魔法の才能ゼロの令嬢に、最強転生魔法ジジイが科学知識を教えたら? → A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第12話 弟子入りまたは、世界が変わるきっかけ

「ちょっと待っとってな」

 

 老人がコーヒーを飲み終えて、立ち上がった。棚の前に行き、引き出しを開けて中を漁り始めた。

 

「どこにしまったか……」

 

 がさがさと引き出しを探る。一つ目、二つ目、三つ目。見つからないらしい。

 

「ええい、面倒じゃのう」

 

 老人が片手を振った。

 

 棚の引き出しが全部一斉に開き、中身が——全部、浮いた。

 

 本、瓶、布、道具、よくわからない金属の塊。何十という雑多なものが引き出しから飛び出して、老人の周りをぐるぐると回り始めた。老人はその渦の中から目当てのものを探している。浮遊する物の群れが、老人の視線に合わせて位置を変えていく。

 

「お、あったあった」

 

 渦の中から、小さな革袋が老人の手に吸い込まれた。手のひらに収まるくらいの大きさ。埃をかぶっている。

 残りの物たちは、ばらばらと棚に戻っていった。

 

 老人が革袋をぽいとピリカに投げた。

 

「ほい」

 

「——え」

 

 反射的に受け取った。軽い。中に何か硬いものが入っている。袋の隙間から、金色の光がちらりと覗いた。

 

「……何ですか、これ」

 

「開けてみい」

 

 紐を解いて、中身を取り出した。

 

 

 金色のバッジだった。

 

 手のひらに乗せた。ずしりと重い。精緻な彫刻が施されている。杖と剣と盾と獅子——杖とこの国の紋章が刻まれた、金色の徽章。

 

 ピリカの手が止まった。

 

 ——これ、魔法使いを目指す者なら、誰でも知っている。

 

「……宮廷魔法使いの、金バッジ……」

 

 声が震えた。

 

 宮廷魔法使い。この国の魔法使いの頂点。国家に認められた最高位の魔法使いだけが持つことを許される徽章。学園の教科書の巻頭に、絵が載っていた。「これを目指して頑張りましょう」と。

 今のピリカでは目指すことすら考えられなような、遠い、遠い、夢の象徴。

 

 ピリカは老人を見た。

 

「おじいちゃん——宮廷魔法使い様だったんですか!?」

 

「一応な。一応やっとる」

 

「い、一応って……!」

 

「なんじゃ、急に背筋を伸ばして露骨に態度を変えおって」

 

 老人がコップを置いた。

 

「わしが何者かは、まぁこんなもんでええじゃろ。——それより」

 

 老人の目が、ピリカを真っ直ぐに見た。

 

「だいぶ顔がマシになった。何があったか、話してみい」

 

 

 ピリカはコップを両手で握った。コーヒーの温もりは、手のひらに伝わらない。変な感じだった。

 

「……魔法学園の成績が悪すぎて、落第が決まりました。ファイアボールさえ、使えなかったので」

 

「ほう」

 

「それで……勘当、されました」

 

「ほう。あのそこそこ入っとるのは、手切れ金というわけかの」

 

 老人が玄関の隅に目をやった。革袋が置いてある。

 

「……そうです」

 

「お主、これから何かあてはあるのか?」

 

「……本当に、特に何も……」

 

「ふむ」

 

 老人がコーヒーを啜った。

 

「なら、わしの弟子にならないか?」

 

 

「……え?」

 

 ピリカは顔を上げた。

 

「なぜ、でしょう」

 

「お主が魔法の練習をしておった場所、この家からちょうど見えるところでな。ここ一ヶ月、毎日一生懸命に訓練しておるところは見ておったんじゃよ」

 

「……なるほど。それなら、才能がないこともわかったのでは?」

 

「そうじゃな」

 

 老人は頷いた。あっさりと。そして続ける。

 

