魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第63話 最初の10台

 二週間後。王都、職人街。

 

 ピリカは一人で、ギルドへの道を歩いていた。

 

 ——解析、どうなったんだろう。彫れるって言ってもらえるかな。それとも、やっぱり無理だって言われるのかな。

 

 どきどきしながら、工房の扉を開けた。

 

 

「おう、来たかお嬢さん!」

 

 出てきた職人たちの顔を見て、ピリカはちょっとひるんだ。

 

 全員、目の下に真っ黒なクマができていた。なのに、目だけは爛々と輝いている。

 

「な、なんか、その……お疲れですか?」

 

「おう疲れとる! 最っ高に疲れとる!」

 

 若い職人が、なぜか誇らしげに親指を立てた。

 

 ——そして、ピリカは見つけてしまった。

 

 工房の壁の一角が、黒く焦げている。

 

「……あの、これは?」

 

「…………」

 

 職人たちが、一斉に目を逸らした。

 

 親方が、若い職人の頭をはたいた。

 

「ほれ、自分で言わんか」

 

「……お預かりしたドライヤーの、温度調整なんですがね。回すと一番上で、カチッと止まるじゃないですか」

 

「うん。止まるね」

 

「あの止まる仕掛けを、その……外して、先まで回してみたんでさ。そしたら——青い火が、ぶわっと」

 

「青い火」

 

「魔力もごっそり持っていかれて、目ぇ回した拍子に、その、壁に……」

 

「だから勝手にいじるなと言ったろうが!」

 

 親方の拳骨が、もう一発落ちた。

 

 ——なるほど。あのカチッは、そこから先に行かせないための仕掛けだったんだ。お師匠様、何も言ってなかったけど、ちゃんと考えて作ってある。

 

「お嬢さん、こいつの不始末はわしの責任だ。すまん。——だが、おかげでわかったこともある。こいつは、使い方を間違えりゃ武器になる。売り物にするなら、止め具はもっと頑丈にして、誰にも外せんようにする。それが条件だ」

 

「はい。ぜひ、お願いします」

 

 

 作業台の上に、図面が広げられた。

 

 ドライヤーの魔法陣を、職人の手で写し起こした図。余白という余白に、細かい書き込みがびっしりと並んでいる。二週間の格闘の跡だった。

 

「結論から言う。——彫れる」

 

 親方が、図面を太い指で叩いた。

 

「陣の意味は、正直、半分もわかっとらん。だが、形は完全に写し取った。同じ陣を、同じ精度で、別の器に刻むことはできる。つまり——量産は、できる」

 

「……!」

 

「ただし、だ」

 

 親方は、ピリカをまっすぐに見た。

 

「金がかかる。器の金属、陣を刻むための特殊な道具、それと人手。最初にまとまった額がいる。——正直、安くはない。どうするね、お嬢さん」

 

「——いくら、ですか」

 

 親方が、額を言った。

 

 たしかに、安くなかった。平民の家族が、何年も暮らせる額だった。

 

 ——ピリカの頭に、部屋の棚の革袋が浮かんだ。

 

 あの手切れ金。勘当の日に持たされて、ずっとしまい込んだままだった革袋。見るのも嫌だった時期があって、家族からの支援金だと思えるようになってからも、結局、手をつけられないままだったお金。——中身は、数えてある。いつか使い道を決めるときのために、一度だけ、数えた。

 

 お母様は『使っていいのよ』と言ってくれた。でも、生活費に溶かしてしまったら、それはただの甘えだ。ずっと、そう思ってきた。どう使えば、あのお金は一番うかばれるんだろう、って。

 

 ——これだ。

 

 ——この日のために、あったんだ。

 

「足ります。——出します」

 

 即答だった。

 

 親方が、目を見開いた。

 

「…………即答か」

 

 それから、声が少しだけ低くなった。

 

「いいのか、嬢ちゃん。商売ってのはな、失敗することもあるぞ。こいつが一台も売れなんだら、その金は消えるんだ」

 

