巨大な泥レンガの城壁に穿(うが)たれた重厚な門の前。煌々(こうこう)と燃える松明の炎が、武装した門兵たちと、彼らと言葉を交わすヘレウクレスの岩のような背中を赤く照らし出していた。
「あれは……検問か?」
武が馬上から鋭い視線を向け、手綱を握る手にぐっと力を込めた。見知らぬ都市の入り口、何らかの身分証明を求められれば、異世界から来た彼らに突破口はない。
「なぁ武、いざとなったらこっそり通り抜けよ? そうしよ?」
極度の疲労からか、村正が馬の首に突っ伏したまま、冗談とも本気ともつかない気の抜けた声を上げる。
「なにをバカなことを……」
武が冷たく嗜(たしな)めようとした、その時だった。
「彼の言う通りですよ。こっそり抜けようとすれば、それこそ即牢屋行きですからね」
松明の光の中から、一人の門兵が朗らかな笑い声を上げながら近づいてきた。槍を片手にしているものの、その表情に敵意はなく、むしろ親しげでさえある。
「一生、水とパサパサの乾パン生活まっしぐらですから、おすすめはしませんよ」
「……連れがすまない。別に悪気があるわけじゃないんだ」
武は慌てて背筋を伸ばし、生真面目に頭を下げた。下手な冗談でこの街から追い出されては堪らない。
「ハハ、分かってますよ。その疲労困憊の様子を見ればね。……彼らが、アテネの遺跡からの難民で間違いないですか?」
門兵がヘレウクレスとロッキルに視線を移す。
「そうだよ~。この子たちは、テポーン討伐の任務の一環で保護したんだ。ほら、この『印』と、筋肉バカの報告からも明らかでしょ?」
ロッキルが腰のポーチから、淡い光を放つ紋章のようなものを取り出して見せた。それを見た瞬間、門兵の表情がスッと引き締まり、深い敬意を帯びたものへと変わる。
「手続きは無しでいいよね?」
「ええ、もちろんです。これは……ニギハヤヒ様の印。皆様、そして大英雄ヘレウクレス殿、ここまで本当に過酷な道のりだったでしょう。……ようこそ、聖都へ」
門兵は深く一礼し、道を空けた。
「感謝する」
武が短く礼を述べ、張り詰めていた肩の力をわずかに抜く。
「そこのお嬢さん」
ふと、門兵が歩み寄り、村正の腕の中に抱えられた椿へと優しく声をかけた。
「よくぞ、ここまで耐え抜きましたね。甘い菓子の一つでもどうですか?」
彼が差し出したのは、粗末な紙に包まれた小さな焼き菓子だった。
ずっと虚空を見つめていた椿の瞳が、その時初めて、わずかに揺らいだ。
「え……?」
枯れ果てた唇から、小さな声が漏れる。与えられる温意に戸惑うように、彼女は身を縮こまらせた。
「でも、私……」
「ほら、もらっておきなよ」
躊躇(ためら)う椿の背中を、村正が不器用だが優しい手つきでポンと押した。
「…………」
椿は震える手をゆっくりと伸ばし、そのささやかなお菓子を受け取った。
「……ありがとうございます」
蚊の鳴くような、それでも確かな感謝の言葉。それを聞いた門兵は、満足そうに破顔した。
「またご縁があれば、街の中で再会しましょう。我々人類は皆、生きるために戦っている。その意思がある者に、この街は協力を惜しみませんから。……それでは、私はこれで」
門兵が持ち場へと戻っていく。その背中には、過酷な世界にあっても決して失われない、人間としての誇りと温かさがあった。
「それでは、行くとするか」
ヘレウクレスが満足げに頷き、分厚い城壁のトンネルへと足を踏み入れる。蹄(ひづめ)の音が石畳に響き、やがて視界を覆っていた暗闇が、パッと開けた。
「な……!」
「おお……!!」
武が絶句し、村正が目を丸くして感嘆の声を漏らす。
重厚な門の前に広がっていたのは、想像を絶する光景だった。
泥レンガと石造りの建造物がどこまでも連なり、無数の松明や魔導の灯りが、街全体を黄金色(こがねいろ)に染め上げている。夜の闇を完全に押し返すほどの眩い光。行き交う人々の活気ある喧騒、立ち上る食べ物の匂い、そして遠くから聞こえる鍛冶の甲高い金属音。
死と絶望しか存在しなかった荒野の真ん中に、これほどまでに力強く、美しく脈打つ命の坩堝(るつぼ)が存在していたとは。
「驚いた?」
立ち尽くす二人を振り返り、ロッキルが黄金の光を背に受けて、誇らしげにニカッと笑った。
「街全体が、金色に輝いているとは……」
武は瞬きすることすら忘れ、その奇跡のような輝きにただただ圧倒されていた。
