これが彼女の武器。その名もどんな時でもドスケベハート 作:すばみずる
打ち合う剣の音、気合の叫び声、そして汗に塗れた者たちの熱い息遣い。冒険者ギルドが運営する修練場には、朝から熱気が充満していた。
教会から派遣された視察団は、静かにそこへ踏み込んでいく。
純白の法衣に身を包んだ神官たちの一団は荒々しい戦士たちとは対極の存在に見えるが、この場所と教会の繋がりは決して浅くはない。脊界樹教の教えを修めた者の中には、自ら冒険者として過酷な生業に身を投じる者が少なくないのだ。
その理由は多岐にわたる。世界の理不尽に直面する厳しい環境に身を置くことを自らの修行と捉える者。危険な辺境の地へ赴き、教えを広く布教しようとする熱心な巡礼者。あるいは純粋な信仰とは別に、傷つき血を流す仲間たちをその手で直接癒やしたいと願う心優しい者。中には、単純に日々の糧や富を得るための手段として神聖魔法を用いる者もいる。
動機はどうであれ、大いなる幹の慈悲をより多くの人々に分け与え、広く命の循環を助けるのであれば、教会は彼らの選択を咎めることはない。手助けすら惜しまないのが脊界樹教の寛容なところであった。
そんな視察団の中で、メイチェルは静かに歩みを進めていた。透き通るような銀糸の長髪が歩みに合わせて揺れ、紅色の瞳が訓練場で汗を流す若者たちを静かに見守っている。
彼女のタイトな白い法衣はその立場とは裏腹に、隠しきれない肉体を周囲に見せつけていた。豊満すぎる胸が歩くたびにゆさりと動き、引き締まった腰から肉感的な尻へのラインが滑らかに浮き彫りになる。
荒くれ者の冒険者たちの視線がちらちらと彼女の扇情的な肢体に吸い寄せられていたが、メイチェル本人は周囲の好奇の目にもまったく気づいていなかった。
ふとメイチェルの視界の端に、一人の少女の姿が映った。
広大な訓練場の片隅で、少女は自身の背丈ほどもある木製の杖を構え、ボロボロになった木人に向かってひたすらに打ち込み稽古を行っていた。
着ているローブの形状からして彼女が魔術師であることは明白だ。まだあどけなさの残る顔立ちで、冒険者としては駆け出しの部類だろう。
しかしその細腕から繰り出される杖の軌道は、粗削りながらも真剣そのものであった。槍の動きとはまた違う、杖術とでもいうものだろうかとメイチェルは考える。
なぜ後衛で魔法を詠唱するはずの魔術師が、あのように泥臭い直接戦闘の訓練をしているのだろうか。純粋な疑問が彼女の心を捉えた。
前を歩く高位の神官たちがギルドの職員と話し込んでいる隙を突き、メイチェルは音もなく列から離れ、周囲の目を盗んでこっそりと少女の方へと近づいていった。
年の劫で培った足運びは気配を全く生じさせず、彼女は少女の背後まで容易に到達する。
「あの、少しよろしいでしょうか」
「ひゃああっ!?」
静かな、しかしよく通る凛とした声が響くと、突然背後から声をかけられた少女は飛び上がるほど驚いて振り返った。
視線がまず胸元に行き、そして顔に行き、やはり胸に行ってから衣装を見終える。メイチェルを前にしたものが良くする視線の動きを少女はなぞり、だが最後にはきちんと目線を顔に合わせたのでだいぶマシだとメイチェルは思った。
「な、なんだよ急に。びっくりするじゃないか。……あんた、教会の偉い人? それにしても、すっごいデカ……いや、なんでもない」
少女はメイチェルの規格外の胸元にやはり視線を引き寄せられつつも、咳払いでごまかす。メイチェルは少女の失礼な態度を気にも留めず、穏やかな微笑みを浮かべて問いかけた。
「驚かせてしまって申し訳ありません。ただ、少し気になったものですから」
「気になったって、なによ」
「貴女は魔術師のようにお見受けしますが、なぜ後衛であるはずなのに、あのように熱心に杖術の訓練をなさっているのですか?」
メイチェルの問いに対し、少女は汗を手の甲で拭いながら、どこか得意げに薄い胸を張った。
「そりゃあ、いざって時に自分の身を守れるのは、魔法の詠唱なんかよりも直接叩き込める腕っぷしだからね。詠唱してる間に距離を詰められたら終わりでしょ? 魔物に囲まれた時、最後は物理で殴り倒すくらいの覚悟がないと、生き残れないって先輩に言われたんだ」
いざという時。魔物に囲まれた時。その言葉が少女の口から発せられた瞬間、メイチェルの脳裏に数日前の薄暗く生臭いゴブリンの巣穴での記憶と妄想がフラッシュバックした。
無数の魔物に追い詰められ、逃げ場を失い、冷たい岩肌に押し倒される自分。乱暴に法衣を引き裂かれ、無防備になった柔らかい肌を汚らしい手で弄られ、自由を奪われたまま慰み者として蹂躙されていく。
それは実際に起きたことではない。彼女が勝手に想像し、あまつさえ心の底でわずかに期待してしまっていた破廉恥極まりないイメージだ。しかしその妄想の解像度はあまりにも高く、思い出すだけで下腹部の奥が熱くなり太腿の間に甘い痺れが走ってしまう。
