魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
翌朝。
居間のテーブルの上に、蝋燭が一本立っていた。
「昨日はすまなんだの。わしの教え方が悪かった」
「……確かに全く意味わからなかったですけど」
「うるさいわ。——ちょっと考えたんじゃが、口で説明するのはやめる。目で見た方が早いじゃろ」
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グリモワルドが片手を上げた。
ぶわっ、と。
窓がひとりでに開いた。外から土埃が流れ込んでくる。茶色がかった細かい粒が、居間全体にもわもわと漂っていく。
「げほっ——な、何を——」
「まぁ見ておれ」
グリモワルドがもう片方の手を、土埃の中にかざした。
——次の瞬間。
土埃の中に、透明な球が現れた。
グリモワルドの手のひらの前に、拳二つ分ほどの大きさの、丸い空間。その中だけ、土埃がない。周りは茶色い靄でいっぱいなのに、球の中だけが澄み切っている。
「……え」
「ほれ、よく見てみい」
ピリカは目を凝らした。
土埃が球の縁に触れると——弾かれるように逸れていく。球の内側には、土埃が一切入り込まない。境界が、はっきりと見える。
「……土埃が、入らない……」
「これが真空じゃ。この球の中には空気がない。じゃから何も入れん」
⸻
ピリカは球を食い入るように見つめた。
茶色い土埃の中に浮かぶ、透明な球。境界がくっきりと見える。土埃が球の表面に触れるたびに、するりと滑って逸れていく。
「……ずっと、そのままなんですね」
「ん?」
「一瞬だけじゃなくて。ずっと、土埃が入らない。ずっと維持されてる」
「そうじゃ。当たり前じゃろ」
「……」
ピリカは黙って、球を見つめ続けた。
——昨日、うまくいかなかった理由が、わかった気がした。
⸻
「……お師匠様」
「ん」
「昨日、私は"真空"とは空気を押し退けることだけ考えていました」
「そうじゃな」
「でも——押し退けるだけじゃ、駄目なんですね。押し退けた後に、そのまま維持しないといけない」
グリモワルドの目が、わずかに動いた。
「押しただけだと、すぐに周りから空気が戻ってくる。——だから昨日は、一瞬だけ炎が縮んで揺れても、すぐ元に戻った」
「…………」
「押し退けて、そのまま——壁みたいに、空気が入ってこないようにする。この球みたいに」
ピリカは透明な球を指差した。
「そういう、ことですよね」
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グリモワルドが手を振った。土埃が窓から外へ吸い出されていく。窓が閉まった。
老人は何も言わなかった。ただ、蝋燭の方に顎をしゃくった。
「——やってみい」
⸻
蝋燭の炎が、揺れている。
ピリカは手のひらをかざした。
——押し退けるだけじゃない。
——押し退けた後、そこに何も入れない。
目を閉じた。
蝋燭の火の周りの空気を——掴む。掴んで、外に押し退ける。そして——そのまま。境界を、保つ。
——……っ。
ピリカの額に汗が滲んだ。
「…………」
目を開けた。
蝋燭の炎が——小さくなっていた。
揺れているのではない。縮んでいる。じわじわと、炎の高さが減っていく。空気が足りなくなって、燃え続けられなくなっている。
「……っ!」
——もう少し。もう少しだけ——
ピリカは歯を食いしばった。
炎が、ちらちらと瞬いた。弱々しく、消えかけの蝋燭のように——
——ふ、と。
消えた。
⸻
「……あ」
蝋燭の芯から、煙が細く立ち上っている。火は——ない。
「……消え、た……?」
「消えたのう」
グリモワルドの声は穏やかだった。
「……消えた……」
ピリカの手が震えていた。疲労ではない。
「……消えた!」
ピリカの目に、涙が滲んだ。
「消えました、お師匠様!! 蝋燭の火が——私の力で——!!」
「うむ。まぁ、蝋燭の一本じゃがな」
「でも、消えた!! 消えたんです!!」
⸻
グリモワルドはコーヒーを啜った。
——蝋燭の火を消した程度で、泣くほど喜ぶか。
——まぁ、この小娘にとっては。六年分の壁を、ようやく一つ越えたということじゃろうな。
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窓の外は明るかった。まだ昼前。
——昨日は一晩中やっても消えなかったのに。今日は、午前中に消えた。
——見えたから。目で見て、そして仕組みを理解したから。
ピリカは蝋燭を見つめた。芯から立ち上る細い煙。
——たった一本の蝋燭。たったそれだけ。
——でも、六年間で初めて、自分の力で何かができた。
ピリカは涙を拭いて、笑った。
⸻
「よし、じゃあ次は真空を大きくしようか。ファイアボールを防げるくらいの大きさにせんとならんからな」
グリモワルドが棚から蝋燭を二本取り出した。さっきの蝋燭と間隔を開けて、三本並べる。全部に火を灯した。
「これを同時に、一つの真空で消してみい」
「も、もうちょっと感動に浸らせてください……!」
「正直いうと、大したことしとらんからの……」
「き、鬼畜……!!!」