夏風邪を引きました。
皆様もお気をつけてください、まだ咳が出ます
瞬きをする間に、両者は一瞬で零距離に詰めた。
鎧の突き、イナサが逸らす。
イナサの切り上げ、鎧が首を傾け避ける。
イナサが連撃を放てば、鎧はそれに合わせるように刀を振るう。
鎧が剣を逸らしつつ反撃に回れば、イナサはそれを防ぐ。
氷の剣と羽鍔の刀。2本のこのようなやり取りが、一瞬の間に何撃も何撃も繰り返される。
外野のツツマキの目が追いつかないほどの激しい剣戟が繰り広げられていた。
「ははははは!やるではないか乱入者!」
「そっちこそ鎧で良くやるよ…!」
「そら、もっと私を楽しませろッ!」
「ぬ…!」
野干童子が声を張り上げると共に、さらに刀の動きのキレが増した。彼の持つ刀が一本増えたかのような、そう思わせるほどの激しい刃がイナサを襲う。
対するイナサも、急激な変化に息を呑んだが、すぐに適応し剣を振るう。両者の作り出すその様は、刃の速度を除けば殺陣のように美しいものだった。
おそらく同格であろう2人の斬り合い。埒が開かないこれに痺れを切らしたのは、鎧の方だった。
ほんの一瞬。ほんの数コンマ切り結んだタイミングで、野干童子は刀をズラした。ほんの少し、ちょっぴりだけ、刀を上向きに。
その動きを察し対応しようとしたイナサをモノともせずに、鎧は彼を木々の間に弾き飛ばした。1秒にも満たない僅かな隙にイナサを刀で弾き飛ばす凄まじい膂力を振るう野干童子に、外野3人は恐怖を覚える。いったいどんな筋肉をしているというのだろうか…。
樹海に入ろうとも斬り合いを続ける音が聞こえてくる。だんだん金属音が離れていくので、どうやら3人も森に入らねばならないようだ。
鬱蒼とした森は、他者を拒んでいるとも思えるほど茂みが生い茂っている。
「どこまで入り込むんでしょ…うえー虫やだー」
「はぁ、変なのに巻き込まれたな…あれ、ルルー?」
「ごめん、考え事」
イナサと同じく、ルルーも野干童子の刀に見覚えがあった。確かに孔雀の羽の様だったが、炎の様な意匠付きだった。
燃える孔雀羽の鍔。そう多くないこれを、何年か前にどこかで見た気がしていたのだ。
うーむどこだったか。イナサと一緒に行った酒の席だったような…違ったような…?
酔っていた時に目撃したのだろうか、うまく思い出せない。
写真で見たのか、あの鍔そのものを見たのかすらちゃんと思い出せない。
…ただの勘違いかもしれない。
「…イライラする」
「チョコスティック食べる?」
「うん」
「私にもください!」
「先輩さっき手持ちの3本食べ切ってましたよね」
「ちっ、鋭い後輩だぜ。もうちょっと年上を敬う気持ちとか…」
「俺たち一歳しか違わないんですから、敬う気持ちとかあんまありませんよ」
最初にいた地点からはそれなりに離れているが、移動しながら斬り続けているようだ。2人は周囲の茂みや頭上からの落ち葉ごと斬り刻みながら、じわじわと森の奥の方へ移動していた。
しかし、何やら鎧の様子がおかしかった。肩を震わせて何か叫んでいる。
「巻き込んでこ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛」
「あー泣くな泣くな。斬り合ってる鎧が泣き出すとか3人には意味不明体験すぎるから」
兜と面頬の間の視野を確保するためであろう隙間から涙を撒き散らしながら刀を振るう鎧が居た。それはもう酷いボロ泣きで、刀を獰猛に振るいながら泣いているので涙がイナサにべちゃべちゃかかっている。
イナサをそれを受けつつ呆れ顔である。
「イナサ隊長。もしかして彼は…」
「いや、
「…?隊長の知り合いじゃないんですか?」
「え、忘れたの?」
「ふへ、私なんて忘れますよ…だって私ですよ?」
「え、あんたみたいなでかい人知りませんけど」
ルルーは知り合いの容姿を頭に浮かべてみたが、イナサより背が高いサムライなどいただろうか。記憶になく、果たして思い出せなかったルルーは困惑した。
…少し鎧の涙の量が増えた気がする。
「ま、まずいです、そろそろですぅ」
「あー…まあとりあえずこれの収拾つけようか」
「ひぃん…!ごめんなさい!」
ひたすら続いていた剣戟だが、大鎧の野干童子の手がほんの少し緩んだ。その隙に、イナサはハナの刀をカチ上げる。甲高い金属音を立てて、刀は空を仰ぐ。
