戦姫絶唱シンフォギア 雪音クリスは幸せになりたい 作:牛☆大権現
「──だから言ったでしょ未来。次の休みは絶対空けてって」
喫茶店の窓際で、立花響は満面の笑みだった。
向かいに座る小日向未来も、少し照れたように笑っている。
「だって響、急に旅行の予約なんて……」
「恋人なんだから当然だろ!」
「ひ、響っ!」
真っ赤になる未来。
店内の何人かが振り返る。
響は全く気にしない。
隣の席では月読調が静かに紅茶を飲み、
その向かいで暁切歌が机に突っ伏した。
「ぐふふ……調の私服写真がまた増えたデス……」
「切ちゃん」
「何デス?」
「気持ち悪い」
「愛デス!」
「気持ち悪い」
即答だった。
そして。
「……」
雪音クリスは無言でコーヒーを飲んでいた。
⸻
数年前。
世界を揺るがした数々の戦いは終わった。
シンフォギア装者達は引退し、
今は後進の育成に関わっている。
平和だった。
あまりにも平和だった。
だからこそ。
「ねえクリスちゃん」
響がにやにやする。
嫌な予感しかしない。
「なんだよ」
「クリスちゃんって恋人とかいないの?」
吹きそうになった。
「ぶっ!?」
「いるの?」
「いねえよ!」
「好きな人は?」
「いねえ!!」
「本当に?」
「いねえって言ってんだろ!」
テーブルを叩く。
響と切歌は顔を見合わせた。
未来と調は苦笑している。
そのとき。
スマホが鳴った。
クリスの。
画面には。
【適合者保護局】
の文字。
⸻
「はぁ?」
三十分後。
クリスは会議室で眉間を押さえていた。
向かいにいるのは緒川慎次。
相変わらず完璧な執事スマイルである。
「人生設計面談です」
「意味がわからねえ」
「引退した元装者の社会的安定を確認するための制度です」
「意味がわからねえ」
「結婚の予定は?」
「帰るぞ」
「お待ちください」
帰れなかった。
なぜなら。
緒川が一枚の資料を差し出したからだ。
「候補者一覧です」
「捨てるぞ」
「見てください」
「見ねえ」
「国家予算が投入されています」
「税金返せ」
⸻
その夜。
元装者グループチャットは大荒れだった。
翼
『私のところにも来た』
マリア
『私も』
切歌
『何デスこれ』
調
『怖い』
響
『私は未来がいるから断った!』
未来
『響』
切歌
『私も調がいるデス!』
調
『切ちゃん』
クリス
『爆発しろ』
⸻
すると。
一通のメッセージが入る。
送信者。
風鳴弦十郎。
『雪音、明日の午後は空いているか』
クリスの動きが止まる。
『空いてるけど』
数秒後。
返信。
『面談の件で話がある』
⸻
翌日。
待ち合わせ場所。
ファミレス。
クリスは腕を組んでいた。
そして。
目の前の男を見る。
風鳴弦十郎。
元SONG司令。
現在は国際危機対策機構の顧問。
そして。
世界最強の人類。
「それで?」
クリスは言う。
「なんの話だ」
弦十郎は咳払いした。
珍しく落ち着かない様子だった。
「お見合いの件だ」
「断る」
即答。
「まだ話していない」
「断る」
「条件は良い」
「断る」
「資産家だ」
「断る」
「美人だ」
「断る」
「優しい」
「断る」
「……」
「……」
沈黙。
弦十郎が額を押さえる。
クリスは勝ち誇った。
「諦めろ司令」
「なぜだ」
「興味ねえからだ」
「人生設計は必要だ」
「アンタも独身だろ」
ぴたり。
空気が止まった。
⸻
弦十郎の表情が固まる。
クリスも固まる。
言ってから気づいた。
やべえ。
今のは完全に失言だった。
しかし。
弦十郎は怒らなかった。
ただ少しだけ笑った。
「そうだな」
珍しく。
どこか寂しそうな笑みだった。
「俺も人のことは言えん」
その顔を見た瞬間。
なぜか。
胸が少し痛んだ。
⸻
クリスは視線を逸らした。
理由はわからない。
ただ。
妙に落ち着かなかった。
司令が独身だろうがどうだろうが。
自分には関係ないはずなのに。
なぜだろう。
胸の奥がざわつく。
まるで。
大切な何かを見落としているような。
そんな感覚だった。
⸻
そのとき。
二人のスマホが同時に鳴った。
緊急通信。
弦十郎の顔が変わる。
クリスも立ち上がる。
平和な日常が終わる音だった。
モニターに映し出されたのは。
山中の監視施設。
そして。
正体不明の襲撃者。
白い道服。
長い髪。
異様な気配。
『こちら現場!』
『相手は人間です!』
『しかし──』
通信が途切れる。
最後に映ったのは。
宙に浮かぶ護符。
そして。
理解不能な術式。
⸻
弦十郎が低く呟いた。
「……仙道?」
その言葉を。
クリスは聞き逃さなかった。
⸻
そして山奥で。
一人の老人が月を見上げていた。
「始めよう」
背後に並ぶ白装束達。
老人は静かに笑う。
「別れのない世界を」
その名を。
まだ誰も知らない。
蓬莱山。
徐福。
数千年の執着が、
静かに動き始めていた。