道の両脇には無数の露店がひしめき合い、香ばしい肉の焼ける匂いや、スパイスの刺激的な香りが鼻腔をくすぐる。行き交う人々の笑い声、客引きの威勢のいい声、そして杯を打ち鳴らす乾いた音が、黄金色の灯りの中で一つの巨大な音楽となって響いていた。
「へぇ……」
馬を引きながらその喧騒を眺め、村正は目を丸くした。
「世界が終わるかもしれないって戦争状態なのに、随分と賑やかなものなんだな~。もっとこう、お通夜みたいな空気かと思ってたよ」
「まぁな。だが、これが正しい姿だ」
先導するヘレウクレスが、振り返りもせずに太い声で応じる。その横顔には、力強く生きる人々への深い慈愛が滲んでいた。
「民の心から元気が失われ、ただ死を待つだけになれば……人は生きようとする意志を放棄し、国は魔獣に滅ぼされるよりも先に死するからな」
「なるほど、深いねぇ」
村正が感心したように頷く一方で、武の鋭い視線は、行き交う人々の『違和感』を正確に捉え、分析していた。
「……よく見てみると、随分と奇妙な光景だ。街並みもそうだが、歩いている人々の服装……全く異なる文化圏のものが、無秩序に混じり合っているように見える」
武の指摘に、村正も周囲を改めて見回す。
頭から布を被った砂漠の民のような者もいれば、古代ギリシャのチュニックのような衣を纏う者、はたまた重厚な毛皮を着込んだ北方の戦士のような者までいる。
「本当だ……しかも、どれもかなり古代の様式に近い。ん? でも待てよ……」
村正の視線が、ふと一角を歩く集団で止まった。
「あそこにいるの、どう見ても日本文化の着物だよな? でも、古代のだけじゃなくて……あれは戦国時代か、中世あたりの様式が混ざってる」
「ああ。俺も以前から薄々感じてはいたが……」
武は手綱を握り直し、思考をまとめるように低く呟いた。
「この世界は、単なる一つの異世界ではないのかもしれない。地球上に存在するあらゆる神話、歴史、伝承……そういったものが、一つの場所に寄せ集められ、縫い合わされたような『混沌(カオス)』の世界だ」
「……だとしたら、それってすごくおかしくない?」
普段の飄々とした態度はそのままに、村正の瞳にふと、氷のように冷たく鋭い理知の光が宿った。
「俺たち日本人からすれば、八百万の神様とか、いろんな文化が混ざることにそこまで抵抗はないかもしれない。けど、他国の人たち……特に、一神教を信仰していたり、厳格な宗教的・文化的隔たりを持っていたりする人々を、一つの都市に集めて『統括』するなんて、普通なら絶対に無理な話だ。必ず内乱が起きる」
村正の鋭い洞察に、武も小さく頷いた。
文化や神殿の違いは、時に魔獣以上の惨劇を人同士にもたらす。それをどうやって、これほど平和的に束ね上げているのか。
「……その疑問の答えは、おいおい分かってくることだろう」
武はそれ以上推測を口にするのをやめ、前を歩く巨漢の背中を見据えた。
「あのさ、大英雄サマ」
村正が空気を変えるように、いつもの軽い調子で声を張り上げる。
「俺たち、今どこに向かってるんですか?」
「ああ。この都市の中心……『樫原宮(かしはらのみや)』と呼ばれる、帝(みかど)の住まいだ」
ヘレウクレスの口から出たその名前に、武の肩がピクリと反応した。
「帝……『樫原宮』だと……?」
歴史に造詣の深い武の脳裏に、強烈な閃きが走る。
初代神武天皇が即位したとされる地、橿原(かしはら)。もしこの世界を統べる存在がその名を冠しているのだとすれば、それは……。
武が息を呑む隣で、村正は小さく唇の端を釣り上げた。
(……なるほどね~。そういうことか)
絶対に交わらないはずの多様な文化と神話を、一つの都市に縛り付けておける絶対的な存在。
村正の頭の中で散らばっていたパズルのピースが、小気味よい音を立てて一つに組み上がっていく。彼は風に吹かれながら、これから出会うであろう『世界の頂点』に思いを馳せ、楽しげに目を細めた。
ーーーーーーーーーー
厳かな空気が支配する、広大な謁見の間。
白木が精巧に組み合わされたその空間の最奥には、豪奢な御簾(みす)が何重にも下ろされ、玉座に座す絶対者の姿を御簾という名の神秘のヴェールで覆い隠していた。
「――報告は以上となります!」
膝をついた伝令の兵士が、張り詰めた声で締めくくる。
「ふむ……」
