魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
二週間後。魔法学園。魔法実技の授業。
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訓練場に生徒たちが集まっていた。石造りの広い円形の空間。壁には防護の魔法陣が刻まれている。
魔法実技の自由練習の時間。的に向かって魔法を撃つ者、座学の復習をする者。生徒同士で模擬戦をすることもできるが、安全のため先生の許可と立会いが必要だった。
訓練場の端のベンチに、一人の少女が座っていた。長い髪。真っ直ぐな背筋。腕を組んで、静かに前を見ている。
——誰も、彼女に模擬戦を申し込まない。強すぎるから。
反対側の端に、もう一人。
——誰も、こちらにも申し込まない。弱すぎるから。
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ピリカは立ち上がった。
周りの視線が集まった。——才無し侯爵が何かするのか、という目。
ピリカはまっすぐ歩いた。少女の前まで来て、立ち止まった。
「——私と模擬戦をしてくれませんか」
少女がゆっくりと顔を上げた。
「……?」
わずかに首を傾げた。不思議そうな目。怒りでも嘲りでもない。純粋な疑問。
「……いいけど、大丈夫?」
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訓練場がざわついた。
「え、ピリカがアリサに?」
「才無し侯爵がNo.1に模擬戦?」
「無謀すぎない?」
先生も少し驚いた顔をしたが——ピリカの目を見て、何かを飲み込んだ。
「……本人が希望するなら。アリサさん、よろしいですか? 私が立ち会います」
「はい」
少女——アリサが立ち上がった。
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訓練場の中央。二人が向かい合った。
十歩の距離。
アリサの表情は穏やかだった。敵意はない。ただ——わずかに困惑している。
——今期末で退学の人。なんで、私と模擬戦を?
ピリカは両足を肩幅に開いた。右手を前に出した。
「——遠慮せずにお願いします」
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アリサが片手を上げた。
「——ファイアボール」
危なくないようにわざと声に出して、タイミングがわかるようにして手加減している。当然だった。相手は才無し侯爵。全力を出す理由がない。拳ほどの大きさのファイアボールが、ピリカに向かって飛んだ。
ピリカが右手をかざした。——同時に、走り出した。アリサに向かって。
ファイアボールが、揺らいだ。
炎が縮んで——消えた。音もなく。煙すら残さず。
「——えっ?」
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静寂。
「……何が起きた?」
「ファイアボール、消えたぞ……?」
「風で吹き消した……? いや、風なんか吹いてなかったよな?」
観客のざわめき。
アリサの目が、わずかに見開かれた。
——消えた? 今、何をした?
ピリカが走ってくる。距離が縮まっていく。
アリサは両手を振った。無詠唱。三つのファイアボールが同時に生まれてピリカへ飛んだ。正面、右、左。三方向からピリカを包囲する。
正面のファイアボールが——消えた。左のファイアボールが——消えた。
右のファイアボールだけ、消えきらなかった。じわじわと小さくなりながら、ピリカに迫る。
ピリカが横に跳んだ。炎が頬をかすめて飛んでいく。
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「また消えた!?」
「無詠唱の三発が……!?」
「何が起きてるんだ……?」
観客のざわめきが大きくなった。
アリサの目が鋭くなった。
「——なんで……!? なんで魔法が消えるの……!?」
困惑。——だが、アリサは止まらなかった。
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ピリカがまだ走ってくる。距離はもう五歩もない。
アリサが両手を構えた。短縮詠唱。
「——灼熱の槍よ、貫け——ファイアランス!」
中級魔法。ファイアボールとは格が違う。槍のように細く鋭い炎が、ピリカに向かって一直線に伸びた。
炎の槍がピリカの手前で——わずかに揺らいだ。端が削れていく。だが、消えない。勢いが落ちない。真空で空気を奪っても、中級魔法の火力には全然足りなかった。
ピリカは横っ飛びに身を投げた。炎の槍が、すぐ横を突き抜けていく。熱風が髪を焦がした。
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「ファイアランスまで撃った!?」
「さすがに消えなかったか……!」
「でも避けた! ピリカが避けた!」
アリサは目の前を見た。ファイアランスを避けたピリカが、体勢を崩しながらも——まだこちらに向かっている。
「——っ!」
次の詠唱を始めようとした。
遅かった。
ピリカの右拳が、アリサの頬を打ち抜いた。
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鈍い音。
アリサの身体が横に吹き飛んだ。地面を転がって——動かなくなった。
気絶していた。
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静寂。
訓練場が、完全に静まり返った。
ピリカは右拳を握ったまま、荒い息をついていた。
「……や、やった……?」
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数秒の沈黙。
それから——
「…………え」
「……殴った?」
「魔法実技で……物理……?」
「いや待て、それよりファイアボール消えてたしファイアランスも避けただろ……」
「アリサが……負けた……?」
「才無し侯爵が……No.1のアリサに……勝った……?」
「え、でも魔法じゃなくね? 殴って勝ったんだよな?」
「それはそうだけど……」
「いや、そもそもファイアボールを消したのはなんだったんだよ」
「……わかんない。全体的に意味わかんない」
ざわざわと、生徒たちの声が広がっていく。誰もが隣の人間に聞いている。何が起きたのか。何を見たのか。——でも、誰も答えを持っていなかった。
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先生が訓練場に駆け寄った。アリサの様子を確認する。
「……気絶しているだけです。大事には至っていません」
先生がピリカを見た。
「……ピリカさん。今の、何をしたんですか?」
「…………」
ピリカは答えなかった。答え方がわからなかった。
——真空です、と言ったところで、誰も理解しないだろう。お師匠様にも、模擬戦で何をしたかは言わなくていいと言われていた。
「……すみません。アリサさんは、大丈夫ですか」
「ええ、今はそちらが優先ですね。保健室に運びましょう。」
「……はい」
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アリサが担架で運ばれていった。
訓練場に残された生徒たちは、まだざわざわとしていた。
「才無し侯爵が、アリサに勝った」
「No.1のアリサが、殴られて気絶した」
「ファイアボールが消えて、ファイアランスまで避けた」
「何が起きたんだ」
「わからない」
「まったくわからない」
ピリカは右手を見た。
少し赤くなった拳が、まだ震えている。
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——この日から、学園でのピリカを見る目が少しだけ変わった。
——「才無し侯爵」という嘲りは、まだ消えていない。でも、その言葉の後に、小さな沈黙が混じるようになった。
——何をしたのかわからない。どうやったのかもわからない。ただ——あの日、No.1のアリサが殴られて気絶した。それだけが事実として残った。
——侮蔑の目が、困惑の目に変わっていく。「才無し」から、「よくわからないもの」へ。
——それが、ピリカにとって良いことなのか悪いことなのかは、まだ誰にもわからなかったが、たしかに変化は起きていた。