魔法の才能ゼロの令嬢に、最強転生魔法ジジイが科学知識を教えたら? → A.めっちゃ無双する:【才無し侯爵令嬢と魔法ジジイの科学革命】   作:Koh_novel

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第8話 石の家

 玄関を入ると、温かい空気が包み込んできた。

 

 薄暗い室内。石の壁、木の床。家具は少ない。テーブルがひとつ、椅子がふたつ、棚がいくつか。飾り気のない、老人の一人暮らしの家だった。

 

 暖炉があるが、薪も炎もない。なのに、暖炉の口からゆるゆると温かい風が流れ出している。冷えた身体にじわりと届く。

 

「服はわしが綺麗にしておく」

 

「……え?」

 

「とりあえずシャワーを浴びて身体を清めて、湯船で温まれ。少しは気持ちが落ち着くじゃろう」

 

「シャワー……?」

 

 聞いたことのない言葉だった。

 

「こっちじゃ」

 

 老人が奥の扉を開けた。ピリカはついていった。

 

 

 浴室だった。

 

 石造りの小さな部屋に、白い大きな浴槽がひとつ。洗い場の壁には金属の管が突き出ていて、先端に穴の空いた円盤がついている。その下に、小さな取っ手。

 

 そのとき、老人が指を鳴らした。

 

 パチン。

 

 一瞬だった。空だったはずの浴槽に、水が現れた。流れ込んだのではない。今まで何もなかった場所に、突然、水面があった。

 

 そして数秒後——水面から湯気が立ち始めた。冷たかったはずの水が、みるみる温度を上げていく。適温の湯に変わるまで、ほんの数秒。

 

「え——え、今の、魔法……?」

 

「ここを捻るとお湯が出るぞ」

 

 老人が壁の取っ手を指差した。

 

「……?」

 

 ピリカが取っ手に手を伸ばしかけた。

 

「おっと、今捻るとまた濡れるぞ。服を脱いでからにせい」

 

「あっ……す、すみません」

 

「使い方を教えておく。この取っ手を捻ると上からお湯が出る。それで身体を洗え。わかったな」

 

「……はい」

 

「石鹸はここじゃ。髪を洗うのは、このシャンプーを使え」

 

 老人が棚を指差した。白い石鹸と、小さな瓶が置いてある。

 

「シャンプー……?」

 

「髪用の石鹸じゃ。使えばわかる」

 

「石鹸なんてそんな高級品を……!? というか、シャンプーって何ですか……!?」

 

「じゃから、髪用の石鹸じゃと言うとるじゃろ。使えばわかるわい」

 

 ピリカは瓶を手に取った。蓋を開けると、花の香りがした。嗅いだことのない、淡い香り。石鹸とは全然違う。

 

「脱いだ服はこのカゴに入れておけ。綺麗にしておく」

 

 老人が隅の籐のカゴを指差した。

 

 ピリカはふと足元を見た。自分の足跡が、泥の跡を点々と残していた。脱衣所の床にも、浴室の入り口にも。

 

「す、すみません……泥だらけにしてしまって……」

 

 老人が鼻を鳴らした。指をひょいと動かした。

 

 泥が、床から浮き上がった。水滴ごと、ふわりと宙に集まって、小さな塊になる。塊がすうっと窓の方に流れていくと、窓が勝手に開いた。泥が外に出ていって、窓が閉まった。

 

 床は、何事もなかったかのように綺麗だった。

 

「こんなもん、汚れのうちに入らんわ。気にするな」

 

「……」

 

「……あの」

 

「なんじゃ」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 声が小さかった。喉がまだ痛い。

 

「礼はいらん。風邪をひかれたら面倒じゃ」

 

 老人はそれだけ言って、脱衣所を出ていった。

 

 

 一人になった。

 

 ピリカはしばらく立ったまま、動けなかった。

 

 ——何が起きてるの。

 

 ——さっきまで、泥水の中に倒れてた。

 

 ——今、知らない老人の家にいる。

 

 頭が追いつかない。でも、身体が冷えているのは確かだった。制服が濡れて、肌に張りついて、重い。

 

 ピリカは制服を脱いだ。泥だらけのブラウス、泥水を吸ったスカート。靴下も、下着も全部。カゴに入れた。

 

 浴室の扉を開けた。湯気が溢れてきた。さっき老人が出した湯が、まだ温かいまま浴槽に満ちている。

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