赤い鳥は蛍を食べない   作:ゆゆゆい

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お気に入りや評価がついて上機嫌です、感謝感激!雨アラモード!!

うちの地元って社(小さな神社?)がいっぱいあるんです、なんの社なのかよくわからないんですけど。
しかも自分が怖がりのせいもあると思うんですが、なんとなく他と比べてやけに視線が引かれたり雰囲気が怖いところがあったりで特定の道は避けて通っていました。

皆さんも地元のなんか怖い場所ってありましたか?


鳥居の向こう側

第五話

 

 真華(しんか)が保健室で倒れかけた日から、数日が経った。

 

 あれ以来、真華はちゃんと食べるようになった。

 

 朝に食パン二枚だけで済ませようとすることもなくなったし、昼休みに購買へ行く回数も少しずつ戻ってきた。放課後にラーメン屋の話をする時も、前みたいに目を輝かせるようになった。

 

 それ自体はよかった。

 

 よかったのだが。

 

(れん)くん、見て。新作のからあげ棒、期間限定だって」

 

「見るだけだぞ」

 

「うん。見るだけ」

 

「財布出すな」

 

「見るだけの姿勢を整えてるだけだよ」

 

「財布を出す必要がある姿勢って何だ」

 

 放課後のコンビニ前で、真華はショーケースに張りつくようにして中を見ていた。

 

 夕方の空気には、揚げ物の匂いと車の排気ガスが混ざっている。自動ドアが開くたびに、店内の明るい音楽と冷房の空気が外へ漏れてきた。

 

 真華の赤い髪が、その風にふわりと揺れる。

 

 彼女は真剣だった。

 

 あまりにも真剣だった。

 

 世界の命運がからあげ棒にかかっているみたいな顔をしている。

 

「……一本だけなら」

 

「いいの!?」

 

「声でかい」

 

「あっ」

 

 真華は慌てて口を押さえた。

 

 でも目は輝いたままだった。

 

 最近の真華は、少しずつ元に戻ってきている。

 

 大きすぎる声も。

 食べ物に引っ張られるところも。

 距離感が少し近いところも。

 

 完全に前と同じではない。

 

 手をつなごうとする時、まだ一瞬だけ指が止まる。

 俺の手首に視線が落ちそうになると、すぐに顔を逸らす。

 ラーメン屋で替え玉を頼む時も、こちらをうかがうような間が挟まる。

 

 たぶん、あの日のことを忘れたわけではない。

 

 俺も忘れていない。

 

 白鷺(しらさぎ)先生の言葉も、まだ頭の奥に残っている。

 

 怖いなら、怖いと言いなさい。

 

 残るなら、怖いまま残りなさい。

 

 正直、まだよく分からない。

 

 俺は真華のことが好きだ。

 それは変わらない。

 

 でも、怖い時は普通に怖い。

 

 その二つをどうやって同じ場所に置けばいいのか、俺にはまだ分からなかった。

 

「蓮くん?」

 

 コンビニ袋を持った真華が、こちらを覗き込んでいた。

 

 いつの間にか、からあげ棒は購入済みだった。

 

「お前、一本だけって言ったよな」

 

「うん」

 

「袋の中、二本ない?」

 

「蓮くんの分」

 

「俺に許可を取れ」

 

「蓮くんも食べたら元気出るかなって」

 

 真華は少しだけ照れたように笑った。

 

 怒るタイミングを失った。

 

 ずるい。

 

 こういうところが、ずるい。

 

「……まあ、食うけど」

 

「うん!」

 

「嬉しそうだな」

 

「蓮くんと同じもの食べるの、恋人っぽいかなって」

 

 またその言葉だった。

 

 恋人っぽい。

 

 普通の彼女。

 

 人間みたいに。

 

 真華は前よりは無理をしなくなった。

 でも、完全に手放したわけではない。

 

 人間らしいこと。

 恋人らしいこと。

 

 それを大事そうに抱えている。

 

 たぶん、俺が思っているよりずっと。

 

 コンビニの前でからあげ棒を一本受け取ると、真華は満足そうに隣へ並んだ。

 

