名無しの怪人は酒を買って帰る   作:変身ヒーローはロマン

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第2話:勝手に神格化される怪人

『――緊急特番! 徹底検証・#謎の黒い怪人 #正体不明の守護者 !!』

 

きらびやかなテレビスタジオでは、原色まみれのフリップを持った司会者が、

カメラに向かって絶叫していた。

 

『一説には、政府が極秘開発した対怪人生体兵器ではないかとの情報が飛び込んできました!

さらにスタジオには、自称・元対怪人局の特殊工作員をお招きしております!』

 

「私が現役の頃、上層部が『黒い悪夢を解き放つ』と囁いていたのを聞きました。

十中八九、国家の最高機密です」

『おおっとー! 衝撃の証言が出ました!』

 

画面が切り替わり、今度はSNSのタイムラインが画面いっぱいに映し出される。

 

@KAIJIN_watcher

【拡散希望】昨日のあまねちゃん救出動画、0.25倍速で解析したら、

黒の守護者が去り際に一瞬「天」を仰いでる。

これって「人類の罪を一人で背負う」っていう暗喩じゃね……?

泣けてきた。

 

@裏垢おんぷ

あまねちゃんが「瞳に深い孤独を見た」って言ったのガチすぎる。彼には私たちが知らない、

世界滅亡のカウントダウンが見えているのかも……。

 

『ご覧の通り、ネット上では様々な憶測が飛び交っています!』

 

――パチッ。

 

リモコンのボタンが押され、テレビの音がブツリと途切れた。

 

「おいおっさんッ!! テレビ見てねえで手ぇ動かせ!

お前、またサボってタバコ吸ってただろ!!」

 

プレハブの休憩所のドアが勢いよく開き、ジローの半分ほどの年齢の若い現場主任が、

顔を真っ赤にして怒鳴り込んできた。

床の掃き掃除をサボり、灰皿の横でぼんやりしていたジローは、ダルそうに頭を掻く。

 

「あー……サーセン。ちょっと腰がピキッときてまして……」

「言い訳すんな! 日当ぶんくらいは真面目に働けクソおやじ!」

「サーセン、以後気をつけまーす……」

「ったく、あんたみたいなのが一番タチ悪いんだよ」

 

心のこもっていない謝罪を口にしながら、ジローは壁にかかっている時計をそっと確認した。

現在の時刻、午後四時五十五分。

 

(あー、うっせえな。早く終わらせてパチンコ行きてえ……。今日は流れ的に勝確なんだよ~、

波も来るだろうし絶対に。軍資金は今日の日当の一万円……これで一発、万発出して……)

 

世間が「国家の最高機密」や「人類を背負う孤独な覚悟」とやらで大騒ぎしているその中心人物は現在、二十歳そこらの若造に怒鳴られながら、

頭の中をパチンコ玉の銀色の輝きだけで満たしていた。

 

午後九時。

パチンコ屋の派手なネオンが、夜の街をギラギラと照らしている。

その自動ドアから、魂が抜けたような足取りで這い出てくる男が一人。ジローだった。

 

「……クソが!」

 

呪詛のような声が漏れる。

 

「遠隔だろ。確実にやってるわ、あの店。何が新台だよ。

一回も熱い演出こねえで溶けるとか、天文学的な確率だろ~~……」

 

財布の中身を確認する。千円札が二枚と、小銭が数百円。

今月のアパートの更新料の足しにするはずだった日当は、わずか三時間で消えていた。

 

「あー、腹立つ。マジで腹立つ。……」

 

ブツブツと最悪な文句を垂れ流しながら、ジローは繁華街のどん詰まりにある、

薄暗い路地裏へと足を進めていた。

 

周囲には、メディアが騒ぎ立てる喧騒が響いていた。

 

『【徹底考察】黒の守護者はなぜ繁華街に現れるのか? 繁華街=日本の欲望の縮図。

彼は人間の業を監視し、浄化するためにあの街を徘徊しているのだ。

彼が言葉を発しないのは、言葉という不完全なツールを捨て、

行動でのみ世界と対話しようとする高潔な意思の表れである――』

 

「ギャァァァァーーーッ!?」

「だれかーー!!助けてーーー」

 

路地裏の奥から、鼓膜を刺すような悲鳴と、肉が壁に叩きつけられる鈍い音が響いてきた。

 

