「うーん、見事に分断されちゃったわね」
「わかっていても避けられない罠だなんて、手がこんでるわ」
ホフマンに洞窟の入り口で私とミネアが理力の杖を預けて、ついでにソロの鋼の剣も預けて。進んだ先の通路でいきなりソロたちが落とし穴に落とされた。
確かに狭い一本道で先頭のソロには左右に逃げ場はなかったとはいえ、二番目のミネアと三番目の私が踏んでも何ともなかったはずの床がパカッと開いて、最後尾のシンシアとホフマンまでが落とされるなんて。明らかに誰かの悪意と作為を感じる。
「まあ、とりあえず先に進みましょうか。下りの階段があれば合流できるかもしれないし」
「待って、姉さん。ここは一度入り口まで戻りましょう。ライアンにも、ソロたちと分断されたって状況を報告しておかないと」
ソロたちが落ちた穴はすぐに元の床に戻って、私とミネアが踏んでも上で飛び跳ねてもビクともしない。
これはもうどうしようもない。分断されたものは仕方ないと割り切った私に、しかしミネアは慎重な意見を出す。
「ああ、確かにそうね。ごめん、それは思いつかなかったわ」
どうせ洞窟の中に魔物は出ないのだし、ここはまだ地下一階だ。せいぜい歩く時間と手間が少しばかり増えるぐらい――と、そう思った私だったが。
「……あら、まあ」
「こっちも、とは」
入り口から入ったばかりのところにあった石の扉。奥に進む時に全員で押し開けたソレは扉というよりも、壊しやすい壁と言うべきだろうか。それこそアリーナなら一人でも蹴り砕けそうなくらい脆かったはずなのに。今はミネアと二人がかりでも全く歯が立たない。
「ライアン! 聞こえる!?」
「ライアン!?」
ミネアと口々に叫んでみても、二人で壁を拳で叩いてみても、やっぱり壁の向こう側から応答はない。
「うーん、ここまで念入りに孤立させられちゃうと、逆に感心しちゃうわね」
「帰ったらメイに良い土産話が出来そう」
「あ、いい考えだわ、それ。『卑劣な罠にかかって洞窟の中に一人きりとなったアリーナ姫、その運命やいかに!?』とか煽り文句をつけたら、いい劇の題材にならないかしら」
軽くお喋りしながら奥に進み、やはり前に進む道が石壁に遮られているのを確認し、仕方なく唯一の順路である下への階段を降りる。
「右手は……うん、例の壁ね。あっちに進むのは無理そう」
「じゃあ、向こうに行くしかないわね」
洞窟の中は光源があるわけでもないのに壁が薄ぼんやりと発光していて、松明がなくても前は見える。ただ、その光も微妙に薄暗くて、見通しも決して良くはないという絶妙な塩梅だ。
「姉さん、誰かいるわ」
「はてさて、鬼が出るか蛇が出るか……」
案の定と言うべきか、奥の突き当たりにいたのはソロとシンシアだった。
「あら、二人だけ?」
「ホフマンは?」
私とミネアの問いに、二人は笑顔で首を横に振った。
「落とし穴に落とされた時に、はぐれちゃって」
「ふぅん?」
違和感。横目でミネアを見る。妹も頷く。
「ねえ、シンシア。なんで顔を隠していないの?」
「あ、ごめんなさい。つい、うっかりしてて」
つい、うっかり? 最近はようやく人里の中をソロと一緒に二人だけで歩けるようになったとはいえ、ずっと人間を警戒して怖がっているシンシアが? いつホフマンと合流するかもわからないのに?