御簾の奥から響いたのは、深く、大地を震わせるような静かな声だった。姿は見えずとも、その一音だけで場を完全に支配する、圧倒的な王の威厳。
「いかが致しますか?」
御簾の傍らに控える、透き通るような美貌を持つ青年――側近のニギハヤヒが、恭(うやうや)しく問いかけた。
「その土地の指揮は、他の者に代わらせよう。ミチノオに任ずる」
帝(みかど)は淀みなく決断を下す。
「その者へと指揮権を渡せ。かの者は土地勘もあり、幾多の死線を潜り抜けた経験も豊富だ。必ずや頼りになるであろう。さすれば、交通の便も良くなり、爾(なんじ)らの行く末――すなわち成長も大いに望めるはずだ」
「はっ!」
兵士が深く頭を下げるのを待たず、帝は言葉を続ける。
「それと……どうやら、北の戦線にて兵の一人、アハトが深手を負ったそうだな。すぐに迎えの者を遣わし、身内と会わせてやれ」
冷徹な指揮官の顔から一転、その声には民を慈しむ温かな響きが満ちていた。
「親しき者と共に居れば気も休まろう。皆で祈りを捧げれば、傷の治りも早くなるはずだ」
謁見の間の末席で、その一連のやり取りを静かに見守っていた村正は、ひそひそ声で隣の武につぶやいた。
「やっぱり、御簾の向こうで顔は見せてくれないんだね~。もったいぶるなぁ」
「神の血を引き、この混沌の地を治め束ねる帝だ。日本神話において、彼は神と同等の扱いを受ける存在。顔を容易く拝めないのは当然だろう」
武は背筋を伸ばし、極度の緊張を隠すように冷静に答えた。
「むしろ、俺たちのような素性の知れないよそ者が、許可なく口を利いても良いものか怪しいレベルだ」
しかし、彼らの案内人である大英雄は、そんな武の常識など全く意に介さなかった。
「大丈夫だ、俺に任せておけ!」
ヘレウクレスはそう豪快に笑うと、静寂に包まれた謁見の間へズカズカと進み出て、腹の底から響く大音声を張り上げた。
「磐余彦(いわれひこ)の帝よ! 勇士ヘレウクルス、新たなる仲間を連れ、ただいま参上した!」
周囲の衛兵たちが一斉にざわめく。
「お勤めの最中とは重々承知だが、俺はそういう細かな礼儀は気にはしない性分でな!」
「……すごいな。まさか、全盛期の神武天皇に向かって、あんな清々しい啖呵(たんか)を切れる奴がいるなんて」
村正は感心したように目を丸くする。
「悪いが、これで俺たちの首が物理的に落ちたとしても、文句は言えない……」
武は止める気力すら湧かず、呆れ果てて深い溜息をついた。
ヘレウクレスの無礼な振る舞いに対し、御簾の奥の帝はピタリと動きを止めた。
「……………ほぉ」
姿は見えないが、鋭い視線が御簾越しに村正たちを射抜いたのが、肌が粟立つような絶対的なプレッシャーとして伝わってくる。
「……ご帰還なさったのですね」
緊張した空気を和らげるように、ニギハヤヒが静かに歩み出た。
「ヘレウクレス、して、テポーンの様子はいかがでしたか?」
「ありゃあ、完全に舐め腐ってるね~。あたしらのことなんて、歯牙にもかけてないみたいだったし」
ロッキルが腕を後ろに組みながら、軽い足取りで進み出る。
「まぁ、帝様ご自身が祈祷して、その親戚の太陽神様にでも直々に御力添えを頼んでくれれば、話はもっと簡単だったんだろうけどさ」
「ロッキル……」
ニギハヤヒの眼光が、冷たく鋭く光った。
「それはあまりに不敬です。ただちに謝罪なさい」
「はいはい、ごめんなさーい。言葉が過ぎましたー」
全く悪びれる様子のないロッキルは、ペロッと舌を出しておどけてみせる。
ニギハヤヒは小さく息を吐き、改めて村正と武の方へと優雅に向き直った。
「ところで、その方々が『勇士』とは……一体どういう意味――」
「………良い、話は八咫烏より聞いておる。」
ニギハヤヒの言葉を遮るように、御簾の奥から低く、しかし熱を帯びた声が漏れた。
衣擦れの音が響く。御簾の向こうで、帝が静かに玉座から立ち上がったのだ。
「彼らが、あの予言の勇士だとな」
隠しきれない好奇心と、停滞していた運命の歯車が激しく回り始めたことへの高揚感。
帝は、微かに笑いを含んだ声で、御簾越しにはっきりとそう言い放った。
「面白い」
シャラリ……。
張り詰めた静寂の中、重々しい衣擦れの音と共に、玉座をすっぽりと隠していた豪奢な御簾がゆっくりと押し上げられた。
「……え?」
村正の口から、間の抜けた声が漏れる。
誰もが息を呑む中、絶対的な神秘のヴェールに包まれていたはずの帝が、自らの足で堂々と段を下り、謁見の間の光の下へとその姿を現したのだ。
