魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第65話 お披露目の会

 最初の10台が完成した、という知らせが工房から届いた日。

 

 ピリカはその足で実家に向かい、ミランダに頼んだ。

 

「お母様。このドライヤー、欲しいって言ってくださってる方に、直接渡したいの。それで、使い心地も聞きたくて……どなたか、集まってもらうことって、できる?」

 

「あら」

 

 ミランダの目が、きらりと光った。

 

「ええ、ええ、できるわよ。——任せてちょうだい」

 

 三日後、ピリカのもとに手紙が届いた。

 

 『五日後の午後、当家にてお茶会を開きます。十名様、お招きしました。 母より』

 

「は、早い……!」

 

 

 当日。ベルフォード邸のサロン。

 

 ピリカの隣には、親方と、例の若い職人が立っていた。

 

 若い職人は、ガッチガチに固まっていた。

 

「お、お嬢さん。俺、貴族様のお屋敷なんて、生まれて初めてで……」

 

「大丈夫だよ。噛みつかれたりしないから」

 

「床がぴかぴかで、俺、踏んでいいのかすら、わかんねえです……」

 

 親方の方は、さすがに落ち着いて見えた。——が、よく見ると、革の前掛けが真新しかった。今日のために、新調してきたらしい。

 

 サロンには、着飾った夫人たちが十人。その後ろに、お付きのメイドたち。給仕にはローザもいて、ピリカと目が合うと、小さく微笑んでくれた。

 

「皆様、本日はお集まりいただいて——」

 

 ミランダが、口上を述べる。

 

「かねてより皆様にお問い合わせいただいておりました、あの魔道具。本日は、出来上がったばかりの品を、どこよりも早く皆様にお披露目いたしますのよ。——娘のピリカが、作りましたの」

 

 (お、お母様、作ったのは職人さんたちで……!)

 

 自慢全開の紹介に、ピリカは内心で突っ込みつつ、前に出た。

 

 

「え、えと。使い方を、ご説明します」

 

 ピリカが取っ手を握って、魔力を流す。こぉぉ、と温風が流れ出た。

 

「まあ……!」

 

「これが、ミランダ様の仰っていた……」

 

「ここを回すと、風の熱さが変わります。一番上で、カチッと止まるところまで」

 

 試作の10台が、夫人たちの手に回されていく。

 

 最初は、おそるおそる。自分の掌に、風を当てて——

 

「まあ! あったかいわ!」

 

「ほんとうに、魔法の風……これなら、湯上がりの髪も、あっという間に乾きそうじゃない」

 

「ねえ、ちょっと。あなたも触ってみてちょうだい」

 

 夫人たちは自分の掌や髪に風を当てて、きゃあきゃあとはしゃいでいる。温度調節のつまみをくるくる回しては、「あっ熱い!」「冷たくしすぎたわ!」と大騒ぎだ。

 

「あらあら! いいわねえ、これ!」

 

「髪を乾かすのが一仕事ですもの、湯浴みは数日にいっぺんと決めておりましたけど……これなら、毎晩だって入れてしまうわ」

 

「ミランダ様の髪が、いつもあんなにお綺麗な理由、やっとわかりましてよ」

 

「うふふ、そうでしょう? よく乾かした髪は、巻きも崩れませんのよ」

 

 サロンは、あっという間にお祭り騒ぎになった。

 

 

「ねえ、これ、おいくらなの?」

 

 ひとりの夫人が、何気なく訊いた。

 

「あ、えっと、お値段は——」

 

 ピリカは、頭の中で素早く計算した。素材の金属と、職人さんの手間賃と——銀貨で何枚くらいかな、と口を開きかけた瞬間、

 

「お値段は、まだ決まってませんの」

 

 ミランダが、すっと前に出た。

 

「なにしろ、世界でここにしかない品ですもの。それもまだ試作品ですから」

 

 穏やかだけれど、有無を言わせない声だった。ピリカは、口を閉じた。

 

 (……お母様、なんであんなに強引に止めたんだろう。何か、意味があったのかな……)

 

 考える間もなく、夫人たちの会話が弾んでいく。

 

「まあ、それもそうよねぇ。いくらくらいまでなら、出せるかしら」

 

「うーん、金貨3枚くらいなら、夫は許してくれるかしら?」

 

「うちの夫、魔道具とか好きだから、金貨5枚くらいは出してくれるかも」

 

「えぇー羨ましいーー」

 

「でも、夜会の時に雇う魔法使いの代わりになるって考えると⸻」

 

 夫人たちは、きゃあきゃあと笑いながら、値段の話で盛り上がり始めた。

 

 ——ピリカは、笑顔のまま、固まっていた。

 

 (き、金貨……?)

