名無しの怪人は酒を買って帰る   作:変身ヒーローはロマン

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途中視点が変わります



第4話:ヒーローを演じる男

「よ、おっさん、あんたが最後だ、受け取れよ。昨日の現場で高評価を頂いた、

お得意さんからもらったアイスだ。あんた昨日受け取らずに帰っちまったからな」

若い現場主任が、ジローにアイスを差し出した。

 

「アイスっすか?」

ジローはそれを見て、首をかしげる。

 

「ほらよ」

現場主任は用件だけ済ませると、そのまま去っていった。

 

「まぁ、貰えるもんは貰っときますかね」

バリリと包装を破り、豪快に一口齧る。

冷たさが舌に広がった次の瞬間には、もう最後の一口だった。

 

「ん?」

むき出しになった木の棒を凝視する。そこにはくっきりと“アタリ”の文字。

「へぇ、本当に入ってるもんなんだな……」

少し得した気分で、その棒を無造作にポケットへ放り込んだ。

 

いつもの仕事が終わり、帰路につこうとしたジローの耳に、

上機嫌な話し声が飛び込んできた。声の主は、先ほどの現場主任と最近入った新人のバイトだ。

「駅前のパチスロに行ったらさ、レバー叩いた瞬間フリーズしてよ! 一撃で大勝ちよ!」

「マジっすか!? 羨ましいっす!」

二人の盛り上がりを横目に、ジローは歩みを止める。

 

「レバー叩く? 殴っていいのか? フリーズ? 固まるのか? それで殴るのか? ……

聞いてるだけじゃまったくわからん。が、ひょっとするとパチスロ、俺向きかもな。

うし!行ってみっか!」

ポケットの中で、先ほどのアタリ棒が指先に触れた。

「これも何かの縁かもな」

誰に聞かれるでもなく、ジローは呟いた。

 

 

腹の底に響く重低音と、パチスロ店特有のけたたましい喧騒が店内に満ちていた。

よく分からないまま適当な台に座り、見よう見まねでコインを入れてレバーを叩く――

その時だった。

 

「おぉぉぉぉ!? 初めて来たがスロットっておもしれぇな~」

ガキィィン! と甲高い効果音が鳴り響き、リールの図柄が綺麗に揃う。

「ンン? んだこりゃ」

予期せぬ大音量とイルミネーションのフラッシュ。一拍置いて、下皿にジャラジャラジャラ! と勢いよくメダルが吐き出され始めた。

 

あまりの光の点滅と爆音に、ジローは目を白黒させる。

「おいおいおっさん、いい当たり引いたな」

隣の男が目を見張って声をかけてきた。見れば、自分の下皿だけがメダルで山盛りになっている。

「こいつが当たりってやつかい?」

パチンコとは違う、初めての快感に、ジローは味を占め始めていた。

「そうさ、んで換金はあっちだよ」

「で、いつ殴るんだ?」

「は? 何言ってんだ、おっさん?」

隣の男が「何だコイツ……」と言いたげな、怪訝な目を向けてくる。

さすがにジローも自分が変な勘違いをしていたことを悟り誤魔化すように、

席を立ち、換金所へ向かった。

「しっかし……また当たりねぇ」

 

 

夕刻のスーパー。多くの買い物客が行き交う惣菜売り場に、活気のある声が響き渡る。

「はい! 今からタイムセールのお時間です。焼き鳥全品半額!

数に限りがありますので、お早めにどうぞ!」

売り場の従業員が大きな声で呼び込みをしていた。

 

「おっ、タイムセールか! こいつはいいねぇ」

人々が我先にと商品を手に取る中、ジローも負けじと手を伸ばす。

「あれ? 塩かよ。今日の気分はタレで一杯やりたかったんだが……

まぁ、半額だし、かまわねぇか」

目当てのモノではないが、好物を安く手に入れたことにご満悦だった。

 

「流れってヤツがきているのかねぇ」

ジローはニヤついた笑みを浮かべていた。

 

 

スピーカーで大音量が流れている。

「今回はキャリーオーバーとなっております。なんと当選額は――――」

宝くじ売り場には多くの人が夢を買いに並んでいる。

その売り場を見つめる一人のおっさんがいた。

「キャリーオーバー……」とだけ呟いて。

 

 

 

【一方その頃】

「――それではお呼びしましょう!

