Q. 魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
週末の朝。丘の下の、空き地。
——私が雨の日に倒れて、お師匠様に拾われた、あの場所。
その空き地に今、学園の制服が並んでいた。
ティナと、教えてほしいと言ってくれた、6人の生徒たち。
「え、えっと。今日は、来てくれてありがとう」
ピリカが頭を下げると、生徒たちは、ぶんぶんと首を横に振った。
「こ、こちらこそ!」
「よろしくお願いします……!」
みんな、ガッチガチに緊張していた。ピリカ相手なら平気だったのだろうが——隣にいるのが、公爵家の令嬢にして歴代最高の魔法の才能と名高い、アリサ・ヴァイスフェルトなのだ。
ピリカの隣には、アリサが立っていた。
「人数も増えたから、アリサも手伝ってくれると嬉しいなって」
「ええ、任せて。私も、教えてみたかったの」
アリサは、やる気に満ちていた。
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丘の上の家。
グリモワルドは、窓辺の椅子に深く沈んで、コーヒーをすすっていた。
窓の外。丘の下の空き地に、小さな人影が並んでいるのが見える。
——あの空き地を、毎日眺めていた頃があった。
泥だらけで、雨に打たれて、何百回も失敗し続ける小娘を、コーヒーを飲みながら、暇つぶしに。
その小娘が今、空き地の真ん中で、誰かに何かを教えている。
グリモワルドは何も言わず、もう一口、コーヒーをすすった。
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「じゃあ、始めるね。——最初に聞くけど、みんなは『風』って、何だと思う?」
ピリカの授業は、いつもの問いかけから始まった。
魔法は結果を世界にお願いするもの。でも、私がやるのは、過程を自分でやること。風は空気が動いていること。空気はどこにでもあること。だから、新しく創らなくていいこと。そこにある空気を、ちょっと押すだけでいいこと。
「——で、じゃーん」
ピリカが取り出したのは、小さな綿の塊が六つ。
「はい、ひとり一個ね」
「……わた?」
「空気って透明でしょ? だから『押せ』って言われても、どこを押せばいいかわかんないの。私もそうだった。——でも、掌の上に綿を乗せて、これを動かすだけなら、できそうな気がしない?」
六人が、おそるおそる掌に綿を乗せた。
「掌のすぐ先を、ふわっと押してみて。そしたら綿が動くから」
ひとり、またひとり。
すうっと息を吸って、掌の上の綿を見つめて——
ころ、と綿が転がった子が、目を見開く。
「で、できた……動いた……! 私、初めて……!」
「うん! その調子! もう一回!」
もう一度。今度は——ぽふ、と綿が浮いて、続けて風が起きた。前髪が揺れる。
「風! 風出た!!」
その顔が、ぱあっと輝く瞬間を、ピリカは何度も見た。
——この顔だ。
ティナのときも思った。この顔を見るたび、胸の奥が、ぽかぽかする。
⸻
一方、その頃。
アリサの組は——難航していた。
「ここでね、こう……ふわっと集めて、きゅっとすれば、できるわ」
「ふわっと……?」
「ふわっとよ。それで、きゅっと」
「き、きゅっと……」
生徒は半泣きで、アリサは大真面目だった。
やってみせれば、完璧なお手本が出る。アリサの掌の先で、風は綺麗に渦さえ巻く。でも、言葉にしようとすると——「ふわっと」と「きゅっと」しか、出てこないのだった。
「……あれ?」
「す、すみません……」
「謝らないで。悪いのは、たぶん、私の説明……な、気がする」
見かねたピリカが、そっと交代した。
「ねえ、綿、見てる? 遠くじゃなくて、掌の上のこの子だけ。この子を、ちょっと押すだけだよ」
「掌の上の……これだけ……」
すう——ころ。ぽふ。ぶわっ。
「できた!?」
「できたね!」
その様子を、アリサは少し離れたところから、じっと見ていた。
⸻
お昼の休憩。
草の上に座って、アリサは、ぽつりと言った。
「……私、教えるのに、向いていないのね」
しょんぼりと、膝を抱えている。
「みんなが、どこで困っているのか、わからないの。だって私、困ったことが、ないんだもの……」
それは自慢ではなく、本気の落ち込みだった。
「アリサ……」
「——お主はわしと同じで、"自然とできる側"じゃからな」
不意に、声が降ってきた。
見上げると、丘の上から、グリモワルドがコーヒー片手に下りてきていた。
「お、お師匠様」
「なぜできないのか、理解できんのじゃろう。——当然じゃ」
「は、はい……」
アリサが、小さく頷いた。図星だった。
「ピリカが魔法を使えんのと同じでの。お主ができない気持ちを理解しようとするのは、非効率な努力じゃ。お主はお主のできることをすればよい」