「よく、全く伸びもしない魔法の訓練を延々続けられるものだと感心しておった」

 

「……っ!!」

 

 ピリカの目が怒りで見開かれた。

 

「なんて失礼な物言いなんですか!! こっちはずっと、人生かけてやってたんですよ!!!」

 

「いや、真面目に言っとるんじゃ」

 

 老人の声は穏やかだった。

 

「成果が出ている間に続ける努力は簡単じゃ。自分も楽しく、自信もつき、実力も伸び、周りも認めてくれる。じゃが——おそらく成果が出ないと自分でもわかっている努力を続けることは、極めて難しい」

 

「……」

 

「そういう意味で、お主の努力の才能は一級品じゃ」

 

「……あ、ありがとう、ございます……」

 

「そして」

 

 老人の声が、少しだけ硬くなった。

 

「その努力は認めるが——その結果が現状じゃろ? そのやり方を続けても、残念ながら未来はないと思うぞ」

 

「……っ」

 

 ピリカはコップを握りしめた。

 

「そんな——そんなこと……! 私が一番わかってますよ!! でも、どうしろっていうんですか!!」

 

「だから、弟子になれと言うとるじゃないか」

 

「……っ!」

 

 ピリカは椅子から身を乗り出した。

 

「"才無し侯爵"って言われてる私なんかを弟子にして、どうするっていうんですか!!!」

 

 

 老人がコーヒーを啜った。

 

「ふむ。そんな呼ばれ方をしておるのか」

 

「……」

 

「まぁ……とりあえずは、世代一位くらいを目指そうかの」

 

「——は?」

 

「毎年やっとる魔法大会が、三ヶ月後くらいにあるじゃろ? あれで優勝といこう。まず最初の目標じゃ」

 

「……はぁ!?」

 

 ピリカは口を開けたまま固まった。

 

 ——世代一位。

 

 ——三ヶ月で。

 

 ——魔法大会で優勝。

 

 ——私が。

 

 ——ファイアボールすら発動できない私が?

 

「ま、いくあてもないんじゃろ。最初のお試し期間ということで」

 

「そ、それはそうですけど……!!」

 

 

 老人がコップをテーブルに置いた。

 

「そういえば——名はなんという?」

 

「……え?」

 

「名前じゃよ、名前。わしはグリモワルドじゃ」

 

 ピリカは一瞬、呆然とした。

 

 ——名前。

 

 ——そういえば今まで聞いてなかった。

 

 ——家に入れて、風呂に入れて、コーヒーまで淹れて、弟子にならないかって言って——それなのに名前すらお互いに知らなかった。

 

「なんだか今更ですね!!!!」

 

「うるさいのう。で、なんという」

 

「……ピリカ・ベルフォー——」

 

 途中で、声が止まった。

 

「……ピリカ、です。ピリカと申します」

 

「ピリカか。よし、覚えた」

 

 グリモワルドが立ち上がった。

 

「今日はもう寝ろ。クマが酷いぞ。客間に布団を出しておく。明日からは色々と話すことがある」

 

「……はい」

 

 ピリカは頷いた。

 

 

 グリモワルドが奥の部屋に消えていった。

 

 一人残されたピリカは、空になったコップを見つめていた。

 

 ——弟子。

 

 ——宮廷魔術師の、弟子。

 

 ——三ヶ月で、世代一位。

 

 ——無茶苦茶だ。

 

 ——でも。

 

 窓の外で、雨がまだ降っている。

 

 ——さっき、この人は雨を止めた。空中でコーヒーを淹れた。どこからか土を集めてコップを作った。全部同時に。全部、詠唱なしで。

 

 ——私が六年かけて一つもできなかったことを、この人は息をするようにやっている。

 

 ——この人の弟子になったら。

 

 ——何か、変わるのかもしれない。

 

 ピリカは目を閉じた。

 

 ——変わりたい。

 

 暖炉の火が、静かに揺れていた。

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