「“謎の生物金属X”ぅ?」
「はい!“謎の生物金属X”です!」
ハナの独特のネーミングセンスが炸裂しているが、彼女の話をすべて正しいものと仮定すると確かに謎の金属物質であることが窺える。
生き物のように魔力を発する金属など、帝都をひっくり返しても見つからないだろう。
「そもそも、このデータはどこから採ったんだ?」
「なんか出品者が透明なケースに入れて晒してたので堂々と採ってやりました」
「ハナ先輩大胆ですね…」
ハナが顎で示せば、部屋の隅に魔力波形を観測する小型機器がまとめられている。特別珍しいようなものでもないが、観衆の中であれを使っていればさぞ目立ったろう。
ドヤ顔しているがだいぶリスキーな行為なのでは、とアマキは思案する。
そんな彼を知ってか知らずか、他の人もやってたしバレないバレないと言い切るハナ。再びアマキは不安に襲われた。
ハナは写真も撮っていた様で、それを4人に渡してきた。スタンドに乗ってケースに囲まれたそれは、確かに金属の様に見える。もはや魔女しか知る者はいないが、それはアルミニウムに似たように見える。勿論氷の隊の皆は知るわけもないこと、物珍しく見えたことが相まったのか、しげしげと眺めていた。
サンプルだったようで、大きさはそこまで大きくない。拳大程度のそれは、写真越しでも分かるような独特な紋様のようなものが浮かび上がっており、謎の生物金属Xの存在感を高めていた。
そんなことをしている間に、ハナは再び資料を引っ張り出してきた。顔写真が貼り付けられているこれは、どうやら出品者に関する情報のようだ。
「出品者は放浪商人グループ“ベルガレストファミリー”の首領、ラウノス・ベルガレスト。出所不明の商品を扱うことが多い、帝国の領土外まで遠征することもある大きな商隊です」
「俺知ってるな。帝都に支店があるとこだろ?」
「そんな商人がなぜこんなマーケットなんかに…」
「所謂裏の顔ってやつですね。特に宣伝しているわけでもなく実名で活動していますが、知る人ぞ知る裏の顔…といった調子でしょうか」
マーケットは外部との交信がほぼ断絶された孤島の如きコミュニティ。マーケットと帝都を行き来する様な人間はほぼ存在しないのもあってか、知る人は多くないのだと言う。
「問題はここからなんですよ…彼、このマーケットにある4つのオークション会場のどこかに、明後日出品すると言ってまして」
「直接接触したのか?」
「そりゃ勿論ですよ!重大な事件の調査に協力してくれないかと要請したのですが、『フッ…俺は平等な商人だ…勝ち取ってくれ…』とかなんとか言って取り合ってくれなくて!あくまで調査だから没収もできるわけないし!1人でオークション会場に行こうものなら
「はい、ティッシュ」
イナサから渡されたティッシュでちーんと鼻をかむハナ。再び眼からは涙が溢れている。段々とヒートアップしてしまったようだ。
少し話がズレるが、ハナは[勇遊の隊]と呼ばれる部隊に所属している。それぞれが個々に任務を引き受け、単独で任務をこなす実力者集団である。特殊な隊であり、巡検庁の中での立ち位置や権限は部隊統括隊長並みのものとなる。つまりバルトローグと大体同じ地位とすれば分かりやすいだろう。
ハナはすでに7年近く任務をこなしてきたベテラン隊員であり、任務成功率も相応に高い。優良隊員の自覚があるハナは、今回の任務で支援要請することを重く感じ取っていた様だ。
支援を要請するということは、自分1人では任務をこなせない、つまりは勇遊の隊に所属している者として相応しくないと感じ取れるわけで。
勇遊の隊の他の隊員は別にそこまで他者へ関心があるタイプでもないし攻撃的なわけでもないし、他者の失敗をネタに貶すような人物でもないのだが、ハナはそれでも周囲からの視線を気にしていた様だった。
荒れたままの彼女はそのまま話し続けた。幼少期は順風満帆というには程遠かったこと、今までの任務の愚痴、上司への愚痴、今回の任務の愚痴等々。汚い言葉も交えて今までの不満をつらつらと語った。
「私を虐めやがったクソッタレがいて…!もうあの頃は限界で…!何なんだあの阿呆共は…!片親がそんなにおかしいかよ!」
「敵は単独っていうから行ったらしく!したら囲まれてて!私がいなきゃすぐぶち殺されてましたよ!私でなきゃ死んでる任務を新人に差し向けるな斬り倒すぞ…!」
「言ってること二転三転すんじゃねぇ!バルトローグ隊長を見習えカスッタレ謝ることもできないのか…!アホ!バカ!ダブスタの鳥頭!」
「悔じいぃぃ!私1人でもできるって思ってたのに…!実力行使アウトで人手のいる任務とわかってれば最初から別の隊に任せるとか最初から支援呼ぶとかできたのに…!なんなんだよラウノスのバカヤロー!カッコつけやがって何髪ファサァしながら“勝ち取ってくれ…”だよ舐めてんのかコンヂクショウ」
「ぐず…分がってると思いますが、他言無用でずよ!」
彼女は泣き疲れたのか寝てしまった。きっと今日までの精神的疲労や戦闘の疲れもあったろう。ハナの交友関係はそう広いものでもなく、ぶちまける相手が居ないのもあって、だいぶ溜まっていたようだ。
知りたい情報も大体知れたし、肝心のオークションも明後日開催ということで時間はあるようだし、会議も終了で良いだろう、というのが残された4人の意見だった。
ツツマキは新たな環境にまだ馴染めていないのか、疲れた様子。ハナと同様に寝ることにしたようだ。ハナに言われた部屋に『晩御飯になったら起こして下さいね…』という言葉を残してするりと入り込んでいった。
