魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
ギルドの返事を待つ、二週間。
ピリカはそわそわしながら、いつも通り学園に通っていた。
「お主、さっきから何度同じ本を開いたり閉じたりしとるんじゃ」
朝、コーヒーをすすりながらグリモワルドが言った。視線の先で、ピリカは机に向かったまま、同じページを行ったり来たりしている。
「だ、だって、気になるじゃないですか。解析、うまくいってるのかなとか……」
「お主がそわそわしても別に作業は早くならんわ。待つ間も、学園があるじゃろ。ほれ、行ってこい」
「……はーい」
玄関で靴を履きながら、ピリカはふと振り返った。
「あ、そうだ。お師匠様。——前から気になってたんですけど、なんで魔術のことをみんなに言わない方がいいんですか?」
「あれは、説明できんやつが下手に話すとややこしくなるからじゃ。魔法と魔術は根っこから考え方が違うでの、中途半端に混ぜると余計にわからなくなる」
「あ……じゃあ、ちゃんと説明できるなら……」
「うむ。今のお主は、もう説明できるじゃろ。別に言ってもええぞ」
「……! はい!」
⸻
昼休み。学園の廊下。
ピリカは、探していた姿を見つけた。
窓際の隅の席で、小さくなってパンをかじっている女子生徒。風魔法の実技で、いつも的の手前で風が消えてしまう子。
——あの日、声をかけてくれた子だ。
「ねぇ」
「ひゃいっ!?」
女子生徒が、パンを取り落としかけた。
「ご、ごめんね、急に。……あのね、前に、風魔法のコツとかあるのかなって、聞いてくれたでしょ」
「え……あ、う、うん。ごめんね、あのときは変なこと聞いて……」
「ううん、逆。——あのとき教えてって言ってたけど、今でもまだ、気になる?」
女子生徒の目が、まんまるになった。
「え……教えて、もらえるの?」
「うん。私も、今ならちゃんと教えられるくらいに、理解したから」
あの日は「うまく説明できなくて」と断ることしかできなかった。ずっと、ちょっとだけ申し訳なかった。——今は、違う。
「ほ、ほんとに? ほんとのほんとに?」
「ほんとのほんと。……えっと、それで、いまさらなんだけど」
ピリカは、ちょっと照れながら聞いた。
「お名前、聞いてもいい?」
「あ……ティナ。ティナ・レーゲンタール、です」
ティナは、ぺこりと小さく頭を下げた。
⸻
放課後。学園の裏庭。人気のない、物置小屋の裏。
「じゃあ、始めるね。——最初に聞くけど、ティナは『風』って、何だと思う?」
「え……風は、風魔法で出すもの……?」
「うん、学園だとそう習うよね。魔法は、『風よ、吹け』って命じて、結果を世界にお願いするもの。——でもね、私がやってるのは、そもそもの考え方が違うの」
「……違う?」
「風って、空気が動いてること、そのものなの。で、空気は、ここにもそこにも、どこにでもある。——だから、新しく風を『創る』必要はないの。今そこにある空気を、ちょっと『動かす』だけでいい。結果をお願いするんじゃなくて、過程を自分でやる」
「過程を自分で……」
ティナは、きょとんとしていた。——だよね。言葉だけじゃ、わからないよね。
私も、そうだったから。
⸻
「ティナ、ちょっとこっち来て」
ピリカは物置小屋の裏の地面を、足でざりっと擦った。乾いた砂がふわっと舞い上がる。
「空気って、透明でしょ? だから『動かせ』って言われても、ぴんとこないと思う。——私も最初、全然わからなくて。でもお師匠様に、こうやって教わったの」
砂埃が漂う中に、ピリカが掌をかざした。
ふっ。
砂埃が、掌の前からさあっと押し退けられた。目に見えて、砂が動いた。
「——ね。砂だと、動いたのが見えるでしょ? 空気も、これと同じ。ただ透明で見えないだけで、いつもここにあって、押せば動くの」
「砂を……押しただけ……」
「そう。砂を押すのに、才能はいらないでしょ? 風を『創る』にはちゃんとした魔力がいるけど、空気を押すのは——全然少ない魔力でできるんだよ」
