自分が考えてた方向とは少し違うけど個人的にはすごく良いと思えたので投稿します!
なお、アリーナの味覚と嗜好については本作の捏造です
「姫様。儂はエンドールにて状況を確認して参ります」
「……うん」
山奥の村からルーラでボクたちを連れ帰ってきて、ブライも疲れてるはずなのに。休む間もなく、ブライはエンドールに戻るという。それを労うことも、労わることも今のボクには出来ない。
「姫様も、どうかお休みに」
「いいから。ボクのことは。だから、行って」
爺やの声に、ボクは振り向きもせずに行った。怒鳴り付けそうになるのを堪えるのが精一杯だった。これじゃまるで癇癪を起こした子供だ。情けない。
「……行ってまいります」
部屋の扉が閉じられる。ボクはそれを耳で聞きはするけれど、目は動かない。動かせない。だって、ボクの目の前で眠っているクリフトが、まだ目を覚まさない。
「クリフト」
死んではいない。鎧も脱がされ、楽な服に着替えさせられたクリフトは傷の手当ても済んで、今は寝かされている。城の侍医たちの手でホイミを繰り返しかけられて、傷は治ったはずだけど。でも、体の回復にはゆっくり休ませるのが一番だ、って。
ボクはずっとクリフトの手を握ってる。大丈夫。生きてる。クリフトの体温が、ボクの心を温めてくれる。だけど。だけど!
「……ごめんなさい。ゴメンね、クリフト」
どうせ今のクリフトには聞こえやしないのに、聞こえていればいたで、クリフトの立場なら謝罪を受け入れて許すしかないというのに、それでもボクは謝った。ただ、卑しい自己満足のためだけに。なんて浅ましい。本当に、ボクは卑怯者だ。
「ボクは……ボクが、弱いから」
ギリィッ、と、噛みしめた歯が軋る。あのヘルバトラーに、まるで歯が立たなかった自分が憎らしい。頭では、わかっていたはずだった。自分はまだ子供なんだって。父上に叱られて、守られて、まだまだ自分では何も出来ない未熟者だって。
だけど、心のどこかで甘く考えていた。違う。自惚れていた。ボクは強い。ボクは。ボクは!
「……なんて、無様」
世界は、広い。わかっていたはずだ。ボクよりも強い相手は幾らでもいる。ボクが全然敵わなかったヘルバトラーと、それでもライアンは堂々と渡り合っていた。勝てなくても、一歩も引かなかった。
ボクたちと城まで戻ってきた時も、ライアンの体はボロボロだった。侍医たちが仰天してた。なんでそんな傷だらけの体で立っていられるのかって。バルザックの咄嗟のベホマで体力こそ辛うじて回復できてたけど、体中に火傷と凍傷。殴られ続けて骨折も何か所か。細かい打ち身は数えきれないほど。
今は別室で休んでもらってる。あんなに傷だらけだったのに、痛そうな素振りの一つも見せなかった。なのにボクは、ただずっとクリフトに庇われてただけで。
「悔しい……悔しいよ、クリフト」
負けた。ボクは、負けた。完敗だった。自分にも何かが出来たと、何か役に立つことが出来たと、そう胸を張れる何かがあれば、まだ良かった。でも、それが何もない。
『あ、あの、姫様。あまり危ないことをなさっては、陛下が心配なさいますので』
『クリフトは心配性だね! ボクは強い敵が次々に出てきて欲しいんだよ!』
初めて城の外に出た時に、クリフトが心配してくれた時も。
『姫様、これは遊びではないのですが』
『いいじゃない、別に』
囀りの塔の中で、クリフトに叱られた時も。
『姫様。闘技場に行かれるなら、むしろエンドールの城で王族としてご観覧を希望なされては……』
『クリフトはわかってないなぁ。ボクは席にふんぞり返って偉そうに観戦したいんじゃなくて、自分で出場してみたいんだよ!』
エンドールに行く時に、クリフトに窘められた時も。
何度も。何度も何度もクリフトが教えてくれたのに。クリフトはボクを想ってくれてたのに。ボクの為に、ずっとずっと教えてくれてたのに!
ボクは。ボクが、全く聞く耳を持っていなかった。もっと早くに、ボクが気付いていたら。もっと早くに、ボクが心を入れ替えていたら。もっと早くに、クリフトの忠告にボクが本気で耳を傾けてさえいれば!