「神武天皇が、自ら……御簾から出るとは」
歴史の重みを知る武は、信じられない光景を前に思わず目を細めた。その声には、畏敬と、これから起こるであろう予測不能な事態への微かな緊張が入り混じっている。
「帝様! 一体どういうおつもりでーー」
常に優雅で冷静沈着なニギハヤヒが、ふいに見せた主君の常軌を逸した行動に、初めて焦りの色を浮かべて歩み寄る。しかし、帝はそれを片手で鷹揚(おうよう)に制した。
「なに、案ずるな。予もこの混沌の地に降り立ってからというもの、政(まつりごと)に追われ、外へはあまり出ておらなんだ。少々の気休め程度、よかろう。それにーー」
帝の口元に、好戦的で獰猛な笑みが浮かぶ。
彼は傍らに立てかけられていた、身の丈ほどもある豪壮な和弓を手に取った。神気すら帯びているようなその弓が握られた瞬間、謁見の間の空気がビリビリと震え、肌を刺すような圧倒的なプレッシャーが空間を満たした。
「真の勇士なれば、予の唐突な提案とて受けて立つはず。つまりはーー爾(なんじ)らの真偽を、予自らの手で問うのだ」
帝は手にした大弓を軽々と持ち上げ、真っ直ぐに村正と武を見据えた。千軍万馬を従え、幾多の戦場を駆け抜けてきた建国の王の覇気が、凄まじい熱量となって二人に叩きつけられる。
「さぁ、予に証明してみせよ異邦の勇士たち!」
王命という名の、絶対的な果し状。
もはや逃げ場も、断る権利も存在しない。
「……仕方ない」
武は短く息を吐き出すと、腹を括ったように鋭い視線を返し、背中の袋から愛用の竹刀を真っ直ぐに引き抜いた。相手が神話の頂点であろうと、刃向かってくる者には全力で応じるのみ。その構えに一切の迷いはなかった。
「はいはい。分かりましたよ」
一方の村正は、圧倒的な神威の前に立たされているというのに、後頭部をガシガシと掻きながら呆れたように肩をすくめた。
「衝撃の事実、『初代天皇・神武は戦闘狂だった』って……後で週刊誌にでも垂れ込んでおかなくちゃ……!」
軽口を叩きながらも、村正の瞳からは飄々とした色が消え去っていた。パンッ、と乾いた音を立てて竹刀を握りしめ、重心を低く落とす。
黄金に輝く聖都の中心で。
日本の歴史の原点たる王と、異界から落ちてきた二人の少年の、常識外れの死合いの幕が切って落とされた。
ビュンッ! ビュォォォォォンッ……!!
空気を切り裂くような甲高い風切り音が、広大な謁見の間に連続して響き渡った。
神武天皇が手にした豪壮な梓弓(あずさゆみ)の弦が鳴るたび、目にも留まらぬ神速の矢が、嵐のように二人へと襲い掛かる。
(速い……!!)
武は背筋を凍らせながら、迫り来る死の線を紙一重で躱(かわ)した。
放たれているのは、紛れもなく必殺の一撃。軌道を見切るのも困難なほどのその速度もさることながら、矢そのものに込められた威圧感が尋常ではない。分かってはいたが、かすりでもすれば肉体を容易く粉砕されるであろう、絶対的な『死』そのものだった。
ドドォォォンッ!
背後の白木の柱に矢が突き刺さるたび、爆発のような轟音と共に木片が激しく弾け飛ぶ。二人はその太い柱を盾として巧みに利用しながら、息を殺して距離を詰めていく。弾幕の嵐を潜り抜け、互いの視線だけで合図を交わした次の瞬間――。
二人はついに、圧倒的な死の領域を突破し、帝の懐深くへと飛び込むことに成功した。
(もらったァァッ!)
村正の瞳に、会心の光が鋭く走る。
武が右から、村正が左から。道場で繰り返してきた、呼吸の完全に合った完璧な挟撃。二人の竹刀が空気を鋭く裂き、必殺のタイミングで帝の身体へと同時に振り下ろされた。
――だが。
「……!」
神武の身体がフッと蜃気楼のようにブレたかと思うと、渾身の剣撃はあっさりと虚空を斬らされた。
軽やかな、あまりにも自然な身のこなし。回避されたという事実を脳が認識するより早く、神武の反撃は始まっていた。
帝は手にした巨大な梓弓を構え直すことなく、なんとそのまま重い鈍器のように横薙ぎに振り抜いたのだ。
「グハッ……!!」
弓の硬い幹の腹をまともに食らった村正が、カエルのような濁った悲鳴を上げ、大理石の床を無惨に数メートルも転がった。
「………ッ!」
辛うじて直撃を免れた武も、そのあまりの衝撃波にたたらを踏む。
(弓で直接殴りつけて、この威力だと……!?)
