予言書の救世主〜祖先の意志を継いで〜   作:時代に遅れている

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第一章第四幕 テポーンの襲撃

ズドォォォォォォンッ……!!!

突如として響き渡った耳を劈く轟音が、平穏な午後の空気を粉々に打ち砕いた。

見上げれば、黄金色に輝く聖都の美しい空を切り裂くように、赤黒く燃え盛る火焔の球が雨あられと降り注いでいる。着弾するたびに凄まじい爆発が起こり、堅牢なはずの泥レンガの家屋が紙屑のように吹き飛んだ。

地上に目を向ければ、立ち上る黒煙と逃げ惑う人々の悲鳴の中を、あの荒野で遭遇した分厚い鱗を持つ異形の蛇たちが、獲物を探して不気味に這い回っている。

 

「おいおい、聞いてねぇよ……!」

 

まだ得物すら手にしていない丸腰のまま、村正は燃え盛る街並みを睨みつけた。

 

「ここは絶対安全な、人類最後の砦じゃなかったのか?」

 

「すまない……まさか、このタイミングで奴が聖都を直接襲撃してくるとは想定外だった」

 

ヘレウクレスは苦渋に満ちた表情で、赤く染まる空を睨みつけた。その屈強な体が、怒りで微かに震えている。

 

「魔獣テポーン……奴はかつて、我々人類の守護者たる神々を屠(ほふ)った知性ある宿敵だった。だが、今のあの無軌道な破壊を見るに、どうやら長い年月を経て、自らの力に溺れただの『厄災の猛獣』にまで成り下がったらしい」

 

大英雄は村正と椿へと振り返り、庇うように立ちはだかった。

 

「君たちは今すぐ避難するといい。……ロッキル、あとの誘導は頼めるか?」

 

「私はいいけど……彼は不満みたいだよ?」

 

ロッキルが亜麻色の耳を揺らし、顎をしゃくった先。

そこには、逃げるどころか、足を踏ん張ってその場に留まろうとする村正の姿があった。彼の瞳には、怯えではなく、静かに燃える闘志が宿っている。

 

「俺は残って戦う。ロッキル、椿だけを安全な場所へ運んでくれ」

 

「えっ……」

 

その言葉に、椿がハッと息を呑む。しかし村正は構わず、ヘレウクレスを見据えて不敵に笑ってみせた。

 

「俺も一応、『新生の予言』に記された勇士の一人なんだろ? 人手が足りなくて困ってるなら、出し惜しみせずに協力するべきじゃねぇの?」

 

村正のその言葉に、ヘレウクレスはわずかに目を見開いた。そして、フッと優しく、どこか誇らしげに口元を緩めた。

 

「……避難を促したのは、君たちがまだ七日間の猶予期間中であり、これ以上の過酷な責任を負わせたくなかったからなんだが……。まぁ良い。君のその確かな勇気に、心から感謝するよ」

 

そして、改めてロッキルへ力強く頷く。

 

「改めて、頼んだぞ、ロッキル」

 

「はいはーい。それじゃ、行くよ~、お姫様」

 

ロッキルが椿の細い腕を強引に引く。戦火から遠ざけられ、引き剥がされるようにして後ずさる椿の瞳が、すがるように村正を捉えた。

 

「村正さん………」

 

恐怖と不安、そして彼を失うかもしれないという焦燥で激しく揺れる、花紫色の瞳。

それを見た村正は、いつもの飄々とした、安心させるような笑みを浮かべると――ドンと自身の胸を叩き、力強く親指を立てる『グッド』のサインを送った。

 

『瞬(シュンッ)――!!』

 

突風が視界を薙ぎ払ったかと思うと、ロッキルの姿は椿の身体を抱えたまま、瞬く間に燃え盛る街並みの奥へと掻き消えていた。獣のしなやかなバネが生み出す神速の離脱。これで少なくとも、背後で守るべき少女の安全は確保された。

 

「……ふぅ。とりあえず一安心だな」

 

