戦姫絶唱シンフォギア 雪音クリスは幸せになりたい   作:牛☆大権現

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「蓬莱・無窮仙歌」

第二十九話 蓬莱・無窮仙歌

 

 蓬莱山最深部。

 

 神殿を支えていた巨大な結晶に、一本、また一本と亀裂が走る。

 

 まるで世界そのものが息を吸うように、低い振動が足元から伝わってきた。

 

 響たちは身構える。

 

 クリスはイチイバルを構え、翼は刀を抜き、未来は神獣鏡を胸元で握り締めた。

 

 そして。

 

 轟音とともに結晶が砕け散る。

 

 無数の結晶片が舞い上がり、神殿を七色の光で染めた。

 

 その中心から姿を現したのは、巨大な人影だった。

 

 巨人――。

 

 いや、違う。

 

 仙人。

 

 七つの聖遺物の残響を核とし、霊脈そのものを肉体とした存在。

 

 蓬莱機関そのものが、人の姿を借りて顕現したのだ。

 

 その姿を見た瞬間、誰も動けなかった。

 

 圧倒的な存在感。

 

 神威にも似た威圧感。

 

 ただそこに立っているだけで、大気が震え、神殿そのものが歌い始める。

 

「……これが」

 

 エルフナインが震える声で呟く。

 

「蓬莱機関……!」

 

 その前へ、一人の老人が歩み出た。

 

 徐福だった。

 

 李天華は深く膝をつき、胸に拳を当てる。

 

「師よ」

 

 その動きに続くように、他の仙道たちも次々と跪いた。

 

 誰一人として顔を上げない。

 

 彼らにとって徐福は首領ではない。

 

 二千年を導いてきた、ただ一人の師なのだ。

 

 徐福は静かに目を閉じた。

 

 長く息を吸い込む。

 

 そして、歌う。

 

 低く。

 

 穏やかに。

 

 それでいて胸の奥へ染み込むような、不思議な旋律。

 

 古の五音――宮・商・角・徴・羽。

 

 祝詞とも、子守歌とも、鎮魂歌ともつかない調べ。

 

 それは、誰かを想い続けた男だけが紡げる歌だった。

 

 ――悠久よ 還れ

 

 ――花は散るな

 

 ――月は欠けるな

 

 ――命は終わるな

 

 歌声が響いた瞬間、神殿中の術式が一斉に共鳴した。

 

 黄金の霊脈が床を走り、壁に刻まれた仙術陣が次々と光を灯す。

 

 鐘を撞いたような澄んだ音が幾重にも重なり、神殿全体が巨大な共鳴装置へと姿を変えていく。

 

「フォニックゲイン反応、急上昇!」

 

 エルフナインが悲鳴にも似た声を上げた。

 

「やっぱりです! 仙術の正体は……歌だったんです!」

 

「歌で術式を……?」

 

 未来が息を呑む。

 

「はい!」

 

 エルフナインは高速で端末を操作する。

 

「霊脈そのものをフォニックゲインで制御しているんです! 歌が術式を増幅し、術式が歌を返す……相互共鳴型の永久機関!」

 

 徐福の歌は続く。

 

 ――還れ

 

 ――還れ

 

 ――あの日へ

 

 ――笑み絶えぬ 春の日へ

 

 その歌に応えるように、李天華が歌い始める。

 

 続いて他の仙道たちも。

 

 独唱ではない。

 

 斉唱。

 

 何百年も積み重ねられた祈りが一つになり、蓬莱機関へ注がれていく。

 

 巨大な仙人がゆっくりと目を開いた。

 

 その瞳には空も海も映らない。

 

 ただ、永遠だけが宿っていた。

 

「止めるよ!」

 

 響が飛び出そうとする。

 

 しかし、その肩をクリスが掴んだ。

 

「待て」

 

「クリスちゃん?」

 

 クリスの視線は徐福だけを見つめていた。

 

 歌が心へ入り込んでくる。

 

 ――命は終わるな。

 

 その言葉が胸を刺す。

 

 玄十郎。

 

 レイ。

 

 未来。

 

 響。

 

 誰も失いたくない。

 

 その想いが、新型イチイバルを震わせる。

 

 砲門が一つ、また一つと展開する。

 

 危険な兆候だった。

 

「クリスさん!」

 

 エルフナインが叫ぶ。

 

「フォニックゲインがまた――!」

 

 クリスは歯を食いしばる。

 

「違う……!」

 

 これは暴走じゃない。

 

 徐福の歌が、自分の心の奥底にある恐怖を暴き出しているのだ。

 

「失いたくない……」

 

 思わず漏れた本音。

 

 その時だった。

 

『……先輩』

 

 通信回線。

 

 ノイズ混じりの、小さな声。

 

 レイだった。

 

 微弱な生命反応と共に届いた、か細い声。

 

『歌ってください』

 

 クリスの瞳が揺れる。

 

『先輩の歌を』

 

「レイ……!」

 

『否定するためじゃない』

 

 息を切らしながら、それでも笑うような声。

 

『守るために』

 

 その一言が、クリスの胸に深く落ちた。

 

 一期の頃。

 

 自分は世界を否定するために歌っていた。

 

 今は違う。

 

 違うはずなのに。

 

 まだ、その歌を歌う資格が自分にあるのか分からない。

 

 クリスはゆっくりとイチイバルを構えた。

 

「まだ……歌えねぇよ」

 

 小さく呟く。

 

「でも」

 

 玄十郎が隣へ並ぶ。

 

 何も言わない。

 

 ただ、そこに立つ。

 

 その背中だけで十分だった。

 

 クリスは頷く。

 

「必ず歌う」

 

 その瞬間。

 

 暴走しかけていたイチイバルが静かに安定した。

 

 響が満面の笑みを浮かべる。

 

「それでいい!」

 

 拳を握る。

 

「じゃあ!」

 

 翼が刀を構える。

 

「往くぞ!」

 

 マリアが槍を回し、

 

 調と切歌が背中合わせに笑い、

 

 未来の神獣鏡が優しく輝く。

 

 七人は同時に駆け出した。

 

 歌が重なる。

 

 未来へ進む歌と。

 

 過去へ還ろうとする歌。

 

 神殿全体を震わせながら、二つの旋律が真正面から激突した。

 

 徐福は初めて、クリスを真っ直ぐ見た。

 

「その歌が」

 

 静かな声だった。

 

「私の歌を超えられるか」

 

 クリスは答えない。

 

 まだ答えを持っていないから。

 

 だが、その代わりに一歩踏み出した。

 

 玄十郎もまた、その隣へ並ぶ。

 

 歌う者と、歌わぬ者。

 

 戦う理由は違う。

 

 それでも。

 

 守りたい未来は同じだった。

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