武は冷や汗を滲ませながら、目の前の常識外れの存在に戦慄した。
遠距離用の武具である弓を、格闘戦の打撃兵器としてこれほどまで軽々と、そして凶悪に使いこなすとは。武術の理を完全に超越している。
(流石は、神代の力をもって荒ぶる神々を平定し、初めて日本を統一した建国の帝……次元が違う!)
床で蹲(うずくま)る村正と、息を呑む武。
しかし、神武は二人の驚愕など気にも留めない。
「…………」
一切の驕りも感情も読み取れない、底冷えするほど冷徹な王の瞳。
帝は無言のまま流れるような動作で再び弦を引き絞り、倒れ伏す二人の眉間へと、無慈悲な死の切っ先をピタリと合わせた。
(ここで死ねば、俺たちは元の世界へ帰れなくなるだろう。それにーー)
床に膝をつき、薄れゆく意識の淵で、武の脳裏にセピア色に褪せた過去の情景がフラッシュバックする。手が届かなかった無力な自分。もう二度と繰り返したくない、喪失の記憶の断片。
「………仕方あるまい」
神武の冷ややかな呟きが、静寂に包まれた謁見の間に落ちた。
標的(ターゲット)である二人が限界だと悟った王は、無慈悲にも弓の狙いをずらした。その射線の先にいたのは、二人の背後でただ立ち尽くしていた、光を宿さない瞳の少女――椿だった。
ギリィッ、と弦が限界まで引き絞られる。
(遊戯のために……力なき他人の命すら平気で利用するのか)
大理石の床に這いつくばった村正は、その光景をスローモーションのように見つめていた。
(どうやら、都合よく人を救ってくれる『神』なんてものは、この世界には存在しないらしい……。じゃあ、こんな暴君の非道を、俺はこのまま見過ごして良いものだろうか? いやーー)
村正の脳裏にもまた、武と同じ、後悔に塗れた過去の情景が鮮烈に蘇る。失われた命。守れなかった約束。
(目の前で友を死なされるのは、もうごめんだ!!)
二人の魂の底からの叫びが、完全に重なり合った。
放たれた神速の矢が、椿の華奢な胸へと真っ直ぐに吸い込まれていく。
だがその刹那、時間が止まったかのような極限の集中の中で、二人の脳裏に未知の『記憶』が弾けた。
村正の網膜を灼いたのは、燃え盛る炉の炎と、火の粉を浴びながら一心不乱に鉄を打つ、ある名もなき鍛冶師の熱き情景。
武の視界を満たしたのは、天と地を統べ、万軍を従えて堂々と君臨する、圧倒的な威厳に満ちた古代の皇帝の幻影。
それは、彼らの内に眠る、遥かなる魂の系譜。
『ガキィィィィンッ!!!』
謁見の間に、耳を劈(つんざ)くような金属の激突音が鳴り響いた。
必殺の矢は、椿の身体を貫くことはなかった。
いつの間にか彼女の前に立ちはだかった武が、その左腕に顕現させた堅牢な『盾』で、大理石すら粉砕する一撃を完全に受け止めていたのだ。
そして、武と並び立つようにして、村正が低く身を沈めていた。
彼の手には、折れた竹刀ではなく、一振りの真剣が握りしめられている。打った者の無骨さがそのまま表れたような、装飾もなく、反りもいびつで不格好な日本刀。だが、その刀身に走る刃文だけは、空間すら両断せんばかりの、恐ろしいほどの冴えと切れ味を放っていた。
「流石においたが過ぎるぞ、帝様」
村正は不格好な刀の切っ先を神武へと向け、怒りを孕んだ低い声で言い放った。
「遊戯にしては、ちっとばかしやりすぎだ」
「……全く。間に合って良かった」
武もまた、痺れる左腕を庇いながら、盾の陰から射抜くような鋭い視線を王へと向ける。
死地に咲いた、二つの新たなる力。
それを見た神武の双眸が、初めて驚きに見開かれた。しかし、それは決して焦燥ではなく、待ち望んでいたものを見つけた歓喜の色だった。
「……ほう」
王の口元から、深い満足の吐息が漏れる。
神武は構えていた大弓を静かに下ろすと、謁見の間を満たしていた凄まじい神威と殺気を、潮が引くようにスッと収めた。そして、踵(きびす)を返すと、何事もなかったかのように悠然とした足取りで玉座へと歩いていく。
静寂を取り戻した空間で、神武はドカリと玉座に腰を下ろし、顎に手を当ててニヤリと笑った。
「認めよう。爾(なんじ)らが、真の勇士であるということを」
「は?」
「?」
拍子抜けした二人の間抜けな声が、しんと静まり返った謁見の間に虚しく木霊(こだま)した。
つい数秒前まで空間を支配していた、肌を刺すような氷の殺気と神威は、まるで幻だったかのように霧散している。あとに残されたのは、抜身の刀と重厚な盾を構えたまま、戦意の行き場を失い、完全に置き去りにされた少年たちだけだった。