「い、いけません……っ!」
メイチェルは突然小さな悲鳴を上げ、ぶんぶんと激しく頭を横に振った。銀糸の髪が乱れ、豊満な胸が揺れ動く。
あんなおぞましい状況を、ほんの少しでも望むような心があってはならない。私は脊界樹の教えを授かりし聖職者なのだから。魔物に組み伏せられ、好き勝手にされるための言い訳を用意してしまうなど言語道断である。
そのためには、己の身を己の技術で守る術を身につけなければならない。
圧倒的な身体強化の奇跡に頼るだけでなく、この少女のように、自らの腕力と技術で抗う意志を持つべきなのだ。
「あの、お願いがあります」
急に様子がおかしくなったメイチェルを訝しげに見つめていた少女に向かって、メイチェルは真剣な眼差しで懇願した。
「私にも、その杖術の基礎を教えていただけないでしょうか。いざという時に、自らの身を守るための技術を、どうか」
「ええっ? いや、私だってそんなに詳しくないし、まだ人に教えられるような腕前じゃないんだけど……」
少女は困惑して頭を掻いた。
しかし目の前の美しい女性がどういうわけか切羽詰まったような、まるで何かの危機から逃れようとするかのような必死の表情を浮かべているのを見て、無下に断ることもできなくなった。
相手が教会の司祭であるとは夢にも思っていない少女は、ため息を一つついてから頷いた。
「まあ、仕方ない。基礎の素振りくらいなら教えてあげるよ。ほら、そこにある練習用の杖を持って」
メイチェルは言われるがままに、立てかけられていた無骨な木の杖を両手で握り締めた。
「足は肩幅に開いて、腰を落とす。で、まっすぐ振り下ろす! やってみて」
「は、はい。いきます」
メイチェルは真面目な顔つきで杖を振り上げ、そして気合とともに木人に向かって振り下ろそうとした。
しかし、彼女の動きはひどくぎこちない。足元がおぼつかず、身体の節々と腕の振りが全く連動していない。
さらに致命的だったのは彼女の胸部だ。腕を振り下ろす軌道上に、はち切れんばかりに膨らんだ自ら双丘が物理的な障害として存在しており、それを避けようとして不自然に肘が外側に逃げてしまう。
「あわわっ」
バランスを崩したメイチェルは杖を空振りした勢いで足をもつれさせ、情けない声を出して前のめりによろめいた。すんでのところで杖を支えにして転倒は免れたものの、息を切らして顔を赤くしている。
彼女は魔術の才能は類稀なるものを持っていたが、素の身体能力に関しては中々の運動音痴であった。ゴブリンの群れを粉砕できたのも、異常種を素手で挽肉にできたのも、すべては膨大な魔力による規格外の身体強化の賜物に過ぎないことをメイチェルはひどく思い知る。
「ダメダメ。全然力が入ってないし、へっぴり腰だし。それじゃゴブリン一匹倒せないよ」
少女はあきれ返ったように笑いながら指摘した。
「うぅ……申し訳ありません。私、体を動かすのはどうにも不器用でして……」
メイチェルはしょんぼりと肩を落とし、巨乳を無念そうに揺らした。
その後も基本となる型をメイチェルは少女と共に実践してみるものの、その悉くが珍妙な踊りのようになってしまっていた。いざ杖が当たってみると思った以上の衝撃に手が痺れてしまい、杖を取り落としてしまう失態すら見せる。
「まあ、別にいいんじゃない? ヒトには向き不向きがあるっていうし」
息が切れたメイチェルに水袋を渡す少女は、最初に会った時よりも少し自慢げな空気を纏わせていう。自分よりも出来ないものを見てすこしばかり自身がついたらしい。
「あんた神官なんだし。神官だったらあれがあるでしょ、身体強化の奇跡ってやつ。あれ使えば、そんな棒切れの素振りなんか必要ないくらい怪力になるって聞いたことあるよ」
少女の言葉に、メイチェルは少しだけ安堵してしまう。自分には膂力とは異なる力を得る術があるのだ。無理に武術を身につけずとも、あの絶対的な防御力と破壊力さえあれば、魔物に不覚を取ることはない。
それに頼らずとも自信を持とうとしていた気持ちを早々に脇に除けて、メイチェルは自分を納得させる。
「それにさ、あの奇跡って面白いよね」
メイチェルが言い終わる前に、少女はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべて言葉を被せた。
「あれって、えっちな人が使うと効果が倍増するんでしょ?」
「……えっ?」
メイチェルは全く予想もしていなかった言葉を突きつけられ、脳の処理が追いつかずにその場で完全に固まった。
風が吹き抜け、訓練場の喧騒が遠のいていくような感覚に陥る。
今、この少女はなんと言ったのだ。えっちな人が使うと、効果が倍増する?
