今までで一番楽しかったです
夏休み明け、始業式の朝
爆豪と緑谷が喧嘩して謹慎になっていた。
朝の食堂にはいつもの面子が集まり始めていた。眠そうな顔で朝食を食べるやつ、ギリギリまで寝ていたせいで慌てているやつ、ぼんやりニュースを眺めてるやつ、全体的にだるい空気が漂っている。
そんな中、二人ともジャージ姿で無言で掃除していた。緑谷は3日間、爆豪は4日間。学校出禁で寮の掃除を命じられている。
まあ2人の間のわだかまりは少しは消えたように見える。外野が騒ぐことじゃないな。
「じゃ、頑張って掃除して」
「テメェなんでちょっと楽しそうなんだ」
「気のせい」
「さっさと行けや!!」
結局、二人を残してA組は学校へ向かった。
始業式のため教室から移動している途中、向こうからB組が歩いてくる。先頭には嫌な笑顔の男、物間。相変わらず芝居がかった歩き方だ。物間はA組を見るなり口角を上げた。
「やあA組!仮免試験お疲れ様!」
案の定、物間はにやにやしながら言った。
「聞いたよ?A組から不合格者が二名も出たんだって?期待されてたわりには残念だったねえ」
だが次の瞬間、物間がふっとこっちを見た。
「ところで衣替。君は合格だったそうじゃないか。おめでとう」
「え、褒めた?」
「物間が?」
耳郎と上鳴がコソコソ話している。
「ありがと。」
普通に返しておく。物間も普通に頷いた。
「まあ、君の個性は救助向きだからね。落ちる方が意外だよ」
「なんで普通に喋ってんだ?」
「なんなのこの空気」
「なんで仲いいんだよ!?」
「別に仲良くない」
「うん、仲良くはないね」
そこで物間がふっといつもの顔に戻る。A組全体を見渡して、にやり。
「まあ、それはそれとしてB組は全員合格だけどね」
切島や瀬呂が驚いている。俺も正直驚いた。
「お前だけ落ちた展開じゃねえのかよ!?」
「全員!?」
「そう。全員合格だ」
轟でも爆豪でもなくA組全体に対する煽りだった。
「クラス全体の総合力の差かな?悔しかったら次は頑張るといいよA組」
「結局ウゼェ!!」
物間は満足そうにB組と一緒に去っていった。
始業式は根津校長の長話だったがとにかく長い。ヒーロー社会の現状、仮免取得の意義、今後の在り方、毛のケア。話の内容は真面目だ。俺はペットの犬猫に服を着せる意義について考えていた。
唯一みんなが少し反応した話題が”ヒーローインターン”。始業式終了後教室に戻るなり蛙水が相澤先生に質問した。
簡単に言えば職場体験の本格版らしい。まだ1年だしあくまでも任意だから相澤先生はノリ気じゃないな。
緑谷の謹慎3日が終わり、ようやくA組の教室にいつもの空気が戻った。
爆豪はまだ謹慎中だ。空席が一つある。でも緑谷がいるだけでだいぶ違う。そんな空気の中、相澤先生が教室に入ってくる。
「ホームルーム始めるぞ。緑谷も戻ったし今日はインターンについて説明する」
教室の空気が引き締まる。が、相澤先生が説明役として連れてきた通称ビッグ3の皆様が正直変だった。
通形ミリオ
波動ねじれ
天喰環
何も話が進まない。本当に3人とも別方向に行ってた。みんなも本当に彼らがヒーロー科のトップなのか疑い始めた頃、通形先輩の「全員まとめて、俺と戦おう!」発言で困惑しながらも体操着に着替えて体育館γへ。教室の変な空気が少しリセットされた。
轟は相澤先生の横で見学していた。仮免ないかららしい。天喰先輩と波動先輩も見学。天喰先輩が「やめとけ」と言っている。……かなり遠くで。天喰先輩が心配しているのは俺たちA組の方だ。つまりそれだけの実力が通形先輩にはあるんだと思う。
通形先輩は準備運動していた。やる気満々だ。俺は少し観察してみる。
明るい
テンション高い
リアクションが大きい
……なるほど見えてきた。かなり芸人気質だ。笑わせる側の人間。空気を自分で作るタイプ。つまり俺の個性との相性は最悪かもしれない。
なぜなら俺の嫌がらせ系衣装チェンジは相手が恥ずかしがるほど効く。(ただしもちろん似合っている服をチョイスしている)
でも通形先輩は違う。仮に変な服を着せても笑いに変える。たぶんそういうタイプだ。
「衣替くん?どうしたの?」
「いや・・・緑谷。あの先輩ちょっと面倒そうだ」
そう考えている間に先輩が構えた。
「じゃあ始めようか!」
俺は即座に指を鳴らした。通形先輩の服装が変わる。
黄色い帽子
水色スモック
半ズボン
白ソックス
赤いリュック
誰がどう見ても幼稚園児。
