魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

17 / 21
第16話 小さな、だけど大きな一歩

 翌朝。

 

 居間のテーブルの上に、蝋燭が一本立っていた。

 

「昨日はすまなんだの。わしの教え方が悪かった」

 

「……確かに全く意味わからなかったですけど」

 

「うるさいわ。——ちょっと考えたんじゃが、口で説明するのはやめる。目で見た方が早いじゃろ」

 

 

 グリモワルドが片手を上げた。

 

 ぶわっ、と。

 

 窓がひとりでに開いた。外から土埃が流れ込んでくる。茶色がかった細かい粒が、居間全体にもわもわと漂っていく。

 

「げほっ——な、何を——」

 

「まぁ見ておれ」

 

 グリモワルドがもう片方の手を、土埃の中にかざした。

 

 ——次の瞬間。

 

 土埃の中に、透明な球が現れた。

 

 グリモワルドの手のひらの前に、拳二つ分ほどの大きさの、丸い空間。その中だけ、土埃がない。周りは茶色い靄でいっぱいなのに、球の中だけが澄み切っている。

 

「……え」

 

「ほれ、よく見てみい」

 

 ピリカは目を凝らした。

 

 土埃が球の縁に触れると——弾かれるように逸れていく。球の内側には、土埃が一切入り込まない。境界が、はっきりと見える。

 

「……土埃が、入らない……」

 

「これが真空じゃ。この球の中には空気がない。じゃから何も入れん」

 

 

 ピリカは球を食い入るように見つめた。

 

 茶色い土埃の中に浮かぶ、透明な球。境界がくっきりと見える。土埃が球の表面に触れるたびに、するりと滑って逸れていく。

 

「……ずっと、そのままなんですね」

 

「ん?」

 

「一瞬だけじゃなくて。ずっと、土埃が入らない。ずっと維持されてる」

 

「そうじゃ。当たり前じゃろ」

 

「……」

 

 ピリカは黙って、球を見つめ続けた。

 

 ——昨日、うまくいかなかった理由が、わかった気がした。

 

 

「……お師匠様」

 

「ん」

 

「昨日、私は"真空"とは空気を押し退けることだけ考えていました」

 

「そうじゃな」

 

「でも——押し退けるだけじゃ、駄目なんですね。押し退けた後に、そのまま維持しないといけない」

 

 グリモワルドの目が、わずかに動いた。

 

「押しただけだと、すぐに周りから空気が戻ってくる。——だから昨日は、一瞬だけ炎が縮んで揺れても、すぐ元に戻った」

 

「…………」

 

「押し退けて、そのまま——壁みたいに、空気が入ってこないようにする。この球みたいに」

 

 ピリカは透明な球を指差した。

 

「そういう、ことですよね」

 

 

 グリモワルドが手を振った。土埃が窓から外へ吸い出されていく。窓が閉まった。

 

 老人は何も言わなかった。ただ、蝋燭の方に顎をしゃくった。

 

「——やってみい」

 

 

 蝋燭の炎が、揺れている。

 

 ピリカは手のひらをかざした。

 

 ——押し退けるだけじゃない。

 

 ——押し退けた後、そこに何も入れない。

 

 目を閉じた。

 

 蝋燭の火の周りの空気を——掴む。掴んで、外に押し退ける。そして——そのまま。境界を、保つ。

 

 ——……っ。

 

 ピリカの額に汗が滲んだ。

 

「…………」

 

 目を開けた。

 

 蝋燭の炎が——小さくなっていた。

 

 揺れているのではない。縮んでいる。じわじわと、炎の高さが減っていく。空気が足りなくなって、燃え続けられなくなっている。

 

「……っ!」

 

 ——もう少し。もう少しだけ——

 

 ピリカは歯を食いしばった。

 

 炎が、ちらちらと瞬いた。弱々しく、消えかけの蝋燭のように——

 

 ——ふ、と。

 

 消えた。

 

 

「……あ」

 

 蝋燭の芯から、煙が細く立ち上っている。火は——ない。

 

「……消え、た……?」

 

「消えたのう」

 

 グリモワルドの声は穏やかだった。

 

「……消えた……」

 

 ピリカの手が震えていた。疲労ではない。

 

「……消えた!」

 

 ピリカの目に、涙が滲んだ。

 

「消えました、お師匠様!! 蝋燭の火が——私の力で——!!」

 

「うむ。まぁ、蝋燭の一本じゃがな」

 

「でも、消えた!! 消えたんです!!」

 

 

 グリモワルドはコーヒーを啜った。

 

 ——蝋燭の火を消した程度で、泣くほど喜ぶか。

 

 ——まぁ、この小娘にとっては。六年分の壁を、ようやく一つ越えたということじゃろうな。

 

 

 窓の外は明るかった。まだ昼前。

 

 ——昨日は一晩中やっても消えなかったのに。今日は、午前中に消えた。

 

 ——見えたから。目で見て、そして仕組みを理解したから。

 

 ピリカは蝋燭を見つめた。芯から立ち上る細い煙。

 

 ——たった一本の蝋燭。たったそれだけ。

 

 ——でも、六年間で初めて、自分の力で何かができた。

 

 ピリカは涙を拭いて、笑った。

 

 

「よし、じゃあ次は真空を大きくしようか。ファイアボールを防げるくらいの大きさにせんとならんからな」

 

 グリモワルドが棚から蝋燭を二本取り出した。さっきの蝋燭と間隔を開けて、三本並べる。全部に火を灯した。

 

「これを同時に、一つの真空で消してみい」

 

「も、もうちょっと感動に浸らせてください……!」

 

「正直いうと、大したことしとらんからの……」

 

「き、鬼畜……!!!」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。