港町コナンベリーの造船ドックは世界最大の規模を誇る。特に、外洋の航海には必須とされる大型船の建造では、ほとんど独占的までに世界中の注文を一手に握っていると言っても過言ではない。
当然、ドックの空きが出る順番待ちの列が途切れた試しもない。一年待ち、二年待ちも当たり前。その長い行列に横から割り込む時にモノを言うのは、ただただ財力あるのみである。造船所を取り仕切る船大工たちのギルドに大金を積み、一年どころか二年、三年先までびっしり埋まった作業予定を書き直してもらい、必要な資材の融通と職人に無理を聞いてもらうには、莫大な金が必要だ。
「いやはや、こんな大金を右から左に受け渡すというだけでも冷や汗が止まりません」
「顔色の一つも変えないでおいて、よく言うな」
殺気立った空気の造船ギルドから外に出て、ようやく一息ついた自分の横で付き添いの青年が小さく呟く。
「いえいえ、本心ですとも。とはいえ、商人たる者が商談で動揺しているようでは足元を見られてしまいます。なので表面的には動じないように見せる習慣が身についているだけですよ」
「それが出来るというだけでも十分に一流だろうさ。俺ではとても真似できん」
「そうでしょうかね。商人ではないにしても、バルザックさんは交渉に必要な心得は身についているようにも思えますが」
自分が絶対に譲れない一線だけは守り、相手が受け入れられる一線を見極める。あとは互いに折り合いがつけられる地点を探り合っていくだけだ。
尤も、誰だって1ゴールドでも得をしたいし、逆に1ゴールドも損をしたくないというのが人情というもの。その辺りの損得を脇において、交渉に臨むことの難しさ。それが出来なければ決裂してしまうのだが。
「今の俺は食うに困っているわけではないし、着るものもある。住む場所もある。衣食住が揃っているなら、あとは何とかなるからな。それ以外なら譲歩や妥協も幾らでもするさ」
もっともらしく聞こえる言い分だ。だからこそ、手強い。交渉の場では本心を容易に見せない相手ほど厄介だ。相手が何を一番欲しているか読めないということなのだから。
「なるほど。至言ですな。――…ところで。先ほどから手で弄んでいらっしゃるものは一体何なのか、実は気になっているのですが」
造船ギルドで商談に入る前、造船ドックを見学していた時から。いや、港で停泊していた船の内装を見せてもらった時からだったろうか。
金貨よりは一回りほど大きいが、掌に余るというほどの大きさではない。星形の周りに五つの丸印が刻印された、丸型の――
「メダルだよ。小さなメダル」
「ヘンテコリンな品ですな。店では売っていないでしょうし、引き取ってももらえないでしょうね。ですが、」
「どこの世界にもいるものだよな。蒐集家ってのは」
「ご存知でしたか」
どこで誰から聞いたかは忘れてしまったが、いつだったか風の噂でそんな話を聞いた覚えはある。世界のどこかに、こんな品を集めている物好きな人物がいるとか。
「勇者に渡しておいてくれ。そこらの道ばたで拾ったとでも言って」
「まあ、構いませんが。一応お訊きしますが、盗んだりしたものではありませんよね?」
「無い。造船所で作業していた職人にも確認したが、きっとどこからか紛れ込んだものだろうと言っていた。どうせ1ゴールドにもならないから好きに持って行けとも言われたよ」
「それを聞いて安心しました」
「まあ、そのメダル1枚で3000ゴールド以上の品と交換できるかもしれないんだが」
「!?」
受け取ったばかりのメダルを思わず取り落としそうになり、慌てたせいで両手でお手玉をしてしまう。
「本当ですか?」
「その可能性もあるっていうだけだ。あるいは、もっと多く集めないとダメかもしれん。蒐集家の基準ってのはよくわからんからな。こればっかりは本人のところに持って行ってみるしかない」
そう言われて、改めて小さなメダルをまじまじと見てみる。何度見てみても、やはり自分の目にはヘンテコリンなメダルにしか見えない。
「わたしが言うのも何ですが、商売と言うものは実に奥が深いものですな」
1ゴールドにもならないものの為に、わざわざ高価な品を交換に出す。価値観というものは人それぞれとはいえ、ここまで極端な例は珍しい。
「もし交換できるようなら、試しに一枚、一つだけでも交換するよう勇者に勧めてくれ。それ自体が店では売ってないということもあるが、かなり使い勝手のいい品のはずだ」
「わかりました。お伝えしておきましょう」
一体どこからそんな話を仕入れているのか知らないが、それだけでも一財産になりそうな情報網だ。例え訊いたところで答えてはくれないだろうから、無理に聞き出そうとは思わないが。
