魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
小雨が降っていた。
灰色の空から、細い雨が闘技場に降り注いでいる。観客席には傘の花が開いていた。それでも、席はぎっしりと埋まっている。決勝を見ずに帰る者はいなかった。
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通路を歩いた。
闘技場に出た瞬間、歓声が降ってきた。昨日までの三試合とは比べものにならない音の壁。満員五千人の声が、雨ごと空気を揺らしている。
——決勝。
対面に、赤髪の少女が立っていた。
アリサ・ヴァイスフェルト。歴代最高と謳われる才能。炎の魔法使い。
雨に濡れた長く赤い髪が、肩に張り付いている。その瞳がまっすぐにこちらを見ていた。——迷いのない目。
ピリカは拳を握った。メリケンサックの金属が、雨で冷たくなっていた。
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「——始め!」
審判の旗が振り下ろされた。
その瞬間——闘技場の空気が変わった。
アリサの周囲に、火球が浮かんだ。一つ、二つ、五つ、十——数えるのをやめた。二十、三十、まだ増えていく。
無詠唱。全て無詠唱。ファイアボールが、アリサを中心に宙を漂っている。
——五十発近い。
観客席がどよめいた。
「なんだあの数……!」
「無詠唱であれだけの数を同時に……!?」
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火球が、一斉に動いた。
正面から。左から。右から。上から。四方八方から、火の雨が降ってきた。
——真空。
ピリカは走りながら、前方に真空の壁を張った。正面の火球が三つ消えた。左から来た二つも消した。
——だが、右からの一つが壁の隙間を突いてきた。
身体を捻って避けた。熱が頬を掠めた。
また来る。今度は五つ同時に。前と、横と、斜め上から。
真空で三つ消した。残り二つを身体で避けた。一つが肩を掠めた。制服の袖が焦げた。
——多すぎる。全方向から同時に来ると、真空の壁だけでは追いつかない。
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走った。距離を詰めようとした。
だが、火球の壁が行く手を塞いだ。正面に集中的にファイアボールが集まり、壁のように並んでいる。
——ダメだ、まったく近づけない。
横に回り込もうとした。火球が追いかけてくる。方向を変えても、回り込んでも、常に前方を塞がれ、その間にアリサは離れてゆく。
——今までの試合での勝ち筋が殴りしかないのがバレてる。近づかせず、遠距離から物量で押し潰してくる気だ。
三回戦までとは明らかに格が違った。あの時の相手は、無詠唱でファイアボールを三つ出すのが精一杯だった。アリサは数十発を同時に操っている。
——ジリ貧。このままでは、いずれ消しきれなくなる。
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ピリカは判断した。
——殴りには行けない。近づかせてもらえない。なら、最初から奥の手で行くしかない。
左手に、意識を集中させた。微かな電流が指先を走る。
右手で真空を制御し火球を消しながら、時には避けて、左手では別のことをする。両方やると、どちらも精度が甘くなる。
——ぎりぎり。でも、やるしかない。そのための訓練もちゃんとしてきた。
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アリサの攻撃が、さらに変わった。
ファイアボールの弾幕の合間に——細長い炎の槍が混ざり始めた。
——ファイアランス。
火球の間を縫うように、炎の槍が一直線に飛んでくる。ファイアボールとは桁違いの火力。
——来る!
ピリカは左手の意識を一瞬だけ薄めて、真空を前方に厚く集中させた。
ファイアランスが真空の壁に突っ込んだ。炎が震えて、縮んで——消えた。
——消せた。三回戦で練習したとおり。
だが、その隙にファイアボールが横から三つ飛んできた。一つは消した。二つ目は避けた。三つ目が、左腕を掠めた。
——痛い。でも、まだ動ける。
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ファイアランスが、次々に飛んでくるようになった。
ファイアボールの弾幕を維持したまま、その合間にファイアランスを差し込んでくる。一本、二本、三本——。
ファイアランスに集中すると、ファイアボールの隙間を突かれる。ファイアボールに気を配ると、ファイアランスを消しきれない。
真空を厚くしてファイアランスを消した。——その瞬間、右からファイアボールが二つ。一つが腕に当たった。もう一つが脇腹を掠めた。
——きつい。
左手の作業を続けながら、真空の制御も維持する。両方やると、どちらも甘くなる。
——でも、近づかせてもらえないなら、これだけが勝ち筋なんだ、止めるわけにはいかない。
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不意に、ずっと無詠唱で魔法を行使していたアリサの口が動いた。
ファイアボールとファイアランスを維持したまま——長い詠唱が始まった。
その詠唱の響きを、顕現する魔法をピリカは知識として知っていた。ファイアボールの試験のために、炎の魔法は片っ端から調べた。教科書だけでは足りなくて、参考資料の別冊まで読み漁った。
通常の学生が触れることのない、炎の最上位魔法がいくつか記されていた項。その中の一つ。
——この詠唱。
——嘘でしょ!?
——超級魔法の、フェニックス……!?!?
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観客席がざわめいた。
「あの詠唱、まさか——」
「超級魔法だ。超級魔法の詠唱だぞ!」
「学生が超級を……!?」
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——フェニックス。自動追尾型の超級魔法。高速で、高威力で、この闘技場で逃げ場なんてない。
——そんなものが来たら、絶対終わる。
——なら。
ピリカは覚悟を決めた。
左手に、意識を一気に振った。真空の壁が薄くなる。防御が甘くなる。
——構わない。もっと。もっと早く。もっと多く。
その隙に気づいたのか、ファイアランスが飛んできた。薄くなった真空では——消しきれなかった。
炎の槍が、右足に突き刺さった。
「——っ!!」
膝が崩れた。灼けるような痛みが走った。右足が動かない。
歯を食いしばった。左手の制御だけは、手放さなかった。
——まだ足りない。でも、もう撃つしかない。