日常
その日の夜はひどい天気だった。
夕方から降り始めた雨は時間が経つごとに勢いを増し、窓ガラスを叩く雨音が寮中に響いている。風も強い。遠くで雷がゴロゴロと鳴っている。
俺は一階共有スペースのソファでファッション誌を読んでいた。足を組みページをめくる。新作の秋冬ブーツ特集は参考になる。
寮内は比較的静かだった……最初は。
「暇だーー!!」
静寂を破ったのは上鳴。ソファにだらしなく寝転がりながら天井を見ている。
「 テレビもつまんねえ!」
「じゃあなんかしよーよ!」
ぴょこぴょこした葉隠。姿が見えるようになっても相変わらず動きが大きい。
「怪談大会しようぜ!」
俺は静かにページをめくった。始まったか…こういう時は芦戸と切島の食い付きがいい。
「いいじゃん!」
「夏っぽいな!」
「やろやろー!」
耳郎と麗日は露骨にテンション下がってるな。かわいそうに。
「え、やだ」
「うち怖いの苦手なんやけど・・・」
「えー? 耳郎ビビってんのぉ?」
「ビビってないし」
「麗日は?」
「ビビってない!」
「よし決定!」
「怪談大会開催ー!」
「オイラちょっと楽しみ・・」
「待て! こういう時こそ節度ある行動を━━」
「飯田もやるんだよ」
「なに!?」
こうして半ば強引に怪談大会が始まった。照明が少し落とされ共有スペースの中央に全員集まる。
ソファ組、床組に分かれて座る。衣替はソファの端に座ったまま。耳郎と峰田がなぜか近くにいる。峰田は怖さ半分、期待半分といった感じか。ハプニング方面の。
1番手は上鳴が張り切って話し始めた。
「これは俺が小学生の頃の話なんだけど━━深夜二時、喉乾いて起きたんだ。それで冷蔵庫開けたら━━」
「・・・」
「俺のプリンが、なくなってた」
「・・・」
「・・・」
……………………。
「家庭内事件じゃん」
「いや怖いだろ!?」
「誰が食べたの!?」
「親父!!」
「普通!!」
空気は一気に緩んでしまった。その後もしばらく軽い話が続いた。
瀬呂の「夜中トイレ行ったら暗闇に親父が立ってた話」
葉隠の「家族全員透明なので家の中全裸で歩き回ってた話」
芦戸の「学校の七不思議に遭遇したと思ったら全部勘違いだった話」
大体しょうもないがそこそこ盛り上がっていた。しかし、空気が変わったのは常闇の番だった。
「では━━━━━━これは、闇の深淵に触れたある夜の話だ」
ワードのチョイスにだいぶクセはあるが、声のトーンも間の取り方も全部怖くて無駄に上手い。耳郎の顔色が目に見えて悪くなっていく。麗日はもう半分泣きそうだ。峰田は更に身長が縮んだ。
「やめて常闇くんほんとに上手い」
誰かが言ったが止まらない。常闇の怪談が終わる頃には空気はかなり冷えていた。
雨音が妙に大きく聞こえる。
急に轟が、静かに口を開いた。いつもの真顔で。
「そういえば小さい頃、見たことがある」
嫌な予感に耳郎が小さく呟く。
「何を・・・」
「白い女。」
個性も使ってないのにキン、と空気が凍ったが轟は淡々と続ける。
「あれは夜中だった」
「廊下に立ってたんだ」
「長い髪で」
「顔は見えなかったな」
「ちょっと待って無理・・・」
「母さんかと思った」
「でも違った・・・」
「・・・」
「足がなかった。」
「ぎゃああああ無理無理無理!」
耳郎らが限界を迎えたその瞬間━━
窓の外が真っ白に光った。落雷だ。全員がびくっとする。
プツン、と明かりが消えた。
停電か?真っ暗で何も見えない。
「きゃああああ!!」
「うわああ!?」
「停電!?」
これはマズそう、大パニックだ。芦戸が悲鳴を上げ、葉隠が騒ぎ、上鳴まで叫んでいる。耳郎はたぶん完全に思考停止してた。反射的に一番近くにいた俺の腕にしがみついてきたから。
ぎゅっ。
柔らかい感触に思わず暗闇の中で顔を向けた。
……耳郎珍しいな……俺を頼るほどのレベルか……半泣きなのが伝わってくる。
「無理無理無理怖い怖い怖い!」
「耳郎」
「なに!?」
「近い」
「うるさい!!」
声が震えてるし相当怖いらしい。
「誰かライト!」
「落ち着きたまえ!」
「オイラを誰か守ってくれぇ・・・」
一番冷静だったのは頼れる障子。
「動くな、転ぶぞ」
「上鳴! スマホ!」
「俺のスマホどこだよ!!」
混乱渦巻く暗闇の中俺は考える。
…………今ならやれる。俺の口元が少しだけ上がった。
パチン
暗闇だから見えない…最高の状況だ。
パッと電気が復旧した。共有スペースに明かりが戻る。
「うわぁ・・・びっくりした・・・」
「焦った・・・」
みんな安堵した。耳郎もようやく落ち着き、俺から離れようとして━━━目を見開きながら固まった。
「・・・え」
全員がそっちを見るとそこにいたのは俺。……ただし、いつもの俺ではない。
白い長袖のワンピース
長い黒髪
髪で見えない顔
髪の隙間から覗く目
完全に呪いの女貞子。
耳郎が目を見開いたまま、じっくり3秒かけて息を吸う。
「ぎゃああああああああああああああああ!!!!」
過去最大級の絶叫をあげてソファから転げ落ちた。
「うわあああああああ!!」
「何なん!?怖い怖い怖い怖い怖い!!」
「怖っ!!」
「ヒェッ」
「ぶははははは!! 何してんだ衣替!!」
「やべえ!! 完成度高すぎる!!」
「似合うな」
「見事だ・・・」
耳郎が涙目で叫ぶ。
「なんでそんな格好してんだよ!!」
「停電用コーデ」
「そんなもんあるわけないだろ!!」
そのまま半泣きのままクッションを掴み全力で投げてきた。
「もう許さん!!」
クッションが貞子の顔面に直撃。
上鳴達の笑い声と耳郎の怒鳴り声が嵐の夜の寮に響き渡った。
そろそろ仮免試験でしょうか