魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第26話 決勝-前編

 小雨が降っていた。

 

 灰色の空から、細い雨が闘技場に降り注いでいる。観客席には傘の花が開いていた。それでも、席はぎっしりと埋まっている。決勝を見ずに帰る者はいなかった。

 

 

 通路を歩いた。

 

 闘技場に出た瞬間、歓声が降ってきた。昨日までの三試合とは比べものにならない音の壁。満員五千人の声が、雨ごと空気を揺らしている。

 

 ——決勝。

 

 対面に、赤髪の少女が立っていた。

 

 アリサ・ヴァイスフェルト。歴代最高と謳われる才能。炎の魔法使い。

 

 雨に濡れた長く赤い髪が、肩に張り付いている。その瞳がまっすぐにこちらを見ていた。——迷いのない目。

 

 ピリカは拳を握った。メリケンサックの金属が、雨で冷たくなっていた。

 

 

「——始め!」

 

 審判の旗が振り下ろされた。

 

 その瞬間——闘技場の空気が変わった。

 

 アリサの周囲に、火球が浮かんだ。一つ、二つ、五つ、十——数えるのをやめた。二十、三十、まだ増えていく。

 

 無詠唱。全て無詠唱。ファイアボールが、アリサを中心に宙を漂っている。

 

 ——五十発近い。

 

 観客席がどよめいた。

 

「なんだあの数……!」

 

「無詠唱であれだけの数を同時に……!?」

 

 

 火球が、一斉に動いた。

 

 正面から。左から。右から。上から。四方八方から、火の雨が降ってきた。

 

 ——真空。

 

 ピリカは走りながら、前方に真空の壁を張った。正面の火球が三つ消えた。左から来た二つも消した。

 

 ——だが、右からの一つが壁の隙間を突いてきた。

 

 身体を捻って避けた。熱が頬を掠めた。

 

 また来る。今度は五つ同時に。前と、横と、斜め上から。

 

 真空で三つ消した。残り二つを身体で避けた。一つが肩を掠めた。制服の袖が焦げた。

 

 ——多すぎる。全方向から同時に来ると、真空の壁だけでは追いつかない。

 

 

 走った。距離を詰めようとした。

 

 だが、火球の壁が行く手を塞いだ。正面に集中的にファイアボールが集まり、壁のように並んでいる。

 

 ——ダメだ、まったく近づけない。

 

 横に回り込もうとした。火球が追いかけてくる。方向を変えても、回り込んでも、常に前方を塞がれ、その間にアリサは離れてゆく。

 

 ——今までの試合での勝ち筋が殴りしかないのがバレてる。近づかせず、遠距離から物量で押し潰してくる気だ。

 

 三回戦までとは明らかに格が違った。あの時の相手は、無詠唱でファイアボールを三つ出すのが精一杯だった。アリサは数十発を同時に操っている。

 

 ——ジリ貧。このままでは、いずれ消しきれなくなる。

 

 

 ピリカは判断した。

 

 ——殴りには行けない。近づかせてもらえない。なら、最初から奥の手で行くしかない。

 

 左手に、意識を集中させた。微かな電流が指先を走る。

 

 右手で真空を制御し火球を消しながら、時には避けて、左手では別のことをする。両方やると、どちらも精度が甘くなる。

 

 ——ぎりぎり。でも、やるしかない。そのための訓練もちゃんとしてきた。

 

 

 アリサの攻撃が、さらに変わった。

 

 ファイアボールの弾幕の合間に——細長い炎の槍が混ざり始めた。

 

 ——ファイアランス。

 

 火球の間を縫うように、炎の槍が一直線に飛んでくる。ファイアボールとは桁違いの火力。

 

 ——来る!

 

 ピリカは左手の意識を一瞬だけ薄めて、真空を前方に厚く集中させた。

 

 ファイアランスが真空の壁に突っ込んだ。炎が震えて、縮んで——消えた。

 

 ——消せた。三回戦で練習したとおり。

 

 だが、その隙にファイアボールが横から三つ飛んできた。一つは消した。二つ目は避けた。三つ目が、左腕を掠めた。

 

 ——痛い。でも、まだ動ける。

 

 

 ファイアランスが、次々に飛んでくるようになった。

 

 ファイアボールの弾幕を維持したまま、その合間にファイアランスを差し込んでくる。一本、二本、三本——。

 

 ファイアランスに集中すると、ファイアボールの隙間を突かれる。ファイアボールに気を配ると、ファイアランスを消しきれない。

 

 真空を厚くしてファイアランスを消した。——その瞬間、右からファイアボールが二つ。一つが腕に当たった。もう一つが脇腹を掠めた。

 

 ——きつい。

 

 左手の作業を続けながら、真空の制御も維持する。両方やると、どちらも甘くなる。

 

 ——でも、近づかせてもらえないなら、これだけが勝ち筋なんだ、止めるわけにはいかない。

 

 

 不意に、ずっと無詠唱で魔法を行使していたアリサの口が動いた。

 

 ファイアボールとファイアランスを維持したまま——長い詠唱が始まった。

 

 その詠唱の響きを、顕現する魔法をピリカは知識として知っていた。ファイアボールの試験のために、炎の魔法は片っ端から調べた。教科書だけでは足りなくて、参考資料の別冊まで読み漁った。

 

 通常の学生が触れることのない、炎の最上位魔法がいくつか記されていた項。その中の一つ。

 

 ——この詠唱。

 

 ——嘘でしょ!?

 

 ——超級魔法の、フェニックス……!?!?

 

 

 観客席がざわめいた。

 

「あの詠唱、まさか——」

 

「超級魔法だ。超級魔法の詠唱だぞ!」

 

「学生が超級を……!?」

 

 

 ——フェニックス。自動追尾型の超級魔法。高速で、高威力で、この闘技場で逃げ場なんてない。

 

 ——そんなものが来たら、絶対終わる。

 

 ——なら。

 

 ピリカは覚悟を決めた。

 

 左手に、意識を一気に振った。真空の壁が薄くなる。防御が甘くなる。

 

 ——構わない。もっと。もっと早く。もっと多く。

 

 その隙に気づいたのか、ファイアランスが飛んできた。薄くなった真空では——消しきれなかった。

 

 炎の槍が、右足に突き刺さった。

 

「——っ!!」

 

 膝が崩れた。灼けるような痛みが走った。右足が動かない。

 

 歯を食いしばった。左手の制御だけは、手放さなかった。

 

 ——まだ足りない。でも、もう撃つしかない。

 

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