対怪人局の地下深くに位置する、第一解析室。
地上のお祭り騒ぎのような熱狂が1ミリも届かないこの密室で、
解析班のチーフは、集計が終わったばかりの最新の戦闘被害報告書をデスクに置いた。
「特区周辺の怪人消滅事案、最終リポートです。
世間では『聖域化計画』だの『弱者への慈愛』だのと騒がれていますが……
調査により、それらはすべて否定されます。彼はただ怪人を一撃で処理しただけで、
市民への接触も、声かけも一切行っていません。無言のまま、即座にその場を離脱しています」
局の幹部は、眼鏡の奥の目を細めて報告書に目を落とした。
「我々が扱うのは事実のみだ。それで、結論は?」
「結論から申し上げれば、今回も同様です。
怪人の出現から完全消滅までに要した時間は、わずか数秒。
特区周辺の防衛ラインが突破される直前、最も効率的なタイミングで介入しています。
結果として、局の消耗はゼロ、民間人の死傷者もありません」
幹部は、画面に表示された黒の守護者の離脱ログを見つめた。
「……しかし、これだけの戦闘を行っておきながら、現場にはなにも残っていないな」
「ええ。問題はそこです。これほどの圧倒的な力を持ち、
これほど完璧に痕跡を消すことに長けた存在が、なぜ組織に属さないのか。
局の包囲網を嘲笑うかのように闇に潜み、戦い続ける……。
一体どれほどの意図、どれほどの『底知れない計画』を秘めているというのか……。
もし単なるスタンドプレーであれば、
どこかで必ず自己顕示欲や、報酬への欲求といった足跡が残るはずです。それが一切ない」
チーフは画面を切り替え、
過去数十年の怪人災害および公的・私的な戦闘記録の統計グラフを提示した。
「これほど痕跡がないということは、少なくとも我々が想定している動機では説明できません」
幹部は椅子の背もたれに体を預け、部屋の天井を仰いだ。
「フー……欲求もなし、顕示欲もなしか……どこぞの馬鹿どもにも見習わせたいものだ」
「例のアレ……ですか?」
思い当たる節があるのか、チーフは苦笑混じりに言葉を濁した。
「そうだ。神代レンの敗北でメンツが丸潰れになった上の連中が、
必死になって進めている『黒の守護者捕獲計画』だよ、なんともお粗末な代物だ。
捕獲手順もなく、メディア露出や、局の秘密兵器としてアピールといった捕獲後についてばかり、現実的なことは一切なしで、だ」
「そうですね、まず能力が違いすぎますし、
行動原理は不明、思考パターンも不明、
会話が通じるのかさえ分からない、そんな相手ですからね」
「つまり、わからないことだらけの存在だ」
幹部はそこで言葉を切り、ふと眉をひそめた。
「……待て。そもそも、『ヤツ』は本当に我々人類を守っているのか?」
「そういった懸念は理解できますが、これまでの実績から見れば可能性は低いでしょう。
ですが、未知の存在である以上、完全には否定できません」
「そう……だな、すまない少し疲れているようだ……」
そう述べ、幹部は目頭を押さえた。
チーフはそんな相手に対し、仕方がありませんよ、といった顔を浮かべ、最後にこう告げた。
「しかし。『わからない』だからこそ警戒する必要があります。
彼は、我々には見えていない何かと戦っている可能性も否定できません。
引き続き、最大級の警戒を維持し、奴の動向を注視する必要があります」
プロたちの高い知性と、過去の歴史への信頼。
それらが完璧に噛み合った結果、対怪人局の頭脳たちは、
どこまでも冷静に、「勘違いの迷宮」へと足を踏み入れていく。
世界は、彼の戦果と行動に「計算され尽くした大計画」を見出し、
国家規模の警戒網を敷いていく。
幕間 了