 紙袋越しに温かさが伝わってくる。

 夕方の歩道には部活帰りの生徒が何人かいて、遠くから自転車のベルが聞こえた。

 

「で、今日はどこ行くんだ?」

 

「えっ」

 

「いや、さっきから駅とは違う方向に歩いてるだろ。ラーメン屋でもないし、コンビニも通過したし」

 

「あ、気づいてたんだ」

 

「気づくよ。俺はそこまで鈍くない」

 

「じゃあ、当ててみて」

 

 真華は少しだけ得意そうに笑った。

 

 こういう時の真華は分かりやすい。

 

 何かを企んでいる顔だ。

 悪い意味ではない。たぶん。

 

「食べ物関係」

 

「違うよ」

 

「嘘だろ」

 

「私、そんなに食べ物のことばっかりじゃないよ?」

 

「さっきまでからあげ棒に世界を懸けてたやつが何か言ってる」

 

「世界は懸けてないよ。晩ごはん前だから一本にしたし」

 

「基準が食べ物なんだよ」

 

 真華は楽しそうに笑った。

 

 その笑い方が、少しだけいつもの調子に戻っていて、俺は内心で安心した。

 

 道は住宅街へ続いていた。

 

 駅前の騒がしさから離れるにつれて、人通りは減っていく。古い家の塀から伸びた木の枝が、夕方の空に影を落としていた。電柱の上でカラスが鳴き、どこかの家から夕飯の匂いがする。

 

 その匂いに真華が少し反応した。

 

 鼻を鳴らすほどではない。

 ただ、視線がふらっとそちらへ寄った。

 

「行くぞ」

 

「あっ、うん」

 

「今の家に突撃するなよ」

 

「しないよ!?」

 

「一瞬、鍋の匂いに負けかけてただろ」

 

「……ちょっとだけ」

 

「正直でよろしい」

 

 そんなことを言いながら歩いていると、道の先に石段が見えた。

 

 その上に鳥居がある。

 

 赤い鳥居。

 

 夕方の光を受けて、少し暗い朱色に見えた。

 

「……神社?」

 

「うん」

 

 真華は、少しだけ得意そうに頷いた。

 

「普通のカップルって、お参りするんだよね?」

 

 そういうことか。

 

 神社デート。

 

 恋愛漫画かドラマか、また何かで見たのだろう。

 恋人同士で神社へ行って、並んでお参りをして、おみくじを引いて、結果を見て笑う。

 

 普通の恋人らしいイベント。

 

 真華が好きそうなものだった。

 

「別に、普通かどうかは知らないけど」

 

「でも、やってみたかったの」

 

 真華は鳥居を見上げていた。

 

 少し緊張しているようにも見えたけれど、それより楽しそうだった。

 

「蓮くんと、普通の恋人みたいに」

 

「……無理してないか?」

 

「してないよ」

 

 即答だった。

 

 ただ、今日のそれは保健室の日ほど硬くない。

 

 真華はからあげ棒の袋を胸の前で持ったまま、石段の方へ一歩進んだ。

 

「お参りって、最初に何するんだっけ」

 

「手を洗うんじゃないか」

 

「手水舎?」

 

「読み方、よく知ってるな」

 

「恋愛漫画に出てきた」

 

「恋愛漫画、神社デートまで網羅してるのか」

 

「すごいよね。おみくじも引いてた。あと、絵馬に願い事書いてた」

 

「願い事?」

 

「うん」

 

 真華は少しだけ楽しそうに笑った。

 

「蓮くんと、もっと恋人っぽくなれますように、とか」

 

「本人の前で言うな」

 

「だめ?」

 

「だめというか、恥ずかしい」

 

「蓮くん、すぐ恥ずかしがる」

 

「普通は恥ずかしいんだよ」

 

 軽口を返しながら、石段を上った。

 

 神社は小さかった。

 

 住宅街の端にある、地元の人しか来ないような場所だ。石段の左右には古い木が並び、葉の隙間から夕方の光がこぼれている。どこかで鈴の音がした。風で揺れたのかもしれない。

 

 真華は少し先を歩いていた。

 