腹を晒すような姿勢になった鎧の胴に向けて、イナサの魔力が差し向けられる。
「派手にいくぞ、腹ァ壊すなよ!」
「!!」
氷の剣は一瞬のうちに液体になった。ぶくぶくと泡をたてるそれはイナサの巧みな魔術により、両者の間に浮遊する。
そしてそれは、イナサの魔術によって一瞬で沸き立った。
否、沸き立つところを誰かが観測、認識できたわけではないのだが。
水は超高温の物質に触れると気化し膨張し、爆発する。これの威力は、火山の噴火そのものと変わらないような凄まじい物になることもある。故に、一般人に向けてこれを撃てば漏れなく粉微塵のミンチ死体が出来上がってしまうのだ。普段イナサが放つことのない大規模破壊魔術に、鎧を除いて誰も反応できなかった。
しかしこれは、彼の鎧の頑丈さへの信頼ゆえの行動である。
イナサの術による水蒸気爆発で、大鎧は吹き飛ばされた。
『なななな、なんと!野干童子が、敗北!!乱入者に敗北しましたーッッ!!』
『あぁぁ!賭けてたのに!!ヤカンなんで負けちまうんだ!!』
『すげぇな、あのオッサン。爆発してたぞ』
『それよか、あの剣の腕相当だな!あれが
『いいさ、次の試合でまたヤカンが勝つんだからな…』
『クソ!今月の金もうねぇんだけど!どうしろってんだよオイ雑草食ってろってか?!』
『金返せ!ヤカンが勝手に戦った相手じゃねぇか!』
『そもそもそういう賭けだったろうがアホ』
『んだとやんのかハゲコラ』
『今髪のこと言ったな?言ったよな?!』
「では、俺は鎧の修繕をしに拠点に戻る。しばらくかかるかもな」
「おう、場長にも伝えとくわ。次は勝ってくれよ?」
「善処しよう」
「大変!誠に!申し訳ありませんでした!」
賭博場に寄った後、ハナに連れられて彼女の拠点に着いた一行は、腰を落ち着けて早々に鎧から土下座を受けていた。本来土下座を想定されていない作りの甲冑がミシミシ音を立てるほどの綺麗なフォームで、4人の前に首が垂れている。
イナサ以外の者達は鎧に対して、突然切りかかってくるわ泣き出すわ口調が不定形すぎるわで恐怖以外を覚えていない。なんだこいつ。
「まずは変身解除しなよ」
「あう、忘れてました…」
「え、変身?」
「そうだぞアマキ。魔法少女ってやつだ」
「は?」
呆然とするアマキ達の前で、鎧が発光した。
シュワシュワと溶けるように光が消える。するとそこには、法螺貝を模したようなヘンテコな形のステッキを握りしめる小柄な少女が鎮座していた。
ステッキを握るハナは、魔女とほぼ変わらない背丈に見える。つまりはちびっこに見える身長である。鎧の大きさと合わない肢体に、またまた3人は瞠目した。
「あ、あんまり見られると恥ずかしい…」
「いや意味わからん…」
「適度に噛み砕けよ。まあそういうことで、俺たちが合流を目指していた先に潜伏していた巡検官こと、ハナ・フィッカだ」
こうして、かなりの時間をかけて、氷の隊は潜入巡検官のハナと合流を果たした。
〜
「実は私、賭博場の闘士として潜伏してたんです」
「だいぶリスキーな仕事で潜伏してるんですね…怖ぁ」
「い、意外と平気ですよ…?」
「平気じゃないからこんなことになってるんじゃないか」
「全くもっておっしゃる通りです…!」
本人曰く、合流時間に間に合うように移動していたものの、途中闘士の腕を聞きつけた通行人に絡まれ、そのまま流れで争いに発展。複数人と連戦する羽目になった。
そんなことをしていたら、いつのまにか賭博場に見つかり念の魔術による連絡が寄越され、もっと戦えと。
そうして争い続け、ついにはイナサ達のところに到達したが、今度は賭博場からそこの奴とも戦ってみろと。
ブラックマーケットでの活動が掛かっているのもあって無視するわけにはいかず。
そこでどうすれば1番賭博場からのウケが良いかつ穏便に終われるのか考えた結果、対戦相手のイナサに勝ってもらうのが良いだろうと考えたハナは、そのまま負けたというわけらしい。
途中イナサを弾き飛ばしてわざわざ森の中に移動したのは、罪悪感で泣きそうで、賭博場からの監視を避けられる場所で泣きたかったから。鎧を着ている際の立ち振る舞いや言葉遣いはかなり無理をしていた演技であったのも理由の一つである。
賭博場は、使い魔の鳥の背中に小さな