「ハハハハッ! なにをとぼけた顔をしている」
玉座に深々と腰掛け直した神武は、腹の底から湧き上がるような豪快な笑い声を上げた。その屈託のない笑いは、先ほどまでの冷酷な暴君の姿とは打って変わり、悪戯を成功させた少年のように無邪気でありながらも、決して揺るがない王の威厳に満ちていた。
「帝様……相変わらず、心臓に悪いお戯れを」
ニギハヤヒが優雅な足取りで進み出て、やれやれと小さく首を振る。そして、呆然と立ち尽くす村正と武に向き直り、柔らかくも気品のある微笑みを向けた。
「驚かせてしまい、誠に申し訳ありません。ですが、これこそが『勇士』たる証明の儀式だったのです」
「証明の儀式、だと……?」
武は依然として警戒を解ききれぬまま、左腕に顕現した盾を少しだけ下げた。
「ええ。神代の怪物――魔獣テポーンや偽神たちに抗うには、ただの身体能力や竹の剣では到底太刀打ちできません」
ニギハヤヒは、二人の手にある真新しい武器を流し目で示す。
「己の内に眠る古(いにしえ)の英傑、あるいは神の系譜。つまりは、血筋や魂に刻まれた過去の偉人の力を、自らの武器として顕現させる必要があるのです。帝様は、あなた方を極限の死地に追い込み、何より『守るべきもの』を直接脅かすことで、その力の開花を強制的に促したのですよ」
「……なるほど。荒療治にもほどがある」
武は深く、重いため息をつき、左腕の盾を改めて見つめ直した。
あの絶体絶命の瞬間、脳裏を過った偉大なる古代皇帝の記憶。この堅牢で、歴史の重みをそのまま形にしたような圧倒的な威圧感を放つ盾は、その皇帝の魂の残滓(ざんし)なのだろう。
一方の村正は、自身が握りしめた日本刀をまじまじと見つめ、思わず苦笑を漏らした。
刀身は不格好で、装飾と呼べるものは一切ない。どう贔屓目(ひいきめ)に見ても、伝説の英雄が持つような美しく流麗な名刀とは言い難い代物だった。だが――指先を少し近づけただけで肌が粟立つような、空間すらも切り裂きそうな異常なまでの『切れ味』の凄みだけは、確かな本物として伝わってくる。
「なんだよ。妖刀村正じゃなかったなんてさ……」
村正は小さく毒づきながらも、いつもの飄々とした態度に戻り、フッと肩の力を抜いた。
「驚いたでしょ? これがうちの帝様のやり方なんだよ!」
ロッキルが亜麻色の尻尾をブンブンと振りながら、楽しげに駆け寄ってくる。その後ろからは、ヘレウクレスも満足げに腕を組んで深く頷いていた。
「よくぞ試練を乗り越えた。これで晴れて、君たちも人類の希望を担う同志というわけだ」
「……勝手に巻き込んでおいて、随分と都合のいい言い草だこと」
村正はニシシと悪態をつきながらも、背後で無事に立ち尽くす椿を振り返り、誰にも見えない安堵の息を長く、深く吐き出した。
玉座の神武は、再び建国の王としての鋭く冷徹な眼差しを取り戻し、謁見の間に響き渡る声で堂々と宣言した。
「極限の淵より生み出されし、二つの新たな魂の形。見事な顕現であった。これより、爾(なんじ)らを聖都ヒエロファニーの客将として正式に迎え入れよう」
王の背後で、燃え盛る松明の炎が激しく揺らぐ。
「共に戦おうぞ、異邦の勇士たちよ。絶対なる滅びの予言に、我らの手で終止符(ピリオド)を打つために――!」
誰もが、これで新たな英雄の誕生と、共闘の誓いが結ばれるものだと疑わなかった。
しかし、その熱狂に冷や水を浴びせるように、静かで、酷く冷たい声が響いた。
「……悪いが」
武だった。
彼は左腕の盾を完全に下ろしながらも、その涼やかな双眸には、軽蔑にも似た鋭い光を宿して神武を真っ直ぐに見据えていた。
「いくら俺たちの力を引き出すためとはいえ……抵抗すらできない無力な友に手を出そうとした者に、素直に手を貸すのは少々抵抗がある」
空気が凍りついた。
武の言葉は、単なる反抗ではない。彼自身の確固たる倫理観――己の美学への絶対的な矜持(きょうじ)だった。
「俺たちは『救世主』になりに来たわけじゃない。あくまで、ここから元の世界へ出る方法を探しているだけだ」
その冷ややかな拒絶に、ニギハヤヒが微かに焦りの色を浮かべて一歩前に出る。
「勇士よ、今一度考え直してくれませんか? あなた方の力は、この世界にどうしても必要なのです」
「そうだ」
ヘレウクレスもまた、巨体を揺らして重々しく口を開いた。