 赤い髪が夕方の光を受けて、歩くたびに揺れている。手には、まだ食べ終わっていないからあげ棒の袋。さっきまで神社デートの作法をうろ覚えで語っていたせいか、足取りはいつもより少し弾んでいた。

 

 普通の放課後だった。

 

 少なくとも、その瞬間までは。

 

「じゃあ、まずは鳥居で一礼?」

 

「たぶん」

 

「蓮くん、自信ないね」

 

「神社デート初心者なんだよ」

 

「私も」

 

 真華は笑った。

 

 鳥居の前で、彼女は少しだけ背筋を伸ばす。

 

 真似しようとしているのだろう。漫画か何かで見た通りに、鳥居の前で軽く頭を下げようとして。

 

 それから、いつもの調子で一歩を踏み出した。

 

 その瞬間だった。

 

 風が止まった。

 

 さっきまで葉を揺らしていた音が、ぷつりと切れる。遠くで聞こえていた車の音も、住宅街から漏れる夕飯の匂いも、二人の間にあった軽い空気も、全部が薄い膜の向こうへ押し込められたみたいに遠ざかった。

 

 真華の靴先が、鳥居の影に触れかけたまま止まっている。

 

 赤い髪の先が、ふわりと浮いた。

 

 風ではない。

 むしろ風が消えたからこそ、その動きだけがやけにはっきり見えた。

 

「……え?」

 

 真華が小さく声を漏らした。

 

 さっきまで笑っていた顔から、色が抜けていく。

 

 鳥居の向こうには、ただ石畳が続いている。

 奥には小さな社があって、賽銭箱が見える。白い紙垂が、ぴたりと止まったまま垂れていた。

 

 何かが出てきたわけじゃない。

 

 声がしたわけでもない。

 手が伸びたわけでもない。

 明らかな悪意があったわけでもない。

 

 それなのに、真華の足だけが進まない。

 

 爪先は前へ出ようとしている。

 身体も、ちゃんと進もうとしている。

 

 なのに、鳥居の内側へ入る直前で、動きが不自然にほどける。踏み出したはずの足が、次の瞬間には同じ場所に戻っている。

 

 弾かれた、というほど派手ではない。

 

 押し返された、というほど強くもない。

 

 ただ、真華がそこへ進むことだけが、最初からなかったことにされているみたいだった。

 

「……蓮、くん」

 

 真華の声が震えた。

 

 名前を呼ばれたのに、俺はすぐに返事ができなかった。

 

 鳥居の向こう側は静かだった。

 静かすぎた。

 

 ついさっきまで普通の神社に見えていた場所が、真華が入ろうとした瞬間だけ、彼女を数に入れていない場所へ変わった。

 

 俺の目には、何も見えない。

 

 でも、真華の前には何かがある。

 

 見えない壁とか、結界とか、そんな分かりやすいものじゃない。

 

 もっと冷たい。

 

 もっと静かで、こちらを見ることすらしないもの。

 

「……気持ち悪い」

 

 真華が呟いた。

 

 その声は、さっきまでの明るさとは別人みたいに細かった。

 

「入ったら、私じゃなくなる感じがする。中から、ぐちゃって、ひっくり返されるみたいな……ごめん、うまく言えない」

 

「真華」

 

 名前で呼ぶと、真華の肩が小さく動いた。

 

 俺も少し驚いた。

 

 自然に出た。

 

 普段はまだ、赤羽根(あかばね)と呼ぶことが多い。怖くなった時は特にそうだ。

 

 赤羽根。

 

 名字で呼ぶと、少し距離ができる。

 俺が勝手に作っている、薄い壁みたいなものだ。

 

 でも今は、その壁を挟んでいる場合じゃなかった。

 

 鳥居の前で止まっている真華は、いつもの赤羽根真華ではなくて、普通の女の子になろうとして、でもそこに届かなくて、どうすればいいのか分からなくなっている誰かに見えた。

 

 だから、名前が出た。

 

「……もう一回」

 

「え?」

 

「もう一回、呼んで」

 

 真華は鳥居を見たまま言った。

 

 声が震えていた。

 嬉しいからなのか、怖いからなのか、たぶん両方だった。

 