体育館の空気が止まった。通形先輩自身も止まる。自分の帽子に触れ、スモックを見る。最初に吹き出したのは上鳴だった。
「ぶっ・・・!」
「だ、だめ・・・!」
耳郎も耐えられなかった。切島が肩を震わせている。緑谷は目を見開いたままだ。轟が真顔で呟く。
「ひどいな」
褒め言葉だな、それ。通形先輩がゆっくり顔を上げ俺を見る。効いたかと思ったが、にぱっと笑った。通形先輩はその場でぴょんぴょん跳ねながら手を挙げた。
「みりおくんでしゅ!」
あぁ、だめだこれは。
「衣替の精神攻撃が効いてねえ!!」
「ノリノリだーーーー!?」
「相性最悪ってヤツ!?」
通形先輩はリュックを背負い直して、きらきらした笑顔でこっちを見る。
「せんせー!トイレいってもいいでしゅか!」
次の瞬間、すっと床に沈んだ。
「え」
ぽとっ
体育館に幼稚園児服一式が落ちた。
「えええ!?」
「服落ちた!?」
「なんだこの個性!?」
驚いていると八百万の真横から通形先輩が飛び出す。
「ワープの個性!?」
当然全裸。耳郎の中の乙女が爆発した。
「うゎあああああああああ!!」
ドゴッ
八百万が腹を殴られダウン。即座に俺は個性を発動した。
白いナースキャップ
白衣
ミニスカナース服
白ストッキング
今度はナース服一式。通形先輩は着地すると、すっと背筋を伸ばした。
「はーい」
声色まで柔らかいものに変えてる。
「痛いところはどこですか〜?」
通形先輩が小走りで青山に近づく。ミニスカをひらひらさせながら。
「大丈夫ですよ〜すぐ楽になりますからね〜」
「ノンノンノンノン!!来ないで!!」
青ざめた青山が後ずさりながらレーザーを撃つも、レーザーは通形先輩の顔をすり抜けた。
「すり抜けた!?」
「ワープにすり抜けって!轟みたいなハイブリッドか!」
通形先輩がにこっと笑った。
「じゃあお注射しますね〜我慢してくださいね〜♡」
ドゴッ
腹に拳が突き刺さり青山沈没。通形先輩は爽やかに親指を立てる。
「診察完了だよね!」
「注射じゃねえ!!」
「物理すぎる!!」
ぽとっ
また床に落ちていった。ナース服が床に落ちる。緑谷だけは冷静に構えた。
「来るよ!」
次に飛び出したのは常闇の背後。ダークシャドウが即座にガードするが、通形先輩の拳はダークシャドウをすり抜け常闇の腹に届いた。
「不覚・・・ッ!」
常闇も倒れる。みんな驚愕していた。
「防御を・・・すり抜けた?」
あれじゃあガードの意味がない。避けるしかないということか。また俺は通形先輩が着地する前に個性を発動。
ぼんっ
先輩の下半身が変わる。
銀色の鱗
巨大な尾びれ
シンプル人魚服。
「え」
どさっ
先輩が着地に失敗しその場に尻もちをついた。
「人魚ぉぉぉ!?」
「なんでそこ行ったのよ!」
「下半身は隠すべき」
「あぁ、耳郎が・・・」
「もうヤダ。」
通形先輩は両腕を広げた。
「海の平和は!俺が守る!」
上半身をひねり尾びれがぺちぺち動く。
「マーメイドミリオだよ☆」
「なんでノれるんだよ!!」
「もう無理だ!!」
通形先輩がまた床に落ちる。今度はその場に人魚服が落ちた。
「増えた!!」
体育館中央には最初の幼稚園児服。青山の近くにはナース服。常闇の近くには人魚服。また別の服を着せる。通形先輩が消え、また服が落ちる。
「服が増えてく!」
「体育館が服だらけだな」
体育館にはもう服が散乱し始めていた。
「服だらけー!」
葉隠だけ楽しそうだ。
「衣替くん、なんか気づいた?」
散らばった服を見て俺は真顔で呟く。
「緑谷・・・先輩の狙いがわかった」
全員がこっちを見る。通形先輩も笑顔で止まった。
「ほんと?」
「あぁ。アピールだ」
「どういうこと・・・?」
「服を着せてもすぐに脱ぐ。つまり先輩の狙いは━━━━━後輩へのアピール。自分の肉体美を見せつけて精神的優位を取る作戦だ」
体育館が凍る。俺は真面目に語る。
「裸体を自慢したかったんだ。つまり裸族、服を脱ぎ捨て生きることを選んだ人間。俺の敵だ・・・」
「衣替くんなんか怒ってる!?」
次に続いたのは意外にも峰田。
「確かに・・・授業を利用してわざわざ後輩女子にご立派なモノを自慢したかったってわけっすかセンパイ!!!流石にそれはレベル高いっすよ!!!!!」
「違うよ!?」
峰田は最低すぎたが初めて通形先輩のテンションが崩れた。
「効いた!!」
「ははははは!!」
上鳴と切島は笑ってる。耳郎は顔真っ赤で睨んでる。他の女子も何人か目が怖い。葉隠だけ笑いすぎて立ててない。
「違う違う!違うんだよね!?普通に個性の仕様だから!」