「先ほどのやり方が気に食わなかったという君の怒りは理解できる。だが、だからといってこの危機を投げ出すのは、あまりにーー」
「ふむ……」
周囲の制止を断ち切るように、玉座の神武が低く喉を鳴らした。
王は不快感を露わにするわけでも、怒り狂うわけでもなく、ただ興味深そうに顎を撫でながら、毅然と立つ武を見下ろしている。
「よかろう」
やがて、神武は静かに、しかし絶対の掟として告げた。
「これより、爾らに七日七晩の猶予を与える。それまでの間に、この新生の旅に参加するかどうか、己の魂に問いかけ、決断せよ」
王の眼光が、武と村正の心を見透かすように鋭く光る。
「参加するならば、このヒエロファニーにおける衣食住の全てを保証し、手厚く遇しよう。だが、せぬと申すならば……元の世界への帰り方も、荒野での生きる術も、もちろんその他の厄介事も、すべて自らの手で解決するが良い」
それは、建国の王からの寛大にして残酷な最後通牒だった。
見捨てられた荒野の絶望をすでに知っている彼らに突きつけられた、己の信念か、生存かを選ぶ「七日間の猶予」。揺らぐ松明の炎の下、二人の少年に重すぎる選択の刻(とき)が静かに動き出した。
ーーーーーーーーーー
案内されたのは、聖都の中心近くにある石造りのこぢんまりとした、だが手入れの行き届いた清潔な家だった。
魔導具の柔らかな灯りが、長旅と極度の緊張で冷え切った三人の身体を温かく包み込む。
「ここが、当面の俺たちの家ってわけか」
「ようやくのんびりできるな~!」
村正は部屋の隅に不格好な日本刀を立てかけ、大きく背伸びをした。骨の鳴る音が静かな部屋に響く。
「……悪かったな」
窓際に立っていた武が、外の喧騒を見つめたまま、ぽつりとこぼした。その背中は、どこか自責の念に沈んでいるように見えた。
「あんな風に、帝の提案を真っ向から拒否するようなことを言って。だが、これ以上危険を犯す行為を続けたくなかったんだ……」
「……すまない。あのままでは、親友(おまえ)を失うかもしれないと思ったんだ。俺たちは、ただの高校生だからな……」
生真面目すぎる親友の不器用な謝罪に、村正はニシシと笑って手をひらひらと振った。
「別に良いって。お前のそういう曲がらないところ、嫌いじゃないし。それに、完全に断ったわけじゃなくて、あと七日間の猶予――もう一度考えるチャンスをもらえたわけだからさ」
「……少し、外を歩いてくる。頭を冷やしたい」
武は短くそう告げると、答えを待たずに木製のドアを開け、夜の聖都へと出て行ってしまった。
「はーい、いってらっしゃーい。迷子になんなよー」
バタン、とドアが閉まる音を見送ってから、村正は「ふぅ」と深く息を吐き出し、部屋の中央にある長椅子にドカリと腰を下ろした。
怒涛の一日だった。現実世界から異世界に飛ばされ、化け物に追われ、果ては神話の帝と命がけの死合いまでさせられたのだ。休める時に休まなければ身が持たない。
「さてと……お?」
目を閉じようとした村正の視界の端に、部屋の片隅で静かに立ち尽くしている影が映った。
いや、宮本椿だ。
(……って、あれ?)
薄暗い遺跡や逃走劇の中では気づかなかったが、落ち着いた明かりの下で改めて見る彼女の姿に、村正は思わず目を奪われた。
土埃で汚れ、ところどころ破れた制服。しかし、それが逆に彼女の華奢な肩のラインや、思いのほか発育の良い胸元の起伏、すらりと伸びた足の形を強調してしまっている。漆黒の姫カットが縁取る白い肌は、透き通るように美しい。
(スタイル……めっちゃ良いな……)
健全な男子高校生としての煩悩が顔を出し、村正の顔が一気に熱を持った。慌てて視線を逸らそうとした、その時。
「あの………」
ずっと虚空を彷徨っていたはずの椿の花紫色の瞳が、真っ直ぐに村正を捉えていた。
「え!? あ、はい! なんでしょう!」
見惚れていたのを誤魔化すように、村正は裏返った声を出して勢いよく立ち上がった。
「どうして………」
椿の唇が、微かに震えている。感情の欠落していた彼女が、初めて明確な『意志』を持って紡いだ言葉だった。
「どうして……私を、助けてくれたんですか?」
自分のような、足手まといにしかならない得体の知れない人間を、なぜ命を懸けてまで守ろうとしたのか。彼女の瞳の奥には、深い戸惑いと、理解できないものに対する怯えのような色が揺らいでいた。
その切実な問いに、村正の顔から先ほどまでの照れや飄々とした空気がスッと消え去った。