 こんな場所で。

 こんな状況で。

 

 でも、真華にとっては、それくらい大事なことなのだと思った。

 

 俺は一度だけ息を吸う。

 

「真華」

 

 呼ぶと、真華の睫毛が少し揺れた。

 

 泣きそう、というほどではない。

 でも、何かを必死にこらえている顔だった。

 

「……うん」

 

「こっち見ろ」

 

 真華はゆっくりこちらを見た。

 

 赤い目が、夕方の光を受けて揺れている。

 

「無理ならやめる。俺は、神社に入りたいんじゃなくて、真華と出かけてるだけだから」

 

 真華は何も言わなかった。

 

 ただ、口元だけがほんの少し動いた。

 

 笑おうとしたのかもしれない。

 でも、顔色は戻らなかった。

 

「……ごめん」

 

 声が、掠れていた。

 

「私、そっち行けない」

 

 鳥居の向こう側。

 

 ただの石畳が続いている。

 奥には小さな社があって、賽銭箱が見える。

 

 普通の場所のはずだった。

 

 でも真華にとっては違う。

 

 何もないはずの境目が、彼女だけを通さない。

 

 真華がもう一度、足を動かそうとする。

 

 動かない。

 

 いや、足は動いている。

 膝も、爪先も、前へ出ようとしている。

 

 なのに、次の瞬間には同じ場所に戻っていた。

 

 誰かに引き戻されたわけじゃない。

 強く弾かれたわけでもない。

 

 ただ、鳥居の向こう側が、最初から真華というものを数に入れていないように見えた。

 

「待て」

 

 俺は慌てて腕を掴んだ。

 

 掴んだ瞬間、真華の身体がびくっと震えた。

 

 強く掴んだつもりはない。

 

 それでも彼女は、まるで自分が何かを壊してしまう前に止められたみたいに、息を止めていた。

 

「行くな」

 

「でも」

 

「でもじゃない。お前、今どう見ても大丈夫じゃない」

 

「普通の彼女なら、行けるでしょ」

 

「普通の彼女を盾にするな」

 

 声が思ったより強くなった。

 

 真華が俺を見る。

 

 赤い目が少しだけ見開かれていた。

 

 やばい。

 言い方がきつかった。

 

 そう思ったけれど、言葉は止まらなかった。

 

「普通の彼女ならどうとか、普通のカップルならどうとか、そういうの全部やらないと駄目なのか? 神社に入れなかったら、真華は俺の彼女じゃなくなるのかよ」

 

「……そうじゃないけど」

 

「じゃあ、やめよう」

 

 俺は鳥居の方を見る。

 

 いつの間にか、風の音が戻っていた。

 

 葉が揺れて、鈴が小さく鳴る。遠くの車の音も、また普通に聞こえる。さっきまで消えていたものが、何事もなかったみたいに戻っている。

 

 ただ、真華の顔色だけが戻らない。

 

「無理してまで普通の彼女やろうとするな」

 

 真華は何も言わなかった。

 

 ただ、鳥居を見ていた。

 

 鳥居の向こう側は、何も変わらない。

 

 小さな社。

 石畳。

 白い紙垂。

 夕方の影。

 

 俺たちが来た時と、同じ景色。

 

 それなのに、真華が入ろうとした瞬間だけ、そこは真華のための場所ではなくなった。

 

 それが、ひどく不気味だった。

 

 真華は、鳥居の方から一歩下がった。

 

 その動きが、少しだけ痛そうに見えた。

 

「私、やっぱり普通じゃないね」

 

 声は軽くしようとしていた。

 

 でも、軽くなりきっていなかった。

 

「鳥居もくぐれないし、食べる量もおかしいし、力も強いし、蓮くんのこと……」

 

 真華の言葉が止まる。

 

 俺の手首に視線が落ちそうになって、途中で止まった。

 

 自分で止めたのが分かった。

 

 それもまた、痛かった。

 

「……ごめん」

 

「謝るな」

 

「でも」

 

「謝るなって」

 

 俺は真華の手元を見る。

 