「じゃあなぜ体操着なんですか?」
「え」
「コスチュームなら問題ないのでは?まさかプロになってからも街中で毎回全裸になりながらヒーロー活動なんてやっていけないでしょう」
「やめろ衣替!!w」
「だめだ、腹痛い・・・!」
「そ、それは・・・今日は授業だから・・・?」
語尾が弱くなった。
「怪しいな先輩!」
「怪しい!」
そうだ上鳴切島、もっと攻めるんだ。通形先輩があたふたし始めたぞ。
「違うってば!そんな目的じゃないよ!?」
「ミリオが動揺している・・・」
天喰先輩が驚いている。波動先輩は笑っていたが。
「うっ」
小ダメージが確実に入った。相澤先生がぼそっと言う。
「衣替の精神攻撃が初めて通ったな・・・」
通形先輩は咳払いした。
「・・・よし!おしゃべりは終わりなんだよね!」
笑顔に戻ったが少しだけぎこちない。上鳴がニヤニヤしていた。
「動揺してる動揺してる〜!」
「上鳴くん」
「はい?」
ドゴッ
「ぐぎゃああああ!?」
上鳴が即撃沈した。
「うん、ちょっと動揺した!」
「上鳴ーーー!」
通形先輩はにこにこしていたがさっきまでより少しだけ笑顔が硬い。ちょっとだけ効いてるな。
「よし、仕切り直し!」
そう言って構えるが俺は見逃さなかった。耳が少し赤い。
「耳が赤い。動揺継続中だな」
「ほんとだ!」
「マジだ!」
通形先輩が耳を押さえた。
「違う違う!図星じゃ━━━━」
そこで緑谷が突然叫んだ。
「今だ!」
全員が一斉に動いた。
瀬呂のテープ
峰田のもぎもぎ
切島の突進
連携は悪くない。通形先輩がはっとして床に沈む。
ぽとっ
その場にさっき俺が着せた服が落ちた。
「また増えた!」
体育館の床がだんだんカオスになっていく。まるで服の墓場だ。通形先輩が障子の背後から飛び出す。
「惜しいね!」
ドゴッ
「ぐっ!」
障子が吹き飛ぶが俺は個性を発動。
今度の服は普通のTシャツ。
だが胸にでかく文字
『Look at me』
全員見た。通形先輩も自分の胸元を見ている。
「衣替くん?これ、ひどくない?」
ちゃんとダメージが入ってる。
「事実ベースです」
「違うよ!?」
通形先輩のツッコミが速い。相澤先生の横で轟がぼそっと言った。
「衣替、今日はキレてるな」
「お前は丸くなったな・・・轟。」
「・・・よし」
通形先輩が深呼吸して笑顔に戻る。でも目が据わっていた。
「衣替くん」
「はい」
「君から行くんだよね」
ぽとっ
Tシャツが落ちる。
どこだ・・・と警戒していた俺の真後ろから頭が浮き上がってくる。来た、だが・・・読めた。
俺は即座に前転、更に個性発動。通形先輩が飛び出した瞬間の0.1秒で服を着せる。
フリル
リボン
ティアラ
通形先輩が完全に魔法少女になった。何人か肩を震わせていた。
通形先輩が着地したまま固まる。ついに効いたか?俺はそう思っていたが通形先輩がゆっくり顔を上げる。満面の笑みで。
「変身完了♡ミラクルミリオちゃん、参上なんだよね♡」
か、完璧なポーズだ……
「きゃはははは!!」
「だからなんでノれるんだよ!!」
葉隠爆散、瀬呂絶叫。……この人、本当にダメだ。なぜノれる。なぜこんなにノリノリなんだ。
通形先輩はそのままキラッとウインクした。
「みんな、応援ありがとー♡」
「よく見ておけ」
A組の視線が相澤先生に集まる。先生はいつもの眠そうな目で通形先輩を見ていた。フリルまみれの先輩を。
「その男は俺の知る限りプロ含めて最もNo.1に近い男だ」
みんなぽかんとしている。
「・・・え?」
「この人が?」
「マジで?」
目の前では通形先輩がまだ魔法少女ポーズをしている。
「いい機会だ、しっかり揉んでもらえ」
「今日も絶好調♡」
ミラクルミリオちゃん。その絵面と相澤先生の言葉が、絶望的に噛み合わない。
緑谷の顔から笑みが消え一気に真剣な目になる。
「・・・そんなに」
通形先輩はようやくポーズを解いた。服はそのまま。本人だけが爽やかだ。
「いやあ、照れるなぁ」
「いや着替えてから照れてください!!」
「そうよ!!」
通形先輩が1歩踏み出す。
「大事なのは見た目じゃないんだよね」
さっきまでのギャグ空間が、一瞬で張り詰める。
「中身だよ」
にこっと笑う。
「じゃあ後半戦いこうか」
ぽとっ
魔法少女衣装が床に落ちる。だが、今度はさっきより明らかに速い。緑谷が目を見開く。
「見えな━━━」
ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!
