Moros/Eternal Source 作:時代に遅れている
ズドォォォォォォンッ……!!!
突如として響き渡った耳を劈く轟音が、平穏な午後の空気を粉々に打ち砕いた。
見上げれば、黄金色に輝く聖都の美しい空を切り裂くように、赤黒く燃え盛る火焔の球が雨あられと降り注いでいる。着弾するたびに凄まじい爆発が起こり、堅牢なはずの泥レンガの家屋が紙屑のように吹き飛んだ。
地上に目を向ければ、立ち上る黒煙と逃げ惑う人々の悲鳴の中を、あの荒野で遭遇した分厚い鱗を持つ異形の蛇たちが、獲物を探して不気味に這い回っている。
「おいおい、聞いてないぞ……!」
まだ得物すら手にしていない丸腰のまま、村正は燃え盛る街並みを睨みつけた。
「ここは絶対安全な、人類最後の砦じゃなかったのか?」
「すまない……まさか、このタイミングで奴が聖都を直接襲撃してくるとは想定外だった」
ヘレウクレスは苦渋に満ちた表情で、赤く染まる空を睨みつけた。その屈強な体が、怒りで微かに震えている。
「魔獣テポーン……奴はかつて、我々人類の守護者たる神々を屠(ほふ)った知性ある宿敵だった。だが、今のあの無軌道な破壊を見るに、どうやら長い年月を経て、自らの力に溺れただの『厄災の猛獣』にまで成り下がったらしい」
大英雄は村正と椿へと振り返り、庇うように立ちはだかった。
「君たちは今すぐ避難するといい。……ロッキル、あとの誘導は頼めるか?」
「私はいいけど……彼は不満みたいだよ?」
ロッキルが亜麻色の耳を揺らし、顎をしゃくった先。
そこには、逃げるどころか、足を踏ん張ってその場に留まろうとする村正の姿があった。彼の瞳には、怯えではなく、静かに燃える闘志が宿っている。
「俺は残って戦う。ロッキル、椿だけを安全な場所へ運んでくれ」
「えっ……」
その言葉に、椿がハッと息を呑む。しかし村正は構わず、ヘレウクレスを見据えて不敵に笑ってみせた。
「俺も一応、『新生の予言』に記された勇士の一人なんだろ? 人手が足りなくて困ってるなら、出し惜しみせずに協力するべきじゃねぇの?」
村正のその言葉に、ヘレウクレスはわずかに目を見開いた。そして、フッと優しく、どこか誇らしげに口元を緩めた。
「……避難を促したのは、君たちがまだ七日間の猶予期間中であり、これ以上の過酷な責任を負わせたくなかったからなんだが……。まぁ良い。君のその確かな勇気に、心から感謝するよ」
そして、改めてロッキルへ力強く頷く。
「改めて、頼んだぞ、ロッキル」
「はいはーい。それじゃ、行くよ~、お姫様」
ロッキルが椿の細い腕を強引に引く。戦火から遠ざけられ、引き剥がされるようにして後ずさる椿の瞳が、すがるように村正を捉えた。
「村正さん………」
恐怖と不安、そして彼を失うかもしれないという焦燥で激しく揺れる、花紫色の瞳。
それを見た村正は、いつもの飄々とした、安心させるような笑みを浮かべると――ドンと自身の胸を叩き、力強く親指を立てる『グッド』のサインを送った。
『瞬(シュンッ)――!!』
突風が視界を薙ぎ払ったかと思うと、ロッキルの姿は椿の身体を抱えたまま、瞬く間に燃え盛る街並みの奥へと掻き消えていた。獣のしなやかなバネが生み出す神速の離脱。これで少なくとも、背後で守るべき少女の安全は確保された。
「……ふぅ。とりあえず一安心だな」
村正は胸を撫で下ろして長く息を吐き出すと、燃え盛る大通りへとゆっくり向き直った。
火の粉が雪のように舞い散る中、数十メートル先に群がっているのは、荒野で遭遇したのと同じ、分厚い鋼の鱗を持つ異形の蛇たちだ。十数匹の巨体が獲物を求めて鎌首をもたげ、紫がかった血生臭い息を夜気へと吐き出している。
隣に立つヘレウクレスは、岩山のような巨体を微塵も揺らさず、深く厳しい眼差しで眼前の魔獣どもを見据えていた。その右手には、大木のように太く無骨な大棍棒が、ギリィッと音を立てるほど、強く握り込まれている。
村正もまた、静かに右の手のひらへと意識を集中させた。
謁見の間で神武天皇と対峙した際、極限の死地で引き出したあの燃え盛る炉の記憶。掌に淡い熱を帯びた光が収束し、やがて確かな質量と冷たさを伴って、一振りの日本刀が顕現する。
(……うん、分かってた。知ってたけどさ)
村正は手の中に現れた刀をマジマジと見つめ、炎に照らされながら内心で深いため息をついた。
装飾の欠片もない質素な柄(つか)、不自然なまでにいびつな反り。神話の勇士が振るう伝説の武器にしては、あまりにも地味で無骨すぎる『普通の刀』だ。
(やっぱり、呪われた妖刀! みたいな、禍々しくてカッコいいやつじゃないんだよなァ…………)
そんなガッカリ感を他所に、刀身に走る冴え渡る刃文だけは、周囲の熱気すら真っ二つに切り裂くような凄まじいプレッシャーを冷ややかに放っていた。
「さぁ、始めようか。狩りを」
ヘレウクレスが、大地そのものを震わせるような重く低い声で告げた。
「ああ」
村正は短く応じ、正眼に構え、いつもの飄々とした笑みを浮かべる。
「背中は頼んだぞ、大英雄サマ」