魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
食事が終わり、居間に移った。
暖炉に火が入っていた。柔らかい光が部屋を満たしている。母がソファに座り、父が肘掛け椅子に腰を下ろした。アーサーは暖炉の前に立って、火を弄っている。
ピリカはソファの端に座った。——この居間も、昔と変わっていなかった。
「あ、そういえば」
ピリカが鞄に手を伸ばした。
「お土産、持ってきたんだった。お母様に」
布包みを開いた。ドライヤーとシャンプーの瓶が出てきた。
「これ、お師匠様が作った魔道具で。ここを握って、このスイッチを押すと——」
ピリカがドライヤーを持ち上げて、スイッチを押した。ぶぅん、と温かい風が出た。
「こうやって、髪を乾かしたり、整えたりできるの」
「へぇ、そうやって使うのね!」
母が目を輝かせた。ドライヤーを受け取って、くるくると手の中で回した。
「はい、ローザ!やってみて!」
振り返りざまに、ローザにドライヤーを渡した。
「あ——」
ピリカが声を上げた。
「はい、奥様」
ローザが受け取った。スイッチに指をかけて——
カチッ。
ぶぅーーーん。
温かい風が、ローザの手元から吹いた。
ピリカの動きが、止まった。
「……あれ」
「? 何か使い方がおかしいでしょうか?」
ローザが不思議そうに首を傾げた。ドライヤーは、ローザの手の中で当たり前のように動いていた。
ピリカの頭の中で、何かが弾けた。
——ローザは平民だ。魔力量は、貴族とは比べものにならないほど少ない。ピリカよりも断然少ないくらいだ。
——それなのに、動いている。
——普通の魔道具は、攻撃魔法の代わりだ。ファイアボールを撃つ杖、氷の槍を飛ばす杖。戦いのための道具で、使う人にも相応の魔力が要る。
——温かい風を出すだけの魔道具なんて、見たことがない。こんな小さな魔法を、わざわざ道具に落とし込んだ人なんて、たぶん、お師匠様が初めてだ。
——小さな魔法だから、こんなにわずかな魔力で動かせるんだ。私でも——それこそローザでも。
視線がドライヤーからローザへ動いた。そして窓の外へ。
——これ、ローザだけじゃない。
——きっと、誰でも使えるんじゃ……
⸻
「なにこれ! すごい!!」
母の歓声で、ピリカは我に返った。
ローザが母の髪にドライヤーを当てている。温風で毛先がふわりと持ち上がった。母は鏡を見ながら、目をきらきらさせていた。
「ちょっと、これ、巻けるんじゃない? パーティの時にいつも専門の魔法使いにお願いしてたやつ、これでできちゃわない!? ローザ! 今やって!!」
「はい、奥様。コテをお持ちしますね」
母がローザの腕を引いて、居間を出ていった。扉の向こうから「こっちよこっち、鏡のある部屋で!」という声が聞こえた。
残された三人が顔を見合わせた。
「……すごい勢いで行っちゃったね」
「母様は昔からああだ」
アーサーが苦笑した。父は何も言わなかったが、口元が緩んでいた。
⸻
十分後。
居間の扉が開いた。
「じゃーん!」
母が両手を広げて、得意げに入ってきた。髪型が変わっていた。普段と違う巻き方で、柔らかいウェーブがかかっている。後ろからローザが控えめについてきた。
「あなた、どう?」
母が父を見た。
父は——ぼうっと見惚れていた。完全に固まっている。
「あら、何も言ってくれないの?」
母がにやにやしている。
「……き、綺麗だ」
「あら。いつもは綺麗じゃないってこと?」
「い、いつも綺麗だが、その髪型も新鮮で……とても、良い」
「あらあら。とっても褒められちゃったわ」
母がご機嫌で髪を撫でた。父は耳の先まで赤くなって、グラスに口をつけた。中身がもう空なのにも気づいていなかった。
⸻
食卓の端で、兄と妹がこそこそ話していた。
「お父様、本当にお母様のこと好きだよな」
「……私、知らなかったかも」
「え、まじかよ。なんで」
「なんか、今までお父様のことを、無口で、強くてちょっと怖い当主様、みたいに見ていた気がする」
アーサーが呆れたように笑った。
「あの人、ずっとあんな感じだぞ? 今日もあったけどさ、口下手で、母様のことを溺愛してて、ちゃんと家族のことが好きで——っていう」
「……そうなのかも、しれないね」
ピリカは微笑んだ。
食卓の向こうで、母がまだ父をからかっている。父は困った顔をしているのに、嬉しそうだった。ローザが後ろで静かに微笑んでいた。
——知らなかった。うちって、こんなに温かかったんだ。
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