Q. 魔法の才能ゼロの令嬢に最強ジジイが科学を教えたら?→A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】 作:Koh_novel
「——さて。今日は、特別ゲストをお招きしています」
歴史教師がそう言うと、教室がざわついた。
「王都の大通りに、皆さんもよく知る老舗がありますね。あの『ピリカ・ピリーラ』の——十二代目店主さんです。どうぞ」
拍手の中、品の良い身なりの店主が、にこやかに教壇に立った。
「ご紹介にあずかりました。ピリカ・ピリーラで十二代目店主を務めております。本日は、店の歴史について、少しお話しに参りました」
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「皆さん、うちの店には、入ったことがありますか?」
ぱらぱらと、手が挙がる。
「ありがとうございます。一階は皆さんもご存じの通り、店舗でございます。——二階は、工房になっております。今も職人が、初代様の頃と同じ製法で、手作業で品を作っています」
「同じ製法……数百年、変えてないんですか?」
「変えていないものも、ございますよ。——たとえば」
店主は、鞄から小さな瓶を取り出した。琥珀色の液体。教室の前の方の生徒が、あっ、と声を上げた。
「ローズシャンプーだ。うちのお母さんが使ってます」
「ご愛用、ありがとうございます。——このシャンプー、初代様の頃から、レシピがほとんど変わっておりません。香りは、南の谷の青いバラ。これは——初代様のお母様、ミランダ・ベルフォード様の、お好みになった香りと伝わっております」
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教室が、少しざわついた。
数百年続く大ブランドの、看板商品。その原点が——お母さんの好きな香り。
「意外ですか?」
店主は、ふふ、と笑った。
「100年以上続く商品のベースとなったものは、壮大な計画でも、緻密な戦略でもなく——お母様が、ご自分で選ばれた香りだったんですね。ずっとお好きだった香りを、娘である初代様が、大切に守り続けた。——その親子の愛が、ずっと続くブランドのアイデンティティを、作りました」
「……変えようと思ったことは、ないんですか?」
生徒の一人が、手を挙げて聞いた。
「いい質問です。——実は、三代目が一度、香りを当世風に変えようとしたそうです」
「どうなったんですか?」
「お客様に、たいへん叱られたと、記録に残っております」
教室に、笑いが起きた。
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「もうひとつ、香りにまつわるお話を」
店主は、鞄からもう一つ、小さな瓶を取り出した。今度は中身が入っていない、空の瓶だった。
「うちの店には、昔から"特別な注文"がございまして。——貴族のお客様から、香水のオーダーメイドをお受けしているんです」
「香水のオーダーメイド……?」
「ええ。ただし、普通のオーダーメイドとは少し違います。お客様には、まず——思い出を、お話しいただくんです」
教室が、きょとんとした。
「思い出……ですか?」
「はい。たとえば——『幼い頃、祖母の庭で摘んだ花の香りが忘れられない』とか。『婚約の日に歩いた並木道で、雨上がりの木の葉が香った』とか。どんな季節で、どんな時刻で、風はどちらから吹いていたか。そばに誰がいて、何を話していたか。——とにかく詳しく、じっくりとお聞きするんです」
「それで……香りを、作るんですか?」
「その思い出が甦る香りを、目指します。嗅いだ瞬間に、あの日のあの場所に、ふっと戻れるような。——ですから、同じ香りはこの世に二つとございません」
生徒たちが、息を呑んだ。
「そして——これには、もうひとつ、大事な決まりがあります」
店主は、空の瓶を教壇の上にそっと置いた。
「その香りは、注文されたご本人と、そのご家族にしか、絶対にお作りしません。ご本人が亡くなられた後も、ご家族がお望みになる限り、同じ香りを作り続けます。でも、他の方がいくら積まれても、お断りいたします」
「なんで……?」
「その香りは、その方、その方の家族の思い出だからです。他の誰かがつける香りではない。——初代様が、そう決められました」
教室が、しんと静まった。
「今でも、数十家のお客様の香りを、お預かりしております。中には——もう五代にわたって、同じ香りを受け継いでいらっしゃるご家族もございます。曾祖母様の思い出の香りを、ひ孫の方がまとっていらっしゃる」
「…………すごい」
「ありがたいことです。——私どもにとって、お預かりしている香りのひとつひとつが、お客様の家族の物語なんです」
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「最後に、三階のお話を」
店主は、少し声を改めた。
「三階は——私どもの、心臓です。一般には公開しておりません」
教室が、しん、と静まった。
「初代様の頃の古い調合器具。最初期の魔道具。手書きのスケッチ。最初のドライヤーの試作品。書き損じの紙の一枚まで、すべて残してあります」
「試作品って……数百年前のですよね? まだ、あるんですか?」
「ございます。それどころか——今でも、当時と全く変わらず起動するんですよ」
「ええ!?」
「作った方が、その、規格外でいらしたので……」
店主は、遠い目をした。それから、思い出すように続けた。
「——あの部屋には、独特の空気があるんです。窓は小さくて、いつも薄暗い。棚には、初代様が実際に手で握った道具が並んでいて、引き出しを開けると、試作の記録が何十冊も詰まっている。余白に走り書きで『ここ、もうちょっと軽くできないかな』とか、『おかみさんに相談する』とか——生々しいんです。数百年前の字なのに、昨日書いたみたいに」
生徒たちは、息を詰めて聞いていた。
「私たちは、新しい商品を作るとき、必ず一度、三階に上がります。道具を手に取って、スケッチを広げて、初代様の試行錯誤を辿るんです。——あの方は、ここで何十回も失敗して、それでも作り直して、ようやくこの形に辿り着いたんだな、と。スムーズに開発が進んだ商品は、それこそ1つもありません」
店主は、少し間を置いた。
「新人の職人には、入店して最初の一ヶ月、三階でひたすら初代様の記録を読ませます。技術を学ぶためではありません。——この店が、何を大切にしてきたのかを、肌で感じてもらうためです」
「……博物館とは、違うんですね」
「ええ。博物館は、過去を保存する場所です。でも、あの部屋は——過去と対話する場所なんです。初代様だったら、どう作っただろう。初代様だったら、この品質で納得しただろうか。——私どもにとって三階は、いまも現役の、相談相手なのでございます」
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キーンコーンカーンコーン。
「おっと。——では、最後に私から、ひとつだけ」
チャイムの中、教師が締めくくった。
「皆さんも、王都の大通りを通ったら、あの灯火と円の看板を見てみてください。数百年前——一人の女性が開いた店の灯りが、いまも点いています」
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——さて、時は戻る。
数百年前。開店初日の夜。
少女がひとり、棚のシャンプーの瓶を撫でて、小さく言った。
「——がんばろうね」
そして、そっと、店の灯りを消した。
AO1104さん、eupさんより高評価いただきましたーー!
ありがとうございます(*>∇<)ノ!