第一話:四ヵ国列王会議
エンドールにおけるリック王子とモニカ姫の結婚式は今なお続いていた。
正確には、婚儀の式典そのものはつつがなく終了しており、二人は既に夫婦である。エンドールの城内でも二人の熱愛ぶりは有名であり、逆にモニカ姫の父親であるエンドール王の居場所がないのではと一部では囁かれているほどだ。
とはいえ、当事国であるエンドールとボンモールの王に加えて、サントハイムとブランカの王も参列した盛大な結婚式に自分も参列してみたい、それが叶わずとも名だたる王族を見てみたい、と、これを機にお祝いの空気に浮かれてわざわざ遠方から足を運んでくる観光客も多く、それらの客のために闘技場を使用した披露宴も未だに毎日行われていた。
この式典の入場料としては決して安くない金を払う必要があったが、同時に記念品としてリック王子とモニカ姫の横顔を鋳造した記念硬貨も配られる。この硬貨はエンドールの街で売られている土産物とは異なるデザインであり、『本物』に似せたものを売ることや転売行為は厳しく取り締まられていた。
陽が暮れて夜となれば闘技場も閉鎖され、街の酒場ではエンドールとボンモールの繁栄を祝う乾杯の声が木霊する。あるいは、営業が再開されたカジノでは大勝ちした客と無謀にも虎の子の蓄えを溶かした客の悲喜こもごもの声が交錯する。
そんな城下の賑わいとは別に、入念に警備と人払いがなされたエンドール城の一角では見る者が見れば目を剥くに違いない面々が一堂に会していた。
「会場の提供と会合の準備に感謝する、エンドール王」
「構わぬ。むしろ、この会合がもう暫くの間続いてくれぬかとさえ思っているほどだ」
サントハイム王の労いに答えたエンドール王の顔は疲労の陰りを纏わせている。何も円卓の上に置かれた燭台に灯された控えめな蝋燭の光の加減ばかりではあるまい。
「どうなされた。もしや
「そうではない。そういうことではないのだ」
ボンモール王の声にもエンドール王は首を横に振った。
「ならば一体どうなされたというのだ。もし悩みがあるというのであれば、我らで良ければ聞くが」
最後のブランカ王がゆったりと席に腰を下ろす。エンドール、ボンモール、サントハイム、そしてブランカの四ヵ国の王が人目を忍んで一堂に会する。それだけでも一大事というべきだろうが、とはいえ、日頃は民や臣下へと向けるような威厳を取り繕う必要もない場とあってか、王たちはさほど肩肘を張る様子もなかった。
「うむ。……実はこのところ、寝室ではなく衣裳部屋で夜を明かすことが続いているせいで、いささか寝不足でな」
エンドール王が漏らした苦い声に、他の三人の王たちは互いの顔を見合わせる。
「衣裳部屋?」
「どういうことか。王たる者が自らの城で寝る場所にも困るなどと」
口々に問いかける他国の王に愚痴を零せる機会など滅多にないとあって、自然とエンドール王の口も軽くなる。いや、この王が考えなしに口を開くのは以前からのことではあるが。
「いや、これは
「「……まさか」」
思い当たるところがあるのか苦い顔をするサントハイム王と、逆に気の毒そうな顔になるボンモール王が異口同音に呟いた。
「うむ。まさか新婚の二人に向かって次代の跡継ぎを作るな、などと王の立場で言えるはずも無し。かといって出歯亀よろしくそれを見守るなど非常に気まずい。仕方なく、隣の衣裳部屋に逃げ込んで夜が明けるのを待っておる。適当な客室に移ることも考えぬわけではなかったが、まさか王たる者が娘とその婿に寝室を奪われるなど、それはそれで体面がよろしくない。どうしたものかと思っておる」
ハァ……と深いため息を漏らすエンドール王に、他国の王たちも何とも言えない顔となった。
情けない、と笑うべきところだろうか。だが、同じく年頃の
エンドール王のように婿を取るにせよ、あるいは女王として即位した王女が王配を迎えるにせよ、いずれ似たような問題は両国でも起こる可能性は否定できないところだ。
「そうか。
「エンドール王には感謝するぞ。おかげで我らも事前に備えられる」
たびたび
「……まあ、なんだ。国賓扱いで客室を一つあてがってもらっている身だが、こちらは
「すまぬ。恩に着る」
そしてボンモール王が最後に付け加えると、恥も外聞もなくエンドール王は頭を下げた。冗談抜きで相当に参っていたようだった。
「――では、本題に入るか」
ブランカ王と苦笑を交わし合ってからサントハイム王が改めて仕切り直すと、四ヵ国の王は威儀を正し、椅子に座り直す。
「キングレオ王国からの策謀および干渉の仔細については既に各国で共有済みである」
「
「山奥の村についても改めて調査させた。あれほどの惨状が他の街や村で繰り返されてはたまったものではない。対応は急務であろう」
「もしキングレオが大規模に兵を動かすとしたら、真っ先に矢面に立つことになるのは
列国の王は口々に懸念と憂慮を述べ、それぞれに頷き合う。
「幸い、
「公的な使節の随員、あるいは念のために表向きは隊商の護衛として偽装した兵も行き来させ、警備の手を厚くする手配も必要であろうが、な」
「リック王子とモニカ姫には負担をかけることになるが、今しばらくは衆目を集める役目に徹してもらおう」
「その点については心配無用。
王族にとっては、婚儀もまた一つの政治である。その婚儀を見世物として民の娯楽とするのも政治である。であるならば、その披露宴を外交や軍事の隠れ蓑とするのもまた同じ。
「勇者の動向は?」
「無事コナンベリーに到着したとの一報は入っておる」
「船の建造に要する費用は各国で援助しよう。幸い、エンドールの城下にトルネコの妻子が滞在している。預かり所の金庫の金が増減していることなど、外部からは知る由もあるまいよ」
トルネコの店が武器や防具の売買から表向きは手を引き、預かり所に看板を架け替えた裏面の事情を知る者は列国の王以外はごく僅かである。特定の個人に諸国の王が大々的に援助し肩入れするのは難しい。あるいは贔屓だと見られ、不平や不満の声が上がりかねない。
だが、資金面で密かに援助するのに、それも商人という多額の金を扱うトルネコという存在は周囲の目を誤魔化すのに特に都合の良い存在だった。
「ブランカ王、船の建造に必要な資材は」
「陸路および海路の両方でコナンベリーへの運搬を手配した。どちらかだけでも無事に到着してくれれば良い」
「最悪の事態に備え、
円卓の上に地図を広げ、四人の王が低い声で、しかし熱の入った議論を繰り広げる。
地獄の帝王の復活。そしてそれに対抗する勇者の存在は、既に市井の民の耳にも噂として広まっていた。しかし国を統治する立場の王が、勇者だけに全てを任せて安穏としていられるほどに気楽なわけはない。
国内の治安と、それを維持するのに必要な費用を天秤にかけ、税の徴収と、その税収を増加させるのに必要な手はずを整える。ただの無能に一国の王が務まるほど、この世界は安定していないのだ。
「が、ボンモールと
「ルーラやキメラの翼という手もなくはないが」
「個人や少人数であればまだしも、まとまった数の兵を送るのには時間も手間もかかり過ぎる。もう一手、何か欲しいところだ」
諸王の懸念に頷いたサントハイム王が、おもむろに地図の一点を指さした。
「それについては、例の錬金術師の弟子から一案が提示されている。この地に、新たな街を作ってはどうか、とな」