、逆に苛立ちが募る。昔からバルザックは私の目標だった。昔から何でも出来て、何もかもが私の上を行っていた。
コーミズ村でも一人だけお父様と錬金術の難しい話が出来て、キングレオの城から囚われたお父様も救い出して、サントハイムに仕掛けられた陰謀も暴いた。
確かにアリーナには色々と厳しいことも言ってたけど、でも、そのおかげでものすごく成長できたってことぐらい私でもわかる。初めて知り合ったばかりの頃は、どこかまだ世間知らずで、いい子ではあったけど子供っぽいところも残ってた。
それが今はあんな風に堂々と会議を取り仕切って、サントハイムの王様にも堂々と向き合って。自分が、自分たちこそが勇者を守る、なんて。あんな立派なことが言えるお姫様が私たちの友達だなんて、すごく誇らしかったし、嬉しかった。
「バルザックは、いっつもそうね」
「マーニャ?」
「よく私やミネアを才能があるとか、天才だとか言うけど、じゃあ、その天才にも出来ないことを軽々とこなしてるバルザックは一体何だって言うのかしら」
いくら新しい魔法が使えるようになっても、私ではバルザックに勝てたと思ったことは一度もない。ミネアだってそうだろう。寝る間も惜しんで勉強して力をつけようと努力しているけど、魔法さえ使えればバルザックと同じことが出来るのかと言われたら、首を横に振るしかない。
だって、例え魔法が使えなくたって、きっとバルザックなら何とかしてしまうだろうと思えるんだもの。
「……買い被りだ。俺は、ただ――」
「ただ?」
「――…ただ、
バルザックが足を止めた。話しながら小舟に乗って奥に進んでいるうちに、いつの間にか洞窟の最奥まで来ていたらしい。
仄かな燐光が周囲を幻想的に照らしてる。朽ちかけた祭壇に安置された純銀製の女神像は錆びることも曇ることもなく艶やかに煌めいている。子供ぐらいの大きさだろうか。トルネコの息子のポポロとそれほど変わらないくらい。
優美な襞のある長衣を体に巻き付け、慈愛の微笑みを口元に浮かべている。神聖さ。高貴さ。あるいは神々しさ。トルネコのような鑑定眼なんか持ち合わせてはいない私でも、これが紛れもなくお宝だと一目でわかる。
「さて」
その女神像の前に腰を下ろしたバルザックは、まるで人間に向かって呼びかけるように口を開いた。
「俺たちはお前の敬虔な信者でもないし、過去の事跡を調査する学者ですらない。言ってしまえば薄汚い盗掘者だ。それでも口を利く気はあるか、銀の女神様」
その背後で私はミネアと顔を見合わせた。確かにここまで、鉄の槍や鉄の鎧、鋼の剣なんかも宝箱から回収してきたのは事実だ。盗掘者だと言われれば否定はできない。
でも、まさか、それを咎める神様がいるなんて――と、そう思った時のことだ。
「もはや訪れる者もおらず、ただ朽ち果てるのを待つだけの物品を誰かが役立ててくれるのであれば、むしろその方が良いのでしょう」
白銀の女神像に纏わりつく幻想的な燐光が微かに明滅して、頭の中に銀の鈴が鳴るような声が響く。
「先に一つ確認させてくれ。お前は女神なのか。神と呼ばれるに足る存在か」
「既に忘れ去られた存在ではありますが、かつて一定数の人々から崇拝され、その信仰の対象となっていたという意味では、間違いなく」
「では、俺のこともわかるか。地上の人間が知っているはずのない知識を知り、この世界の条理からは外れている特異な存在を神の視点から把握をしているか」
「ワタシは知りません。アナタがどのような因果によって
「チッ……やはり役に立たない女神だな」
バルザックは女神を自称するナニカを目の前にしても変わらなかった。
「ですが、アナタが恐れているのは別のことでしょう。アナタの特異性に目をつけ、アナタを調査し、監視をしているモノがいないか。それによって近しいモノに危害が及ぶことを恐れているのではありませんか」
「……」
「既にほとんどが消え去った
上の世界? 下の世界? 何のことを言っているの?
「ああ、なるほどな。
「そもそも比較対象にされたくはありませんが、謝罪は受け入れましょう」
本気で謝る気があるのかさえも怪しい淡々としたバルザックの声に、同じくらい平坦な声が応える。
「一つ忠告――いえ、仮にも女神とされた存在として、ここは託宣としておきましょう」
「なんだ」
「アナタは、なまじ世界の裏側にまで通じる
痛いところを突かれたとばかりにバルザックが黙り込み、頭を掻き毟る。
「違うのか」
「ご覧なさい。かつて人間たちから女神として崇められていながら今や忘れ去られ、かつての神殿を魔物に穢されていながら、なすすべのないワタシの体たらくを」
「……」
「
女神像は、まるでうんざりとしているように物憂げな溜め息を漏らした、ように見えた。白銀で出来ているはずの彫像が。まるで人間のように。
「
再び女神らしい威厳と神々しさを取り戻して、その声が告げる。
「何も美しくあろうとする必要などないのです。綺麗事で取り繕うことなく、せいぜい醜く、生き汚く執着なさい。アナタの、大切なモノのために」
バルザックは暫く黙っていた。私は何も言えなかった。ミネアも同じだった。バルザックが内心で何を考えているのかわからなかったから。
――だけど。バルザックは肩越しに振り向いて私たちを見つめた。
「バルザック?」
「どうしたの?」
思わずミネアと異口同音に問いかける。
「なあ」
「え?」
「もし俺がエドガン先生を裏切って、『進化の秘法』の研究を奪ってキングレオの城に走ってたかもしれない、って言ったらどうする?」
私は目を瞬かせた。隣のミネアも同じだろう。
「そんなこと」
「あるわけないじゃない」
「なんでだ? 俺はキングレオの王子に裏で誘われてたんだぞ? 宮廷錬金術師だの大臣にしてやるだの、身分どころか女も好きなだけあてがってやるとまで言われてたんだぞ? 少しは揺らいでたかもしれないだろう」
その金色の目は、その顔は、以前にも見覚えがあった。まるで
「だって、バルザックは」
「私たちを裏切らないでしょ?」
やっぱり異口同音に、私とミネアは言った。裏切るのなら、今の今まで何度でも、何度でも、その機会はあった。
でも、バルザックは裏切らなかったのだ。それが全てだ。お父様のように、オーリンのように、今はもう、バルザックも私たちを助けてくれる人だと信じてもいいのだと思えるようになった。
「……」
「ふふっ」
女神像が、小さく含み笑いをした。
「ああ、良かった」
「おい」
「もう二度と、ここには誰も来ないだろうと思っていましたが。それでも微かな期待に懸けていました。もしかしたら、もう一度だけ誰かが来てくれるかもしれないと」
女神像に纏わりつく燐光が揺らいだ。それはまるで消えかける寸前の蝋燭の炎のようにも見えた。
「ああ、良かった」
もう一度、女神は繰り返した。
「もはやこの像に信仰を捧げる者はなく、ワタシがここに留まる理由もない。ただの器物となったモノに意味はありません。ならば、せめてそこに価値を見出すモノに譲るのも良いでしょう」
消えかけている燐光が、微かに瞬いた。
「最後に、迷える人の前に道を指し示すことが出来た。最後の最後に、女神らしいことが出来た。それでワタシは満足です」