切島と瀬呂と峰田が沈んだ。速すぎて目で追えなかった……
「ごめんね。ちょっと本気出すよ」
A組全員の背筋に冷たいものが走った。
再び、通形先輩は俺に狙いを定めてきた。本気の拳だ。個性は無意味、体格差もあり近接は挑むべきじゃない、そもそも普通に攻撃してもすり抜けられてしまう。なら……俺は最後の悪あがきをすることにし、指を鳴らす。
パチン
通形先輩の格好が変化…………しない。
先輩は俺の腹に拳を入れる寸前で動きを止めて、不思議そうに眉を上げた。
「・・・あれ?」
「後ろを見てください」
正体を探して視線を動かす。先輩の向こう、体育館の端。その瞬間、全員が気づいた。
相澤先生が猫の着ぐるみになっていた。
顔だけ出てるやつ。毛は真っ黒でふわふわしてて妙に質感がいい。いつもの死んだ目と全然噛み合ってない。似合う似合わない以前に、みんな情報が脳で処理しきれない。
通形先輩の肩が小さく震えた。
「っ・・・ふ 、ふふっ・・・・」
笑ってる。その一瞬を逃さなかったやつがいた。
横から風が走る。緑谷だ。今しかないと判断したんだろう、正しい。通形先輩の意識は完全にこっちから外れている。緑谷がフルカウルで一気に踏み込んだ。迷いのない動きだ。拳がまっすぐ伸びる。先輩が反応するより、ほんの少しだけ早い。
拳が頬を掠めた。ほんのわずか。でも確かに入った。緑谷が、初めて攻撃を通した。通形先輩も目を丸くしている。
「おっ」
その直後、低い声が体育館に落ちた。
「衣替」
背筋が冷えた。見ると、相澤先生の目が据わってる。かなり怖い。
「はい」
反射で返事した瞬間、個性が抹消された。あ、終わったなと思った。通形先輩が苦笑する。
「怒らせちゃったね」
「先輩が笑うからです」
「え、俺?」
次の瞬間、腹に重い衝撃が入った。息が全部抜ける。まともに入った。体がくの字に折れて、そのまま膝から崩れ落ちる。立てない。腹の奥が痛すぎて呼吸がうまくできない。完全にダウンしてしまった。
床に手をついたまま荒い呼吸を繰り返していると、通形先輩が少し申し訳なさそうに笑った。
「ごめん、勝負あり」
悔しいけど、まあ仕方ない。強すぎる。相澤先生が淡々と口を開いた。黒猫のまま。
「通形よくやった」
「ありがとうございます。・・・ップ、フフ、、、」
「相澤先生が・・・黒猫に・・・w」
「笑うな・・・除籍されるぞ・・・w」
「ケロ。可愛いわ」
そのあと、先生の視線がこっちに向く。
「衣替。後で職員室」
終わった……。轟は倒れた俺を見ながら真顔で言った。
「善戦したな。別ベクトルで」
褒めてないな、それ。緑谷はまだ興奮が抜けていないのか、自分の拳をじっと見ていた。
「・・・少しだけ、届いた」
「うん。すごく良かったんだよね」
その後、俺たちA組は無事全滅。綺麗に腹パンで沈められた。
通形先輩の個性は”透過”。ワープも透過の応用だった。
インターンにおいて俺たちはお客ではなくサイドキック。プロと同列として扱われる。インターンによって得られた一線級の経験を言葉で伝えるよりも体感してもらいたかったらしい。なので怖くてもインターンをやったほうがいい、と締めくくられた。
俺はどうしようか……
しかし、相澤先生の猫着ぐるみ……実に……
「猫イレイザーヘッド、似合ってたんだよね!」
わかる。
「通形」
「あ・・・すみませんでした!!」
A組全員、肩が震えていた。
誤字報告ありがとうございます
死穢八斎會殴り込みに参加
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