「ソロも。なんで笑っているんですか。ホフマンが心配じゃないんですか?」
「すみません。マーニャとミネアと合流できたから、安心しちゃって」
ミネアも問いかけ、その答えにますます疑念が深まる。私たちと合流できたのなら、むしろソロは一人だけはぐれたままのホフマンを尚更心配するはずだ。
「ミネア」
「うん」
「メラ!」
私が放った小さい火球に、二人は同時に反応して左右に跳ねた。
「ちょっと、いきなり何をするの!?」
「やぁねえ。洞窟に入る前に、ちゃんと打ち合わせしたじゃない。『怪しいと思ったらメラで攻撃する』って」
「え? そんなこと言いました?」
「嘘よ」
「バギ!」
声を上げるシンシアの偽物に答えた私にソロの偽物が問い返すも、すかさずミネアが放った真空の刃が二人を切り刻み、二人に擬態していた魔物が正体を現す。
「ギギギギギ……ヨクモォ……」
「まあ、正直メラを放つまでは確信は無かったから、『怪しい』と思ったのは本当よ」
「でも、あの状況で
もしかしたら敵かもしれない私から、いきなりメラを撃たれて、それで大切な幼馴染を庇わずに離れるなんて。私もミネアも、ソロがシンシアをどれほど大切に思ってるのか知ってるもの。
「似せられるのは外面だけ? せめて二人の間の絆ぐらい再現してみなさいよ! ギラ!」
「ギャァァァッ…!!」
コーミズ村の周辺で出没する、つちわらしに似た姿の魔物は私のギラで苦悶の声を上げる。苦し紛れに飛び掛かってきた腹を蹴り飛ばす。はぐれメタル鎧を装備したミネアも鎧の手甲でぶん殴っていた。
アリーナと私たちが何年の付き合いになると思っているのだ。あれほどの才能がなくったって、格闘術の心得ぐらい身につくに決まっている。理力の杖で魔物と殴り合いする経験だって積んできた。例え魔法が使えない間合いでも、怯んだり迷ったりはしない。
――だけど。
「えっ…!?」
「姉さ…っ!?」
二体の魔物を倒した瞬間、それを待っていたと言わんばかりのタイミングで足元の床が何の前触れもなく抜ける。
落ちた先は広場のような空間になっていて、そこでソロとシンシアが魔物に襲われて逃げていた。
「あ、マーニャにミネア!?」
「助けて、お願い!」
なるほど。上の階で偽物に騙されて警戒していたとしても、さすがに目の前で魔物に襲われていたら動転しちゃうかも。
「イオ」
私は容赦なく攻撃魔法を広場の中央で炸裂させた。爆風に煽られて吸血蝙蝠が体勢を崩す。シンシアも転びそうになる。でも、そこでやっぱり
「な、何をす――」
「劇でも何でも、演技が薄っぺらいと観客ってすぐに冷めて飽きるのよ」
「おまけに目先の演出だけ変えての二番煎じでは尚更。フェブが聞けば鼻で笑うでしょうね。『劇ってのは所詮偽物だ。だからこそ、本物よりも本物らしく見せなきゃ意味がねえ』って」
ミネアも追撃のバギを撃つ。偽物の擬態が解ける。さっきの魔物とは別の個体だけど。別になんだっていい。
「イオ!」
二度目の魔法を再び叩きこむ。こっちは火力で押しに押すだけ。相手に何もさせずに一方的に攻撃してしまえば、自分が傷を負う危険もそれだけ低くなる。バルザックやブライが『攻撃は最大の防御』だとか言っていた。
それでも吸血蝙蝠が牙を剥いて襲ってくるけど。そんなフラフラとしていては目を瞑っていたって避けられる。身躱しの服を着ていれば、尚更。もう一体はミネアに噛みつこうとしていたけど。はぐれメタル鎧には牙さえも通らないで目を白黒させている。
「くあぁぁぁっ!」
苦し紛れに魔物が火の玉を吐いてくる。だけど私たちにしてみれば鼻で笑ってしまう程度の悪あがきだ。
「ヘルバトラーの激しい炎の吐息に比べれば、可愛いものね」
「可愛いとか言っちゃダメよ、姉さん。こういうのは『情けなくて弱っちい』で十分」
私の妹は最近ますます毒舌に磨きをかけている。ブライにでも弟子入りしたのだろうか。私と違って魔法を教わっているわけでもないのに。
ダメ押しに放った私の三度目のイオと、ミネアの二度目のバギで魔物の群れは完全に沈黙した。
「……少しは強くなったのかしらね、私たち」
「ソロの成長が早すぎて自信がなくなるのよね」
ミネアと顔を見合わせて苦笑する。山奥の村で大切に育てられていたせいか、本人には自覚がほとんど無いみたいだけど。最近は『天才』って言葉をソロ以外に使うべきじゃないと本気で思い始めている。
ライアンやガロンから教わっている剣技もそうだし、カダルやブライから習っている魔法もそうだし。何よりもホイミをすっ飛ばして、いきなりベホイミが使えるようになったと聞かされた時は、クリフトもミネアも二人揃って可哀想になるくらい派手に落ち込んでいた。
「ソロみたいに『なんとなく』で簡単に使えるようになるなら誰も苦労はしないのよね」
「神様って本当に不公平だと思うわ」
