新しいエールが注がれたジョッキを手に、しかしホフマンは俺を露骨に警戒するようにチラチラと横目で見てきていた。
「ま、ひとまずは改めて自己紹介といくか。バルザックだ。錬金術師エドガンの弟子――と言ってもわからんのなら、マーニャとミネアの義兄、ということでいい」
「……ホフマンだ」
俺が軽くジョッキを掲げて見せてから一口飲んで口火を切ると、ホフマンも渋々と口を開く。
「良かったよ。実は少し心配してたんだ。お前が『信じる心』に洗脳されてるんじゃないかってな」
「は?」
目を丸くするホフマンに、俺は本心から安堵の息を吐く。
「どういう意味だ?」
「そのまんまの意味さ。あの宝石には人の欲望やら何やらを増幅する、得体の知れない力があるらしい。一番最初に『この宝石を独り占めしたい』って願った連中は仲間割れをして、魔物に変わってしまったとか」
原作ゲームでも、最初に砂漠の宿屋でつっけんどんな態度を見せていた時の一人称は『オレ』だったのに、仲間に入ると途端に『私』になり、移民の街を作り始めて日記を書くと『ぼく』になったり。日記の内容ですら口調も変わり、街作りの姿勢も変わる。
「人を信じなかったお前が、急に『大切なのは人を信じる心なんだ!』なんて言い出してたら、何かの怪しげな宗教にでも目覚めたのかと思っただろうさ」
実際、『光の教団』とかいう邪教も妙に影の薄いどこぞの大魔王が設立したものだったらしいが。まさかとは思うが、もし移民の街に大聖堂を建てたりしたら、そのせいで邪教の設立が早まったりはしないかと心配になるほどだ。
「な、んだよ、それ。オレは、そんなこと、何も聞いて……」
「ん? ああ、もしかして勇者がお前を騙したとか、そういうことを疑っているのか? 言っておくが、勇者は何も知らないぞ。お前を『裏切りの洞窟』に連れていったことや、そこで話したことは俺は一切指示してない。当然、『信じる心』の来歴だの何だのも知らない」
それどころか、モシャスを使ったシンシアと一緒に魔物を素手で殴り倒してきたと聞かされて俺の方が唖然としたくらいだ。原作ゲームで家族と幼馴染を村ごと失った勇者が、どれほど精神的にボロボロだったかがよくわかる。そんな状態で独りぼっちにされて、ようやく得られた仲間のマーニャとミネアに化けた魔物に襲われれば、それは苦戦もするだろう。
「そ、そうか」
この場にいない勇者を内心で疑ってしまったことを恥じるようにホフマンは目を伏せ、エールのジョッキに口をつける。やっぱりこいつは本質的にお人好しだ。色んな意味で危なっかしいところがある。そういうところが街に移り住んできた女性の目には魅力的に映ったのかもしれんが。
「それで、一体オレに何の話だ」
いつまでも本題に入ろうとしない俺に焦れたのか、ホフマンの方から話を促してきた。
「サントハイムの南に、以前はバザーが開かれてた砂漠がある」
「知ってる。宿に泊まった隊商だか行商人だかの噂で聞いたことがある。いきなり兵士が暴れて大事な商談を台無しにされたから、もうあそこには二度と行かない、とか何とか」
「ああ、そうだ。もうあそこでバザーが開かれることは二度とないだろうな。だが、まあ、逆に言えば、だ」
俺はジョッキをカウンターに置いて、囁くように言った。
「それなりの人数がそれなりの期間、あそこで暮らせるだけの
「それで?」
「砂漠を含む一帯の領土を治めるサントハイム王家と、旅の扉で隣接するエンドールの内諾は既に得ている。また怪しげな行商人やらが妙な盗品やらを扱うバザーを開くようになるくらいなら、もっとちゃんとした街が出来てくれた方がいいし、この先もさらに発展するエンドールから人が足を運んでくれるようになれば、新しい街にも人と金が流れる」
そして、その街を警備や管理をするためにということで、サントハイムの城から兵士や役人を派遣する口実にもなる。キングレオからエンドールへの侵攻を抑止する兵力を駐屯させ、同時にいつ発生するかも不明なサントハイム城の失踪事件における人的被害を低減することが出来るかもしれない、という裏の計算もあるが。
「だが、これが例えばアリーナ姫とかクリフトやブライの爺様、つまりサントハイム王家が矢面に立つのはそれはそれで差し障りがある。もしかしたらサントハイムがエンドールに侵攻する足掛かりにするための準備じゃないのか、とか、痛くも無い腹を探られることになるかもしれない」
「……」
「トルネコは既にエンドールに自分の店を持っている。それにしばらくは
「あんたは?」
「俺はキングレオでは重犯罪者のお尋ね者でな。一応サントハイム王家が後ろ盾になってくれているから今はエンドールを始め近隣の国は見て見ぬふりをしてくれているが、さすがに一つの街の代表ともなれば知らん顔をするのは難しい。表には出れんよ」
ここまで言うと、ようやくホフマンは本気で考え込むように眉を寄せて黙り込んだ。
「……だからって、オレにそれが出来ると本気で思ってるのか?」
「
搾り出すように言われた言葉を俺はあっさりと切る。
「さっきも『内諾』と言った通り、まだこれは各国の王が密かに議論している段階の話だ。もっと他に良い場所はないか。他にも任せられる人材はいないか。複数の候補地と複数の候補者を挙げて、比較検討して、最終的に話が決まって実際に話が動き出すのは一年先か、二年先か。あるいは、もっと先か。それぐらいの話だよ」
「……」
「知ってるか? 南のミントスには『商売の神様』と言われてる老人がいるらしいな。昔は冒険家で、それで手に入れた宝を元手に宿屋を始めたとか」
「!?」
「洞窟の奥で『お宝』を手に入れたお前が、次はどうするか。もし大きな案件に手を出そうというなら、偉大な先達に教えを乞うて学ぶのも一つの道じゃないかと思うが」
原作ゲームでは勇者が移民を見つけさえすれば、そいつが勝手に一人で移民の街まで移動してくれて、それが何十人か集まっただけで、もう街が城やら大聖堂やらカジノやらに変わったりするが、実際はもっと大勢の人間がいなくてはそこまで巨大な街にはならないだろうし、それを管理する役人や警備する兵士だって必要になる。街の建築や増築に必要な資材に至っては言うまでもない。
それだけの人、金、物が動く案件だ。遊びや冗談では済まない。原作ゲームではサントハイム王が城の人間ごと消えていたから、その辺りはアリーナ姫が事後承諾という形で許可をしていたのかもしれないが。
「もし迷っているなら、勇者たちに相談してみたらどうだ?」
「――…わざわざオレが聞くまでもねえよ。どうせあいつらは、いつものようにキラキラとした目で『大丈夫、きっとホフマンなら出来ますよ』とか言いやがるに決まってる」
ボソリと呟いてジョッキに口をつけるホフマンは、だが眩しいものでも見るように目を細めていた。
考えてみればおかしなものだ。師であるエドガンと兄弟子オーリン、そしてマーニャとミネアを裏切るはずだった俺が、親友に裏切られたと思い込んでいたホフマンと、コナンベリーの酒場で並んで酒を飲んでるなんて。
「た、た、大変だあぁぁぁあぁっっ!!」
だが、その時。酒場に響き渡った大声は。ある意味では俺の知る原作ゲーム通りで、しかし原作ゲームでは見るはずのないイベントだった。
「ふ、船が! 出航したばかりの船が、港の目の前で沈みやがった!! 誰でもいい! 急いできてくれ! 救助の手が要るんだ!!」