 ピリカは、自分の声が震えていなかったことに、自分で驚いていた。

 

 あんなに大事に、あんなに触れられずにいたお金なのに。不思議なくらい、迷いがなかった。

 

「はい。でも——欲しい人の顔が、もう見えてるんです」

 

 お母様。社交界の夫人たち。『どこで手に入りますの』の問い合わせの山。

 

「だから、これは賭けじゃなくて……ええと、その」

 

「投資、だな」

 

 親方が、にやりと笑った。

 

「いい度胸だ。——商売人の顔になっとるぞ、お嬢さん」

 

 

「それで、最初は何台作る? さっきの額なら、50は作れるが」

 

「10台で、お願いします」

 

「10?」

 

 親方が、眉を上げた。

 

「ずいぶん控えめだな。言っちゃなんだが、貴族の奥様方の間で、こいつはすでに評判なら50あっても売り切れるぞ」

 

「だからこそ、です」

 

 ピリカは、首を振った。

 

「まだ誰も、ちゃんと使ったことがないんです。50台売って、50人が同じところで困ったら、直すのも50台。——最初は10台だけ作って、それで」

 

 ピリカは、少し前のめりになった。

 

「使ってみた人のところに、使い心地を聞きに行きたいんです。できれば——作った職人さんも、一緒に」

 

「…………は?」

 

 親方の眉間に、深いしわが寄った。

 

「わしらが——貴族様の、お屋敷にか?」

 

「はい。『どこが使いにくいか』は、作った人が直接聞くのが、一番早いので」

 

 工房が、しんとした。

 

 職人が、客のところへ出向いて話を聞く。——それも、相手は貴族の奥様方だ。そんな話は、誰も聞いたことがなかった。職人は工房で作る。売るのは商人。

 ましてや貴族様と平民の職人では、本来、顔を合わせることすらない。客の声など、届くとしても、又聞きの又聞きの、そのまた又聞きだ。

 

「……親方」

 

 例の若い職人が、ぼそりと言った。

 

「それ、面白くないですか。俺、自分の作ったもんが、どんな顔で使われとるのか……見たことないです」

 

「…………」

 

 親方は、しばらく腕を組んでいた。

 

 それから、ふっと笑った。

 

「お嬢さんの企画は、どうも、聞いたことのないもんばかりだ。新しい風っていうのは、こういうところから吹くもんなのかもしれんな」

 

 ごつい手が、すっと差し出された。

 

「——10台、請け負った」

 

 ピリカは、その手を両手で握り返した。

 

「なら、金は言った額の全部はいらん。刻印の道具代と、10台分の材料代——締めて、これだけだ」

 

 親方が改めて示した額は、最初の見積もりよりずっと小さかった。それでも、平民の家族が一年は暮らせるくらいの額ではあった。

 

「明日、持ってきます」

 

 

 翌日。

 

 ピリカは、小さな布袋を抱えて、もう一度、工房の扉をくぐった。

 

 昨日の夜、棚から革袋を下ろして、必要な分だけを数えて、移した。勘当の日からずっと眠っていた革袋は、少しだけ軽くなって、また棚に戻った。

 

 ——初めて、手をつけた。

 

 その小袋を、作業台の上に、ことり、と置く。

 

「——お願いします」

 

「確かに。……大事に、使わせてもらう」

 

 親方は、小袋を両手で受け取った。

 

 

 帰り道。

 

 鞄は、来たときより軽かった。

 

 なのに——足取りは、もっと軽かった。

 

 (お父様、お母様)

 

 夕暮れの空を見上げて、ピリカは思った。

 

 (あのお金、初めて使いました。——でも、ただ使ったんじゃないよ。ちゃんと、増やして……もっと大きなものにして、いつか返すから)

 

 胸の真ん中が、あったかかった。

 




葛葉稲荷の狐。さん、金属の水瓶と羊さん、so_rei_zeroさんより高評価いただきましたーー!
ありがとうございます(*>∇<)ノ!
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