村正は胸を撫で下ろして長く息を吐き出すと、燃え盛る大通りへとゆっくり向き直った。

火の粉が雪のように舞い散る中、数十メートル先に群がっているのは、荒野で遭遇したのと同じ、分厚い鋼の鱗を持つ異形の蛇たちだ。十数匹の巨体が獲物を求めて鎌首をもたげ、紫がかった血生臭い息を夜気へと吐き出している。

隣に立つヘレウクレスは、岩山のような巨体を微塵も揺らさず、深く厳しい眼差しで眼前の魔獣どもを見据えていた。その右手には、大木のように太く無骨な大棍棒が、ギリィッと音を立てるほど、強く握り込まれている。

村正もまた、静かに右の手のひらへと意識を集中させた。

謁見の間で神武天皇と対峙した際、極限の死地で引き出したあの燃え盛る炉の記憶。掌に淡い熱を帯びた光が収束し、やがて確かな質量と冷たさを伴って、一振りの日本刀が顕現する。

 

(……うん、分かってた。知ってたけどさ)

 

村正は手の中に現れた刀をマジマジと見つめ、炎に照らされながら内心で深いため息をついた。

装飾の欠片もない質素な柄(つか)、不自然なまでにいびつな反り。神話の勇士が振るう伝説の武器にしては、あまりにも地味で無骨すぎる『普通の刀』だ。

 

(やっぱり、呪われた妖刀! みたいな、禍々しくてカッコいいやつじゃないんだよなァ…………)

 

そんなガッカリ感を他所に、刀身に走る冴え渡る刃文だけは、周囲の熱気すら真っ二つに切り裂くような凄まじいプレッシャーを冷ややかに放っていた。

 

「さぁ、始めようか。狩りを」

 

ヘレウクレスが、大地そのものを震わせるような重く低い声で告げた。

 

「ああ」

 

村正は短く応じ、正眼に構え、いつもの飄々とした笑みを浮かべる。

 

「暴れすぎて腰痛めないように頼む、大英雄サマ」

 

『シャァァァァッ!!』

 

その気の抜けた軽口を合図にしたかのように、異形の蛇たちが一斉に大理石の石畳を蹴り砕き、二人に向かって猛烈な勢いでうねり迫ってきた。

 

「フンッ!!」

 

先陣を切ったのはヘレウクレスだった。

巨漢からは信じられないほどの爆発的な速度で踏み込み、大棍棒を横薙ぎにフルスイングする。

――ズガァァァァンッ!!

空気が圧縮され、爆発したかのような轟音が響き渡った。

直撃を受けた三匹の大蛇が、強靭な鋼の鱗ごと、まるで熟れすぎたトマトのように原型を留めず粉砕され、遥か彼方の石壁までボロ屑のように吹き飛ばされていく。理屈を超えた、圧倒的すぎる純粋な力の暴力だ。

 

「おっと、こっちにもお出ましか」

 

村正は軽やかに後方へと跳躍し、眼前に迫り来た別の大蛇の凶悪な牙を、紙一重のところでふわりと躱した。

宙を舞いながら、大蛇の巨体が自身の真下を通り抜ける、その一瞬の隙。村正は大上段に振りかぶることもなく、ただ手首のスナップだけを鋭く効かせて、いびつな日本刀を大蛇の背の鱗へと滑らせた。

荒野で武の竹刀を容易く弾き返した、あの鋼鉄のような硬度を持つ鱗。

しかし――。

ズパァァンッ!

