魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら? → A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第14話 翌朝 - 真空断熱の使い道

 知らない天井だった。

 

 一瞬、どこにいるのかわからなかった。石の天井。木の梁。見覚えのない部屋。

 

 ——昨日の記憶が、一気に蘇った。

 

 勘当。雨。泥水。老人。雨が止まった。家に入った。風呂に入った。コーヒーを飲んだ。弟子にならないかと言われた。

 

 ——夢じゃ、なかった。

 

 身体が軽かった。久しぶりだった。いつもなら目が覚めた瞬間から重い。眠れていないから。でも昨日は、泣き疲れと、温かい湯船のおかげで、ぐっすり眠れたらしい。

 

 目の下のクマは——たぶん、まだある。鏡がなくても、触ればわかる。でも、昨日よりはだいぶ楽だった。

 

 

 ——いい匂いがする。

 

 コーヒーの匂い。それと、何か焼ける匂い。

 

 布団から出た。畳んだ制服に着替えて、居間に向かった。

 

 

 グリモワルドが朝食を作っていた。

 

 パンが宙に浮いている。火魔法で両面がこんがりと焼かれていく。焦げ目がじわじわと広がっていくのが見えた。

 

 その横で、卵が空中で割れた。殻が二つに分かれて、中身だけがぽとりと落ち——落ちない。中身もそのまま宙に留まった。白身が広がって、火魔法で焼かれていく。じゅう、と音がした。フライパンも皿もない。空中で、そのまま目玉焼きになっていく。

 

 コーヒーは昨晩と同じ要領だった。水が浮いて、沸いて、豆が焙煎されて、粉になって、混ざって、二つのコップに注がれていく。全部同時に。

 

 ——……またすごいことしてる。

 

 ——……ちょっと慣れてきてる自分が怖い。

 

「おう、起きたか。座っとれ」

 

「……おはようございます」

 

 ピリカは椅子に座った。

 

 

 目の前に、トーストと目玉焼きとコーヒーが並んだ。

 

 トーストをかじった。外はカリッと、中はふわっと。焼き加減が完璧だった。目玉焼きは、黄身が半熟で、白身の端がほんの少しだけ焦げている。

 

 ——おいしい。

 

 ——空中で焼いたのに。

 

 コーヒーのコップを持った。熱くない。だけど昨日教わった。今日は火傷しない。ふうふうと冷ましてから、口をつけた。砂糖を入れた、甘いコーヒー。

 

 

 食べながら、ピリカは周りを見回した。

 

 昨日は衝撃と疲労で気づかなかったものが色々ある。朝の光の中で見ると、この家にはよくわからないものがたくさんあった。

 

「……あの、グリモワルド様」

 

「お主は弟子じゃ。お師匠様と呼べ」

 

「お、お師匠様……。あの暖炉、昨日から気になってたんですけど——火がないのに温かいですよね?」

 

「ああ、あれか。温かい空気を出しとるだけじゃ。夏は涼しい風に変わる」

 

「夏は涼しく……!?」

 

「部屋が暑い時は冷やす、寒い時は温める。それだけのことじゃろ」

 

「それだけって……」

 

 

 ピリカの視線が床に移った。小さな風の渦が、壁に沿ってゆっくり動き回っている。

 

「あの、あの床を回ってる風の渦は何ですか?」

 

「埃を集めとるんじゃ。放っておけば勝手に綺麗にしてくれる」

 

「掃除を……自動で、魔法で……」

 

「毎日掃除をするのが面倒だったんでの」

 

 ピリカは風の渦を目で追った。渦は角まで来ると向きを変えて、壁沿いに進んでいく。通った後の床だけが、やけに綺麗だった。

 

 

 奥の壁に、暖炉ほどの大きさの丸い窯のようなものがくっついていた。扉が少し開いていて、中がぴかぴかと光っている。鏡のように磨き上げられた内壁が、朝の光を反射していた。

 

「あの壁のぴかぴかしたものは何ですか?」

 

「ゴミを燃やすための焼却炉じゃ」

 

「焼却炉……」

 

 中を覗き込んだ。鏡面の内壁が、ピリカの顔を歪んだ形で映している。灰ひとつ残っていなかった。

 

 

 壁際に、土色の箱があった。木ではない。石でもない。土を固めたような質感。

 

「あの箱は何ですか?」

 

「ん? ああ、中を開けてみい」

 

 ピリカは椅子を立って、箱の蓋を開けた。

 

 ——冷たい。

 

 中から、ひんやりとした空気が漏れ出してきた。中には卵と、果物と、肉の塊と、野菜が入っている。

 

「食材を冷やして保存するためのものじゃ。腐らんようにな」

 

「……こんなものが……」

 

 ピリカは蓋を閉めた。呆然と椅子に戻った。

 

「なんじゃ、いちいちびっくりしおって。全部ただの便利道具じゃ」

 

「ただのって言いますけど……こんなもの、見たことも聞いたこともないです……」

 

 

 ピリカはコーヒーのコップを両手で持った。

 

 ——熱くないコップ。中身だけが熱い。真空断熱。

 

 ふうふうと冷ましながら、一口飲んだ。砂糖の甘さが口に広がる。

 

 ——空気がないと、熱が伝わらない。

 

 昨日、教えてもらったこと。理屈はまだわからない。でも、「そういうもの」だと言われた。

 

 コップの断面を思い出した。外壁と内壁の間に、薄い隙間。空っぽの層。何もない空間が、熱を遮っている。

 

 ——何もない空間が、熱を遮る。

 

 ピリカはコップを見つめた。

 

 ——……熱を遮る。

 

 ——……炎も?

 

「……あの」

 

「ん?」

 

「昨日教えてもらった真空断熱のことなんですけど」

 

 グリモワルドがコーヒーを啜りながら、こちらを見た。

 

「空気がないところは、熱が伝わらないって言ってましたよね」

 

「そうじゃ」

 

「それって——」

 

 ピリカはコップを置いた。

 

「——炎も、防げるってことですか?」

 

 

 グリモワルドの手が止まった。

 

 コーヒーを啜る手が、口元で止まったまま。老人の目が、ピリカを真っ直ぐに見た。

 

 数秒の沈黙。

 

 それから——グリモワルドは、ゆっくりとコップをテーブルに置いた。

 

「……ほう」

 

 低い声だった。

 

 老人の口元が、わずかに緩んだ。笑みとも呼べないほど小さな、でも確かな変化。

 

「……面白いことを言うのう」

 

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