魔法の才能ゼロの令嬢に、最強転生魔法ジジイが科学知識を教えたら? → A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第10話 ドライヤー

 コンコン。

 

 浴室の扉の向こうから、老人の声がした。

 

「服は綺麗にした。ここに置いておくぞ」

 

「……え?」

 

 ピリカは目を擦った。いつの間にか、泣き止んでいた。お湯がぬるくなっている。どのくらい浸かっていたのか、わからなかった。

 

「あ、あの——もう綺麗なんですか?」

 

「綺麗にしたと言うとるじゃろ」

 

「……ありがとうございます」

 

「それと、髪を乾かすにはこれを使え。服と一緒に置いておく」

 

 足音が遠ざかっていった。

 

 

 湯船から出た。

 

 脱衣所に戻ると、畳んだ制服が置いてあった。泥だらけだったブラウスが白い。スカートも、下着も、靴下も。汚れも、匂いも、完全になくなっている。洗って乾かしたのではない。そんな時間はなかった。

 

 ——魔法で、一瞬でやったのだろうか。

 

 その横に、見たことのない道具があった。

 

 握りの部分があって、途中でくの字に折れ曲がり、先端が筒のように広がっている。木と金属でできている。手のひらに収まるくらいの大きさ。

 

「……なんだろう、これ」

 

 服を着た。道具を手に取って、脱衣所の扉からちょっとだけ顔を出した。

 

 居間の椅子に、老人が座っていた。

 

「あの……これは、何ですか?」

 

「魔力をちょっと込めたら、温かい風を出して髪を乾かす道具じゃ」

 

「……え? そんなものが……?」

 

「握って、ほんの少しだけ魔力を流してみい」

 

「は、はい……」

 

 ピリカは脱衣所に戻った。道具を半信半疑で握って、ほんの少しだけ魔力を込めた。

 

 カチッ。

 

 ブゥーン。

 

 温かい風が、筒の先端から吹き出した。

 

「——!」

 

 髪が揺れた。濡れた毛先が、温風に煽られて浮き上がる。

 

 ピリカは目を見開いた。

 

「す……すごい……」

 

 風を送る風魔法。温めるための火魔法。この小さな道具の中で、二種類の魔法が同時に走っている。しかも、流す魔力はほんのわずか。ピリカの乏しい魔力量でも、問題なく動く。

 

 脱衣所からまた顔を出した。

 

「……なんなんですか、これ……?」

 

「ドライヤーじゃ」

 

「ドライヤー……?」

 

「便利かと思って作ってみたんじゃが——ほれ」

 

 老人が片手を上げた。手のひらから、温かい風が吹き出した。髪を乾かすのに十分な温風が、何の道具もなしに出ている。

 

「風魔法で風を出して、火魔法で温めて温風にして、ってやってるだけじゃからの。やっぱ要らんなと思って、そこに転がっておった。役に立って良かった」

 

「…………」

 

 ピリカは道具を握ったまま、老人を見た。

 

「そんな繊細な並行魔法を使える人が、どれだけいると思ってるんですか」

 

「ん?」

 

「異種魔法の並行起動って! 風と火を同時に——学園の先生でも、できる人の方が少ないんです!」

 

「ほう……?」

 

 老人が首を傾げた。

 

「魔法学園の先生も、大したことないんじゃのう」

 

「そんなことあるわけないでしょう!」

 

「同僚でできない奴の方が少ないから、大体みんなできるもんだと思っておったわ」

 

「…………」

 

 ——同僚でできない奴の方が少ない。

 

 ——異種魔法の並行起動が、みんなできる職場。

 

 ——何。この人の周りの人たち、何。

 

「まぁ良い。髪が乾いたら、こっちに来い」

 

 老人は立ち上がって、奥の部屋に消えていった。

 

 ピリカは脱衣所に戻って、扉を閉めた。

 

 

 一人残されたピリカは、ドライヤーを髪に当てた。

 

 温かい風が、濡れた髪を揺らしていく。水気が飛んで、毛先が軽くなっていく。

 

 ——風と火の並行起動。それを永続化してこの小さな道具に詰め込んでいる。

 

 シャンプーの花の香りがまだ残っていた。乾いていく髪が、ふわりと広がる。

 

 ——さっきまで泥だらけだったのに。

 

 ピリカは、少しだけ笑った。何が何だかわからないけど、泣いた後の、力の抜けた笑みだった。

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