第一話:勇者とエルフのチークダンス
「ねえねえ、フェブ! 私が演じるのなら、ソロとシンシアのどっちがいいかな!?」
「何を言ってるんだ、お前は……」
フレノールの街の宿で、山奥の村の住人たちの前でアリーナたちの大活劇を演じて見せたメイたちが、劇が終わって皆で感想を言い合う中、いきなりそんなことを言い出した。
「だって、ほら。今は、アリーナ姫様たちの劇はどこに行っても大人気でも、ずっとそればっかりじゃいつか飽きられちゃう。でしょ?」
「それは、まあ、そうだけどよ」
「そろそろ次のことも考えないと。で、だったら『勇者ソロの大冒険』なんていうのはどうかな、って」
そんなことを言われた当の勇者は目を真ん丸にして驚いてる。まさか自分が劇の題材になるだなんて夢にも思っていませんでした、と言わんばかりだ。
「とは言っても、なあ……」
頭をガシガシと掻いた青年は勇者と、その隣のエルフの少女を横目でチラッと見て、溜め息をついた。
「無理じゃねぇか?」
「なんでよ!?」
「アリーナ姫様は、まあ、ギリギリわかるぜ? 本物とか、偽物とか。そういう違いは抜きにしてもよ」
ハァ……、と、もう一度溜め息をつく。
「いいか? 王様とか、王族とか。俺たちみたいな庶民からすりゃ雲の上の存在だよ。実際、俺たちの劇を見に来るような人間が会ったことなんざ、ほとんどねえだろうけどよ。でも、なんとなく頭の中で
私と姉さんは頷く。私たちはコーミズ村で小さい頃にキングレオの王様に会ったことがあるし、優しくて立派な王様なのはそれで十分にわかったけど。そうでなくても村の人たちは『立派な王様だ』とか『あの王様のおかげで暮らしやすくなった』と言っているのは聞いたことがある。
なんとなく、偉そうで。なんとなく、立派で。なんとなく、王様っぽい。
そういう、
「だけどよ。だったら
「……?」
メイはアリーナに比べたらほんの少しだけある胸の前で両腕を組んだ。
「えーと、えーと……うーん?」
そして考え込んで、頭を捻って、首を傾げて。そしてそのまま横に倒れそうになった。放っておいても良かったけど、仕方なく、私が手を伸ばして支えてあげた。
「あ、ミネア。ありがとう。……ううん、わかんないかも」
「だろ?」
フェブが三度目の溜め息をついた。
「『勇者の大冒険』って言えば、まあ客は集まるだろうよ。物珍しさで。だけど、そうやって見に来た客が頭の中で思い浮かべる
そこで勇者も頷いた。
「ああ、それはわかります。自分も、
「ほれ、見てみろ。本人でさえ、これだ。例えば、体が大きい勇者が見上げるほどにでかい魔物と盛大に戦うのは、劇としちゃさぞ見栄えがするだろうよ。だけど、体の小さい勇者が、それでも勇気を振り絞って自分より大きい魔物に立ち向かう、って話の方が盛り上がる。アリーナ姫様みたいな女の子が大活躍する劇の方が受けるのと同じ理由でな」
「わかるわ。アリーナ、頑張れーって、応援したくなるのよね」
姉さんも頷いた。
「でも、
「……」
「そこが引っかかった客は、たぶん二度と来ねえ。何度見ても、重ならねえもんは重ならねえ。むしろ違和感ばっか大きくなるから。最初は客が入るかもしれねえけど、たぶん段々と客は減ってく。長くは続かねえ」
拍手の音がした。皆が顔を向けると、トルネコだった。
「さすがです。商売というものがわかっていらっしゃる。いや、この場合は興行というべきかもしれませんが」
「褒めるなよ。あんたみたいな大商人に煽てられると後が怖ぇ」
フェブは小さく鼻を鳴らして、顔を背けた。照れているらしい。
「でしたら、その場合はむしろマーニャさんの踊りを主役に据えるべきでしょう」
「え?」
「シンシアさんをお手本にするんです。そうですね。わたしは実際にお会いしたことはありませんが、確か囀りの塔でもエルフとお会いなさったことがあるんでしたよね?」
