魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
夕方。最後のお客様を見送ると、あれだけ賑やかだったサロンが、しんと静かになった。
ローザが、新しいお茶を淹れてくれる。
「すごい騒ぎだったな。執務室まで歓声が聞こえていたぞ」
アーサーがやってきて、向かいに座った。
「お兄様、いたなら顔出してくれたらよかったのに」
「ご婦人方が二十人もいる部屋に、か? 遠慮しておく」
テーブルの上には、ピリカの帳面。会の間にもらった「欲しい」の声を書き留めたページが、もうびっしり埋まっている。
「えっと……今日来てくださった方だけで、追加のご注文が、14件。『お友達の分も』っていうのを入れると、20は超えてて……」
「初日で、か」
アーサーが、帳面を覗き込んで唸った。
「あら、そんなものじゃなくてよ」
ミランダが、にこにこと言った。
「今日いらしたのは、お声がけした中のほんの一部ですもの。——欲しがっている人、思いつくだけで50人くらいいるわよ?」
「ご、50……」
ピリカは、お茶を持ったまま固まった。
工房の親方の言葉が、頭をよぎる。『50あっても売り切れるぞ』。
「お、お母様。最初は小さく始めさせてください、、、主に私の胃のために、、、」
「あらあら。ふふ、いいわよ。焦らなくても、欲しい人は逃げませんもの」
ミランダは、優雅にお茶を一口飲んだ。
——むしろ、と隣でアーサーが小さく呟いた。
「手に入らないとなれば、余計に欲しくなるのが人というものだしな。……ピリカ、値段はどうするつもりだ」
「えっと、素材と、職人さんの手間賃から考えて、このくらいかなって」
ピリカが帳面に書いた数字を見せた。
「安くも売れそうだし、最初はこのくらいがいいかなって——」
アーサーが、即座に首を振った。
「安すぎる。——10倍にしろ」
「じゅ、10倍!? そんな、ぼったくりみたいな……」
「ぼったくりじゃない。適正だ」
「で、でも——」
「ピリカ」
ミランダが、にこにこしたまま口を挟んだ。
「今日の会で、ご婦人方、なんて仰ってたか覚えてる? 金貨3枚なら出せる、いやうちは5枚でも——って。なんなら、もっと出しそうな勢いだったわよ?」
ピリカは、ぐっと言葉に詰まった。——あの会話。あの、数十倍の数字。
「ほらみろ、10倍でも安いくらいじゃないか」
アーサーが、帳面を指で叩いた。
「いいか、ピリカ。あれを買うのは貴族だ。安い品は、それだけで疑われる。そして——あれは今、世界中でお前のところでしか作れない。ここにしかない品に遠慮した値をつける方が、むしろ失礼というものだ」
「で、でも、そんなにいただいたら、悪いような……」
「逆だ。利益が出るからこそ、職人に報いてやれる。利益が出るからこそ、次の商品が作れる。修理も、聞き取りに回る費用も、ぜんぶその値段の中だ。——安売りは、誰のためにもならん」
「その通りよ」
ミランダが、優雅にお茶を一口すすった。
「その分、外装を特別仕様にしましょう。取っ手に宝石をあしらったり、刻印を入れたり。——お値段に見合うだけの、特別感は出さないとね。そのうち、お求めやすい版も作ればいいわ」
すらすらと出てくる兄と母の言葉に、ピリカは目を丸くした。
「お兄様も、お母様も、商売、詳しいんだね……」
「領地の収支を見るのも、次期当主の仕事のうちだ」
「私は、毎月お洋服を買うプロよ」
「それは商売じゃなくて散財だろう、母上」
「失礼ねえ。投資よ」
アーサーは溜息をつきながら、帳面に数字を書き足していった。納品の順番、運び方、支払いの受け方。あっという間に、段取りが形になっていく。
(……家族って、心強いなぁ)
⸻
話がひと段落して、お茶のおかわりが注がれた頃。
ミランダが、ふと思い出したように言った。
「そういえば、もらったシャンプー、あと2本なのよね。あれ、また貰えるのかしら」
「あー……」
ピリカは、遠い目になった。
シャンプー。お師匠様がくれたあの不思議な泡の出る"液体"の石鹸。髪を洗うとつやつやになる、お母様の一番のお気に入り。
「お師匠様、ずっと作るのは嫌がりそう……これも、こっちで作る流れになりそうだなぁ……」
ドライヤーと同じだ。『最初のサンプルだけ作ってやるから、そっちでなんとかせい』。あの調子で、シャンプーも絶対にそう言われる。むしろもうほぼ言われている気がする。
うーん、と腕を組んだ、その時だった。
「あら!!!」
ミランダが、ぱあっと顔を輝かせた。
「そしたらピリカ、一緒にやりましょう!!」
「え、え、え!?」
「だって、作るのでしょう? あのシャンプーを! 私、あれのためなら何でもしてよ」
ミランダの目が、きらっきらに輝いていた。お披露目会のどの夫人よりも、輝いていた。
「い、一緒にって、お母様、シャンプーの作り方なんて、私もまだ全然——」
「あら、だからよ。わからないことは、わかる人に聞けばいいの」
ミランダは、こともなげに言った。
「石鹸職人を呼んでおくわね。来週、一緒に話しましょうね!」
「ら、来週!?」
「善は急げ、と言うでしょう?」
にっこり。
その笑顔は有無を言わせない圧があって、ピリカは思わずアーサーを見た。アーサーは、静かに首を横に振った。
——諦めろ、の合図だった。
「母上がこうなったら、止まらん」
「で、ですよね……」
⸻
帰り道。
馬車に揺られながら、ピリカは今日一日を思い返していた。
試作の10台。20件を超える注文。50人は浮かぶ顧客。10倍(それ以上?)になった値段。そして——来週から始まるらしい、シャンプー作り。
(な、なんだか、話がどんどん大きくなっていく……)
ドライヤーの改良。納品の段取り。ティナへの魔術指導もある。それに今度は、シャンプー。
指折り数えて、ピリカはちょっとだけ、ぞくっとした。
(……私の身体、ひとつしか、ないんだけど……?)
その嫌な予感には、気づかないふりをした。
窓の外、夕焼けの王都で、家々に明かりが灯り始めていた。
空飛ぶにわとりさんから、高評価いただきましたーー!!(>ω<。)!!