魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
名前を呼ばれた。
一回戦、第三試合。ピリカ・ベルフォード対レナ・ミルドワード。
通路を歩いて、闘技場に出た。
——広い。
すり鉢状の観客席が、ぐるりと取り囲んでいる。五千の席が、ほとんど埋まっていた。歓声と、ざわめきと、拍手が混ざり合って、空気ごと揺れている。
足が震えた。膝に力を入れて、なんとか歩いた。
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対面に、相手が立っていた。小柄な女子。ピリカと同じくらいの背丈。杖を両手で握って、こちらを見ている。
——落ち着け。お師匠様に教わったことを、そのままやるだけ。
ピリカは深呼吸して、両手を前に出した。
金髪のボブが風に揺れた。魔法学園の制服に包まれた華奢な肩。細い腕。杖も持っていない。
その小さな手に——黒い革の指貫き手袋が嵌まっていた。指先だけが白く覗いている。そして手袋の上に、鉄色のメリケンサックが鈍く光っていた。
ぎゅっ、と拳を握った。ハードなレザーの黒手袋と、ごつい金属が、華奢な指には似合わなすぎだった。
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観客席がざわついた。——というより、困惑していた。
「……なんだあれ」
「あの可愛い顔で、あのごつい手のやつ何だ?」
「あれ殴る武器だろ?え、あの子あれで戦うのか……?」
「いや、それより杖は? 魔法の威力を強化するための杖、持ってないぞあの子」
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——一ヶ月前のことを思い出す。
グリモワルドが、にやにやしながら聞いてきた。
「お主、模擬戦であの赤髪の娘を殴って倒したそうじゃな。体術の心得があるのか?」
「少しだけ……。魔法の才能がないってわかった頃に、血迷って、両親に頼んで護身術を習ってました。同い年の男子には敵わないくらいの、かじった程度ですけど……」
「ふむ。して、至近距離から撃たれたファイアランスも避けたと聞いたが」
「一応、真空で減衰はしてましたけど……」
「現段階のお主の減衰なんてたいしたことないわい。——護身術で殴れるのはまぁわかるが、数歩の距離であれを避けるのは、ちと才能を感じるのう」
「そ、そうなんですか……?」
「と、いうわけで。これから魔法大会までは、相手の魔法を避けて近づいて殴る訓練も入れよう」
「……え? 本気で言ってます?」
「なに、身体が疲れても魔力はほとんど減らん。限界まで身体を酷使してから、魔法も訓練する。これでどちらも限界まで鍛えることができるの」
適当な無茶振りをするときのお師匠様は、本当に楽しそうだった。
「そこで、こんなものを作ったんじゃが——」
そう言って取り出したのが、この黒のレザー指貫手袋とメリケンサックだった。
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「決着はどちらかの降参か戦闘不能。——よろしいな」
二人が頷いた。審判が、旗を振った。
「——始め!」
対面の少女が、杖を構えて詠唱を始めた。
「渦巻く奔流よ、我が手より溢れ出よ——」
——水の中級魔法アクアスプラッシュ、完全詠唱——つまり、まだまだ時間がかかる。
ピリカは詠唱の1節目を聞いた瞬間に判断して地面を蹴っていた。
砂を蹴って、一直線に距離を詰める。十歩。八歩。五歩。
「え——」
接近に気づいた相手の目が見開かれた。詠唱が途切れた。杖を持ったまま、反射的に腕を上げた。
——遅い。
ピリカの右拳が、上げた腕の隙間をすり抜けて、相手の顎を捉えた。
バチッ。
乾いた音が闘技場に響いた。青白い火花が一瞬だけ散って、相手の身体がびくんと跳ねた。
そのまま、崩れ落ちた。
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闘技場が、一瞬だけ静まり返った。
——それから、爆発したように声が上がった。
「ぶん殴った!?」
「え、終わり? もう終わり?」
「わっはっは! 魔法全く関係ねぇ!」
「あらあら、あんな小さい身体なのにすごく逞しい…」
「一人くらいはこういう枠がいてもいいよなぁ!!」
笑い声と驚きの声が混ざり合っていた。品評というより、見世物を楽しむような歓声だった。
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観客席の上の方。
グリモワルドが、腕を組んだまま、にやりと笑った。
「前にこの大会を見物した時に思ったんよな。デカい魔法をお互いに詠唱してぶつけ合って。"殴った方が早くないか?"って」
欠伸を噛み殺して、目を細めた。
「やはり、そうじゃったの」
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ピリカは闘技場の中央に立ったまま、拳を握り直した。
——一つ勝った、本当に勝った。
心臓がまだ暴れている。手も足も震えている。でも、勝った。
メリケンサックの金属が、陽の光を受けて鈍く輝いていた。