魔法の才能ゼロの令嬢に、最強転生魔法ジジイが科学知識を教えたら? → A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第3話 空き地の魔法少女

 授業が終わった。

 

 教室から出ると、廊下はまだ生徒たちで賑わっていた。笑い声、おしゃべり、放課後の約束を交わす声。ピリカはその中を、誰にも声をかけられることなく、静かにすり抜けた。

 

 

 学園の裏門を出て、路地を二つ曲がって、坂を下る。

 王都の外れ。人通りのない道を歩いて、雑草が膝まで伸びた空き地にたどり着く。

 周囲に民家はほとんどない。見上げれば丘の上に一軒、古い石造りの家が建っているだけだった。

 

 ここなら、誰にも見られない。

 

 ピリカはカバンを草の上に置いた。制服のスカートの裾が雑草に触れる。深呼吸を一つして、両手を前に突き出した。

 

 

「——紅蓮の炎よ、我が手に集え——」

 

 深く息を吸う。

 

「——燃え盛りて球となれ——」

 

 両手に意識を集中する。

 

「——渦巻く火球が、この手の前に——」

 

 詠唱を終えた。炎が掌の前に現れるはず。

 

「——ファイアボール!」

 

 掌の先に赤い光が灯った。豆粒ほどの火が揺れていた。

 

 球にならなかった。

 

 ——もう一回。

 

 最初から。丁寧に。完全詠唱を、一語も飛ばさずに。

 

「——紅蓮の炎よ——」

 

 長い詠唱を終えて。

 

「——ファイアボール!」

 

 同じだった。灯って、消える。灯って、消える。

 

 ——わかってる。魔力が足りないんだ。詠唱は正しい。学園の先生にも見てもらった。でも、発動しない。

 

 ——わかってるけど。

 

「ファイアボール!」

 

 消えた。

 

 

 まだ数回しか撃っていない。なのに、掌の先の光がさっきより暗い。

 

 ——もう魔力が減ってきてる。

 

 他の生徒なら、これくらいの回数、ウォームアップにすらならない。授業中に何十回も発動して、まだ余裕のある顔をしている。

 

 ピリカはもう、手が震えていた。

 

 ——私の全力は、みんなのウォームアップにも届かない。

 

「ファイアボール!」

 

 掌の先に光が灯らなかった。赤い粒すら現れない。

 

 ——嘘。もう枯れたの。

 

 拳を握った。爪が掌に食い込む。

 

 

 これが、ピリカの練習だった。

 

 長い時間待って、一回撃つ。また待って、一回撃つ。それが限界。

 

 わかっている。生まれつきの魔力量は変わらない。どれだけ練習しても、器は大きくならない。教科書にも書いてあった。先生もそう言っていた。

 

 ——でも。

 

 ——じゃあ、どうすればいいの。

 

 答えはなかった。

 

 

「——ファイアボール!」

 

 膝に手をついた。肩で息をしている。頭がぼんやりする。視界の端がちらちらと明滅している。魔力切れの兆候だった。

 

 ——もう限界。

 

 ——でも、あと一回。あと一回だけ。

 

 震える声で、それでも完全詠唱を最初から唱えた。

 

「——ファイアボール……!」

 

 声が掠れた。掌の先には何も灯らなかった。

 

 ——試験まで、あと一ヶ月。

 

 ——このままじゃ、落第する。

 

 ——落第したら。

 

 ピリカは目を閉じた。

 

 ——侯爵家の娘が、基礎の魔法で落第するとは、どういうことか。

 

 わかっている。わかっているから、ここに来ている。毎日、誰にも見られない場所で、一人で練習している。

 

 ふと、頭の中に声が蘇った。

 

 ——「本当に侯爵家の子なのかな?」

 ——「おい、お前。さすがにそれは言っちゃダメだろ」

 ——「だってよぉ……貴族の、それも侯爵の血が入っててファイアボールさえおぼつかないって…」

 ——「おい、まじでやめとけって。それよりもさ……」

 

 廊下で、同期の生徒たちが話しているのが少しだけ聞こえてしまった。いつだったか。ずいぶん前のことのような気もするし、昨日のことのような気もする。

 

 ——私は、お父様とお母様の子だ。そんなの、わかってる。

 

 ——わかってる。

 

 ——……わかってるけど。

 

 目の奥が熱くなった。でも、泣かなかった。泣いても、魔力は増えない。

 

 

 立ち上がった。スカートの草を払って、カバンを拾い上げた。

 

 最後にもう一度だけ、小さな声で詠唱をしてから、両手を前に突き出した。

 

「——ファイアボール」

 

 もう叫ぶ力も残っていない。

 

 掌の先に、何も灯らなかった。

 

 ——明日こそ。

 

 ピリカは空き地を出た。とぼとぼと歩く小さな背中が、夕陽に照らされていた。

 

 

 日が沈んでいく。王都の街並みに灯りがぽつぽつと灯り始めた。

 

 明日も、授業が終わったら、あの空き地に行く。明後日も。試験の日まで、毎日。

 

 それしか、できることがなかった。

 

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