まだ平和
林間合宿二日目
朝、まだ空も薄暗い時間だったが生徒達は起き上がる。昨日の魔獣の森突破で全員疲れ切っている。特に上鳴と瀬呂は半分死んだような顔で歩いていた。
朝食を済ませるとすぐに個性強化訓練が始まった。プッシーキャッツは生徒一人一人に合わせた訓練メニューを用意していたようで、みんな過酷そうな内容だ。俺もまた別の場所へ案内される。
広場に到着した瞬間思わず足を止めた。そこには大量のマネキンが並んでいたから。整然と並ぶその姿は少し不気味ですらある。数は五十体ほどでかなりの光景だ。
「キミの訓練はこれニャ!」
ラグドールがマネキンを指差した。
「何するの?」
「キミの個性って、一人を着替えさせる能力として見るとかなり完成してるの!だから、同時発動!」
それだけでだいたい理解できた。これまで俺が服を変える時は基本的に一人ずつだった。二人三人同時なら出来るが人数が増えるほど精度が落ちる。実戦で避難誘導を行うなら一人ずつ着替えさせる余裕はない。だから複数人への同時発動を鍛える必要があるというわけか。
最初は五体だった。消防士、救急隊員、防寒着、作業服、登山服、それぞれ違う服を指定する。
「その調子!」
十体
十五体
二十体
順調に増えていくが二十体を超えた辺りから難しくなった。服を変えるだけなら簡単だが問題は全員別々の服を指定することだ。どのマネキンに何を着せるのか一瞬で判断しなければならない。集中力が削られていくな。
二十五体目で失敗した。救助隊員のはずが半分ほど執事になった。
昼前には三十体まで到達したものの額には汗が浮かんでいる。個性そのものより頭が疲れる。服の組み合わせを考える作業が意外と重労働だ。
昼休憩を挟み午後
今度はさらに細かい指定が入る。雪山遭難、土砂崩れ、火災現場、海難事故、状況ごとに適切な服を選ぶようにと。
職場体験で学んだことが役に立った。ベストジーニストの事務所で教わったことだ。服は相手を知るためのもの。そして必要な服を選ぶこともヒーローの仕事。その考え方がそのまま訓練に活きていた。
三十五体
これが現在の限界だった。三十五体のマネキンが一斉に着替えると全て指定通りだった。ラグドールが感心してる。
「朝よりかなり伸びてるニャ!」
俺も少し満足していたが四十体に挑戦した途端に崩れる。様々な衣装が混ざるはずだったが全員メイドになった。四十体のマネキンが並んでメイド服を着ている光景はなかなか壮観だ。
「疲れてるな・・・」
結局その日の最高記録は三十五体。五十体全員を別々に着替えさせるには届かなかった。それでも昨日の自分には出来なかったなので確かな成長としよう。
個性強化訓練が終わった頃には全員限界だった。朝から夕方までひたすら個性を使い続けたせいで身体も頭も重い。俺もマネキン五十体との戦いを終えたばかりだ。今なら三秒で寝られる気がする。
そんな俺達を待っていたのは夕食になる予定の食材だった。
「さぁ昨日言ったね!"世話を焼くのは今日だけ"って!己で食う飯くらい己でつくれ!カレー!」
調理台の前にA組とB組が並んでいる。プッシーキャッツは消えた。
しばらくすると俺の個性がうずき始めた。料理か……つまりエプロンだろう。着せるしかない。
「その顔やめろや」
爆豪が即座に察した。毎度鋭い奴だ。
「エプロンは必要だろう」
パチン
A組B組全員の服の上にエプロンが現れた。これも訓練の成果だ。
「おおー!」
「便利だな!」
芦戸と切島は感心していた。そうだろう便利だろう。まぁ少しだけ遊んだが。少しだけ。
まず轟にはシンプルな白いエプロン。プラス頭には猫耳がぴこんと生えていた。轟は気付いていない。
「あははははは!!轟!頭!!」
「頭?」
芦戸がバラしてしまった。轟が首を傾げると猫耳も一緒に傾いた。轟は近くの窓ガラスで確認する。
「なぜだ」
「猫っぽかった」
「そうか」
納得してくれたらしい。最近こいつの将来が心配になってきている。
そして爆豪には黒いエプロン。見た目は普通だ。胸元を除けば。なぜならそこには大きく
『かっちゃん』
と書かれていた。しかも可愛い字体。完全に狙った俺のお手製。
緑谷は固まっていた。飯田も固まっていて切島は肩を震わせている。爆豪本人はまだ気付いていない。
「ぶっ!!」
上鳴が吹いて平和が終わった。
「何笑ってんだゴラァ!!」
その勢いで胸元が見える。
『かっちゃん』
「「「ぶははははは!!!」」」
A組が崩壊した。B組も無事ではなく、物間のエプロンには
『主人公(自称)』
と書かれていたので拳藤は見た瞬間に吹き出した。
「何で!?」
「似合う」
「似合わない!」
そんなこんなで料理は始まった。野菜を切る者や火を起こす者に米を炊く者と指示を出す者。そして爆豪は『かっちゃん』エプロンのまま無言で野菜を切っていた。ものすごく不機嫌なままプロの包丁さばきを見せてる。
「爆豪」
「なンだ」
「似合ってる」
爆発音が山に響いたが平和な夕食作りだった。