魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
二週間後。王都。
大通りから一本入った職人街に、その建物はあった。石造りの大きな工房。掲げられた看板には『王都魔道具職人ギルド』とある。
扉をくぐると、金属と油と、焦げた薬品のような匂いがした。
壁一面の棚に、道具がずらりと並んでいる。緻密な紋様の刻まれた杖。銀色に光る金属の円盤。鎖のついたペンダント。
「すごい……」
「魔道具だ。——魔法の詠唱を、そのまま魔法陣にして刻んである。使い手が魔力を込めれば、刻まれた魔法が、詠唱なしでそのまま出る」
隣でアーサーが、棚を眺めながら言った。
「あの杖はファイアボールの連射用。あの円盤は、ウォーターウォールを即座に展開する盾だ。戦場では、詠唱の数秒が命を分けるからな。……もっとも、込める魔力は本来の魔法と同じだけ要る。使えるのは、結局、魔法使いだけだが」
「じゃあ、あのペンダントは?」
「『身代わり』と呼ばれる守りの魔道具だ。——名前は大層だが、実際は、衝撃をいくらか和らげる程度らしい。それでも戦場では重宝する。うちの領軍も、昔からここの工房の世話になっている。腕は王国一だ」
⸻
「——ベルフォードの若様でしたか。これはこれは」
奥から、髭面の老人が出てきた。腕が丸太みたいに太い。革の前掛けが、あちこち焦げている。
ギルドの親方と呼ばれる、老職人だった。
「本日は、妹が世話になる」
「ええ、ええ。侯爵様から話は伺っとります。——して、お嬢さん」
親方が、ピリカに目を向けた。丁寧で、にこやかな目だった。
——あ、これ。
知ってる目だ。子供のお使いを見守る、大人の目だ。冒険者ギルド以来である。きっと「侯爵家のお嬢様のお遊び」くらいに思われている。
「今日は、何をお持ちで?」
「これです」
ピリカは布包みを解いて、ドライヤーを5台、作業台に並べた。
「これを——量産したいんです」
⸻
親方は、そのうちの一台を手に取って、ためつすがめつ眺めた。
「……これは、何をする道具ですかな」
「髪を乾かす道具です」
「……髪を?」
「髪を」
親方の眉が、怪訝そうに寄った。周りで作業していた職人たちも、手を止めずに、ちらちらとこちらを窺っている。
「あ、こうやって使います」
ピリカは一台の取っ手を握って、魔力を流した。
こぉぉ、と音がして、吹き出し口から温風が流れ出す。
親方の眉が、ぴくりと動いた。
「……ふむ。分解して中を、見ても?」
「はいもちろん。そのために持ってきました」
⸻
親方が工具を手に取った。慣れた手つきで外装が外されていく。
中から——びっしりと刻み込まれた、魔法陣が現れた。
その瞬間。
「…………なんだ、こりゃあ」
親方の声が、変わった。
「おい、手ぇ止めてちょっと来い! 全員だ!」
工房中の職人が、作業台に群がった。
「なんだこの魔法陣、まったく見たことがねぇぞ」
「待て待て待て。詠唱を組み込んだ陣とは、根本から考えが違う。……なんだこれは!?」
「小さい……。それに、なんだこの魔力消費の少なさは!!」
ひとりの若い職人が、側面の突起に気づいた。
「お嬢さん、この回すところは、なんですかい」
「あ、温度調整です。こうやって——」
ピリカが温風を出したまま、突起をカチ、カチ、と回してみせる。一段ごとに、風が熱くなっていく。一番熱いところまで回すと、カチッ、と音がして、それ以上は回らなくなった。
「回すだけで、温度が変わる……?」
「術式を切り替えとるのか? いや、出力そのものを……」
「繊細すぎる術式だぞ、これ。なんでこんな制御ができるんだ……!!」
ピリカとアーサーは、人垣の外に押し出されていた。
「……ドライヤー、大人気だな」
「……だね」
⸻
しばらくして、親方が顔を上げた。
さっきまでの、にこやかで丁寧な目は、もうどこにもなかった。——職人の目だった。
「お嬢さん。わしらはな、何十年も魔道具を作ってきた」
親方は、壁の棚を顎で示した。
「ファイアボールを連射する杖。ウォーターウォールを張る円盤。身代わりのペンダント。……どれもこれも、詠唱の"代わり"をする道具だ。魔法使い様が、戦いのために、もっと速く魔法を撃つための道具よ」
「…………」
「だが、これは違う」
親方は、分解されたドライヤーの魔法陣を、ごつい指でそっと撫でた。
「これは——髪を乾かす。ただ、それだけのための道具だ。魔法の代わりじゃねぇ。……暮らしに、魔法を使っとる。こんな発想、この国の誰もしてこなかった」
工房が、しんと静まった。
「これを設計したのは、どこの工房だ? 十年——いや、二十年がかりの仕事だぞ」
ピリカは、ちょっとだけ迷った。
——この人たち、こんなに騒いでるけど……。
「あの……これ、うちのお師匠様が、その場でちょちょいっと作ったって言ったら、怒ります?」
「…………」
「…………」
「……ちょちょいっと……?」
「ちょちょいっと」
親方は、しばらく目を閉じた。何かに耐えるような顔だった。
「……世の中には、たまに化け物がおるもんだ」
⸻
「それで——量産って、できそうですか?」
ピリカが訊くと、親方は腕を組んだ。
「……正直に言おう。今すぐには、答えられん」
「あ……」
「こいつは、わしらの知っとる術式の、どれとも違う。陣の写しを取って、読み解いて、刻印に起こせるかどうか——じっくり調べんことには、できるともできんとも言えんのだ」
親方は、作業台に並んだ5台を、惜しむように見渡した。
「こいつら、5台とも、しばらく預からせてもらえるか。1台は分解したまま調べる。1台は動かして測る。比べてみんと、わからんことだらけだ」
「はい、もちろんです。そのつもりで、全部持ってきました」
「そうだな——2週間後に、またこい。それまでに、詳しく調べておく」
「はい! お願いします!」
ピリカは、深く頭を下げた。
⸻
帰り道。
夕暮れの職人街を、二人で歩いた。工房からはまだ、職人たちの興奮した声が漏れ聞こえてくる。
「……あの様子だと、今夜は解析で徹夜だな」
アーサーが苦笑した。それから、隣の妹を見た。
「——いい顔をするようになったな、ピリカ」
「え? そうかな?」
「ああ。……妹が、商売の話で職人の親方に頭を下げる日が来るとはな。人生はわからん」
「ふふ。私が一番わけわかってないよ」
ピリカは、茜色の空を見上げた。
魔物は狩れない。冒険者はFランク。魔法の才能も、ない。
——でも。
(半年以内……なんだか、いける気がしてきた!)
一般ニジガク好きさん、金属の水瓶と羊さん、fugashiさんより高評価いただきましたーー!
ありがとうございます(*>∇<)ノ