魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
第44話 空を飛ぶ
「——よし、では行くか」
翌朝。グリモワルドが玄関先でそう言って、空を見上げた。
「お師匠様、馬車の手配って、どこでするんですか?」
「馬車? 何日かかるかわからんぞ、そんなもの。飛ぶに決まっておろう」
「——飛ぶ?」
ピリカの声が裏返った。
「空を、ですか?」
「他になにがある」
⸻
「あ、あの、お師匠様。一つだけ確認なんですけど」
「なんじゃ」
「もし上空で、魔法の制御が乱れたりしたら——どうなります?」
グリモワルドは少し考えて、あっさり言った。
「そのまま落ちて死ぬんじゃないか?」
「ですよね!!」
「わしが飛行程度で失敗するわけなかろう。気にするな」
「いや、そういう問題じゃなくて——」
「なんじゃ、怖いから行かんか?」
ピリカは唇を噛んだ。——怖い。怖いに決まっている。でも。
「……いきます」
「よし」
⸻
グリモワルドが右手を軽く振った。
次の瞬間、足元から重力が消えた。身体がふわりと浮き上がる。反射的にグリモワルドの袖を掴んだ。
「つかまっとけ」
言い終わる前に、景色が動いた。
——速い。
屋根が、木々が、あっという間に小さくなっていく。ものすごい速度のはずなのに、風が全く当たらない。——恐る恐る、下を見た。
⸻
——息を、呑んだ。
グリモワルドの家が、もう豆粒みたいに小さい。毎日歩いていた道が、白い細い糸になっている。木々の間を歩いていた森が、緑の絨毯のように広がって、その向こうに——草原。どこまでも続く、見たこともない広さの草原が、風に波打っていた。
遠くに、魔法学園の尖塔が見えた。あんなに大きかった校舎が、指先で隠せるほど小さい。その向こうに、王城の白い壁と街並みが箱庭のように並んでいる。——あの辺りがアリサの家だろうか。
さらに、その向こう。
——地平線が、曲がっている。
ピリカは目を疑った。地面と空が出会う、一番遠い線。あの線が、まっすぐではない。ゆるく、ゆるく、弓のようにたわんでいる。
「……お師匠様」
「なんじゃ」
「あの、遠くの……地面の端が、丸い、です」
「ん? ああ、そうじゃろう。世界は丸いからの」
「…………え?」
「ん?」
グリモワルドが、初めて少し意外そうな顔をした。
「……知らんかったのか?」
「し、知りません!!」
「いや、丸いぞ」
「……えええ……」
ピリカは、もう一度、地平線を見た。たしかに、曲がっている。あれが、まっすぐじゃない。ということは。
——足元の地面も。
ゆっくりと、自分の靴の下を見下ろした。ずっと下の、はるか下の、緑の絨毯のような地面。あれが、ほんのわずかに、丸まっている。
⸻
空が、近い。手を伸ばせば雲に届きそうなほど近い。太陽の光が、地上で見るよりずっと強くて、まっすぐで、暖かかった。
不思議なほど、風がなかった。これだけの速度で飛んでいるのに、髪一本揺れない。——お師匠様が、風を防いでくれているのだろう。静寂の中を、二人だけが滑るように進んでいく。
「す、すごい……」
声が風にさらわれて消えた。でも、目が離せなかった。
川が光っていた。太陽の光を受けて、銀色の細い線がくねくねと森の中を走っている。畑が、色の違う四角形を並べたように整然と広がっている。どこかで煙が上がっている。——誰かが暮らしている。あんなに小さな場所で、誰かが今日も薪を割って、畑を耕して、生きている。
なんだか泣きそうになった。理由はわからない。ただ、あまりに綺麗だった。
こんな景色を見られるのは——こんなふうに空を飛べる人だけだ。飛行魔法の使い手は、制御を一瞬でも誤れば即死する。だからほとんどの魔法使いは飛ばない。
——今、この景色を見ているのは、世界中でお師匠様と、お師匠様に連れられた私だけなのかもしれない。
そう思ったら、怖さなんてどこかに消えていた。代わりに、胸の奥が震えるように熱かった。
⸻
どれくらい飛んだだろう。
街が遠ざかり、森が深くなっていく。山の稜線が近づいて、空気がひんやりと冷たくなった。
「お。おったの」
グリモワルドが、不意に前方を指差した。
「あれが今回の獲物じゃ。ファイアドラゴン」
ピリカは目を凝らした。——見えない。
「え、どこですか?」
「ほれ、あっちじゃ。あの山の麓あたりをよく見てみい」
言われた方角を、じっと見つめた。目を細めて、さらに細めて——。
——いた。
遠くの森の切れ目に、赤い。なにか巨大なものが、横たわっている。鱗が陽の光を受けて、ちらちらと赤く光っていた。
「あ、います。あの赤いの……」
「うむ。あれじゃ」
グリモワルドの声は、いつもと変わらない。——散歩の途中で猫を見つけた、くらいの温度だった。
⸻⸻
⸻⸻
数十年前。
「——見ておれ」
若き日のグリモワルドが、にやりと笑って地面を蹴った。身体がふわりと浮き上がり——そのまま、空に消えた。
数秒後、上空から声が降ってくる。
「どうじゃ!!」
地上で見上げていたボルトランが、目を丸くした。
「——飛んでる!! すごいな、俺もやりたい! 教えてくれ!」
グリモワルドが降りてきた。得意げな顔。
「ん? ちなみになんだが⸻」
ボルトランが、ふと真顔になった。
「⸻落ちたらどうなるんだ?」
「え、落ちなければよくないか?」
「安全対策は何もないのか!?」
「なんじゃ、落ちる前提で考えるやつがあるか」
「普通はそこから考えるんだよ!!」
⸻
——結局、ボルトランは飛行魔法を習得しなかった。
正確には、グリモワルドが「なんで落ちる心配なんてしておるんじゃ。飛んでる最中に居眠りでもするつもりか?」と本気で不思議がったので、ボルトランが「お前の説明では一生習得できる気がしない」と諦めたのだった。
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これからも毎日更新頑張りますので、よろしくお願いいたします!(まだまだストックあります!!