「私の、できること……」
「試しに——風で宙に浮いて座っているのを見せてみろ。皆が憧れて、そこを目指して努力し始めるやもしれんぞ」
アリサが、きょとんとした。
「……浮く?」
「お主なら、造作もないじゃろ」
「その程度でいいんですか……?」
⸻
午後の授業。
生徒たちが集まったところで、アリサが一歩前に出た。
「——少し、見ていてくれる?」
すう、と息を吸う。
アリサの足元から、風が渦を巻いた。髪がふわりと持ち上がり——そのまま、アリサの体が、すうっと宙に浮いた。
「えっ……浮いてる……」
「う、浮いてるよね!?」
アリサは止まらなかった。ゆっくりと、でも確実に、どんどん高く上がっていく。空き地の木の梢を越え、丘の家の屋根を越え——やがて、小さな影が空に溶けるくらいまで。
「た、高い……!」
「飛んでる……風だけで、飛んでる……!」
そのとき。
上空で——風が、止んだ。
アリサの体が、すっと地面に向かって落ち始めた。
「————っ!!」
ピリカの顔から、血の気が引いた。
「お師匠様っ!!!!」
丘の上に向かって、叫んだ。
「——問題ないわい。みておけ」
グリモワルドの声が、コーヒーカップの向こうから、のんびりと返ってきた。
落ちてくる。まっすぐ、まっすぐ、アリサが落ちてくる。生徒たちが悲鳴を上げかけた——その、瞬間。
地面すれすれで——ぶわっ、と風が爆ぜた。
アリサの髪とスカートが大きく舞い上がり、落下が嘘のように止まる。風のクッションに包まれて、アリサの体が、ふわり、とゆっくり減速して——すとん、と地面に降り立った。
涼しい顔だった。
「風って、こういうこともできるの。——みんなが今やっている綿を動かすことの、その先にあるもの」
沈黙。
それから——わあっ、と歓声が弾けた。
「すごい!!」「かっこいい……!」「飛んでた! 本当に飛んでた!!」
生徒たちの目が、きらきらと光っていた。——憧れの顔だった。
「……よーし」
ピリカが、にやっと笑って前に出た。
「じゃあ私もやってみようかな——えいっ」
ぶわっ。足元の風が吹き上がって——ピリカの体が、ほんの一瞬だけ浮いて——バランスを崩して、しりもちをついた。
「いたた……」
生徒たちが、ぷっと吹き出した。ピリカも、草の上に座ったまま笑った。
「……あはは。私だとこんなもんです」
「で、でもちょっと浮いた!」
「浮いてた浮いてた!」
「でしょ? ——アリサみたいにはいかないけど、ちょっとなら浮けるの。みんなも、やってればそのうちこのくらいはできるようになるよ」
空の上のアリサが——憧れ。地面すれすれのピリカが——もうちょっとで届きそうな希望。
生徒たちの目が、さっきまでとは違っていた。綿を動かすだけの練習が、急に、その先に繋がって見えたのだ。
「——よし、じゃあ午後もやろっか!」
「「「はいっ!!」」」
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アリサがピリカの隣に来て小声で言った。
「……ピリカ、あなた、わざとやったでしょう」
「え? 何が?」
「落ちて転んだやつ。——もうちょっと上手にできたんじゃない?」
「ううん、残念ながらあれで本気なんだよね。私あんまり浮けないの、本当に」
「…………そう」
アリサは、少しだけ笑った。
「私とあなた。——ふふ、ちょうどいい組み合わせね」
「でしょ?」
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夕方。
帰っていく生徒たちは、来たときとは別人みたいな顔をしていた。
「ピリカさん、アリサさん、ありがとうございました!」
「あの、来週も……来週も、来ていいですか!?」
「う、うん。いいよ」
「やったぁ!!」
歓声を上げて、丘を下っていく背中を、ピリカとアリサは並んで見送った。
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その夜。
夕食の席で、グリモワルドはいつもよりほんの少しだけ、機嫌よさそうにコーヒーをすすっていた。
「お師匠様、今日はありがとうございました。アリサにアドバイスしていただいて」
「別に。——暇じゃったからの」
それきり、グリモワルドは何も言わなかった。
本作を原作にしたAIアニメ(弟との共同制作)の改良版v2を公開しました。英語字幕付きの8分版です。
https://youtu.be/QnCeK_NJe2k
前回版は冒頭30秒がゆったりしすぎて離脱が多かったので、v2は開幕10秒から魔法大会決勝の戦闘シーンを詰め込んでいます。
前回観て序盤で「うーん」だった方にこそ観ていただきたい出来です!もしよければどうぞ。