サランの街の宿屋にいるエドガンの見舞いに行ったボクたちが戻ってくると、コナンベリーは街中が大騒ぎになっていた。
「もっと材木を持って来い! 火を焚いて冷えた体を温めるんだよ!」
「酒と食い物もだ! 毛布も足りねえ!」
「この際、帆に使う布でも何でもいい! 弱って死にかけてる奴らを砂浜の上に寝かせるよりはマシだ!」
何かがあったのは一目でわかる。でも、ボクたちは何をすればいいのかがわからない。その時、真っ先に動いたのはソロだった。
「
「うん」
ソロの一言で、シンシアがフードを引き下ろした。長い耳をピクピクと微かに震わせて、耳を澄ませるように目を閉じる。
すぐにライアンがソロと挟み込むようにしてシンシアを庇った。ボクとクリフトも周囲の目に注意を払った。幸いと言って良いのかはわからないけど、今は街中が騒いでいるせいでシンシアに目を向ける人もほとんどいなかった。
「港の方から『船が沈んだ』って声が聞こえる」
「もう沈んだ後?」
「多分、そう。今は船に乗ってた乗客と船員たちを小舟で引き上げて浜に運んでるみたい」
「わかった」
ボクたちがいるのは街の入り口で、なのに反対側の端の港で何があるのか聞き取れるなんて。この距離で、周りがこれだけ騒いでいる中で。
「ブライ。今すぐフレノールの街にルーラで飛んで、父さんと母さんと先生と師匠を連れてきて下さい。今は一人でも多くの助けの手が必要です」
ソロの言葉にブライがボクの方を一瞥する。もちろんすぐに頷き返す。
「うむ、任せよ」
「私も一緒に連れてって。フレノールの道具屋で薬草とかも買えるだけ買ってくる」
フードを被り直したシンシアがブライに駆け寄り、二人はすぐにルーラで飛んだ。
「マーニャはエンドールに。スコットとロレンスを呼んできて下さい」
「すぐ行くわ」
「では、わたしも参りましょう。魔法の聖水も仕入れられるだけ仕入れて参ります」
続いてマーニャがトルネコと一緒に飛ぶ。
「クリフトとミネアは港に。多分バルザックとホフマンもそちらにいると思います」
「姫様」
「行って、クリフト。ボクには出来ないことがクリフトには出来るんだから」
「かしこまりました」
クリフトとミネアが港へと走り出す。
「ライアンとアリーナ姫は自分と一緒に造船ドックの方に。物資を運ぶ手伝いを」
「承知」
「急ごうっ!」
駆け出しながらも、ボクは少し悔しかった。いま何をするべきか、ボクは一瞬だけ立ち止まってしまった。躊躇ってしまった。迷ってしまった。ボクは王女なのに。王族として誰よりも早く決断して、人を動かさなきゃいけなかったのに。
父上なら、迷わなかったんだろうか。ソロは、すぐに動けたのに。ボクが一瞬だけ目を横に向けると、すぐにソロはそれに気付いて小首を傾げた。
「どうしましたか?」
「ソロは強いね、ボクよりも」
そう言うと、青い目を丸くする。
「そんなことないですよ。ただ『何となく』そうするべきだと思ったんです」
誰かに言われるまでもなく。誰かに言われたからでもなく。ただ、そうするべきだと。
ああ、やっぱりボクは弱い。まだまだ弱い。未熟だ。ボクは、一瞬だけ待ってしまった。
「先に行くよ!」
それが悔しくて。そして恥ずかしくて。ボクは手足にありったけの力を籠めた。重い鎧を身につけている二人を置き去りにして街路を走り抜けていく。
「急げ! 浜じゃ今も震えてる奴らが大勢いるんだぞ!」
「だ、だけどよ、これを燃やしちまったら、次の材木が入ってくるのは――」
「知るか! ンなことぁ後で考えりゃいい!!」
「これを持ってけばいいの!?」
二人の男が言い合ってる横を駆け抜けて、木材を肩に担ぐ。
「え? お、おい!?」
「ああ、そうだ! 急いで浜に持ってってくれ!!」
「わかった!」
お、重い。でも、動けないほどじゃない。ボクも組み手ばかりじゃなくて、こういう地道な力仕事でも体を鍛えた方がいいのかも。
「こちらは自分が持ちましょう」
遅れて来たライアンがボクの手から木材を軽々と取り上げた。
「行きますぞ」
「他に何かある!?」
「そっちの帆布もだ! あるだけ持ってけ!」
「わかった!」
振り向くと、もうソロが半分ほどを担ぎ上げてた。
「アリーナ、残りの半分を」
「任せて!」
こっちは嵩張る割に重さはそれほどでもない。いや、やっぱり結構重い。でも、これぐらいなら。
