魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第17話 模擬戦

 二週間後。魔法学園。魔法実技の授業。

 

 

 訓練場に生徒たちが集まっていた。石造りの広い円形の空間。壁には防護の魔法陣が刻まれている。

 

 魔法実技の自由練習の時間。的に向かって魔法を撃つ者、座学の復習をする者。生徒同士で模擬戦をすることもできるが、安全のため先生の許可と立会いが必要だった。

 

 訓練場の端のベンチに、一人の少女が座っていた。長い髪。真っ直ぐな背筋。腕を組んで、静かに前を見ている。

 

 ——誰も、彼女に模擬戦を申し込まない。強すぎるから。

 

 反対側の端に、もう一人。

 

 ——誰も、こちらにも申し込まない。弱すぎるから。

 

 

 ピリカは立ち上がった。

 

 周りの視線が集まった。——才無し侯爵が何かするのか、という目。

 

 ピリカはまっすぐ歩いた。少女の前まで来て、立ち止まった。

 

「——私と模擬戦をしてくれませんか」

 

 少女がゆっくりと顔を上げた。

 

「……?」

 

 わずかに首を傾げた。不思議そうな目。怒りでも嘲りでもない。純粋な疑問。

 

「……いいけど、大丈夫?」

 

 

 訓練場がざわついた。

 

「え、ピリカがアリサに?」

 

「才無し侯爵がNo.1に模擬戦?」

 

「無謀すぎない?」

 

 先生も少し驚いた顔をしたが——ピリカの目を見て、何かを飲み込んだ。

 

「……本人が希望するなら。アリサさん、よろしいですか? 私が立ち会います」

 

「はい」

 

 少女——アリサが立ち上がった。

 

 

 訓練場の中央。二人が向かい合った。

 

 十歩の距離。

 

 アリサの表情は穏やかだった。敵意はない。ただ——わずかに困惑している。

 

 ——今期末で退学の人。なんで、私と模擬戦を?

 

 ピリカは両足を肩幅に開いた。右手を前に出した。

 

「——遠慮せずにお願いします」

 

 

 アリサが片手を上げた。

 

「——ファイアボール」

 

 危なくないようにわざと声に出して、タイミングがわかるようにして手加減している。当然だった。相手は才無し侯爵。全力を出す理由がない。拳ほどの大きさのファイアボールが、ピリカに向かって飛んだ。

 

 ピリカが右手をかざした。——同時に、走り出した。アリサに向かって。

 

 ファイアボールが、揺らいだ。

 

 炎が縮んで——消えた。音もなく。煙すら残さず。

 

「——えっ?」

 

 

 静寂。

 

「……何が起きた?」

 

「ファイアボール、消えたぞ……?」

 

「風で吹き消した……? いや、風なんか吹いてなかったよな?」

 

 観客のざわめき。

 

 アリサの目が、わずかに見開かれた。

 

 ——消えた? 今、何をした?

 

 ピリカが走ってくる。距離が縮まっていく。

 

 アリサは両手を振った。無詠唱。三つのファイアボールが同時に生まれてピリカへ飛んだ。正面、右、左。三方向からピリカを包囲する。

 

 正面のファイアボールが——消えた。左のファイアボールが——消えた。

 

 右のファイアボールだけ、消えきらなかった。じわじわと小さくなりながら、ピリカに迫る。

 

 ピリカが横に跳んだ。炎が頬をかすめて飛んでいく。

 

 

「また消えた!?」

 

「無詠唱の三発が……!?」

 

「何が起きてるんだ……?」

 

 観客のざわめきが大きくなった。

 

 アリサの目が鋭くなった。

 

「——なんで……!? なんで魔法が消えるの……!?」

 

 困惑。——だが、アリサは止まらなかった。

 

 

 ピリカがまだ走ってくる。距離はもう五歩もない。

 

 アリサが両手を構えた。短縮詠唱。

 

「——灼熱の槍よ、貫け——ファイアランス!」

 

 中級魔法。ファイアボールとは格が違う。槍のように細く鋭い炎が、ピリカに向かって一直線に伸びた。

 

 炎の槍がピリカの手前で——わずかに揺らいだ。端が削れていく。だが、消えない。勢いが落ちない。真空で空気を奪っても、中級魔法の火力には全然足りなかった。

 

 ピリカは横っ飛びに身を投げた。炎の槍が、すぐ横を突き抜けていく。熱風が髪を焦がした。

 

 

「ファイアランスまで撃った!?」

 

「さすがに消えなかったか……!」

 

「でも避けた! ピリカが避けた!」

 

 アリサは目の前を見た。ファイアランスを避けたピリカが、体勢を崩しながらも——まだこちらに向かっている。

 

「——っ!」

 

 次の詠唱を始めようとした。

 

 遅かった。

 

 ピリカの右拳が、アリサの頬を打ち抜いた。

 

 

 鈍い音。

 

 アリサの身体が横に吹き飛んだ。地面を転がって——動かなくなった。

 

 気絶していた。

 

 

 静寂。

 

 訓練場が、完全に静まり返った。

 

 ピリカは右拳を握ったまま、荒い息をついていた。

 

「……や、やった……?」

 

 

 数秒の沈黙。

 

 それから——

 

「…………え」

 

「……殴った?」

 

「魔法実技で……物理……?」

 

「いや待て、それよりファイアボール消えてたしファイアランスも避けただろ……」

 

「アリサが……負けた……?」

 

「才無し侯爵が……No.1のアリサに……勝った……?」

 

「え、でも魔法じゃなくね? 殴って勝ったんだよな?」

 

「それはそうだけど……」

 

「いや、そもそもファイアボールを消したのはなんだったんだよ」

 

「……わかんない。全体的に意味わかんない」

 

 ざわざわと、生徒たちの声が広がっていく。誰もが隣の人間に聞いている。何が起きたのか。何を見たのか。——でも、誰も答えを持っていなかった。

 

 

 先生が訓練場に駆け寄った。アリサの様子を確認する。

 

「……気絶しているだけです。大事には至っていません」

 

 先生がピリカを見た。

 

「……ピリカさん。今の、何をしたんですか?」

 

「…………」

 

 ピリカは答えなかった。答え方がわからなかった。

 

 ——真空です、と言ったところで、誰も理解しないだろう。お師匠様にも、模擬戦で何をしたかは言わなくていいと言われていた。

 

「……すみません。アリサさんは、大丈夫ですか」

 

「ええ、今はそちらが優先ですね。保健室に運びましょう。」

 

「……はい」

 

 

 アリサが担架で運ばれていった。

 

 訓練場に残された生徒たちは、まだざわざわとしていた。

 

「才無し侯爵が、アリサに勝った」

 

「No.1のアリサが、殴られて気絶した」

 

「ファイアボールが消えて、ファイアランスまで避けた」

 

「何が起きたんだ」

 

「わからない」

 

「まったくわからない」

 

 ピリカは右手を見た。

 

 少し赤くなった拳が、まだ震えている。

 

 

 ——この日から、学園でのピリカを見る目が少しだけ変わった。

 

 ——「才無し侯爵」という嘲りは、まだ消えていない。でも、その言葉の後に、小さな沈黙が混じるようになった。

 

 ——何をしたのかわからない。どうやったのかもわからない。ただ——あの日、No.1のアリサが殴られて気絶した。それだけが事実として残った。

 

 ——侮蔑の目が、困惑の目に変わっていく。「才無し」から、「よくわからないもの」へ。

 

 ——それが、ピリカにとって良いことなのか悪いことなのかは、まだ誰にもわからなかったが、たしかに変化は起きていた。

 

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