今はソロもシンシアも傍にいないので、一緒にいたら口には出来ないことも素直に言える。階段が広場の隅にあるのを見つけて、上の階に上がる。
そこにいたのは三度目の――ではなく、ホフマンと
「「どっちが本物でしょうか? もし攻撃して来たら、その時点で敵と見なします。もし間違えたら、やっぱり敵と見なして攻撃します」」
二人のソロが全く同時に口を開いた。
やられた。こちらが口を開く前に先手を打たれてしまった。これでいきなり魔法を撃つわけにはいかなくなった。
「攻撃じゃなければいいのかしら?」
「「質問は一人一回まで」」
「私が一回、ミネアで一回ってことね。わかったわ」
まあ、質問するまでもないとは思うけど。両方とも鉄仮面の面頬を上げて、顔は見えている。どっちも顔は間違いなくソロだ。見分けはつかない。
でも、どちらかはモシャスを使ってソロに変身したシンシアだろう。それさえわかっていれば。
「ホフマン」
「あ?」
二人のソロの後ろで露骨にこちらを警戒しているホフマンに片手を差し出す。
「ソロの鋼の剣は持ってるでしょ。こっちに渡せとは言わない。それで、私の手のひらを切ってくれる?」
「はぁ?」
「二人のソロに、私の血を舐めてもらうだけ」
その瞬間、私たちから見て右手にいるソロの顔が一瞬だけ強張った。左手側のソロが一瞬だけ、右手のソロを横目で見た。それで十分だ。
「ミネア」
「うん。右がシンシア」
血の匂いが苦手で、肉や魚料理が苦手なシンシアが、新鮮な生の血をそのまま舐めて平気なわけがない。例えソロに変身していたとしても、味覚の好みまでは変わらない。
「どうかしら?」
「……正解です」
ソロは小さく息を吐いた。モシャスを解除したシンシアが同じように安堵の息を吐く。
「良かった。二人とも無事で」
「そっちもね。もしかして、そちらにも私たちの偽物が出てきた?」
「ええ、まあ。シンシアと二人がかりで殴り倒しましたけど」
ソロの腕力なら武器がなくても打撃でもいいし、ソロに変身したならシンシアもはぐれメタル鎧と鉄の盾と鉄仮面を装備している。薬草もある。ベホイミもある。魔法の聖水だって持っている。重装備の勇者が二人、なんて、むしろ魔物の方が気の毒になるほどの取り合わせだ。
「ホフマン、ソロたちはどうだった?」
「どうだったも何も。いきなり、そっちの女が変身して、あんたらに化けて来た魔物に『どっちが本物だ』って訊いて……」
間違えれば攻撃して化けの皮を剥いで、逆に答えられない魔物が痺れを切らして手を出して来れば反撃して倒した、と。
「マーニャたちの方は?」
「試しに攻撃してみて、ソロがシンシアを庇おうとしなかったから偽物だと判断しただけよ?」
そう答えるとソロは少しだけ顔を顰めた。
「偽物だから良かった、とは言えないですよ、それ。例え自分が偽物だったとしても、シンシアの方は本物の可能性だってあるわけです。もし攻撃が当たってたらどうするんですか」
ああ、確かにこれは本物のソロだ。自分が疑われたことよりも、それで自分が傷つく可能性よりも、シンシアの無事を何より優先している。
「ごめんなさい。でもね、ソロ。その時は『本物のシンシア』が、傍にいるソロを偽物だと見抜けなかったことになるわ。そんなことはありえないでしょう?」
「あ。……えっと、いや、でも、その」
「だから、その心配はしなくてもいいと思うわ。ソロがシンシアの偽物に騙されないのと同じくらい、シンシアもソロを見分けられないわけがないもの」
ソロが黙って鉄仮面の面頬を下ろした。シンシアはただでさえ目深に被ってるフードの端を掴んで引き下ろした。私はニマニマと笑った。
「姉さん。あまり二人を玩具にしちゃ可哀想よ」
「ひどい。昔はあんなに可愛かったミネアは、今や姉である私よりもシンシアとの友情を選ぶのね」
「私が選ぶまでもなく姉さんは一生ついてくるじゃない。シンシアは可愛いし、健気だし、姉さんみたいに擦れてないし。応援してあげたくなるのも当然でしょ」
ペチッと私の頭を軽く平手で叩いてきたミネアに言い返しても、いつものようにサラリと流されるだけだった。
「それじゃ合流も出来たことだし、先に進みましょうか」
そんな私たちをホフマンが黙って見つめていた。何か言いたげに。でも、何も言えずに。
アネイルの夜の温泉に登場する女性との掛け合いシーンは、どちらの視点で読んでみたいと思われますか?(具体的に誰の視点になるかは未定です)
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男性陣(可能性としてはホフマンも含む)
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女性陣(パトリシア? さすがにそれは…)