 さっきまで持っていたからあげ棒の袋が、くしゃくしゃになっていた。紙袋の端が少し破れている。中身はまだ残っているらしい。油の匂いが、夕方の神社前に妙に浮いていた。

 

「とりあえず、それ食え」

 

「え?」

 

「せっかく買ったんだろ。冷めるぞ」

 

「ここで?」

 

「ここで」

 

「神社の前でからあげ棒食べるの、恋人っぽい?」

 

「知らん。でも赤羽根真華っぽい」

 

 真華は一瞬だけ固まった。

 

 それから、少しだけ笑った。

 

「それ、いいこと?」

 

「俺は、そっちの方がいいって前にも言った」

 

「……うん」

 

 真華はゆっくり袋を開けた。

 

 まだ少し手が震えている。

 でも、さっきよりは呼吸が落ち着いていた。

 

 からあげ棒を一口かじる。

 

 いつものように目を輝かせるほどではなかった。

 でも、少しだけ表情が緩んだ。

 

「……おいしい」

 

「ならよかった」

 

「蓮くんも食べる?」

 

「自分の分がある」

 

「一口だけ」

 

「食べかけを押しつけるな」

 

「恋人っぽいかなって」

 

「何でも恋人っぽいにするな」

 

 真華が小さく笑う。

 

 俺も少し笑った。

 

 鳥居の前で、神社に入れないまま、からあげ棒を食べる。

 

 普通のデートではない。

 

 たぶん、普通のカップルはこんなことをしない。

 

 でも、今の俺たちにはこれくらいがちょうどよかった。

 

 少しだけ離れたところにある石段に腰を下ろす。

 

 鳥居はすぐ近くにある。

 でも、その向こうへは行かない。

 

 真華は鳥居を見ないようにして、からあげ棒を少しずつ食べていた。いつもより遅い。けれど、無理に食べている感じではなかった。

 

「ねえ、蓮くん」

 

「何」

 

「私、神社に入れなくても、彼女でいていい?」

 

 手に持っていた袋が、少し音を立てた。

 

 何だ、その聞き方は。

 

 そんなことを聞くな。

 

 そう言いたかった。

 

 でも、真華の横顔を見たら、軽く返せなかった。

 

 夕方の光が、赤い髪の輪郭をぼかしている。

 その髪が一瞬だけ、羽みたいに見えた。

 

 綺麗だった。

 

 そして、少し怖かった。

 

 たぶん、その両方が真華なのだ。

 

「いていいとか、俺が許可することじゃないだろ」

 

「そうかな」

 

「そうだよ」

 

 俺は袋の中のからあげ棒を見た。

 

 食べるタイミングを完全に逃して、もう少し冷めている。

 

「というか、俺が告白したんだけど」

 

 真華がこちらを見る。

 

「俺が、赤羽根に好きだって言った。だから、お前が神社に入れるとか入れないとか、普通の彼女っぽいとかぽくないとか、そういうので急に取り消しになったりしない」

 

 言いながら、顔が熱くなるのが分かった。

 

 恥ずかしい。

 

 ものすごく恥ずかしい。

 

 でも、ここで誤魔化したら駄目な気がした。

 

「……蓮くん」

 

「何」

 

「顔赤い」

 

「うるさい」

 

「嬉しい」

 

「だからうるさい」

 

 真華は笑った。

 

 今度は、ちゃんと笑っていた。

 

 それだけで、少しだけ息がしやすくなる。

 

 ただ、完全に元通りではない。

 

 真華はまだ鳥居の方を見ようとしないし、俺も鳥居の向こう側を意識しないようにしている。

 

 できないことは、できないままだ。

 

 人間と同じにはなれない。

 

 白鷺先生の言葉が、また頭をよぎる。

 

 どれだけ人間らしく笑っても、制服を着て学校に通っても、恋人みたいに手をつないでも、その事実は変わらない。

 

 残酷な言葉だと思った。

 

 でも、今日の鳥居の前で、その意味が少しだけ分かってしまった。

 

 真華は、神社に入れなかった。

 

 それは、ただの体調不良でも、気分の問題でもない。

 俺と真華の間にある、どうしようもない違いの一つだった。

 