「あっ! いた!」
そんな話をしていると、アリーナ姫様の声が聞こえた。隣ではクリフトが息を切らして肩を上下させている。いつものように振り回されているようだ。さらにその後ろではブライ様が首を横に振っている。
「探したよ、バルザック! せっかくブライを迎えに行かせたのに、伝言でトルネコを呼び出したっきり宿に顔も出さないで!」
「俺になんか用でもあったのか? さっさと船の建造に着手して欲しかったから、そっちを優先しただけなんだが……」
「用が無かったら探しちゃダメなの? マーニャとミネアだって探してるよ! 真っ先に港にも行ったのに、トルネコも一緒だろうから目立つだろうと思ったのに二人ともいないし!」
ズンズンと近づいてくるアリーナ姫様は噛みつくような勢いでバルザックさんに顔を近づける。おそらく造船ドックに向かったのとちょうど行き違いになってしまったのだろう。
エンドールの家に帰れば、息子のポポロも自分が不在の間に何があったかを熱心に話してくれる。あんなことがあった、こんなことがあったと、それはもう楽しそうに。
バルザックさんも、砂漠やアネイルで何があったかを話したい、というアリーナ姫様やマーニャさん、ミネアさんたちの気持ちをもうちょっと汲んであげてもいいのではないだろうか。
「だいたい! ブライが持たされてきたのって城の宝物庫にあったマグマの杖でしょ!?
「詳しいことは俺も知らん。サントハイム王からの許可が出たから、持ってきてブライの爺様に渡しただけだ。詳しいことが知りたければ城に戻って自分で訊いてくれ」
その答え自体は嘘ではないかもしれないが、バルザックさんのことだから、裏で色々と働きかけたり何らかの根回しをしたりはしていたのではないかと疑いたくなる。日頃の行いというものがいかに重要か。人の振り見て何とやら。せいぜい自分も気をつけるとしよう。
「むーっ!」
不満げに唸ったアリーナ姫様は、そこで自分の方に顔を向けると、
「トルネコ、造船の話は終わったんだよね!?」
「はい。それはつつがなく」
「どれくらいで出来るの!?」
「大まかな形だけなら半年ほどでしょうか。そこから進水式を経て、処女航海で南のミントスに。そして一度コナンベリーに戻り、艤装や内装に手を入れ、もう半年。全部で一年ぐらいは必要になるかと」
これでも大幅に工期を短縮してもらったのだ。本来なら、竜骨に使う木材を乾燥させるだけでも最短で数か月、長ければ数年かかることもある。そして内装や艤装の装飾に手の込んだものを使おうと思えば、幾ら手間暇をかけても終わらない。もし必要な職人の頭数が足りなければ、さらに工期は延びる。
正直に言えば、裏で各国から資金や資材を援助してもらわなければ自分の全財産を吐き出しても追いつかないほどだった。造船ギルドでは今頃てんやわんやだろう。大口の注文が入ったのは良いとしても、現在ドックで作っている船をどこかに移さなければならない。順番待ちをしている他の客にも工期がさらに伸びることを伝えて、不満を宥めなければならない。まあ、その辺りは先方に任せるしかないが。
「船が出来上がるのを待つまでは、コナンベリーの近くと大灯台でレベ……いや、魔物退治で経験を積むことになるだろうな」
「そんなことはいいから! だったら、まだしばらくは時間があるってことだよね!? ほら、バルザックも宿に行くよ!」
おもむろに腕を掴まれ、引っ張られたバルザックさんがよろめく。
「お、おい?」
「ホフマンに紹介もしたいし! 砂漠を越える前も、砂漠でも、アネイルでも色々あったし! 話したいことは山ほどあるんだから!」
アリーナ姫様が腕を掴んだまま歩き出すと、それに引き摺られるようにバルザックさんもついていくしかない。クリフトは物見高い周囲の野次馬を退かせて道を開けてもらっている。マグマの杖を石畳に突いたブライ様がその後ろに続く。
「ああ、ホフマンか。俺の方でも話がないわけじゃないから、まあ、ちょうどいいか」
「やっぱり何を言ってるのかわからないけど! 話す気があるならそれでいいから!」
「いや、お前にも関係がなくもないんだがな。前に砂漠のバザーで暴れたわけだし」
「何のこと!? まあ、いいや! 詳しいことは後で聞くから!」
黙って聞いていて、一つだけ自分に言えることは。アリーナ姫様は、商談や交渉の類いには全く向いていないということだ。大声で周りにも話が全部丸聞こえになってしまっている。これは話を纏めるという以前の問題だった。