名無しの怪人は酒を買って帰る   作:変身ヒーローはロマン

9 / 22
残酷な描写あり



第5話:崩壊の序曲

第5話:崩壊の序曲

 

スマホを持ってないジローは宝くじ売り場の横に張り出された、当選番号の一覧表の前に立ち、

ポケットからあの日購入したくじ券を取り出した。

「1等、10億か……」

額の大きさに思わずたじろいだジローだったが、気を取り直し一覧表を見つめる。

「へっ、見てやろうじゃねぇか」

 

手元の番号と一覧表を見比べる。

「――ん?」

何度も目をこすり、一覧表の数字と、手元のくじ券の数字を交互に往復させる。

「おいおいおい……コイツぁ……」

思わず震えだすジロー。

 

 

 

【その頃】

日常の崩壊は、あまりにも唐突だった。

 

平日の昼下がり、賑わいを見せる都心の高層ビル街。

その中心にある地下鉄の通気口が、内側から激しい爆発とともに吹き飛んだ。

立ち込める黒煙を割って這い出てきたのは、

かつて人類が目撃したどの個体よりも禍々しい「怪物」だった。

 

「キィィィィサァァァァァァッ!!!」

 

金属を引っ掻いたような、鼓膜を震わせる咆哮。

体長は3メートルを超え、全身が鋼鉄のような漆黒の甲殻で覆われている。

右腕には以前の数倍はある巨大なハサミ、

そして背中からは無数のトカゲの尾のような触手が蠢いていた。

 

怪人は、近くにいた大型路線バスを片手で紙屑のように掴むと、

そのまま隣の商業ビルへと投げつけた。

轟音、ガラスの雨、そして血の気の引いた人間の悲鳴。

怪人の一歩ごとに、数日前まで平穏だった都市の機能が物理的に圧殺されていく。

 

 

「……嘘、だろ」

 

対怪人局の中央解析室。

モニターに映し出された怪人の拡大映像を見たベテラン職員は、持っていた資料を床に落とした。

 

「どうした!? 避難誘導を急がせろ!」

 

上官の怒号に、職員はガタガタと震える指でキーボードを叩き、数日前のデータを並べる。

 

「この怪人、数日前に神代レンが商業ビルの広場で『討伐した』と言われる、

例の下位個体です……!」

 

「何だと……!? 姿が全く違うぞ!」

 

「生体波形が完全に一致しています!

神代レンの中途半端な火力で、核を刺激された結果、自壊のサイクルが狂い、

急速に変異・巨大化したんだ! 最悪だ……以前の硬度を遥かに超えている。

現行の局の重火器じゃ、時間稼ぎの足止めすらできません!」

 

都市規模の被害が広がる中、世間の反応は、対怪人局の絶望とは完全に乖離していた。

スマートフォンを片手に逃げ惑う人々、そしてSNSのタイムライン。

そこに溢れているのは、恐怖ではなく『依存』だった。

 

『レン様どこ!? 早く来て!』

『またあのフォトン・バーストで一瞬で粉砕してよ!』

『不謹慎だけど、生でレン様の戦闘見られるチャンスじゃね?』

 

恐怖の対象であるはずの怪人が、

いつの間にか「ヒーローを引き立てるための舞台装置」として消費されている。

世界はまだ、神代レンという偽りの神話から目を覚ましていなかった。

 

 

「――お待たせ。もう大丈夫だ」

 

シュゴォォォォォッ!!!

 

割れんばかりの歓声(避難の足を止めてスマホを構える野次馬たち)の中、

青いジェット噴射の光とともに、神代レンが戦場へと着地した。

スーツはさらに光沢を増し、ド派手な追加装甲が施されている。

彼の周囲には、今日も完璧なアングルを狙う十数機の撮影ドローンが追従していた。

 

さらに、対怪人局の封鎖線のすぐ外側には、怪人局職員の詩織と配信者のあまねの姿もあった。

「危険です!下がってください」

「皆さん、レン様が来てくれました!」

「これなら大丈夫です!」

自撮り棒を掲げ、興奮気味に配信を続けるあまね。

その後ろには、お祭り騒ぎでレンの名を叫ぶファンの群れ。

 

レンはバイザーの奥で、その光景を見て満足げに微笑んだ。

(最高だ。これだけの注目、これだけの観客。

ここでこの怪人を倒せば、僕の地位は不動のものになる)

 

「『高周波ブレード、出力最大』――悪を裁く時間だ!」

 

レンは華麗なステップで地を蹴り、漆黒の怪人へと飛び込んだ。

眩い光の刃が、怪人の胸元へと一閃される。完璧なフォーム、完璧な軌跡。

 

――ギチチチチチィィィン!!!

