魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
翌日の朝。
「お金、稼ぎます! 冒険者登録、いってきます!」
ピリカは玄関で、ぐっと拳を握った。鞄には手袋とメリケンサック。準備は万全だった。
——冒険者。
物語で読んだことがある。ギルドの壁いっぱいに貼られた依頼書。魔物を狩って、報酬をもらって、少しずつ強く、有名になっていく。
……なにそれ。ちょっと、楽しみかもしれない。
「やる気満々じゃの……。いってらっしゃい」
グリモワルドはコーヒーをすすりながら、ひらひらと手を振った。
⸻
王都、冒険者ギルド。
ピリカは受付で登録用紙を受け取った。名前、年齢、それから——職業欄。
少しだけ迷って、それから誇りを込めて書いた。
『魔法使い』
「魔法使いの方ですね。では、魔力測定をお願いします」
「……はい?」
「……? どうかされました? 魔法使いの方は、まず魔力測定をして、規定量の魔力を確認できましたら教官が実技を拝見して——それで暫定のランクが決まります。皆さんそうですよ。……ご存じありませんでした?」
——魔力測定。
その四文字に、嫌な思い出しかないピリカだった。
恐る恐る、水晶に手を置いた。
……ぽんやり。
水晶の中で、米粒ほどの光が、ふよふよと揺れた。
「…………」
「…………」
受付のお姉さんが、とても優しい顔になった。
——あれは知っている。学園の先生たちが私を見るときの顔だ。
「これは——Fランク、ですね」
「ま、待ってください! 私、戦う手段はあるんです! これ!」
ピリカは鞄からメリケンサックを取り出して、どんと受付台に置いた。
「……?」
受付のお姉さんが固まった。隣の列の屈強な冒険者たちも、覗き込んでくる。
「なんだそれ」
「武器……か?」
「嬢ちゃん、その華奢な身体で殴り合いは流石に無理があるぞ……?」
「ち、違くて! いえ違わないんですけど! これに雷を纏わせて——」
「おう、そうかそうか。雷か。そりゃすごい」
「夢があっていいなあ。嬢ちゃん、魔物は危ねぇぞ、絶対一人で行くなよ。無茶はすんなよ」
冒険者たちは、ふっと目元をゆるめて、自分の列に戻っていった。
——生暖かい。
あの目は知っている。背伸びをする子供を見守る、大人の目だ。
「ち、違うんです! ほんとに大会でこれで優勝——あ、同率優勝して……!」
「ふふ、元気があっていいですね。——Fランクの方が受けられる依頼は、こちらになります」
話は流された。示された壁の端っこには、ひかえめな張り紙が並んでいた。
雑草抜き。どぶさらい。宴会の給仕係。迷い犬探し。
「…………」
魔物の『ま』の字もなかった。
⸻
数時間後。
扉の音に、グリモワルドが顔を上げた。
「おお、思ったより早かったのう。もう登録して討伐まで終わ——」
とぼとぼと、ピリカが入ってきた。
「——いや、なんじゃその顔は。えらく元気がないのう。どうした」
「……Fランクでした」
「ほう」
「職業欄に『魔法使い』って書いたら、魔力測定されてしまい……」
「かっかっか! それはお主が悪いわ!」
「ですよねええええ!」
ピリカはテーブルに突っ伏した。
「かっかっか……。——ん? ところで、Fランクってなんじゃ?」
「…………」
ピリカは突っ伏したまま、ゆっくり顔だけ上げた。
「……ランク、ご存じないんですか。冒険者の。FからSまである……」
「わしが知るわけなかろう」
それもそうだった。この人は冒険者に世話になる側ではなく、国に直接呼ばれる側だ。むしろ呼ばれても行かない側だ。
「一番下です。『子供ができるお手伝い程度はできます』っていう認定です。受けられる依頼は、雑草抜きとか、どぶさらいとか、給仕係とか……」
「ほうほう」
「魔物討伐なんて影も形もないです。せめてもと思ってメリケンサックを見せたら、受付の人にも周りの冒険者にも『何それ?』って顔されるし……。大会ではあんなに活躍したのに……」
「わっはっは! そりゃ知らんじゃろうなあ!」
「笑いごとじゃないんですよ!」
グリモワルドはひとしきり笑ってから、ふと真顔になった。
「ちなみに、じゃ。その雑用とやらをこなしておると、ランクは上がっていくのか?」
「いえ、特には。……昇格には試験があって、普段の仕事とはまた別です。1000回草むしりしても、魔物と戦えるようにはならないので」
「たしかに! 言われてみればそりゃそうじゃな!!」
「だから笑いごとじゃないんですってば! これで『魔物を狩って稼ぐ』が完全に消えたんですから!」
⸻
「ふむ」
グリモワルドはコップを置いた。
「ま、よいではないか。稼ぎ方など、別に魔物狩りだけではないわ」
「そうは言いますけど……。雑草抜きの報酬じゃ、家賃どころか、その日のパン代もおぼつかないですよ」
「ほう、世知辛いのう」
「誰のせいでこうなったと——いえ、私の魔力のせいでした……」
ピリカは再びテーブルに突っ伏して、うめいた。
——魔物狩りは、だめ。Fランクの依頼じゃ、稼ぎが全然足りない。
じゃあ私は、いったい何で稼げばいいんだろう。
(半年……半年かぁ……)
「ま、焦るでないわ。猶予はまだたっぷりある」
グリモワルドは、のんびりとコーヒーをすすった。
「それに、明日はアリサも来る日じゃろう。そんな湿気た顔をしておると、心配されるぞ」
「……はっ! それはだめです。切り替えます」
ピリカは、がばっと顔を上げた。
——切り替えは早い方なのだ。落第にも勘当にも負けなかった私が、Fランクくらいでへこたれてどうする。
稼ぎ方は、明日からゆっくり考えよう。