「ねえ、蓮くん」

 

「今度は何」

 

「さっき、名前で呼んでくれた」

 

 からあげ棒を食べ終えた真華が、紙袋を両手で小さく丸めながら言った。

 

 鳥居からは少し離れていた。

 それでも、真華はまだそちらを見ようとしない。

 

「……呼んだな」

 

「びっくりした」

 

「俺もびっくりした」

 

「蓮くんが?」

 

「俺が」

 

 真華は少しだけ笑った。

 

 でも、その笑いはすぐに消えた。

 

「嬉しかった」

 

 小さな声だった。

 

 夕方の空気に紛れそうなくらいの声。

 

「鳥居の前、すごく怖かった。気持ち悪くて、足が動かなくて、私、また普通じゃないって思って。でも蓮くんが名前で呼んでくれたから、ちょっとだけ、私のままでいられる気がした」

 

 言われて、胸の奥が変なふうに詰まった。

 

 名前を呼んだだけだ。

 

 それだけのことなのに。

 

 真華にとっては、それが鳥居の向こうへ行くことと同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に大事だったのかもしれない。

 

「……大げさだろ」

 

「大げさじゃないよ」

 

 真華は俺を見る。

 

 赤い目はまだ少し揺れていた。

 でも、さっきよりはちゃんと俺を見ていた。

 

「赤羽根って呼ばれるのも好き。蓮くんが呼んでくれるなら、どっちでも嬉しい。でも、真華って呼ばれると、ちょっとだけ、恋人っぽい」

 

「また恋人っぽいか」

 

「うん」

 

 真華は頷いた。

 

「でも、これは無理してるやつじゃないよ」

 

 そう言って、真華は少し恥ずかしそうに笑った。

 

 その笑い方に、俺は何も言えなくなる。

 

 名前で呼ぶこと。

 

 それはたぶん、俺が思っているよりずっと重い。

 真華にとっては、人間らしい恋人ごっこの一部で、同時に、赤羽根真華として見てもらえた証拠でもある。

 

「……じゃあ」

 

 俺は視線を逸らした。

 

 鳥居の朱色が、夕焼けに溶けている。

 

「たまには呼ぶ」

 

「たまに?」

 

「毎回は無理」

 

「どうして?」

 

「恥ずかしいから」

 

 真華は目を丸くした。

 

 それから、ゆっくり笑った。

 

「そっか。蓮くん、恥ずかしいんだ」

 

「言うな」

 

「うん。言わない」

 

「絶対言う顔してる」

 

「言わないよ。大事にする」

 

 真華はそう言って、丸めた紙袋を胸の前でぎゅっと握った。

 

 大げさだ。

 

 やっぱり、大げさだと思う。

 

 でも、その大げささを笑えなかった。

 

 俺は息を吐いて、立ち上がる。

 

「帰るぞ、真華」

 

 呼んだ瞬間、真華がぱっとこちらを見た。

 

 二回目でも、まだそんな顔をするのか。

 

 そう思って、少し困った。

 

 でも、悪い気はしなかった。

 

「うん」

 

 真華は小さく頷いて、俺の隣に並んだ。

 

 石段を下りる前に、真華は一度だけ振り返った。

 

 鳥居の向こう側を見て、少しだけ唇を結ぶ。

 

 それから、何も言わずに前を向いた。

 

 俺は隣を歩いた。

 

 手はつながなかった。

 

 真華も手を伸ばさなかった。

 

 でも、肩が触れそうなくらいの距離で歩いた。

 

 神社には入れなかった。

 

 お参りもしていない。

 おみくじも引いていない。

 普通の恋人らしい神社デートは、失敗した。

 

 それでも、真華は隣にいる。

 

 赤い鳥居の向こう側には行けなかったけれど、帰り道は同じだった。

 




神社は神様を奉っているのはわかるんですが、ポツンとある社ってどういう意図であるんですかね?
たまに田んぼの真ん中にあるものは水の神様とかに対する神社なのかなとは思いますが…

土着神とかそういったものを奉っているんでしょうか?
漫画やアニメにありがちなよくないものを抑えるっていうのはなさそうなイメージですが
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