「……さ、ま」
「え?」
「泣いて、おられるのですか」
いつの間にか伏せてしまっていた顔を上げると、クリフトが少しだけ目を開けていた。ボクはクリフトの手を握り直して、体を乗り出す。
「ボ、ボクのことはいいから! クリフト、痛いところはない? 大丈夫?」
「……いえ、それよりも、姫様が」
「クリフトの方が今は大事!」
「いえ、自分のことより」
「クリフト!」
「姫様が」
「~~~っ! クリフトの馬鹿! わからず屋!」
思わず大声を上げてしまう。何をやってるんだろう。クリフトは怪我人なのに。我に返ったボクは慌てて口を閉じて、乱暴に目元をゴシゴシと拭う。
「泣いてない。全然、これっぽっちも泣いてなんかいないから。ボクは、大丈夫だから」
「……姫様」
「泣いてないってば」
「……」
「……本当に。泣いて、ないったら」
唇を噛んで、小さく囁く。クリフトが黙ってるから、すごく居心地が悪い。でも、逃げられないし。逃げたくないし。
「……」
「……」
「……ほんの、ちょっとだけだから」
沈黙の重さに耐えられなくなって。つい、ポロッと弱音を零してしまう。
「申し訳ありません」
「ち、ちが……」
「姫様を泣かせてしまったのは、自分ですから」
「違うっ! ああ、いや、その……違わないけど、違うから」
クリフトの手を握る手に力が入る。怪我人に負担をかけちゃダメだって、何度も自分に言い聞かせて、そのたびに手から力を抜くのに、でも、やっぱり、また力が入ってしまう。
「クリフトのせいじゃない。クリフトは悪くない。ボクが、弱いから、だから」
ちょっとだけ、溜め息を吐く音がした。
「姫様」
「え」
「姫様は、ご立派です」
「……」
「姫様が、嫌いな勉強に、それでも手を抜くことなく頑張っておられたこと」
「……」
「姫様が、大嫌いな人参とピーマンを、それでも残さず食べられるようになったこと」
「ちょっ……」
「姫様が、いつの間にか城に居着いていた猫の名前を考えて悩みに悩んで勉強机の周りに紙屑の山を作られていたこと」
「いや、それのどこが立派なのさ」
思わずボクは突っ込んだ。
「立派です。姫様は。自分は、姫様の努力をずっと見てきましたので」
でも、クリフトは本当に、こんな時でも大真面目だった。
「もっと手を抜いてもよろしかったはずです。適当に、中途半端に、肩の力を抜いてやり過ごすことも」
「……」
「でも、姫様はそうはなされなかった。何事にも真面目に、真摯に、全力でやろうとして。やり過ぎて、空回りして。だからこそ逃げ出そうともされました。向き合うのを拒まれたのではなく。
ボクは目を見開いた。その見開いた目から、勝手に涙が零れた。
「だから、自分は姫様をお支えしたいと思ったのです。姫様を、お守りしたいと」
「クリフト……」
ずるい。ずるいよ。なんで、こんな時にそんなことを言うのさ。
「これからも、お支えします。お守りします」
「……」
「ずっと。自分の命ある限り」
ボクは泣いた。また、泣いてしまった。ボクは王族なのに。軽々しく涙を見せちゃいけないのに。
「クリフト、ボクは……」
涙声で何かを言おうとして、でも喉からは何も声が出て来なくて。やがてクリフトは静かに瞼を閉じた。また、寝てしまった。いや、でも、その方がいい。こんな顔、クリフトに見せられないもの。
ボクは何度も目元を手で擦った。きっとボクの目は真っ赤になってる。とても人前には出られない顔をしてる。でも。だけど。
「ありがとう、クリフト。ありがとう。ボク、頑張るから。これからも。これから、もっと頑張るから」
嬉しかった。とても嬉しかったのだ。
「だから、ずっとボクの傍にいて。ボクは、クリフトがいないとダメなんだ」
クリフトの寝顔に向かって、思わずそんなことを囁いてしまうくらいに。
ここから半年ほど時間が飛びます
明日の投稿時間はちょっと遅れます。昼前(11時台)ぐらいに投稿予定です