それで、いつまでも隠れていられるわけでもないので、派手な爆発で吹き飛ばされる形で敗北したと。
「それで、ここまで回りくどいことをする羽目になってしまったんですね」
「そう!そうなんです!私何も悪くないのに…!」
「なあ、これ俺が賭博場から目をつけられるんじゃないか?」
「大変誠に申し訳ございません」
「それで私、貴方に会ったことあったろうか?」
「ルルーお前だいぶ酔ってたもんなー。覚えてないか」
「い、一応5年くらい前に飲み屋で…」
どうやら、本当に会ったことがあったようだ。ルルーが隊に配属されてすぐの頃の飲み会に行った日に、ハナが飲み屋に寄って遭遇したらしい。ルルーは言われても思い出せなかった。
どこか見覚えがあったのは、そこで刀を見ていたからだろう。覚えていないけど。
「年も近いし、仲良くなれるかと思って俺が呼んだんだけどな」
「う…覚えてなくてごめんなさい」
「こちらこそ覚えられるほどの存在感がなくてごめんなさい…」
「謝ってばっかで話進まんぜ…ささ、仕事の話をしようぜ」
「は、はいっ」
てててと駆けていったハナは、木箱を持ってきた。中には紙の資料がこれでもかと詰め込まれている。
「これは?」
「資料です。今回の調査で、私ができる範囲までは自力で行っていましたから」
「でも、限界があるって話でしたね?」
「そうです。私1人では人手が足りませんから、支援要請した次第です」
箱から取り出した紙の資料を4人に手渡していく。びっしりと記された文字はほとんどがデータを示すもので、これだけでは何を意味するのか不明である。
「まずは、状況整理といきましょう。まず我々の目的は?」
「魔女様の捕まえた、帝都銀行爆破犯の裏にいた人物がブラックマーケットで欲したものを調査する」
「そう、その通りです。あのダボカス犯の目的を探ることです」
アマキは奴の取り調べ映像を思い出す。太った男がしょぼしょぼになりながら、魔女に吐いていたっけ。
『か、金が欲しくて…あいつに色々教えて…』
『へぇー。なんで金が欲しかったの?』
『え、えと、それは…も、もくひ』
『別にわざわざキミに聞かなくったって、君の脳みそ直接覗いちゃえば分かるのをこうしてここに座っていちいち聞いてやってんだぜ?』
『…』
『みんな覗いた後は、なんでもするからもう2度としないで欲しい頼むって涙と鼻水垂らして懇願してくるんだよね。どれだけ痛いんだろうねー』
『…!』
「結局、本人も何か凄い性質を持つ金属素材がオークションに出されるから金を集めようとしていたって話でしたよね?」
「そうですね。…どんなものかも分からないのに銀行強盗までしてお金を集めようとするところは、脳の神経回路がおかしいとしか思えませんね。魔女様、あんな猿相手に尋問だなんて大変でしょうに」
「意外とハナさん口悪いんですね…」
「い、いやぁ照れますね」
「あれ?俺は褒めたつもりじゃなかったんだけど」
「ふふ、後輩くんはいい子ですね。飴ちゃんあげます」
「調子狂うな…あ、私にもくれ」
(属性渋滞しすぎじゃないですか?)
(ほっとけ。口が悪いのはリラックスしてる証拠だ)
(えぇ…)
アマキやルルーだけでなく、残りのイナサとツツマキにまで飴を渡してきた。帝都で人気の、ウィッカウィッカ玉というりんご味の飴だった。ルルーは目を輝かせている。
「それでですね。その金属素材とやらも調べが少しだけついています」
木箱から取り出した資料は、1枚の紙。グラフには、魔力の波形が記されている。しかしそれは、どう見ても生物の発する魔力波形だった。
本来、鉱物などの無機物が魔力を帯びた場合、波のない綺麗な波形が検出される。無機物は魔力生成能力を持たないので、本来次第に衰弱していく波形を持つのだが、この資料の波形は波の形があるどころか段々と強さを増しているのだ。
「…これ資料間違えてないんですよね?」
「いい質問ですね後輩くん。金属の帯びる魔力にしてはおかしいと言うのがキモなんですよ」
「私はこの金属を仮称します。“謎の生物金属X”と!」
◯ハナ・フィッカ
…大柄な甲冑に変身する魔法少女ステッキを携えた、ロリ系口悪歳下先輩。フィジカル強者
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