手に伝わる抵抗は、まるで熱したナイフで柔らかいバターを撫で切るかのような、恐ろしいほどの滑らかさだった。力などほとんど入れていないというのに、吸い込まれるように肉を裂いた刀は、巨大な蛇の胴体をいとも容易く斜めに両断していたのだ。

ドサァッ、と二つに分かたれた巨体が地に落ちる。

遅れて間抜けなほど勢いよく吹き出した鮮血の雨を浴びながら、村正は石畳へと着地した。刀身には、血のひとしずくすら残っていない。

 

「……すごいな」

 

それを見たヘレウクレスが、感嘆の声を漏らした。

 

「君の先祖は鉄を打つ『鍛冶師』であるはずなのに、その澱(よど)みのない身のこなし……。まさか、生身の肉体での過酷な修業で手に入れたのか?」

 

「へっ、まぁそんなとこ」

 

大英雄からの真っ当な賞賛に対し、村正は刀を肩にポンと担ぎ、照れ隠しのように口角を釣り上げた。

 

「それより、さっさとこいつら片付けた方がいいんじゃないのかな、大英雄サマ?」

 

「フッ……そうだな。積もる話はまた後だ!」

 

ヘレウクレスが豪快に笑い飛ばし、再び大棍棒を構える。

炎と血に彩られた聖都の大通りで、異世界の少年と神話の英雄による、圧倒的な蹂躙劇の幕が上がった。

ーーーーーーーーーー

血と灰に塗れた石畳の上に、最後の一匹となった大蛇の巨体が重い地響きを立てて崩れ落ちた。

 

「……片付いたな」

 

ヘレウクレスは血濡れた大棍棒を肩に担ぎ直し、周囲の惨状を見渡しながら短く息を吐いた。

 

「はぁ~、疲れた~」

 

村正は刀についた汚れを軽く払って空中に消すと、ドッと肩の力を抜いて大げさに首を回した。規格外の怪物たちを相手にした連続戦闘は、高校生であった彼に確かな疲労を刻んでいた。 

 

「村正!」

 

その時、もうもうと立ち込める黒煙の向こうから、鋭い声と共に駆け寄ってくる影があった。

左腕に重厚な盾を構え、走ってくる武だ。彼もまた、別の場所で避難する人々を護りながら戦い抜いてきたのだろう。その端正な顔には、煤(すす)と汗が張り付いていた。

 

「おっ、武!」

 

「無事だったか……大丈夫か?」

 

武は村正の身体を素早く見回し、怪我がないことを確認すると、張り詰めていた表情を微かに緩めた。

 

「ああ、見ての通り。武もその盾で随分やるねぇ~」

 

村正はニシシと笑い、武の左腕にある堅牢な盾を面白そうにコツンと叩く。

 

「ああ、君たち本当によくやってくれた……」

 

合流した二人を見つめ、ヘレウクレスが深く頷いた。だが、その岩のような顔に安堵の色はない。彼は再び燃え盛る空へと厳しい視線を向けた。

 

「だが、喜ぶのはまだ早い。この凄惨な騒動の主犯……テポーンのやつが、まだどこかで生きている。クソッ、まだ『試練』すら終えていないというのに………」

 

「試練?」

 

村正がその聞き慣れない単語に眉をひそめた、まさにその瞬間だった。

 

「おい、油断するな。敵がまた出てきたぞ」

 

武が冷徹な声で警告を発し、再び盾を構えた。

崩れた建物の瓦礫の影から、新たに十数匹の異形の蛇たちが、チロチロと舌を出して這い出してきたのだ。仲間たちの死臭に引き寄せられたのか、その紫色の瞳孔は飢えと殺意でギラギラと濁っている。

三人が再び臨戦態勢に入ろうと身構えた、次の刹那。

――ピィィィィンッ!!

空気を鋭く引き裂く、甲高く澄んだ金属音。

黄金色の街灯りを反射し、まるで銀色の流星のような「光の線」が、凄まじい速度で戦場を駆け抜けた。

ズババババババンッ!!