脳裏を過るのは、帝の放った矢が彼女を貫こうとした瞬間の、あの凍りつくような絶望。そして、自分の過去に刻まれた、二度と思い出したくない喪失の記憶。
「死んでほしくなかったからだよ」
村正の口から出たのは、一切の飾りのない、ただそれだけのシンプルな言葉だった。
「目の前で……誰かが死ぬのを、もう見たくなかったからだよ。それ以上の理由なんて、ない」
真っ直ぐに彼女の目を見つめ返す村正の瞳には、普段のおどけた少年とは違う、深く静かな決意が宿っていた。
その嘘偽りのない言葉は、分厚い氷に閉ざされていた椿の心に、小さな、けれど確かな波紋を広げた。
花紫色の瞳に、じわりと温かな光が灯る。
「…………」
椿はギュッと胸元で両手を握りしめ、一度だけ深く深呼吸をした。そして、消え入りそうな声で、しかしはっきりとした口調で告げた。
「お礼を……私に、お礼をさせてください」
それは、世界を拒絶していた少女が、再び誰かと繋がろうと手を伸ばした瞬間だった。
ーーーーーーーーー
あれから二日が過ぎた、穏やかな午後のこと。
「やぁやぁ、おっ邪魔しまーす!」
バタンッ!と勢いよく木扉を開け放ち、ロッキルが持ち前の明るい声を響かせて家へと飛び込んできた。しかし、部屋の中を見回した彼女は、次の瞬間ピタリと動きを止めた。
「って、アレ?」
亜麻色の獣耳が、不思議そうにピクピクと動く。
彼女の視線の先――日差しの差し込む中庭では、村正が椿の横に立ち、洗濯物のシワを伸ばす手つきを一つ一つ丁寧にレクチャーしているという、ひどく家庭的な光景が広がっていたのだ。
「ちょっとどうしたの? 生真面目な彼(武)は律儀に外へ情報収集に出てるってのに~、相棒の方は何をしてるのかと様子を見に来てみればーー」
ニヤニヤとからかうようなロッキルの視線を受け、村正は濡れたシーツを持ったまま、バツが悪そうにポリポリと頬を掻いた。
「そ、それがさーー」
村正の脳裏に、この二日間の惨状がよぎる。
あの夜、「お礼をさせてほしい」と口にした椿は、言葉通り翌朝から率先して家事をこなそうとしてくれた。その気持ちは嬉しかったのだが……問題は、彼女が**壊滅的なまでに家事ができなかった**ことだ。
台所に立てば食材を消し炭に変成させ、洗濯を任せれば物干し竿ごと大理石の床に叩き落として大惨事を引き起こす。見かねた村正が「もう何もしなくて大丈夫だから!」と必死に止めたのだが、彼女は頑として引かず、結果としてこうして村正が「家事の家庭教師」につきっきりになっている状態だった。
「ふーん……でもさ~、それって本末転倒じゃない?」
ロッキルは呆れたように肩をすくめ、容赦のないツッコミを入れた。
「お礼をするって言いながら、結局アンタに一番手ぇかけさせてるじゃん」
ピクッ。
その言葉に、シーツを握っていた椿の肩が微かに跳ねた。
「…………」
「ちょっ! ロッキ~、そういう身も蓋もないこと言うのやめてくれよ! 椿は気にしてるんだからさ!」
村正が慌ててロッキルを嗜(たしな)めようと声を上げる。
だが、彼が気づかない背後で――椿はゆっくりとロッキルの方へ首を巡らせていた。
その花紫色の瞳には、相変わらず感情の光は宿っていない。しかし、その底知れぬ虚無の瞳のまま、彼女は射抜くような、刺すような**明確な敵意**を込めてロッキルをジロリと睨みつけたのだ。
無表情ゆえの、背筋が凍るような静かな圧。
「た、確かにね~………あはは……」
本能的な危機感を察知したのか、ロッキルは頬を引きつらせて一歩後ずさった。村正は二人の間のそんな水面下の攻防に全く気づいていない。
その時だった。
「村正!! いるか!!」
地響きのような荒々しい足音と共に、ヘレウクレスが家へと飛び込んできた。常に泰然自若としている大英雄の顔に、かつてないほどの切羽詰まった焦燥が張り付いている。
「ロッキル……お前もいたのか」
「もう、どうしたの? 筋肉バカがそんなに慌てるなんて珍しいじゃん~」
ロッキルが無理に明るく振る舞おうとするが、ヘレウクレスの次の言葉が、その場の空気を一瞬にして氷点下へと叩き落とした。
「攻めてきたんだ……」
大男はギリッと奥歯を噛み締め、絶望的な事実を吐き出した。
「魔獣テポーンのやつが……この聖都ヒエロファニーへ、直接攻めてきたんだ!!」
洗濯物が風に揺れる平和な中庭の空気が、突如として死の冷気へと塗り替えられた。
七日間の猶予など、待ってはくれない。絶対的な滅びの足音が、ついに彼らの扉を叩き割ろうとしていた。