魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第49話 手切れ金の意味

 その日、グリモワルドが唐突に言った。

 

「そういえばピリカ、ボルトランも言っておったが、あの手切れ金——かなりの大金じゃったろう」

 

 ピリカの手が止まった。魔術の教本を開いたまま、ぎゅっとページの端を握った。

 

「……はい」

 

「勘当の金にしちゃ多すぎるのぅ。実家に行って、真意をもう一度確認してきたらどうじゃ」

 

「——いやです」

 

 即答だった。声が震えていた。

 

「また傷つくのは……もう、いやです」

 

 グリモワルドはしばらく黙っていた。

 

「ふむ」

 

 一拍。

 

「なら師匠命令じゃ」

 

 ピリカが顔を上げた。

 

「行ってきちんと話をしてこい。でないと"この師弟関係は解消"じゃ」

 

「——え」

 

 ピリカの顔から血の気が引いた。

 

「そんな……お師匠様、急にそれは……」

 

「行くか、行かんか。どっちじゃ」

 

 グリモワルドの目は、いつもの飄々とした色ではなかった。——真剣だった。

 

 ピリカは唇を噛んだ。目が揺れていた。

 

「……でも、何を話せば……」

 

「別に難しいことをせんでいい。行って、真意を聞いてこい。それだけでいい」

 

 グリモワルドの声が、少しだけ柔らかくなった。

 

「あの金の意味を、お主の口で直接聞いてこい。それで終わりじゃ。和解しろとも、許せとも言っとらん」

 

 ——聞いてくるだけ。それだけでいい。

 

 長い、長い沈黙があった。

 

「……行きます」

 

「よし」

 

 グリモワルドはコーヒーをすすって、ぽつりと付け足した。

 

「先方には、わしから伝えておく」

 

「……はい」

 

 ピリカは俯いたまま頷いた。実家に行くという事実だけで頭がいっぱいで、この師匠が自分から誰かに連絡を取ろうとすることの珍しさには、気づいていなかった。

 

 

 訪問の前日。

 

 ピリカはそわそわと家の中を歩き回っていた。居間から台所、台所から自分の部屋、部屋からまた居間。何度も同じ場所を行ったり来たりしている。

 

「お主、さっきからうろうろして何をしておるんじゃ」

 

「あの……お師匠様」

 

 ピリカが立ち止まった。何かを言おうとして、口を開けて、閉じて、また開けた。

 

「このドライヤーやシャンプーは、もう一つずつ作れますか?」

 

「ふむ?」

 

 グリモワルドは椅子から立ち上がると、棚の奥から素材をいくつか取り出した。手のひらの上で金属を組み合わせて、指先でちょちょいと魔法をかける。

 

 三十秒もかからなかった。

 

「ほれ」

 

 ピリカの手に、新品のドライヤーが乗せられた。

 

「……え」

 

 ピリカは呆然とドライヤーを見つめた。

 

 ——これ、一瞬で作れるんだ。

 

「ドライヤーは一度試行錯誤して作ったからすぐじゃ。ちなみにシャンプーは洗面所の棚に何本か予備が入っとる」

 

 ピリカが棚を覗いてみると、確かにシャンプーの瓶が数本並んでいた。

 

「あの、これ……ドライヤーとシャンプーを、実家に行く時にお土産に持っていってもよいでしょうか」

 

 ピリカの声が小さくなった。

 

「お母さまには……直接会えないかもしれないけど……きっと、どちらもすごく喜ぶから」

 

「勝手にせい。どちらも大したもんじゃないわい」

 

 グリモワルドはひらひらと手を振って、椅子に戻った。

 

 

 その夜、ピリカはドライヤーとシャンプーを丁寧に布で包んだ。

 

 何度も包み直した。角が出ないように、瓶が割れないように。——まるで、壊れ物を扱うみたいに。

 

 鞄に入れて、少し持ち上げてみた。重さを確かめるように。

 

「……よし」

 

 小さく呟いて、鞄を枕元に置いた。

 

 

 翌朝。

 

 ピリカは玄関に立っていた。鞄を両手で抱えている。

 

 指先が冷たかった。朝の気温のせいだけではないと、自分でもわかっていた。鞄を持つ手に力が入りすぎて、指の関節が白くなっている。

 

 靴を履いた。靴紐を結ぼうとして、手が震えた。一度失敗して、もう一度結び直した。

 

 立ち上がった。扉の取っ手に手をかけた。——そのまま、動けなくなった。

 

 胸の奥が、きゅっと締まっている。息が浅い。あの書斎の扉を思い出した。あの日の父の声を思い出した。

 

 ——お前を、勘当とする。

 

 手のひらに、じわりと汗が滲んだ。

 

「行ってきます、お師匠様」

 

 声が少し掠れた。

 

「おう」

 

 グリモワルドは椅子に座ったまま、手を振った。いつもと同じだった。

 

 ピリカが扉を開けた。朝の冷たい空気が頬に当たった。一瞬だけ足が止まった。唇をきゅっと結んで——それから、まっすぐに歩き出した。

 

 扉が閉まった。足音が遠ざかっていく。

 

 

 足音が完全に聞こえなくなってから、グリモワルドはコーヒーカップを置いた。

 

「ま、娘を傷つける共謀を持ちかけた、ちょっとした詫びじゃ」

 

 誰もいない部屋で、独りごちた。

 

「受け取っとけ、フレデリック」

 




鳴風うづきさん、Pokoterさん、BIRDMANさんに高評価いただきましたっ!( ; ; )
とてもとてもありがたしです、、!
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