 

「……なっ!?」

 

武が驚愕に目を見開く。

流星が通り過ぎた軌跡。迫り来ていた蛇の大群の首が、まるで目に見えない巨大な鎌で刈り取られたかのように、一斉に宙を舞い、おびただしい血柱が夜空に噴き上がった。

一瞬の静寂。

首を失った蛇たちがドサドサと倒れ伏す中、上空から呆れたような、それでいて自信に満ちた涼やかな声が降ってきた。

 

「何をしているんだ、大英雄? お前はこんな下等な雑兵相手に手こずるほどの男だったのか?」

 

声の主を探して視線を上げると、崩れかけた家屋の屋根の上に、日の光を背負って立つ一人の青年のシルエットがあった。

 

「……生まれ持った武器の性能で無双しているだけのサラブレッドに、言われたくないセリフだな、リー」

 

ヘレウクレスは忌々しそうに鼻を鳴らし、肩をすくめた。そう彼は『新生の予言』に記されし、闇夜を切り裂く光――〈灯火(ともしび)のリー〉だ。

 

「フッ」

 

リーは口角を上げると、屋根の縁からふわりと飛び降りた。

重力を感じさせない優雅な着地。それと全く同時に、先ほど蛇の大群を一瞬で撫で斬りにした「銀色の流星」――柄のない、光り輝く一振りの美しき槍が、まるで忠実な猟犬のように空中でUターンし、リーの差し出した手の中へと吸い込まれるようにスッと収まった。リーは涼やかな顔のまま辛辣に言い放った。

 

「お前こそ、生まれ持ったその異常な肉体で無双しているだけの脳筋だろうに」

 

「なんだと?」と眉をひそめるヘレウクレスを無視し、リーは槍をふわりと宙に消す。そして、興味深そうに、しかしどこか値踏みするような鋭い視線を村正と武に向けた。

 

「そこの二人が、予言書にあった外界の勇士たちか? 名はなんだ?」

 

「俺は村正だ」

 

村正が刀を肩に担いで飄々と名乗れば、武もまた油断なく盾を構えたまま「俺は武だ」と短く応じた。

 

「ムラマサに、タケル、か。確かにこちらの世界では聞いたことのない名だな。俺はリー。〈灯火のリー〉だ」

 

リーはふっと目を細めると、ヘレウクレスをあからさまに小馬鹿にするような笑みを浮かべた。

 

「お前たち、そこの『爽やか脳筋ゴリラ』についていくつもりなら、せいぜい気をつけることだ」

 

「おい、リー。誰がゴリラだ」

 

「そいつはな、かつて試練とやらで『川の流れを無理やり変えて』周囲に氾濫を引き起こしやすくしたような、絶望的に頭が足りていない男だ。本人に悪気はなくても、いつかとばっちりで不幸を被るぞ?」

 

神話の英雄の恥ずかしい大失態を、初対面の少年に嬉々として暴露するリー。その容赦のない煽りに、さすがのヘレウクレスのこめかみにもピキリと青筋が浮かんだ。

 

「……こんな緊急事態に、新しく加わった仲間に吹き込むような真似をして。一体どういうつもりなんだ、リー?」

 

燃え盛る大通りを挟んで、二人の間に視線の火花がバチバチと音を立てて激しく散る。神話の英雄同士の意地とプライドが正面から衝突し、魔獣の咆哮とはまた違う、重苦しいプレッシャーで周囲の空気がビリビリと震え始めた。

武がやれやれとため息をつき、村正が「おっと、身内揉めか?」と苦笑いを浮かべた、その時だった。

 

「二人とも。今は子供のように仲間割れをしている場合ではないはずですよ」

 

一触即発の空気を、冷ややかな、しかし不思議と母性を思わせる柔らかな声がスッと撫で斬りにした。

声の主が現れた瞬間、周囲の燃え盛る熱気が一瞬にして数度下がったような錯覚に陥る。

炎の揺らめきと土煙の中から静かに歩み出てきたのは、雪のように真っ白な髪を長く伸ばした一人の女性だった。異国――それも遥か古代の祭祀を思わせる、骨や色鮮やかな羽飾りをあしらった神秘的な衣装を纏っている。

彼女の深く沈んだ静謐な瞳には、死者の旅立ちを静かに見送るような、底知れぬ慈愛と冷徹さが同居していた。

 

白髪の女性が静かに歩みを進めると、彼女の足元を取り巻く炎が、まるで怯えるようにしてフッと消え去った。代わりに漂い始めたのは、背筋が凍るような冷気と、甘く切ない死の香りだ。