「な、何を、おっしゃっているのですか……? 神聖なる奇跡が、そのような不純なことと結びつくはずが……」
動揺のあまり声が裏返るメイチェルに対し、少女はあっけらかんとした態度で続けた。
「知らないの? ギルドじゃ結構有名な噂だよ。神官連中がやたらと禁欲的な生活をしてるのって、教義とか信仰のためなんかじゃなくて、あえて欲求を抑え込んで高めることで、奇跡の威力を跳ね上げるためなんだって。溜め込んだムラムラが爆発して力に変わる、みたいな?」
「む、ムラムラ……っ!?」
あまりにも下品で破廉恥な俗語をぶつけられ、メイチェルの白い肌が首筋から耳の先まで一瞬にして沸騰したように真っ赤に染まり上がった。
そんな馬鹿な話があるはずがない。脊界樹の教えにおいて、奇跡は星の脈絡との同調によってもたらされるものであり、決して個人の卑猥な欲望などを燃料にするものではない。それは長年厳しい修行を積んできた彼女が一番よく知っている事実であった。
しかし、メイチェルの心臓は異常な早鐘を打っていた。
もしも、万が一にもその噂が真実の一端を突いているとしたら。
あのゴブリンの巣穴で異常種を粉砕したあの時。自分は、凌辱されるかもしれないという倒錯した期待に胸を膨らませてしまっていた。あの瞬間に発揮された暴力的なまでの力は、もしかして、自身の内に秘められたそういう感情が増幅させたものだったのではないか。
まさか、私の魔法が並外れて強力なのは、私がとてつもなくえっちな人間だから……?
「あんたもさ、そんなにおっぱい大きいんだから、実は相当性欲強そうじゃん?」
少女はからかうように、メイチェルのはち切れんばかりの胸元を指差して笑う。
その無邪気な指摘は、今のメイチェルにとって急所を貫く一撃となってしまった。
「そ、そそそ、そんなことありませんっ!!!」
訓練場の一角に、メイチェルの悲鳴のような大声が響き渡った。
豊満な胸を両手で必死に隠すように抱きかかえ、全身を震わせて否定する。
私は純粋なエルフの聖職者であり、決して性欲を持て余したムッツリ女などではない。そう叫びたかったが、羞恥と動揺で言葉が続かない。
「メイチェル司祭様? こちらにいらっしゃいましたか、こんなところで大声を上げて……」
その時、メイチェルの叫び声を聞きつけたのか、視察団の他の神官たちがこちらを探して近づいてくる足音が聞こえた。
「し、失礼いたしますっ!」
自分が駆け出しの冒険者にえっちだとからかわれ顔を真っ赤にして狼狽している姿など絶対に見られるわけにはいかない。メイチェルはパニック状態のまま杖を放り投げ、少女に一礼するのもそこそこに、脱兎のごとくその場から逃げ出した。
運動音痴とは思えないほどの猛烈な勢いで純白の法衣を翻して訓練場の出口へと走っていく。背後から少女の呼び止める声が聞こえたが、勿論振り返る余裕などない。
ただひたすら自身の内側に潜む破廉恥な疑惑から逃れるように、メイチェルは顔を隠して走り続けたのだった。