街灯の切れた闇の奥で、身長三メートルはあろうかという、カマキリと人間を合成したような

悍ましい異形が奇声を上げている。

その足の下には、対怪人局の制服を着た若い新人らしき女性が、血を流して倒れていた。

 

怪人が獲物を捕らえ、歓喜の咆哮を上げる。

普通なら腰を抜かして逃げ出す地獄絵図。

のはずだが、ジローの淀んだ目は、実際には別のことを映していた。

 

(……あー、コイツで発散するかぁ……)

 

負けすぎのせいか頭が残念になっていた。

ジローは「人助け」はしない、するのはストレス発散である。ニタ~とゲスな笑みを浮かべ、

建物の影へと身を潜めた。

 

(パチンコ屋の店長を殴ったらタイホだけどさぁ……。アレなら、どんだけ加減ナシで殴っても、文句言われねえもんなぁ?)

 

その瞬間、闇が脈打った。

ジローの全身を、漆黒の凶悪な外骨格が覆っていく。

骨が軋む音とともに、怪人の姿へと変貌する。

 

(昆虫採集の時間だ!おら~!)

 

「キシャーーーーッ」

カマキリ怪人が、倒れこんだ女性にトドメの鎌を振り下ろそうとした、その刹那。

 

――ガシィィィィン!!!

 

凄まじい音が道に響き渡った。

怪人が目を見開く。いつの間にか、自分の鎌を、背後から現れた「黒の怪人」が素手でガッチリと掴み止めていた。

 

ジローは、一言も発しない。今、彼の脳内は「一万円スったイライラ」で100%飽和している。

ただ、行き場のない怒りと、純度百パーセントの八つ当たりを右拳に全て乗せた。

ただ全体重を乗せただけの殴り。

 

それが、怪人の顔面のド真ん中にクリーンヒットした。

 

――ドゴォォォォォォンッ!!!!!

 

路地裏全体が地震のように激しく揺れる。

カマキリ怪人は、肉塊へと変わる暇すら与えられないほどの圧倒的な衝撃で

木っ端微塵に爆散した。

 

静まり返る路地裏。

助かった対怪人局の女性は、腰を抜かしたまま、目の前に立つ黒い怪物を見上げていた。

 

その怪物は、一言も語らない。

ただ、自分の拳についた怪人の返り血を、ものすごく面倒くさそうにブンブンと振り払い、

そのまま闇の中へと下がった。次の瞬間には、まるで最初からそこに誰もいなかったかのように、

姿を消していた。

 

女性は恐怖で震え、膝を地面につけて荒い息を吐いた。

「……助かった……の……?」

まるで現実が信じられないかのように、声が震える。

「あの……黒い怪人に……? 局のデータベースにも載っていなかったのに……」

背中を丸め、彼女はようやく、冷たく張り詰めた恐怖の糸が緩むのを感じた。

 

彼女は困惑し、ただ呆然と闇を見つめることしかできなかった。

まだ、その圧倒的な暴力への恐怖が勝っていた。

 

翌朝。

築40年のボロアパートの一室。

 

テレビからは、昨日以上の熱量でニュースが怒号のように流れていた。

 

『緊急速報です! 昨夜、繁華街の路地裏にて、またしても正体不明の黒い怪人 が現れました!

現場に残された粘液の成分から、大型怪人が【一撃】で消滅させられたことが判明!

ネット上では早くも『神の一撃』『人類の到達点』として、新たな神話が形成されています!』

 

ネットのトレンドは

『#黒の守護者』

『#人類の盾』

『#神の一撃』

で完全に埋め尽くされていた。

 

「……」

 

そんなお祭り騒ぎのテレビを完全にBGMにしながら、ジローはちゃぶ台に向かい、

真剣な表情を浮かべていた。

 

目の前には、赤ペンで思いっきりバツ印をつけられた、今日の競馬新聞。

ジローは、ぬるくなったワンカップの酒をぐいと煽り、深いため息をつく。

 

「……まじかよ。……。本番に弱すぎんだろ。なーにが『大本命の血統』だよ、ふざけんな」

 

財布の中身は、ついに数百円になった。

 

「あー……。仕事の時間か。切り替えて作業場行くか……」

 

テレビの電源をブツリと切り、ヨレよレのジャンパーを羽織り。

ジローは重い腰を上げ、薄暗い部屋を出た。

 

今日もどこにでもいる、ギャンブルに負けた中年男として。

ジローは、薄暗いアパートの階段を降りていった。

 

(第2話・了)

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