 

「……ミクトルさん」

 

先ほどまで青筋を立てていたヘレウクレスが、毒気を抜かれたように穏やかな声で彼女の名を呼んだ。

彼女は〈旅立ちを見守りし眼差し〉――ミクトル。

新たなる予言の勇士が、騒乱の戦場へとその姿を現した。

 

「外界の勇士、村正さんに武さん。お初にお目にかかります」

 

ミクトルは深く沈んだ静謐(せいひつ)な瞳を二人に向け、上品に一礼した。

 

「私はミクトル。死を司る冥界の女主人です。……あっ、今の私にはあまり近づかないことをオススメしますよ。私に触れるか、不用意に近づくとーー」

 

「死んでしまうからな」

 

ミクトルの言葉を遮るように、屋根から降りてきたリーが冷淡に言い放った。

 

「え?」

 

村正は間の抜けた声を上げ、思わず一歩後ずさった。

 

「普段の彼女は別に何も問題がないんだけどね」

 

ヘレウクレスが、痛ましそうに目を伏せて補足する。

 

「戦闘に入ったり、冥界の仕事をするようになったりすると、彼女の意思に関わらず『死の力』が解放されてしまうんだ。そして厄介なことに、一度解放したその力は、彼女自身でも制御できないんだ」

 

「……なんか、辛いな」

 

武がポツリと呟いた。

盾を持ち、誰かを護ることを信条とする彼にとって、ただ戦うだけで周囲の命を意図せず刈り取ってしまうその力は、あまりにも孤独で悲しいものに思えたのだ。

 

「…………」

 

ミクトルは武の同情の言葉に何も答えず、ただ微かに、儚い微笑みを浮かべただけだった。彼女は静かに視線を外し、燃え盛る大通りの奥――ひときわ巨大な爆炎が上がる中心地へと顔を向ける。

 

「ヘレウクレスさん。あなたたちは、テポーンの元へ急いで向かってください。悲しいことですが、私たちの力では、あの偽神に傷一つ付けることすらできませんから……」

 

「言われずとも、そのつもりだ」

 

ヘレウクレスが大棍棒を握り直す。

 

「だったら早く行け。無駄口を叩くな」

 

リーが光の槍を肩に乗せ、顎でシッシッと追いはらうような仕草をした。

 

(……さっき、思いっきり自分も無駄口叩いてたよな、このサラブレッド?)

 

村正は内心で的確なツッコミを入れつつも、空気を読んで口には出さなかった。

 

「行ってくる。ミクトルさん、リー。あとの雑兵どもの足止めは頼んだぞ!」

 

ヘレウクレスが地鳴りのような足音を立てて駆け出す。

 

「俺たちも行くぞ、村正」

 

武が左腕の盾を構え直し、大英雄の背中を追う。

 

「わかったよ!」

 

村正もいびつな日本刀を握り締め、燃え盛る戦火の奥底へと飛び込んでいった。

――三人の背中が土煙の向こうに見えなくなった後。

周囲には再び、異形の蛇たちが無数に湧き出し、鎌首をもたげて二人を取り囲んでいた。

しかし、残されたミクトルの表情に焦りは微塵もない。彼女は冥界の女主人としての底知れぬ冷気を全身から立ち上らせ、迫り来る魔獣たちに向かって静かに宣告した。

 

「それでは……彼らに、安らかな死をお届けするとしましょう」

 

「後ろは任せろ」

 

リーが不敵に笑い、銀色の流星たる光の槍を空へと放つ。

絶対的な死の冷気と、闇夜を切り裂く極光。正反対の性質を持つ二人の勇士が並び立ち、魔獣の群れを蹂躙する静かで苛烈な宴が始まった。

 

燃え盛る瓦礫を飛び越え、肺を焼くような熱風を切り裂きながら、武は並走する巨漢へと鋭い視線を向けた。

 

「ヘレウクレス。さきほど、ミクトルたちが『テポーンには傷一つつけられない』と言っていたが……あれはどういうことだ?」

 