 

しかし。

あたりに響き渡ったのは、肉を切り裂く音ではなく、

金属同士が激しく擦れ合うような絶望的な打撃音だった。

ブレードの刃は、怪人の漆黒の甲殻に数ミリの傷をつけただけで、完全に止められていた。

 

「……え?」

 

レンが目を見開いた瞬間、怪人の巨大なハサミが横一線に振るわれた。

 

「が、はッ……!?」

 

凄まじい衝撃。

レンの身体は一撃で数十メートル吹き飛び、道路のアスファルトを削りながら激しく転がった。

 

『なんだよ!?なにが起きたんだ?』

『カメラ追いついてない、誰か教えてくれ!』

動画のコメントが慌ただしくなり始めていた。

 

『システムエラー。胸部装甲、損壊率35%』

アラートが耳元で鳴り響く。

 

「な、んだ、この重さは……!? 以前のデータと違いすぎる……!」

 

起き上がろうとするレンの頭上に、怪人が驚異的な跳躍で迫る。

背中からの触手が鞭のようにしなり、レンのパワードスーツを容赦なく打ち据えた。

 

バキッ!ゴキッ!

 

火花が散り、スタイリッシュだったカーボン素材の装甲が、

見る影もなくへこみ、引き裂かれていく。

 

「いや、待て、あ、熱出力最大! 『フォトン・バースト』!!」

 

『きたーーーー』

『いけええええ!!』

『やっちまえレン様!!』

『勝ったな』

『フォトン・バーストきたああああ』

 

至近距離から放たれたレンの必殺の光線。しかし、強化された怪人はその熱線を突き破り、

怪人のハサミが、レンの左腕のブレード発振器を根本からバキリとへし折る。

 

『えっ?』

『はっ?』

『嘘だろ……』

 

「ひっ……あああああッ!?」

 

『おい立てよ!』

『レン様!?』

『フォトン・バースト効いてないの!?』

『待て待て待て待て』

 

視聴者たちの熱狂は、一瞬で困惑へと変わった。

 

それでもレンは震える足で立ち上がる。

「まだだ……僕が負けるはずがない……!」

自分自身に言い聞かせるように叫びながら、

残されたブレードを展開する。

 

だが。

 

怪人はまるで意に介していなかった。

 

甲殻には、先程の必殺技で焼かれた痕がわずかに残っているだけ。

 

致命傷どころか、有効打ですらない。

 

『なあ……』

『今回の怪人、今までと違わないか?』

『ちょっと、やばくね?』

『いや、大丈夫だろ』

『レン様だぞ?』

『今まで、一撃で楽勝だっただろ?』

『え、演出だろ、きっと……なあ!?そうだって言ってくれよ!!』

 

誰もがそう思おうとしていた。

 

そう信じたかった。

 

しかし次の瞬間、その希望は容赦なく踏み砕かれる。

 

怪人の背中から伸びた無数の触手が、鞭のようにしなり――。

 

ドガァッ!!

 

レンの身体を真正面から叩き潰した。

「ぎゃあああああッ!!」

 

封鎖線の外で見ていたあまねの顔から、一瞬で笑顔が消えた。

 

「え……? レン、様……? 嘘、なんで……?」

スマホの向こうの視聴者たちも、あまりの惨状にコメントを止める。

スマートで華麗なはずのヒーローが、泥に塗れ、悲鳴を上げて一方的にやられている。

 

 

「助け……て……」

 

バイザーの奥、レンの端正な顔は恐怖で涙と鼻水に塗れていた。

痛い。死ぬ。嘘だ。僕は選ばれたヒーローのはずだ。

なんでこんな、化け物相手に、生身の人間が戦わなきゃいけないんだ。

この世界には超能力などない。

純粋な暴力だけ。それを、レンは本当の意味で初めて突きつけられていた。

 

しかし、運命は彼に、精神の崩壊すら許さなかった。

 

ズズズズズズズズズズズズ……ッ!!!

 

突如、周囲のビルが大きく傾き、地面が劇烈に陥没した。

咆哮すら、ない。

ただ、物理的な『絶望の質量』が、崩壊した道路の底から這い出てきた。

 

それは、変異した中型怪人を遥かに凌駕する、文字通りの

【超大型個体】。

体長10メートルを超え、巨岩のような甲殻を背負い、

アスファルトを容易に粉砕する無数の巨大な怪腕を持った、圧倒的な暴力の化身。

 

復活怪人が、下水道網の奥から呼び寄せていた「仲間」だった。

 

「あ……あ……」

 

レンは立ち上がることすら忘れ、腰を抜かしたままその巨体を見上げた。

超大型怪人の無数の目が、冷酷にレンを見下ろす。

その隣には、レンへの怨念を滾らせた中型怪人が、カチカチとハサミを鳴らして立っていた。

 

2対1。

人類の最新科学の粋を集めたはずのパワードスーツはすでに大破し、武器はない。

周囲を飛んでいた撮影ドローンは、レンが逃げ惑い、恐怖に泣き叫ぶ無様な姿を、

残酷なまでに鮮明に世界中へと生中継し続けていた。

 

「いやだ……来ないでくれ……誰か、誰か助けてくれよおぉぉぉッ!!!」

 

大衆のヒーローとして頂点に立った男の、それが剥き出しの悲鳴だった。

二体の怪人が、絶望に震えるレンを目がけて、容赦のない質量を振り下ろす――。

 

(第5話・了)

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。