魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第22話 一回戦

 名前を呼ばれた。

 

 一回戦、第三試合。ピリカ・ベルフォード対レナ・ミルドワード。

 

 通路を歩いて、闘技場に出た。

 

 ——広い。

 

 すり鉢状の観客席が、ぐるりと取り囲んでいる。五千の席が、ほとんど埋まっていた。歓声と、ざわめきと、拍手が混ざり合って、空気ごと揺れている。

 

 足が震えた。膝に力を入れて、なんとか歩いた。

 

 

 対面に、相手が立っていた。小柄な女子。ピリカと同じくらいの背丈。杖を両手で握って、こちらを見ている。

 

 ——落ち着け。お師匠様に教わったことを、そのままやるだけ。

 

 ピリカは深呼吸して、両手を前に出した。

 

 金髪のボブが風に揺れた。魔法学園の制服に包まれた華奢な肩。細い腕。杖も持っていない。

 

 その小さな手に——黒い革の指貫き手袋が嵌まっていた。指先だけが白く覗いている。そして手袋の上に、鉄色のメリケンサックが鈍く光っていた。

 

 ぎゅっ、と拳を握った。ハードなレザーの黒手袋と、ごつい金属が、華奢な指には似合わなすぎだった。

 

 

 観客席がざわついた。——というより、困惑していた。

 

「……なんだあれ」

 

「あの可愛い顔で、あのごつい手のやつ何だ?」

 

「あれ殴る武器だろ?え、あの子あれで戦うのか……?」

 

「いや、それより杖は? 魔法の威力を強化するための杖、持ってないぞあの子」

 

 

 ——一ヶ月前のことを思い出す。

 

 グリモワルドが、にやにやしながら聞いてきた。

 

「お主、模擬戦であの赤髪の娘を殴って倒したそうじゃな。体術の心得があるのか?」

 

「少しだけ……。魔法の才能がないってわかった頃に、血迷って、両親に頼んで護身術を習ってました。同い年の男子には敵わないくらいの、かじった程度ですけど……」

 

「ふむ。して、至近距離から撃たれたファイアランスも避けたと聞いたが」

 

「一応、真空で減衰はしてましたけど……」

 

「現段階のお主の減衰なんてたいしたことないわい。——護身術で殴れるのはまぁわかるが、数歩の距離であれを避けるのは、ちと才能を感じるのう」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「と、いうわけで。これから魔法大会までは、相手の魔法を避けて近づいて殴る訓練も入れよう」

 

「……え? 本気で言ってます?」

 

「なに、身体が疲れても魔力はほとんど減らん。限界まで身体を酷使してから、魔法も訓練する。これでどちらも限界まで鍛えることができるの」

 

 適当な無茶振りをするときのお師匠様は、本当に楽しそうだった。

 

「そこで、こんなものを作ったんじゃが——」

 

 そう言って取り出したのが、この黒のレザー指貫手袋とメリケンサックだった。

 

 

「決着はどちらかの降参か戦闘不能。——よろしいな」

 

 二人が頷いた。審判が、旗を振った。

 

「——始め!」

 

 対面の少女が、杖を構えて詠唱を始めた。

 

「渦巻く奔流よ、我が手より溢れ出よ——」

 

 ——水の中級魔法アクアスプラッシュ、完全詠唱——つまり、まだまだ時間がかかる。

 

 ピリカは詠唱の1節目を聞いた瞬間に判断して地面を蹴っていた。

 

 砂を蹴って、一直線に距離を詰める。十歩。八歩。五歩。

 

「え——」

 

 接近に気づいた相手の目が見開かれた。詠唱が途切れた。杖を持ったまま、反射的に腕を上げた。

 

 ——遅い。

 

 ピリカの右拳が、上げた腕の隙間をすり抜けて、相手の顎を捉えた。

 

 バチッ。

 

 乾いた音が闘技場に響いた。青白い火花が一瞬だけ散って、相手の身体がびくんと跳ねた。

 

 そのまま、崩れ落ちた。

 

 

 闘技場が、一瞬だけ静まり返った。

 

 ——それから、爆発したように声が上がった。

 

「ぶん殴った!?」

 

「え、終わり? もう終わり?」

 

「わっはっは! 魔法全く関係ねぇ!」

 

「あらあら、あんな小さい身体なのにすごく逞しい…」

 

「一人くらいはこういう枠がいてもいいよなぁ!!」

 

 笑い声と驚きの声が混ざり合っていた。品評というより、見世物を楽しむような歓声だった。

 

 

 観客席の上の方。

 

 グリモワルドが、腕を組んだまま、にやりと笑った。

 

「前にこの大会を見物した時に思ったんよな。デカい魔法をお互いに詠唱してぶつけ合って。"殴った方が早くないか?"って」

 

 欠伸を噛み殺して、目を細めた。

 

「やはり、そうじゃったの」

 

 

 ピリカは闘技場の中央に立ったまま、拳を握り直した。

 

 ——一つ勝った、本当に勝った。

 

 心臓がまだ暴れている。手も足も震えている。でも、勝った。

 

 メリケンサックの金属が、陽の光を受けて鈍く輝いていた。

 

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