今、世界で最も愛されている我らがヒーロー!

『黒の守護者』こと、神代レンさんです!」

 

割れんばかりの拍手と、鼓膜を突き破らんばかりの黄色い歓声。

都内で行われた大手化粧品メーカーとのタイアップ新製品発表会。

その特設ステージへ、神代レンは漆黒のパワードスーツを身に纏い、

ゆっくりと歩み出た。

抜けるようなフラッシュの嵐。

無数のスマートフォンのレンズが彼を捉え、

配信の同時視聴者数は瞬く間に大台を突破していく。

 

ヘルメットのバイザーが滑らかに開き、

レンの端正な素顔が露出すると、会場の熱気は最高潮に達した。

 

「皆さん、こんにちは。

僕の新しい『盾』のデザイン、気に入っていただけたかな?」

 

内蔵スピーカーを介さない、レン自身の生の美声がマイクに乗る。

完璧な角度の微笑み。完璧な視線の配り方。

かつて彼に向けられていた

「神代グループの七光り」

「親の金で遊んでいる道楽息子」

という冷ややかな視線は、今やこの世界にただの一つも存在しなかった。

 

ここにあるのは、狂信的とも言えるほどの『称賛』だけだ。

 

「レンさん! 今回のタイアップ商品の売り上げの一部は、

怪人災害の被災者支援団体へ寄付されるそうですが?」

 

司会者の質問に、レンはカメラを真っ直ぐに見つめ、

いかにも理想的なヒーローらしい慈愛に満ちた表情で頷いた。

 

「ええ。僕が戦うのは、ただ怪人を倒すためじゃない。

傷ついた人々の心に、もう一度光を取り戻すためです。

神代グループの全財産を投げ打ってでも、

僕は皆さんの日常を守り抜くと約束します」

 

『きゃあああ! レン様ー!』

『なんて高潔な人なんだ……!』

 

ネットのコメント欄は感動の嵐で埋め尽くされ、

スポンサー企業の株価はさらに跳ね上がる。

レンは胸の奥から湧き上がる高揚感を噛み締めた。

これだ。これこそが、自分の人生のすべてを賭けて、

血の滲むような特訓に耐えてまで欲しかったものだ。

生まれ持った記号ではない。

神代レンという一人の男が、今、世界の中心で「特別」になっている。

 

発表会の後、メディアの勢いは留まることを知らず、

テレビ局の特別番組へと移行した。

番組のメイン企画は、レンと「彼に救われた女性たち」との奇跡の対談。

スタジオの豪華なソファに座るレンの対面には、

繁華街での被災者である有名配信者「あまね」と、

路地裏で救われた対怪人局の新人女性職員「水瀬詩織」の姿があった。

 

スタジオの強い照明を受けるあまねは、配信画面で見るよりも垢抜けて、

華やかさと、人を惹きつける天性の佇まいに満ちていた。

「神代さん……本当に、あの時はありがとうございました」

画面の向こうへ届ける、あの馴染みの笑顔はどこへやら、

あまねはただ目の前の命の恩人へ、涙ながらに言葉を紡いだ。

「あの黒い背中を見た瞬間、もう大丈夫だと思ったんです」

 

「いや、怖かっただろうに、よく耐えてくれたね。

君が今もこうして笑顔を届けてくれていることが、僕の何よりの報酬だよ」

 

レンは爽やかに微笑み、あまねの手を優しく握る。

 

その横で、水瀬詩織は首元まで隙なくボタンを留めた制服を纏い、

定規で測ったように背筋を伸ばして座っていた。

華やかなスタジオで一人、頑ななまでに異質なその立ち姿。

会見に臨む彼女の表情には、どこか張り詰めたものがあった。

まだ若い。その視線には、英雄を見る憧れよりも、

何かを確かめようとする硬さがあった。

 