私と姉さんは顔を見合わせ、頷く。確かに、囀りの塔では天空城の住人らしいエルフと顔を合わせたことがあるけど。
「勇者と言われても、なかなか想像はつきません。ですが、エルフなら別です。なんとなく体は華奢で、所作は優美で、綺麗な顔をしている。なんとなく守ってあげたくなるような、そういう存在は誰でも思い浮かべられるかと」
「おおっ、確かに!」
たちまち元気を取り戻したメイが立ち上がり、シンシアを熱心に見つめる。
「……すみません。あまりそういう目でシンシアを見ないでもらえますか?」
「あ。……ゴメン」
すかさずソロが幼馴染を庇い、メイが謝る。まあ、確かに今のはちょっと不躾ではあったかも。
「そうだぞ、メイ。今の目つきを見たらサントハイムのお城の先生方が一体何て言うか……」
「言わないでよぉっ!」
フェブの言葉を遮ってメイが叫ぶ。あ、今のって、ちょっとアリーナに似てた。
「舞台に花の鉢植えを並べて、周りには木々の書割を並べて。森の緑を思わせる草色の衣装で、優雅に、清楚に踊って見せる。ちょっと浮世離れしていて、どこか幻想的で、神秘的。そういう舞台は、客の目から見ても映えるでしょう」
「なるほどな。そっちなら、まあ」
トルネコの提案にフェブが低く唸り、メイを見る。
「おい、メイ。踊りの訓練を増やすことになるが。やるか?」
「やる。ねえ、マーニャ。付き合ってくれる?」
「いいわよ。
立ち上がった姉さんは早速ステップを踏み始める。トン、トン、トンと、軽やかというよりは滑るような足取りで。
「ねえ、シンシア。ちょっと歩いてみて。そっちの廊下の端から、こっちまで」
「あ、うん」
何気なく言われたシンシアが立ち上がり、廊下の端まで行って、またこっちに歩いてくる。その足取りを姉さんが食い入るように見ている。
「ねえ、メイ。今の歩き方、見た?」
「え?」
「
「……」
「わからない?」
「……ちょっと、見分けがつかないかも」
私の目にも、よくわからない。でもソロだけは黙って姉さんとシンシアを見比べてる。わかるんだろうか。たった今、ちょっと見ただけで。
「むー。そっか、わからないか」
姉さんがシンシアの手を取る。
「え?」
「ちょっと付き合って。もう一回。私と一緒に歩くだけだから」
そう言って、二人が並んで廊下を歩く。姉さんが意識して息を合わせているのだろう。足の運び方も、腕の振り方も、そっくりと言って良いほどよく似てる。
「あ」
ソロが小さく声を上げた。
「違う」
「そうなのよ。何か
姉さんとソロだけはわかるらしい。ちょっと悔しい。ソロがシンシアと一緒にいる時間と同じくらい、私も姉さんと一緒にいるはずなのに。なのにわからないなんて。
「身長? 体重? 体型? うーん、それもこれも全部が無いわけじゃないけど……」
確かに姉さんの方が運動しているせいか全体的に肉付きはあるし、こうやってシンシアと並んでいると――
「ちょっと、ミネア? 今、すっごく私に失礼なことを考えなかった?」
「何のことかしら?」
別に胸とか、お腹とか、腰回りや脚が太いだなんて思っていないのに。
シンシアに限らず、囀りの塔で見たエルフも細い感じだったから、やっぱりこれは人間に比べてエルフの方が華奢ということになるのかしら。でも、姉さんやソロが言う
「ね、シンシアも踊りに興味ない?」
「え、でも、私、踊ったことなんて、一度も……」
「経験があるかどうかじゃなくて。踊ってみたいかどうかよ」
姉さんに詰め寄られて、シンシアは困ったように目をソロの方に向けた。まあ、ソロもソロで何とも言えない顔で黙っているけど。
「ソロと踊ってみたい?」
「ふぇっ!?……そ、そういうわけじゃ」
「嘘。そういう顔してたし」
シンシアは赤くなった。
「なんだいなんだい。そういうことなら、あたしも付き合おうじゃないか」