「行くよ!」
「はい!」
ソロと競争するぐらいのつもりで走り出す。砂浜の方では大勢の人が横たわっていた。そのうちの何人かは、もう……そのすぐ横で、顔見知りなのか、船員らしい屈強な大男が突っ伏して号泣している。
「この大馬鹿野郎が! こんなところでくたばってるんじゃねえ!」
「材木はこっちだ! もっと火を焚け!」
「毛布はまだか!? なければ帆布でもいい!!」
「帆布って、これ!? これでいい!?」
痛ましい光景から目を逸らして、ボクは大声を上げている若い男に駆け寄る。それはホフマンだった。
「ホフマン!」
「ああ、アリーナか。帆布を持ってきてくれたのか。あっちにあるだけ広げてくれ」
「わかった!」
ボクはソロと一緒に折り畳まれていた帆布を広げていく。すぐに何人もの人が運ばれてきて寝かされていく。ガタガタと全身を震わせている人もいれば、もうぐったりとして動かない人もいる。
「魔物だ! 沖の方から痺れクラゲが!」
「畜生! あれに刺されたら泳げなくなる! 救助の邪魔だ!」
叫び声に振り向くと海面の上にフワフワと浮かぶ白いスライムに青い触手を生やしたような複数の魔物が見えた。
「メラミ!」
「ヒャダルコ!」
だけど、すぐに海面を炎と氷が走り、近づいてくる魔物の群れを撃ち落とした。
「ブライ! カダルも!」
「フレノールの宿からも、ありったけの毛布を持ってきたよ!」
「メルタ! ありがとう!」
こういう時はメルタの大きな体がすごく頼もしい。その陰から顔を出したシンシアも、大きな籠に目いっぱい薬草を詰め込んできてた。
「ウチの人とガロンも荷運びに走ってるよ。ほら、しっかりしな!」
早速メルタが衰弱して動かない人にベホイミをかけ始めた。シンシアも震えている人に薬草を配っている。
ベホイミでようやく意識を取り戻した人が周りを見回したり、薬草の苦みに顔を顰めながら毛布にくるまったり。
「シンシアさん、そちらの薬草を自分にも――」
「クリフト? 大丈夫?」
ついさっき別れたばかりのクリフトの顔は、もう真っ青だった。これまでにも何度も見た、魔力を使い果たした時の顔だ。
「姫様。はい、まだ大丈夫です。ただ、魔力がなくなって手持ちの薬草も使い果たしてしまったので、今は薬草の補充に」
「お待たせしました。クリフトさん、こちらをどうぞ」
トルネコもエンドールから戻ってきた。差し出された魔法の聖水をすぐに頭から被ったクリフトは、両手で顔を叩いて気を取り直して再び救助に向かう。
「アリーナ姫、俺にも魔法の聖水を!」
「バルザック!?」
ボクはトルネコから魔法の聖水を受け取って、声がした方に走る。
「すまないが手が離せない。その魔法の聖水をぶっかけてくれ」
「わ、わかった!」
バルザックは一目で死にかけているとわかる女性にベホマをかけていた。でも、魔力が切れかけているのか手のひらの癒しの光が明滅してる。急いで魔法の聖水をバルザックに使う。
ギリギリで間に合ったのか、女性が咳き込んで口と鼻から海水を吐き出した。薄く目を開く。
「……こ」
「え?」
「……こ、ども……私の、子ども、は……どこ……?」
周りを見る。わからない。誰も彼もが忙しく動いていて、でも近くに子供の姿は見当たらなくて。
「子供なら、優先的に宿の方で休ませているはずだ。動けるようになったら、後で探しに行ってやれ」
バルザックが言うと、それが限界だったのか女性は再び意識を失ってしまう。
「……っ」
「バルザック?」
「なんでもない。魔法の聖水はまだあるか?」
「う、うん。トルネコがまだ持ってると思う。いま取ってくるよ」
「頼む」
意識を失った女性の頬に手を添えるバルザックの横顔は、まるで痛みを堪えるみたいに歯を食いしばっていて。もしかしたら、あの女性の子供に心当たりがあるんじゃ――いや、今は余計なことを考えて手を止めている暇はない。ボクが立ち止まっている間に誰かが死ぬ。だから、早く――。
この日、必死の救助の甲斐あって、沈んだ船から救助された人は数十人にも上った。
だけど、全員の命が救われたわけじゃなかった。船と共に沈んでしまった人もいた。救助の手が間に合わなかった人もいた。浜に運ばれたけど、手当てが及ばずにそのまま亡くなってしまった人も。
それがこの世界の、ボクにはどうしようもない現実だった。