「…………私も路地裏で、カマキリ怪人に襲われた時、

もうダメだと思いました。でも、黒の守護者さんが現れて……。

怪人を粉砕したあと、無言で立ち去った姿を見て、

どうしてか分からないんですが、胸が締め付けられました。

きっと、今までに救えなかった多くの命の重みを、

その背中に背負って戦っていらっしゃるんだ、って……!」

 

「……ああ。救えなかった過去の痛みが消えることはない。

だけど、だからこそ僕は、目の前の君をどうしても救いたかったんだ」

 

レンは少しだけ目を伏せ、いかにも『トラウマを抱えた孤高のダークヒーロー』らしい、

哀愁を帯びた完璧な演技で答えた。

 

「これからも、僕が人類の盾になろう」

 

レンのその言葉で番組は締めくくられ、彼の承認欲求は、

まさに人生の最高潮といわんばかりに満たされていた。

完全に、自分が世界の救世主であると錯覚し始めていた。

 

番組収録後――

「すみません、ちょっといいですか?」

水瀬詩織が、神代レンに声を掛けた。

 

「はい?」

スタッフと話していた神代レンはその声に振り向いた。

 

「変な質問かもしれませんが……」

「神代さんは、本当にあの時の守護者なんですか?」

詩織は、慎重に言葉を選ぶように尋ねた。

 

「……それは、どういう意味でしょう?」

 

レンの表情が、ほんのわずかに固まる。

 

「……上手く言えないんですが。

あの時の『守護者』は、何かもっと……違った気がしたんです。」

 

「ええ。間違いなく僕ですよ」

 

レンはいつもの完璧な笑顔を浮かべた。

 

「そうですか……失礼しました」

 

 

深夜。

華やかなテレビ局を後にし、お抱えの高級送迎車に揺られながら、

レンはスマートフォンの画面を眺めていた。

エゴサーチの画面には、自分を称える言葉しか存在しない。

 

SNSトレンド

1位 #黒の守護者

2位 #神代レン

3位 #人類の盾

 

「ようやく、ここまで来た」

 

レンは満足げに背もたれに体を預けた。

次のステップは、さらに効率よく怪人を駆逐するための、

パワードスーツのアップデートだ。

過去のデータによれば、しばらく大型の個体は出現していない。

次の出陣も、カメラ映えのする「安全なショー」になるはずだった。

 

だが、レンは知らない。自分が踏みつぶしたはずの、あの広場の下。

そのさらに底、光の一筋も届かない暗黒の地下下水道の奥深くで、

何が起きているのかを。

ドクン。ドクン。と、不気味な重低音が響く。

 

そこには、レンの高周波ブレードによって表面だけを焼かれ、

生き残った中型怪人の「核」があった。怪人は死んでいなかった。

 

本来なら訪れるはずだった自壊も起きない。何かが狂っていた。

 

ドバァッと、汚水の中に肉塊が広がり、以前の倍以上の大きさに急速再生していく。

トカゲとカニを模した醜悪な皮膚が、さらに硬く、さらに禍々しく膨れ上がる。

 

しかも、それだけではなかった。

 

変異し、尋常ならざる殺意を放つその怪人の背後。

暗闇の奥から、さらなる絶望が這い寄ってくる。

 

それは、下水道の天井に届きそうになりながら進む、圧倒的な質量。

対怪人局がこれまで遭遇したこともないような、

 

【超大型個体】。

 

巨岩のような甲殻と、無数の巨大な怪腕を持つその「超大型怪人」は、

再生を終えた中型怪人の放つ憎悪に呼応するように、じっと地上を見上げていた。

 

中型怪人の怨念。そして、それを遥かに凌駕する超大型怪人の圧倒的な破壊衝動。

二体の怪人は、静かに、しかし確実に、地上へと狙いを定めていた。

 

世界は今夜も、黒の守護者の話題で持ちきりだった。

スポットライトの真下で、溺れるような称賛に包まれる神代レンの破滅へのカウントダウンは、

あと数日へと迫っていた――。

 

 

 

(第4話・了)

 

 

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