 

 金貨3枚。金貨5枚。

 

 ピリカがさっき口走りかけた数字の、数十倍だった。

 

 (え、待って。待って待って。……そんなに?)

 

 顔に出さないようにするので精一杯だった。

 

 

 賑わいの中、ピリカはサロンの隅に立って、じっと見ていた。

 

 おしゃべりではなく、手を。

 

 夫人たちは、新しいおもちゃを手に入れた子供のようだった。自分の掌に風を当てて、きゃっと笑う。隣の人の髪を吹かして、きゃあきゃあと騒ぐ。温度調節のつまみをくるくる回しては、「あっ熱い!」「ちょっと冷たくしすぎたわ!」と大はしゃぎしている。

 

 ——その中で、ピリカの目は、ひとつひとつの手の動きを追っていた。

 

 ひとりの夫人が、温度調節のつまみを回した。回してから、風を手に当てて、熱すぎたのか慌てて戻した。——一度目は間違えた。二度目で正しい方向に回した。楽しそうに笑っているけれど、つまみの方向に迷ったのは確かだ。

 

 ひとしきり遊んだあと、夫人たちは「じゃあ、ちゃんとやってみましょう」と、お付きのメイドたちにドライヤーを手渡していった。

 

 メイドたちが、夫人の髪に、そっと風を当てていく。——ここからは、遊びではなく、実際に使う人の手だった。

 

 ピリカは、メイドたちの手を見た。

 

 ひとりのメイドが、ドライヤーを右手から左手に持ち替えた。一分も経たないうちに、また右手に戻した。持ち替えたのは、手が疲れたからだ。夫人たちは一瞬持つだけだったからわからなかったけれど、メイドは長く持ち続ける。重さが、効いてくる。

 

 別のメイドは、夫人に何か話しかけられて、声を張り上げていた。ドライヤーの音に負けている。夫人は少しだけ不機嫌そうに口を動かしたが、メイドには聞き取れない。——毎日これが続くなら、これはけっこう困ることだ。

 

 ピリカは、職人たちのところに戻った。若い職人が帳面を広げて、待っていた。

 

「あの、皆様。使ってみて、気になるところはありませんか?」

 

 夫人たちに、ピリカは訊いた。

 

「あら、そうねえ……。特に不満はないけれど——楽しいわ、これ!」

 

「ありがとうございます。——あの、さっきご自分で温度を変えたとき、最初に反対の方に回されてましたよね」

 

「え? あら——そうだったかしら?」

 

「どっちに回すと熱くなるのか、ぱっと見でわからないのかも。——印があったらいいですよね。赤い点をひとつ打つだけで、迷わなくなると思うんです」

 

「ああ! 確かに、そうだわ。言われてみれば」

 

 ピリカは、次に、メイドたちの方を向いた。

 

「さっき、途中で持ち替えてらっしゃいましたよね。——重いですか?」

 

 メイドは、一瞬、夫人の方をちらりと見た。主人の前で不満を言っていいものか、迷っている顔だった。

 

「正直に言ってくれて大丈夫です。毎日使う人の感想が、一番大事だから」

 

「……少し、重いです。奥様の髪がお長いので、ずっと持っていると、手が」

 

「ですよね。ありがとうございます」

 

 夫人の方が、きょとんとした顔をした。

 

「あら。メイドに聞くの?」

 

「はい。だって、毎日お使いになるのは、メイドさんたちですよね。メイドさんの手が辛いと、奥様の髪を乾かすのも大変になっちゃいますから」

 

「……そういう考え方もあるのねえ」

 

 それから、別のメイドに——

 

「音も、もう少し静かだと助かりますか? さっき、奥様のお話が聞き取れなくて、困ってらっしゃったみたいだったから」

 

 メイドが、ぱっと顔を上げた。

 

「は、はい……! お声が聞こえないと、ご用を承れなくて……」

 

「そうだよね。——音、なんとかしなきゃ」

 

 若い職人が、ものすごい勢いで帳面に書きつけていく。

 

 だが、途中で、手が止まった。

 

 ——目の前で起きていることが、不思議だったのだ。

 

 夫人たちは、「特に不満はない」と言っていた。メイドたちは、何も言わなかった。それはたぶん、どちらも本当だった。夫人たちは楽しくて細かいことなんか気にならないし、メイドたちは主人の前で不満を言う立場にない。

 

 でも、ピリカは、手を見ていた。遊ぶ手も、働く手も。言葉の前に、手が教えてくれることを、拾い上げていた。

 

 そしてそれを——買う人にも、使う人にも、作る人にも、「ああ、確かに」と思える言葉に、翻訳していた。

 

 隣で、親方が低く唸った。

 

「……回す向きの印。重さ。音。——なるほどな」

 

