魔法の才能ゼロの令嬢に、最強転生魔法ジジイが科学知識を教えたら? → A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第1話 隠居老人と、空き地の少女

 王都の外れ、丘の上の一軒家。石造りの壁に蔦が絡んでいる。周囲に民家はなく、丘の下に広がる寂れた空き地と、その向こうに王都の街並みが見える。

 

 

 椅子に深く腰掛けた老人が、コーヒーを啜っていた。

 

 白く長い髪とひげ。深い皺が刻まれた顔。七十年を生きてきた身体は痩せてはいるが、背筋だけはまっすぐだった。

 

 グリモワルド。

 

 十年ほど前に宮廷を離れ、この丘の上の家で一人暮らしを続けている。

 

 若い頃から、漏れ出てくる記憶があった。知らない言葉、見たこともない道具、理屈だけは分かる仕組み。

 

 それが六十歳のある朝、なぜか全部繋がった。——日本での前世。別の世界で生きていた記憶が、丸ごと蘇った。

 

 それをきっかけに宮廷を出て十年。グリモワルドは少しずつ家を改造していった。

 

 水道を引いた。空気の温度を快適に保つ魔道具を作った。部屋の空気を常に循環させて埃と湿気を取り除く仕組みを組んだ。調子に乗って髪を乾かす魔道具と、スイッチ一つでお湯が沸く魔道具を作ったあとに、"これ、わし魔法ですぐできるな"と気づいてその辺に放り出した。

 

 前世にあった快適さを、ひとつずつ再現しているだけだった。誰に見せるでもない。自分が楽をするためだけの、暇つぶし。

 

 家族はおらず、客もほぼ来ない。

 

 コーヒーを飲んで、昼寝をして、気が向いたら散歩をして。それだけの日々。

 

 

 窓の外に、動くものがあった。

 

 丘の下の空き地。雑草が伸び放題の、誰も使っていない広場。

 

 小柄な少女が、一人で立っていた。

 

 魔法学園高等部の制服を着ているため、15歳は越えているはずだが、それにしてはかなり小柄に見える。綺麗な金髪は肩までのボブカット。

 

 少女が、両手を前に突き出した。

 

 詠唱が風に乗って、断片だけ聞こえてくる。

 

「——紅蓮の——我が手に——」

 

 長い詠唱。完全詠唱だ。一番基本的な、一番魔力効率の良い唱え方。

 

「——ファイアボール!」

 

 掌の先に、赤い光がちらりと灯った。豆粒ほどの火が、一瞬だけ揺れて——消えた。

 

 球にはならなかった。

 

 グリモワルドはコーヒーを啜りながら、窓枠に肘をついた。

 

「今日もまたやっとる」

 

 呟いた。誰に言うでもなく。

 

 あの少女が空き地に現れるようになって、もう一ヶ月になる。毎日、学園の授業が終わった頃にやってきて、日が落ちるまでファイアボールの練習を繰り返している。

 

 まだ、一度も、成功していない。

 

 

 グリモワルドは目を細めた。

 

 ——しょっぱい魔力量じゃのう。

 

 少女の魔力は、文字通り微々たるものだった。ファイアボールは基礎中の基礎だが、それすら発動するには足りていない。

 

 ——あれでは、何年やっても同じじゃろう。

 

 才能がない。

 

 この世界において、魔力量は生まれつきのものだ。鍛えて増えるものではない。どれだけ詠唱を繰り返そうと、生まれ持った器が小さければ、魔法は生まれない。

 

 あの少女は、その器が極端に小さい。

 

 才能のない人間が努力しても報われない——この世界では当たり前の、残酷な事実だった。

 

 

「ファイアボール!」

 

 また、声が聞こえた。

 

 また、消えた。

 

 少女は膝に手をついて、肩で息をしていた。魔力が底をついたのだろう。これ以上の練習は身体に障る。

 

 グリモワルドはコーヒーの最後の一口を飲み干して、立ち上がろうとした。

 

 ——まだやるのか。

 

 少女の腕が、小さく震えていた。足元がふらついている。魔力切れの症状だ。めまい、吐き気、視界の霞み。この状態で魔法を使おうとすれば、身体そのものを削ることになる。

 

「ファイア——」

 

 少女の膝が折れた。草の上に崩れ落ちる。両手をついて、しばらく動かなかった。

 

 やがて、のろのろと立ち上がった。

 

 スカートの草を払って、カバンを拾い上げて、空き地を出ていく。とぼとぼと歩く小さな背中が、沈みかけの夕陽に照らされていた。

 

 

 グリモワルドは窓辺に立ったまま、少女の背中が見えなくなるまで眺めていた。

 

 それから、空になったコップを指先で弾いた。ぱちん、と小さな音。コップの中の汚れが分解されて消える。

 

「……相変わらず、じゃな」

 

 呟いて、椅子に座り直した。

 

 

 翌日、昼をいくらか過ぎた頃。

 

 グリモワルドが窓際でコーヒーを啜っていると、空き地に小柄な影が現れた。

 

 昨日と同じ制服。同じカバン。

 

 少女は空き地の真ん中に立って、カバンを下ろして、両手を構えた。

 

「ファイアボール!」

 

 掌の先に、赤い光。一瞬だけ揺れて——消えた。

 

 グリモワルドはコーヒーを啜った。

 

「……またか」

 

 また翌日も。

 

 その翌日も。

 

 少女は毎日やってきた。毎日、同じ場所で、同じ魔法を、同じように失敗した。雨の日も来た。風の強い日も来た。一日も休まなかった。

 

 グリモワルドはそれを毎日、窓越しに眺めていた。

 

 ——よく、続くものじゃ。

 

 成果が出ている間に続ける努力は、簡単だ。自分も楽しい、実力も伸びる、周りも認めてくれる。

 だが、成果が出ないとわかっていて——それでも毎日続ける努力は、まるで違う。

 

 あの少女は、自分のファイアボールが発動しないことを、誰よりもわかっているはずだ。

 

 ——大した根性じゃ。報われんがな。

 

 感心はしていた。だが、それだけだった。

 

 ただ、あの小柄な背中を目の端に入れることが、いつの間にか日課になっていた。

 

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