それまで黙って見守っていたソロのお母さんが立ち上がる。
「おい、メルタ?」
「ダズンも付き合いなよ。可愛い息子のために一肌脱いでやろうとは思わないのかい?」
右手を掴まれて引っ張られて、仕方なしにソロのお父さんまで立ち上がる。
「なんだっけ? 男と女で抱き合って踊る、みたいなの。そういう踊りも知ってるかい?」
「ちょっ…! メルタ!?」
「母さん!?」
ソロとシンシアが揃って慌てふためくのを無視して、ダズンの右手を握って離さないメルタはメイに顔を近づける。
「ほれ。あたしみたいな素人さんでも覚えられそうなのを頼むよ」
「えっと、まあ、うん。フェブ、ちょっと付き合って」
「仕方ねえなぁ」
宿の廊下で、メイとフェブが抱き合う。正確には、抱き合うみたいに体をぴったり近づけてる。
「マーニャ。手拍子お願い」
「はーい」
パン、パン、パン。ゆっくりと、間を置いて姉さんが手を叩く。それに合わせて、メイとフェブが右に、左に、小刻みに体を揺らす。足取りは小さくて、ほとんど動いていないようにも見える。でも、ちゃんと二人の息が合ってる。逆に、息が合ってないとお互いの体がぶつかったり、きっとお互いに足を踏んじゃいそう。
「リズムに合わせて、右、左、右って、体を左右に動かすだけ。それだけだから、覚えるのは簡単」
そう言いながら、メイはフェブと踊っている。こういう踊りもサントハイムのお城で習ったらしい。舞踏会とか、王族としての社交に必要だから、ってことで。
踊っている間は面倒臭い勉強のことを考えずに済んだから、数少ない息抜きの時間だったらしい。だから他の授業よりも楽しめたんだとか。
「大事なのは、お互いの息を合わせるだけ。呼吸が合ってないと足を踏むし、踏まれるし」
「言っとくが、俺が踏んだ数よりもメイに踏まれた数の方が多かったからな。踵の高い、踵の先が尖った靴で。ありゃ痛ぇんだぞ」
踊りながらメイとフェブは言い合ってる。仲がいいのか悪いのか。
「こんな感じ。どう?」
「なるほどね。ほら、ダズン」
「……ちなみにだが。もし俺が足を踏んだら?」
「おや、早速あたしの足を踏んだらどうなるかの心配かい?」
にっこりと、すごく可愛らしい笑顔だった。前歯が欠けててもメルタの笑顔は明るくて、人をホッとさせるような包容力がある。でも、ダズンは棒でも飲み込んだように体を固くしてる。
「……善処する。なるべく踏まないようにするから、加減してくれよ」
「はいはい」
そう言って、メルタとダズンが体を合わせる。再び姉さんが手を叩く。二人が踊り始める。メルタに比べると、ダズンの足取りは恐々と、恐る恐るって感じだったけど。そんなに足を踏んだ時の報復が怖いんだろうか。
「ほれ、ソロも。ちょっとぐらい男を見せな。ここでシンシアの手を取ってやるぐらいの甲斐性を見せるんだよ」
そう言ったメルタの足が早速ダズンの足を思いっきり踏んだ。わざとじゃない、と思うけど。でも、ダズンは歯を食いしばって声を出さなかった。すごい。
「……」
ソロは躊躇いがちにシンシアの顔を窺った。シンシアはまだ赤くなったままで、ソロの方を見ようとしない。でも、メルタがわざと足を鳴らして床を踏むと、ソロはビクッと肩を震わせてから、そっとシンシアに歩み寄って。
「シンシア……その、もし、嫌じゃなかったら」
「……」
「ちょっとだけ、一緒に踊ってくれない?」
「……ん」
ソロが伸ばした手に、シンシアの指先が触れて。それで、二人はメルタとダズンの横に並んで。そして、ゆっくりと踊り始めた。
「姉さん」
「どうしたの?」
「バルザックも一緒なら良かったのにね」
「!?」
私が囁くと、姉さんの拍子を叩く手が空振った。リズムが崩れて、またメルタがダズンの足を踏んずけた。さすがに今度は我慢しきれなかったのか、ダズンの呻きが上がった。すごく痛そうな声だった。