「重さは、器を薄くすりゃ削れるな。音は……ふむ、風の出口の形か」

 

 親方の目が、ピリカを見ていた。——職人として何十年も仕事をしてきたが、買い手と使い手の両方の手を見て、そこから改善点を読み取る人間は、初めて見た。

 

 夫人たちは、いつの間にか、次々とピリカのところに集まってきていた。自分から「ここがこう」と言い始めている。メイドたちも、ちらちらとピリカの方を見ている。——この人になら、言ってもいいかもしれない、という顔をしていた。

 

「ねえ、あなたが作ったの?」

 

 ひとりの夫人が、若い職人に声をかけた。

 

「へ、へい! いや、彫ったのは俺で、設計は別の……」

 

「あら、すごいじゃない。いい腕ねえ」

 

「…………っす」

 

 職人の耳が、真っ赤になった。

 

 

 会の終わりごろ。

 

 ひとりの夫人が、お付きのメイドに髪を乾かさせていた。長い、豊かな髪だった。メイドはずっと、ドライヤーを構えたまま——

 

 ふらり。

 

 と、よろめいた。

 

「申し訳ありません、奥様。少し、目眩が……」

 

「あら、大丈夫? 朝から働き詰めだものね。少し休んでらっしゃい」

 

「申し訳ございません……」

 

 メイドは頭を下げて、壁際に下がった。——下がった先で、そっと、こめかみを押さえていた。夫人たちは気にも留めず、おしゃべりに戻っていく。

 

 ——ピリカだけが、その背中を目で追った。

 

 (……今の。疲れ、かな)

 

 (それとも——魔力を、ずっと流し続けてたから……?)

 

 考えかけたところで、

 

「ピリカさん! ねえピリカさん、これ、私のお友達にもぜひ欲しいのだけど!」

 

「次はいつ手に入るの!?」

 

 夫人たちにわっと囲まれて、その小さな違和感は、歓声の中に流れていった。

 

 

 会は、まだ続いている。

 

 その喧騒の端っこで、ピリカと職人たちは、そっと壁際に寄っていた。

 

 若い職人は、書き込みでびっしり埋まった帳面を、宝物みたいに抱えていた。

 

「お嬢さん。直すところが、山ほど見つかりました」

 

「あはは……ごめんね、いっぱいで」

 

「いや」

 

 職人は、首を振った。

 

「最高です。——俺の彫ったもんが、あんな顔で使われてるの、初めて見ました。あの帳面の分だけ、次のはもっと良くなる。そう思ったら、なんか、こう……うずうずしてきて」

 

「ふふ。親方に怒られない程度にね。——それと、今日の分だけじゃなくて、もっと声を集めたいんだ」

 

「もっと?」

 

「うん。この10台、皆様にお持ち帰りいただいて、しばらく使ってもらおうと思ってて。今日触ってわかることと、毎日使ってわかることって、たぶん違うから。——使ってみて気づいたことを、後日教えてもらうの」

 

「へえ……。お客さんに試作を預けるなんて、聞いたことねえな」

 

「うん。だから今日の帳面と、皆様から届く声と、両方揃ってから——製品版に取りかかろう」

 

 その隣で、親方が腕を組んだまま、黙って聞いていた。

 

「……お嬢さん。あれは、売れるぞ」

 

「ほんとですか」

 

「ああ。だが——急ぐな。今日の帳面と、お客の声が揃ってからだ。あれだけ客がついとるなら、なおさら、雑なもんは出せん」

 

「はい。——お願いします、親方」

 

「では、わしらはこれで失礼する。帳面の分は、先にできるところから手を付けておく。——声が届いたら、いつでも持ってこい」

 

 親方と若い職人は、ぺこりと頭を下げて、足早にサロンを出ていった。うずうずしているのは、親方も同じらしかった。

 

 

 ピリカは、ひとり、サロンの賑わいを眺めた。

 

 試作の10台。今日ここで触ってもらって、これから先は、皆様の日常の中で使ってもらう。そこで気づいたことを、教えてもらう。

 

 それを全部集めて、職人さんたちと一緒に、製品版を作る。

 

 (今日は、始まりだ。——まだ、何も終わっていない)

 

 頭の中がもう次のことでいっぱいになっていたら、

 

「ピリカ」

 

 ミランダが、にこにこと立っていた。

 

「お客様がお帰りになったら——少し、お話ししましょうね」

 

 ——壁際で頭を押さえていた、あのメイドのことを思い出すのは、もう少しだけ、先の話になる。




me-00さん、mokoさん、金属の水瓶と羊さんより高評価いただきましたーー!
ありがとうございます^ ^

mokoさん、老魔法使いはロマンですよねぇ、、、!
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