⸻
「じゃあ、やってみよう。掌の先の空気を、ふわっと押してみて」
ティナが、掌をかざした。
すうっと息を吸って、目を閉じて。
……しん。
何も起きなかった。
「う……」
「大丈夫、大丈夫。——ね、いま、どこを押してるかわからなくならなかった?」
「……わかんなくなった。だって、空気って、何もないし……」
「だよね。私も最初、全っ然同じとこでつまずいたんだ。——で、じゃーん」
ピリカが、ポケットから何かを取り出した。
小さな、白い綿だった。
「これ、ティナの掌に乗せるね」
「……わた?」
「うん。——さっきと同じように、掌の先をふわっと押してみて。そしたらこの綿が動くから」
ティナの掌の上に、ふわふわの綿が乗った。軽くて、ほんの少しの力で動きそうなくらい、小さい。
「空気を押すのは、透明だからイメージしにくいの。でも、目の前の綿を動かすだけなら——できそうな気、しない?」
「……あ」
ティナの目が、変わった。
「掌の上のこれを……ちょっと押すだけ……?」
「そう。それだけ。綿が動いたら、空気も一緒に動いてるから」
⸻
ティナが、掌の上の綿を見つめた。
すうっと息を吸って——
……ころ。
綿が、掌の上を転がって、ぽとりと地面に落ちた。
「あ……」
「——今、動いたよ」
「え? でも、落ちただけ……」
「ううん。落ちる前に、ころって転がったでしょ? あれ、ティナが動かしたんだよ」
「……え? 偶然じゃなくて?」
「偶然じゃないよ。——もう一回やってみて」
ピリカが、綿を拾って、もう一度ティナの掌に乗せた。
ティナが、じっと綿を見つめる。
すうっ——
ころころ。
綿が、掌の上を転がった。——さっきより、はっきりと。
「——動いた! 今のは、わかった! 私が動かした!」
「うん! もう一回!」
三度目。ティナが綿を見つめて、ふっと力を込めた瞬間——
ぽふ。
綿が、掌からふわっと浮いた。続けて、周りの空気が流れ込んで——風が起きた。
ティナの髪がふわりと膨らんだ。綿が、くるくると舞い上がって、空に飛んでいった。
「————で、できたぁ!!!」
「ね? 綿を押したら、空気も一緒に動いたでしょ。風って、それだけのことなの」
⸻
それからのティナは、止まらなかった。
ぶわっ。ぶわっ。何度も何度も風を起こして、そのたびに落ち葉が舞って、そのたびに歓声を上げた。
「すごい! すごいよこれ! 私、風魔法、六年間ずっとできなかったのに!」
「ふふ」
「ピリカちゃんすごい!!!!!」
——ちゃん。
いつのまにか、呼び方が変わっていた。
「これ、すごいよ!!! あと、教え方がすっごくわかりやすい!!! 学校の先生よりもわかりやすいくらい!」
「そ、そう?」
「うん! だって先生は『魔力を込めて、詠唱する!そしたら風が出る!』しか言わないもん。ピリカちゃんは、どこでつまずくか、先にわかってくれる」
ピリカは、頬をかいた。
——そんなの、当たり前だ。
——私が、全部のつまずき方を、知ってるから。
⸻
帰り道。
夕陽の中を歩きながら、ピリカは考えていた。
ティナはきっと、すぐ私より上手くなる。
私と比べてアリサが特別すごいのかと思っていた——いや、アリサは間違いなく特別すごいんだけど。
落ちこぼれって言われてるティナでさえ、私より全然早かった。
やっぱり私には、魔法の才能はなかったんだなぁ、と思う。
——でも。
できない人が、どこで転ぶか。何が怖いか。どこで諦めたくなるか。
私は、ぜんぶ知っている。なぜなら、ぜんぶ転んだから。
(……教えるのって、楽しいかも)
夕陽が、いつもより少しだけ、明るく見えた。
ヌメヌメさんより☆10いただきましたーー!!
「続きがとても気になる作品でした。ぜひ続いてほしい」
嬉しすぎます…!もちろん続きます!
東條雲小太郎さん、kurouさん、金属の水瓶と羊さんより高評価いただきましたーー!
ありがとうございます(*>∇<)ノ!