魔法の才能ゼロの令嬢に、最強転生魔法ジジイが科学知識を教えたら? → A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第4話 落第

 期末の魔法実技試験。

 

 学園の訓練場に、生徒たちが並んでいた。一人ずつ、前に出て、ファイアボールを発動する。それだけの試験。

 歩ける者に「歩いてみせろ」と一応確認するようなものだ。できない者がいるとは、誰も思っていない。—— 一人を除いて。

 

 

 男子生徒が片手を軽く上げた。詠唱はしない。無詠唱。掌の前に赤い火球がぽん、と浮かんだ。欠伸を噛み殺している。

 

「合格」

 

 試験官が淡々と告げた。

 

 次の男子生徒。こちらは短縮詠唱。

 

「——炎よ、集え。ファイアボール」

 

 火球が灯った。安定した炎。

 

「合格」

 

 次の女子生徒。魔法名だけ。

 

「ファイアボール」

 

 すぐに火球が灯った。綺麗な球形。

 

「合格」

 

 次の生徒。また合格。次も。次も。短縮詠唱の者もいれば、魔法名だけの者も、無詠唱の者もいた。完全詠唱を使う者は一人もいなかった。そんな必要がないからだ。

 

 誰も苦労していなかった。構えて、発動する。それだけ。呼吸をするように、当たり前にできること。

 

 

 ピリカは自分の順番を待ちながら、手を握ったり開いたりしていた。

 

 掌が汗ばんでいる。呼吸が浅い。心臓がうるさい。

 

 ——ダメかもしれない。結局一度も成功していない。一ヶ月、毎日練習して、一度も。

 

 拳を握った。爪が掌に食い込む。

 

 

「ピリカ・ベルフォード」

 

 名前を呼ばれた。

 

 立ち上がった。足が重い。訓練場の中央に出る。

 

 それまで退屈そうにしていた生徒たちの目が、一斉にこちらを向いた。他の生徒の時は誰も見ていなかったのに。

 

 ——見てる。みんな、見てる。私がどうなるか、見てるんだ。

 

 前に立った。試験官と目が合った。試験官の目に、特別な感情はなかった。ただ、受験者を見ているだけ。

 

 両手を前に突き出した。

 

 深呼吸。

 

 ——お願い。今日だけでいい。この一回だけでいいから。

 

「——紅蓮の炎よ、我が手に集え——」

 

 完全詠唱。この場で完全詠唱をしたのは、ピリカだけだった。

 

「——燃え盛りて球となれ——」

 

「——渦巻く火球が、この手の前に——」

 

 ——お願い。

 

「——ファイアボール!」

 

 広げた手のひらの前に、赤い光が灯った。

 

 その揺れる火の大きさは⸻豆粒ほどだった。

 

 

「……」

 

 試験官が、ペンを止めた。

 

「もう一度、お願いします!」

 

 ピリカは叫んだ。声が裏返っていた。

 

「……規則だ。一度のみ」

 

「——っ」

 

 ピリカの唇が震えた。

 

 —— 一度のみ、当たり前だ。みんな一度で当たり前に通るから、それで充分なんだ。

 

 試験官がペンを走らせた。

 

「ピリカ・ベルフォード、不合格」

 

 その言葉が、耳の奥で響いた。

 

「規則に従い、今学期末をもって退学とする」

 

 

 訓練場の空気が、少しだけ動いた。

 

 誰かが小さく息を吐いた。誰かが隣の生徒と目を合わせた。

 

 ——ようやくか。

 ——やっぱりダメだったか。

 ——座学は誰よりも頑張ってるんだけどね……。

 ——可哀想だけど、仕方ない。

 

 声には出さない。でも、空気でわかる。

 

 誰も、驚いてはいなかった。

 

 

 ピリカの膝が震えていた。

 

 ——せめて、ここで泣くな。

 

 背筋を伸ばした。頭を下げた。

 

「……ありがとうございました」

 

 声は、小さかった。でも、震えていなかった。

 

 顔を上げて、振り返らず、訓練場を出た。

 

 

 校舎の廊下に出た。

 

 廊下の向こうから、足音が近づいてきた。

 

 長身の少女が歩いてくる。赤い髪。すらりとした体躯。片手に実技試験の書類を持っている。

 

 すれ違うときに、一瞬だけ目が合った。

 

 赤髪の少女は、何も言わなかった。視線を戻して、そのまま通り過ぎた。ピリカのことなど、気にも留めていない様子だった。

 

 ピリカは立ち止まって、遠ざかる背中を見た。

 

 ——魔法学園で歴代最高の才能とも呼ばれている、私たちの世代の圧倒的なエース。

 

 ——私とは、何もかもが違う。

 

 ——なんで私は、ああなれなかったんだろう……

 

 赤髪と背中が、廊下の角を曲がって消えた。

 

 

 ピリカは校門を出た。

 

 振り返らなかった。

 

 一ヶ月。毎日、朝から晩まで。教科書を読んで、空き地で練習して、夢の中でも詠唱して。

 

 ——全部、無駄だった。

 

 足が、一歩ずつ重くなっていく。

 

 空は曇っていた。風が冷たかった。

 

 小さな背中が、学園の門から離れていった。

 

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