最下位予想が並ぶ中日ドラゴンズの前に、尾張の守り神「青辰(あおたつ)」が現れる。
「打つ方はなんとかする」
翌日、チームは別人のように打ち始めた。
170km/hを投げる投手陣。
ホームランを量産する打線。
そして球団地下から発見された大量の米俵。
なぜドラゴンズは世界最強になったのか。
青辰が授けた力の代償とは何なのか。
2026年3月。
プロ野球開幕を目前に控えたある日、テレビでは恒例の順位予想特集が放送されていた。
「中日は投手力こそリーグ上位ですが、やはり課題は得点力ですね」
「優勝争いは厳しいでしょう」
「Aクラス入りが現実的な目標ではないでしょうか」
評論家たちの言葉は、どれも似たようなものだった。
ドラゴンズファンにとっては聞き慣れた評価である。
期待半分、諦め半分。
そんな空気が球界全体を包んでいた。
その夜。
バンテリンドームの地下深く。
球団関係者ですら存在を知らない古い区画で異変が起きた。
長年閉ざされていた石扉が、重い音を立てながら開いていく。
その先に広がっていたのは巨大な空洞だった。
そして。
そこに積み上げられていたのは、信じられない光景だった。
米俵。
米俵。
米俵。
見渡す限りの米俵。
まるで倉庫ではなく、米そのものを祀る神殿だった。
巡回中の警備員は思わず呟く。
「なんで……?」
当然の疑問だった。
なぜ球場の地下に、こんな量の米があるのか。
その答えが返ってくることはなかった。
代わりに、空洞の中央に置かれていた巨大な石碑が青く輝き始めた。
地面が揺れる。
米俵が宙に浮く。
石碑に刻まれた文字が淡い光を放った。
そこには二文字だけ刻まれていた。
『青辰』
次の瞬間。
石碑が内側から砕け散った。
溢れ出した青い光の中から、巨大な影が姿を現す。
龍に似ている。
だがどこか違う。
青い鱗に覆われた長い体がゆっくりと伸びる。
黄金色の瞳が開いた。
そして低い声が響く。
「……よう寝た」
警備員はその場に尻もちをついた。
「りゅ、竜……!?」
巨大な存在は即座に首を振った。
「辰や」
「え?」
「辰や」
妙に強いこだわりを感じた。
「は、はあ……」
「大事なことや」
警備員には何が大事なのか分からなかった。
青辰は周囲を見回した。
そして大量の米俵を見ると、満足そうに頷く。
「ちゃんと残っとるな」
「この米を知ってるんですか?」
「ワシが置いた」
「いつですか?」
「だいぶ前や」
全く参考にならなかった。
翌日。
ドラゴンズの選手、首脳陣、球団幹部が会議室に集められていた。
そして会議室の中央には青い辰がいた。
誰も状況を説明できない。
説明できる人間がいないからだ。
数分の沈黙の末、ベテラン選手が口を開いた。
「……で、どちら様で?」
「青辰や」
「何しに来たんですか?」
「優勝させに来た」
会議室が静まり返った。
若手選手が思わず吹き出しそうになる。
だが笑えなかった。
なぜなら誰も、この青い辰を追い出せる気がしなかったからだ。
青辰はゆっくりと立ち上がった。
そして選手たちを見渡す。
「心配せんでええ」
短くそう言った。
「打つ方はなんとかする」
その瞬間だった。
チャキッ。
どこからともなく金属音のような音が聞こえた気がした。
選手たちは反射的に背筋を伸ばす。
誰かが周囲を見回した。
もちろん何もない。
音の発生源など存在しない。
だがなぜか、
反論してはいけない気がした。
午後のフリー打撃。
異変はすぐに現れた。
平凡な外野フライのはずだった打球が、スタンド最上段へ飛び込む。
次の打者も。
その次の打者も。
誰が打っても飛ぶ。
「今の当たりで入るのか……?」
コーチ陣が顔を見合わせた。
説明がつかない。
投手陣にも異変は起きていた。
ブルペンの球速表示が次々と160キロ台後半を記録する。
故障を疑い計測器を交換した。
結果は変わらない。
むしろ数字は上がった。
捕手は受けたボールの重さに顔を引きつらせる。
「なんだこれ……」
その夜。
球団関係者が再び地下区画を調査した。
しかし石碑は消えていた。
大量の米俵も跡形もない。
残されていたのは壁に刻まれた一文だけだった。
『竜の時代を始める』
翌日のオープン戦。
ドラゴンズ打線は十八得点を叩き出した。
全国の野球ファンが困惑する。
解説者が困惑する。
対戦相手が困惑する。
そして誰よりも、ドラゴンズ自身が困惑していた。
ただ一人。
選手食堂で山盛りの白米を前に満足そうに頷く青辰だけが、全てを知っているようだった。
「うむ」
青辰は静かに言う。
「まずはここからや」
竜の時代が始まろうとしていた。
第2話 お前、変わらんかったな