ルルーも何か感じるところがあったのか、あまり明るい顔ではなかった。アマキの顔をチラと見た後、外の空気を吸いにいった。
残された2人だったが、イナサはぼうっと壁を眺めていた。無言で向こうを見やる彼は、アマキを待っているようだった。
氷の隊として活動する中で野郎組2人きりになることは珍しくなかったが、このようなイナサの態度はアマキからすれば珍しいものだった。いつもはくだらない話をフッかけてきたり、飯に誘ってきたりと軽々しく接してくるものだったが、今は真顔で壁のシミを数えていた。
アマキは、今まで良い人生を送ってきたと自覚している。
帝国の法律下であっても治安はそう良くならず、多くの人が傷つき、不幸を呪ってきた。巡検官に仇討ちを懇願する未亡人、両親や親戚から虐待を受け果てに迫害された後保護された捻じれ角の子供、神の権能を以てしても救うに至らなかった重傷の患者。巡検官となりこの隊に配属されてたった2年のうちに、アマキは世界の残酷さを噛み締めていた。自身の身の回りの人間は幸福だったのだとも思い知らされた。
巡検官になってから新しくできた交友関係。
そんな身近な人々でさえ、不幸はついて回っていた。
ルルーの家の事情はある程度把握していた。本人の口から直接聞いた。勿論アマキはルルー本人ではないから全てを理解することはできなかったが、それでも彼は知ることを渇望した。少しでも彼女の苦しみを排除したかったから。ルルーは、姉を殺した犯人を追っている。
ツツマキの母親がどういう人物なのか、実家からの仕送りが多すぎて大変で処理を手伝ってほしいと支援要請してきた彼女に聞いたことがある。イナサの義理の姪であると、これまた本人の口から聞いていたからだ。多くは語らなかったが、彼女の母は紛争で親──ツツマキから見れば祖父母にあたる──を失い放浪していたところを、魔女に拾われたのだという。彼女が魔女っ子なのは、そういった縁もあったようだ。
イナサも似たようなものだ。親に捨てられ、路地を彷徨っていた所を魔女に拾われたのだと、いつかの酒の席で溢していた。それ以上のことは、聞けずにいる。
魔女も帝国も、必死に国を良くしようと働いているが、それでもやまない不幸の雨。皆にそれが降り注ぐ中、アマキだけは傘を差していた。ふとしたキッカケで傘に気付き、巡検庁の門を叩いたのだ。
傘を、多くの人に差し伸べられるように。
雨に濡れる体を、温めてやれるように。
暗雲を打ち払えるように。
わがままかも知れない、傲慢かも。
同情すれば、不快かもしれない。
それでも、若き彼の炎は、自ら傘の下から出て行くと決めたのだ。
他言無用、絶対厳守との前置きと共に、彼女の今までをイナサは語った。
ハナは、魔法を使えない。
体内で魔素を魔力に変換する臓器である魔嚢に、先天性の病を抱えて生を受けた。魔力生成能力が極めて低くなる不全を患っており、魔法に至る程のものを発揮することができない。
現代人類は、魔素が充満するこの世界で魔法という力を手に入れた。皆が当たり前に使える魔法を使えない人間は、異分子であり、忌子であり、得体の知れない人間だ。
このような魔法を使えない人間を、
幼いうちに病で母親を亡くした彼女に追い討ちをかけるように、学校では虐めに遭った。その時の影響なのか、今でも涙腺が緩いのだという。
元から警察を夢見ていた彼女は体を鍛えたが、それでも止まない虐めに大きく疲労した。子供は、何かをできない熟せない人間を排斥したがるものだと、あれらは愚か者なのだから気にする必要はないのだと、自身にそう言い聞かせてもなお彼女は折れそうになったのだと言う。ハナ本人による下剋上、事態を把握した彼女の父による学校への殴り込み等を経てどうにかやり過ごしたが、心の傷は癒えなかった。
傷を抱えたまま、彼女は父から譲り受けた刀と共に巡検庁を訪れた。
人手に飢える巡検庁は、彼女の魔嚢不全を気にすることなく採用した。本当は一般犯罪を扱う警察庁に入るのが普通なのだが、人手の足りない巡検庁の助けになれるようにと、彼女は警察庁ではなくこちらを訪れた。
その選択は、彼女の救いになったらしい。それからの彼女は、周囲に振り回されながら幸福の範疇で生きてきた。苦しみも不幸も全部ひっくるめて、彼女は幸せだと語ったと言う。
「だからさ、今が一番いいはずなんだよ。あいつにとっては」
入っていた氷もすっかり溶けて緩くなり始めた茶を、イナサは啜る。イナサが巡見官になったのは、ハナがそうなるよりもずっと前のことだ。食堂で知り合ってから、多くの相談に乗ってきた彼は、遠くを見つめている。
しかし、今の彼女はどうだったろうか。溜め込んで爆発していた彼女を、幸福だと言い切れるのか。
本当に、今を良いと言えるのか?
少し顰めた顔をしたイナサは、アマキに向き直る。
「少し気にかけてやってくれ。いくら巡検官としてアイツの方が先輩だとはいえ、お前の方が人生長く生きてんだ」
「…はい」
もうすぐ日が沈む。
オークションまで、残り約1日。
初めてマーケットに来た今日は、鬱陶しいほどの晴れ模様だった。
オークションの日も、晴れるといいが。
○魔法少女ステッキ…本人の魔力に依存せず動作する逸品。変身する際は、決めポーズ決め台詞、そして最後に『変身!』が必要
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