魔法の才能ゼロの令嬢に、最強転生魔法ジジイが科学知識を教えたら? → A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
期末の魔法実技試験。
学園の訓練場に、生徒たちが並んでいた。一人ずつ、前に出て、ファイアボールを発動する。それだけの試験。
歩ける者に「歩いてみせろ」と一応確認するようなものだ。できない者がいるとは、誰も思っていない。—— 一人を除いて。
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男子生徒が片手を軽く上げた。詠唱はしない。無詠唱。掌の前に赤い火球がぽん、と浮かんだ。欠伸を噛み殺している。
「合格」
試験官が淡々と告げた。
次の男子生徒。こちらは短縮詠唱。
「——炎よ、集え。ファイアボール」
火球が灯った。安定した炎。
「合格」
次の女子生徒。魔法名だけ。
「ファイアボール」
すぐに火球が灯った。綺麗な球形。
「合格」
次の生徒。また合格。次も。次も。短縮詠唱の者もいれば、魔法名だけの者も、無詠唱の者もいた。完全詠唱を使う者は一人もいなかった。そんな必要がないからだ。
誰も苦労していなかった。構えて、発動する。それだけ。呼吸をするように、当たり前にできること。
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ピリカは自分の順番を待ちながら、手を握ったり開いたりしていた。
掌が汗ばんでいる。呼吸が浅い。心臓がうるさい。
——ダメかもしれない。結局一度も成功していない。一ヶ月、毎日練習して、一度も。
拳を握った。爪が掌に食い込む。
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「ピリカ・ベルフォード」
名前を呼ばれた。
立ち上がった。足が重い。訓練場の中央に出る。
それまで退屈そうにしていた生徒たちの目が、一斉にこちらを向いた。他の生徒の時は誰も見ていなかったのに。
——見てる。みんな、見てる。私がどうなるか、見てるんだ。
前に立った。試験官と目が合った。試験官の目に、特別な感情はなかった。ただ、受験者を見ているだけ。
両手を前に突き出した。
深呼吸。
——お願い。今日だけでいい。この一回だけでいいから。
「——紅蓮の炎よ、我が手に集え——」
完全詠唱。この場で完全詠唱をしたのは、ピリカだけだった。
「——燃え盛りて球となれ——」
「——渦巻く火球が、この手の前に——」
——お願い。
「——ファイアボール!」
広げた手のひらの前に、赤い光が灯った。
その揺れる火の大きさは⸻豆粒ほどだった。
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「……」
試験官が、ペンを止めた。
「もう一度、お願いします!」
ピリカは叫んだ。声が裏返っていた。
「……規則だ。一度のみ」
「——っ」
ピリカの唇が震えた。
—— 一度のみ、当たり前だ。みんな一度で当たり前に通るから、それで充分なんだ。
試験官がペンを走らせた。
「ピリカ・ベルフォード、不合格」
その言葉が、耳の奥で響いた。
「規則に従い、今学期末をもって退学とする」
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訓練場の空気が、少しだけ動いた。
誰かが小さく息を吐いた。誰かが隣の生徒と目を合わせた。
——ようやくか。
——やっぱりダメだったか。
——座学は誰よりも頑張ってるんだけどね……。
——可哀想だけど、仕方ない。
声には出さない。でも、空気でわかる。
誰も、驚いてはいなかった。
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ピリカの膝が震えていた。
——せめて、ここで泣くな。
背筋を伸ばした。頭を下げた。
「……ありがとうございました」
声は、小さかった。でも、震えていなかった。
顔を上げて、振り返らず、訓練場を出た。
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校舎の廊下に出た。
廊下の向こうから、足音が近づいてきた。
長身の少女が歩いてくる。赤い髪。すらりとした体躯。片手に実技試験の書類を持っている。
すれ違うときに、一瞬だけ目が合った。
赤髪の少女は、何も言わなかった。視線を戻して、そのまま通り過ぎた。ピリカのことなど、気にも留めていない様子だった。
ピリカは立ち止まって、遠ざかる背中を見た。
——魔法学園で歴代最高の才能とも呼ばれている、私たちの世代の圧倒的なエース。
——私とは、何もかもが違う。
——なんで私は、ああなれなかったんだろう……
赤髪と背中が、廊下の角を曲がって消えた。
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ピリカは校門を出た。
振り返らなかった。
一ヶ月。毎日、朝から晩まで。教科書を読んで、空き地で練習して、夢の中でも詠唱して。
——全部、無駄だった。
足が、一歩ずつ重くなっていく。
空は曇っていた。風が冷たかった。
小さな背中が、学園の門から離れていった。