なお、タイトルをご覧いただければおわかりになるかと存じますがコメディ成分多め、シリアス成分少なめの構成となっております。予めご了承ください。
「あら。あなたたち意外と胸が小さいのね。その胸はお父さんに似たの?」
夜のアネイルで温泉に浸かっていた先客の女性が開口一番、私たちに喧嘩を売ってきた。いや、そこまで露骨ではないかもしれない。ただ、その目つきと言い口調と言い、どこか挑発的だったのは確かだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
砂漠で汗まみれ、砂まみれになった体の汚れを落としにアネイルの温泉に浸かりに来た私たちは、暫し沈黙していた。それを破ったのはアリーナだ。
「クリフト! ねえ、クリフト! 聞こえる!?」
湯船から出て声を張り上げると、男湯の方から大きな水音と慌てふためいたような声が聞こえてきた。
「は、はいっ!? 何かございましたか、姫様!?」
「あのね! 女の人の胸って水に浮くんだね!? ボク、初めて見たよ!!」
なかなか聞く機会は少ないだろう物凄い音がした。無理やりに字に置き換えると、ドンガラガッシャランッ!みたいなド派手に転倒する音。
「――クリフトや、生きておるか?」
「ブライ先生は逆に落ち着き過ぎですよ! いまベホイミかけますから、しっかりしてください、クリフト!」
「どちらかというと教会に運んで蘇生の奇跡を頼んだ方が早そうですが……」
男湯の方は大惨事のようだけど、当のアリーナはクリフトの反応が理解できないようで首を捻っている。
「……そういえばアリーナってお姫様だから、普通に街のお風呂屋を利用することなんてないわよね」
「誰かの裸を見る機会なんてほとんどなかったから、ああいう反応なのね」
当の女性もアリーナの反応は予想外だったのか、湯船に浮き沈みしている自分の胸を手で軽く持ち上げたりしている。まあ、さっきの言動からすると見せつけているのかもしれないが。
「でも大きいのも問題よね。汗をかくと臭いとかも凄いし。モンバーバラの踊り子でも出番のたびに苦労してる人がいたもの」
「……っ!」
とはいえ、どうあれ喧嘩を売られたままではいられないのが私と姉さんだ。
別に張り合う必要があるわけじゃないけど、言われっ放しのままなのは面白くない。
「年をとると垂れてくるから邪魔になるとも聞くわね。メルタもその辺りは気を遣ってるって。姉さんも大丈夫?」
「私は、ほら、毎日踊ってるし! こうやってお風呂に入ってるから汗の臭いも大丈夫! 何よりまだ15だし!」
姉さんは、これ見よがしに胸を張った。実際、姉さんは大きいというよりも下地の筋肉に支えられているから形が良く整っている。
「あと10年で私はもっと大きくなるわ、きっと。でも、10年後になったら、今でさえ大きすぎる人は大変よねえ」
ギリィッ!と歯を軋る音。何か言いたいが、言い返せないとばかりに湯船から立ち上がった女性は、大股に私たちの横を通って脱衣場に向かっていった。その荒っぽい足取りで胸は大きく揺れていたのが見えたが、気にしない。今でも私の胸は姉さんと同じくらいあるのだ。むしろ、あの女性くらいに大きくなり過ぎたらどうしよう、という悩みの方が深刻である。
「……なんで人間って、たかが体についた脂肪の大小であんな風に偉そうにしたり、悔しそうにしたりするの?」
頭にタオルを巻いて長い耳を隠したシンシアが囁いてくる。その胸は平坦だった。アリーナのように小さいのではなく、平らだった。
「脂肪だったらトルネコのお腹にもいっぱいついてるじゃない。でも、ポポロには胸にもお腹にも脂肪がついてない。だからお父さんには似てないけど、そんなのポポロは気にしてない。変なの」
うん、さすがはエルフというべきか。人間同士の意地の張り合いとは関係のないところにいる。それにシンシアにはもう幼馴染のソロがいるから、余計に女同士の醜い争いからは無関係だろう。
「それは、ほら、ソロだって、ガロンみたいに体が大きくなりたいって言う事もあるんじゃない?」
「ああ……そういえば、昔、もっと小さかった頃に、そんなことを言ってたこともあったような……」
「男の子が全員、体が大きい人に憧れたりするわけじゃないけど。そういう人も中にはいるわ。女性が胸の大きさに興味を持つ人もいれば、いない人もいる。それだけのことよ」
わかったような、わからないような微妙な顔でシンシアは小首を傾げた。
「ソロも?」
「そういうわけじゃ――」
「気になるなら訊いてみたら?」
せっかく私が話を丸く収めようとしていたっていうのに。姉さんは、また余計な一言を。
「でも、訊くなら二人きりの時の方がいいわね。寝る前に、こっそり。耳元で囁くように訊くのよ。『ソロは胸が大きい女の方が好みなの?』って」
モンバーバラの踊り子仕込みの、それはもう外連味たっぷりの、お色気をたっぷりと仕込んだ声で。そうやって純真なシンシアに余計な知識を仕込まないで欲しい。
「姉さん」
「いいじゃない、別に。クリフトみたいに奥手なのを傍から見ているのも楽しいけど、アリーナはお姫様だから、立場もあるし。でも、ソロとシンシアにはそういうしがらみとかも別にないんだし」
いかにも二人の仲の進展を応援してるような素振りを見せてはいるけど、内心では絶対に面白がってるのを私は知っている。仕方ない。仕方ないから、私は姉さんを黙らせるのに最も効果的な一言を出す。
「だったらバルザックにもそうやって迫ればいいじゃない」
「なっ…!?」
「マーニャはバルザックが好きなの?」
反撃開始。シンシアの直球の問いに姉さんは絶句した。
「べ、別に……す、好きとか、そ、そういうんじゃ……」
「違うの?」
「……」
のぼせたように顔を真っ赤にした姉さんがダラダラと汗をかいている。助けを求めるように私の方を見てくるけど、今日は無視をする。日頃から私の制止やお説教を無視してばかりの自分の行いを少しは反省すればいい。
「ねえ、マーニャはどうしたの?」
男湯の方の騒動が一段落ついたのか、アリーナが湯船に戻ってきた。
「ああ、姉さんはあのまま放っておいても平気。それよりクリフトは大丈夫?」
「うん? 何が?」
「いや、ほら、あんなに大きな音を立てて転んでたみたいだし」
「あのくらいなら大丈夫だよ。ボクが血まみれになって城の中を走ってるのを初めて見た時の侍女たちの大騒ぎに比べたら」
次々に卒倒した侍女が通路に死屍累々と横たわり、それを介抱しようとしたアリーナの惨状に駆けつけてきた城の兵士達までもが連鎖的に大声を上げて、それこそ城中が蜂の巣をつついたような大騒ぎになったそうだ。
「何やってるのよ、アリーナまで」
思わず頭痛がしてきた。ただでさえ温泉の硫黄の臭いが、あのアッテムトで死体を焼く火薬の臭いを思い出させてくるせいで、あまりいい気分じゃないのに。
「大丈夫だよ。クリフトは。何があっても」
「え?」
すごく透明感のある明るい笑顔でアリーナは言い切った。
「
アリーナの会心の一撃。ここが女湯で良かったと思う。もしクリフトが見たら絶対に即死してた。
ホフマンが持ってる『信じる心』なんて宝石なんかよりも、今のアリーナの笑顔の方が絶対に価値があるものだろう。クリフトとブライと、そしてサントハイム王国にとっては。