魔法の才能ゼロの令嬢に、最強転生魔法ジジイが科学知識を教えたら? → A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
授業が終わった。
教室から出ると、廊下はまだ生徒たちで賑わっていた。笑い声、おしゃべり、放課後の約束を交わす声。ピリカはその中を、誰にも声をかけられることなく、静かにすり抜けた。
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学園の裏門を出て、路地を二つ曲がって、坂を下る。
王都の外れ。人通りのない道を歩いて、雑草が膝まで伸びた空き地にたどり着く。
周囲に民家はほとんどない。見上げれば丘の上に一軒、古い石造りの家が建っているだけだった。
ここなら、誰にも見られない。
ピリカはカバンを草の上に置いた。制服のスカートの裾が雑草に触れる。深呼吸を一つして、両手を前に突き出した。
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「——紅蓮の炎よ、我が手に集え——」
深く息を吸う。
「——燃え盛りて球となれ——」
両手に意識を集中する。
「——渦巻く火球が、この手の前に——」
詠唱を終えた。炎が掌の前に現れるはず。
「——ファイアボール!」
掌の先に赤い光が灯った。豆粒ほどの火が揺れていた。
球にならなかった。
——もう一回。
最初から。丁寧に。完全詠唱を、一語も飛ばさずに。
「——紅蓮の炎よ——」
長い詠唱を終えて。
「——ファイアボール!」
同じだった。灯って、消える。灯って、消える。
——わかってる。魔力が足りないんだ。詠唱は正しい。学園の先生にも見てもらった。でも、発動しない。
——わかってるけど。
「ファイアボール!」
消えた。
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まだ数回しか撃っていない。なのに、掌の先の光がさっきより暗い。
——もう魔力が減ってきてる。
他の生徒なら、これくらいの回数、ウォームアップにすらならない。授業中に何十回も発動して、まだ余裕のある顔をしている。
ピリカはもう、手が震えていた。
——私の全力は、みんなのウォームアップにも届かない。
「ファイアボール!」
掌の先に光が灯らなかった。赤い粒すら現れない。
——嘘。もう枯れたの。
拳を握った。爪が掌に食い込む。
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これが、ピリカの練習だった。
長い時間待って、一回撃つ。また待って、一回撃つ。それが限界。
わかっている。生まれつきの魔力量は変わらない。どれだけ練習しても、器は大きくならない。教科書にも書いてあった。先生もそう言っていた。
——でも。
——じゃあ、どうすればいいの。
答えはなかった。
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「——ファイアボール!」
膝に手をついた。肩で息をしている。頭がぼんやりする。視界の端がちらちらと明滅している。魔力切れの兆候だった。
——もう限界。
——でも、あと一回。あと一回だけ。
震える声で、それでも完全詠唱を最初から唱えた。
「——ファイアボール……!」
声が掠れた。掌の先には何も灯らなかった。
——試験まで、あと一ヶ月。
——このままじゃ、落第する。
——落第したら。
ピリカは目を閉じた。
——侯爵家の娘が、基礎の魔法で落第するとは、どういうことか。
わかっている。わかっているから、ここに来ている。毎日、誰にも見られない場所で、一人で練習している。
ふと、頭の中に声が蘇った。
——「本当に侯爵家の子なのかな?」
——「おい、お前。さすがにそれは言っちゃダメだろ」
——「だってよぉ……貴族の、それも侯爵の血が入っててファイアボールさえおぼつかないって…」
——「おい、まじでやめとけって。それよりもさ……」
廊下で、同期の生徒たちが話しているのが少しだけ聞こえてしまった。いつだったか。ずいぶん前のことのような気もするし、昨日のことのような気もする。
——私は、お父様とお母様の子だ。そんなの、わかってる。
——わかってる。
——……わかってるけど。
目の奥が熱くなった。でも、泣かなかった。泣いても、魔力は増えない。
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立ち上がった。スカートの草を払って、カバンを拾い上げた。
最後にもう一度だけ、小さな声で詠唱をしてから、両手を前に突き出した。
「——ファイアボール」
もう叫ぶ力も残っていない。
掌の先に、何も灯らなかった。
——明日こそ。
ピリカは空き地を出た。とぼとぼと歩く小さな背中が、夕陽に照らされていた。
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日が沈んでいく。王都の街並みに灯りがぽつぽつと灯り始めた。
明日も、授業が終わったら、あの空き地に行く。明後日も。試験の日まで、毎日。
それしか、できることがなかった。