冷静な武の頭脳は、あの短いやり取りの中の違和感を決して見逃していなかった。神話の武器を操るリーの剣撃や、ミクトルが放つ絶対的な『死』の力。それらをもってしても傷一つ負わせられない相手に対し、なぜヘレウクレスだけが立ち向かおうとしているのか。

 

「ああ、まだ教えてなかったね。異界から来た君たちは知らないだろうが……」

 

ヘレウクレスは足を止めることなく、重苦しい声でこの世界の『残酷な理(ことわり)』を口にした。

 

「この世界において、破滅をもたらす偽神や邪神は、その神の予言に『対応する勇士』でなければ、決して倒すことができないように出来ているんだ」

 

「対応する、勇士……?」

 

「そうだ。絶対的なルールのようなものさ。だから、たとえ万物に等しく死をもたらすミクトルであろうと、あらゆる武芸に長けている万能のリーであろうと、第一の予言の邪神であるテポーンの鱗には何の意味もなさない。奴を殺せるのは、奴の宿敵として運命づけられた『第一の勇士』である、俺の打撃だけなんだ」

 

その事実を聞き、村正はひどく間抜けな声を上げた。

 

「えっ? ちょっと待ってよ。それってつまり……」

 

村正は走りながらも武と顔を見合わせる。

 

「外界から来た俺たちがここにいても、全く意味がないんじゃ……! 斬っても無敵バリアで弾かれるだけってことだろ!?」

 

当然の疑問だった。ギリシャ神話の怪物を倒せるのがギリシャ神話の英雄だけだというのなら、島国から来た自分たちの攻撃など、テポーンに通じるはずがない。

しかし、ヘレウクレスは焦る村正を見て、フッと嬉しそうに岩のような顔をほころばせた。

 

「いや、君たちは大丈夫だ。むしろ、ここに君たちが来てくれて本当に嬉しいよ」

 

「……え?」

 

(ん? それってどういう……)

 

村正の脳裏に疑問符が浮かぶ。

「君たちは大丈夫」とはどういう意味だ? 俺たちの持つ力が、ギリシャの魔獣の無敵の理をぶち抜けるというのか? それとも、俺たちの存在そのものが、この世界のルールから外れた『特異点』だということか?

だが、村正がその真意を問いただそうと口を開きかけた、まさにその瞬間だった。

 

「……ッ!!」

 

ヘレウクレスの顔から笑みが消え、その巨大な体がピクリと硬直した。

 

「奴の気配が、強まってきたな」

 

大英雄の声が一段と低く、野太く響く。

同時に、村正と武の全身の産毛が逆立った。周囲を包んでいた炎の熱気が、急激に別の何かに塗り替えられていく感覚。むせ返るような硫黄と血の臭い。重力が一気に倍増したかのように、呼吸をするのすら苦しくなるほどの、圧倒的で凶悪なプレッシャーが前方の暗闇から押し寄せてきた。

 

「来るぞ!」 

 

武が叫び、左腕の重厚な盾を前方に突き出す。村正もいびつな日本刀を両手で握り締め、極限まで重心を落とした。

三人が大通りを抜け、かつて美しかったであろう聖都の中央広場へと飛び出したその先。

 

『グルォォォォォォォォォ…………ッ!!!』

 

地獄の底から響くような、大気を震わせる低く悍ましい咆哮。

燃え盛る黄金の炎を背景にして、それは文字通り『とぐろ』を巻いていた。

先ほど荒野で倒した大蛇など、まるで児戯に等しい。

見上げるほどの巨大な肉の山。幾重にも絡み合う無数の毒蛇の首が、一つの巨大な胴体から生え出し、のたうち回っている。赤黒く濁った無数の瞳孔が、広場に飛び出してきた三人のちっぽけな姿を同時に捉えた。

滅びの予言、第一の偽神。

魔獣テポーンが、圧倒的な絶望の姿をもって、ついに彼らの眼前にその全貌を現した。

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